院長が手早く臍の緒を切り…智哉から赤ちゃんを受け取った看護婦さんが産湯をつかわせた…。
院長とふたりの治療師が手分けして後産の処理や止血などの処置を行った後で…
智哉が再びノエルの骨盤を元の位置に戻した。
「8月1日午前00時01分…おめでとうございます…。 」
汚れを洗い落として綺麗になった赤ちゃんがノエルの手に渡された。
小さな赤ちゃん…。
ノエルは胸の辺りが熱くなるのを覚えた。
腕に抱いた赤ちゃんを見て思わず知らず微笑んだ。
「紫苑さん…僕…産めたよ…。 紫苑さんの赤ちゃん…。 」
西沢は胸が詰まった。
ノエルはノエル自身の為に…こんなにつらい思いして産んだわけじゃない…。
すべては西沢の為に…西沢に真の家族を与えてくれるために…。
「よかったね…紫苑さん…。 これでまた…近所のママさんたちと楽しくランチができるよ…。 」
ノエルは冗談っぽく笑った。
「有難う…ノエル…。 最高のプレゼントだ…。 」
それだけ言うのがやっとで…西沢はそっとノエルを抱き寄せた。
宿題は…紫苑さん…?
「吾蘭(アラン)だよ…ノエル…。 」
アラン…かぁ…。 シオン…ノエル…アラン…外人の…家族…みたい…。
ノエルはうつらうつらし始めた。
西沢はノエルの手からアランを受け取り…愛しげに頬寄せると有の手に渡した。
「木之内…吾蘭…。 木之内と名乗らせよ…と…宗主から…。 」
西沢の思い掛けない申し出に有は言葉を失った。
木之内の家を存続できる…信じてもいいのだろうか…夢じゃなかろうか…。
有の腕の中で木之内家の未来が眠っていた。
有はそっと…滝川にもアランを抱かせてやった…。
滝川は幼い時の西沢を思い出した。 アラン…きみはお父さん似だね…。
看護婦さんがやきもきして待っていた。
産み月に達していないアランはまだ小さいので特別室へと運ぶのに搬送用の保育器に入れるつもりなのに看護婦さんの手元にちっとも帰ってこない。
やっとのことで戻ってきたアランをそっと保育器に寝かせた。
眠ったノエルを西沢がストレッチャーに移動させると院長はようやく同族ではない他の看護婦たちを分娩室に呼んだ。
赤ちゃんが産声をあげると同時に分娩室の外に居た亮たちに緊張が走った。
亮と仲根は廊下の両角に眼を向け…不審なものが居ないか探った。
しばらくすると数人の看護婦が分娩室に入って行き…少し間があってから分娩室のドアが全開になった。
ストレッチャーに乗せられたノエルと保育器の赤ちゃんが見えた時…亮は思わず躍り上がった。
やったね! とうとうやったね!
ノエルのお母さんと千春が嬉しそうに走り寄った。
ふたりが赤ちゃんをよく見ようと、保育器に近寄った途端、特別室に向かって移動を始めた一団から車輪のついた搬送用の保育器だけがいきなり向きを変えた。
「ちょっと…あなた…誰…? 何処へ行くの…? 」
保育器を押していた看護婦と突然、向き合う形になったストレッチャー係の看護婦が叫んだ。
偽看護婦はかまわず無言で走った…ランナーかと思われるような猛スピードで…。
「待てぇ! こらぁ! 」
仲根と亮が後を追った。
偽看護婦は走りながら保育器を抉じ開け、眠っている赤ちゃんを掴みだした。
ところが…その手に何か異常を感じたのか乱暴に赤ちゃんを放り出した。
うわっ! 思わずドキッとした。 何てぇことすんの!
仲根が立ち止まって拾い上げてみると…沐浴練習用の赤ちゃん人形…超リアル。
心臓に悪いぜ…。
職員専用の出入り口を抜けて…偽看護婦は夜の闇に紛れた。
亮はあたりを探ってみたが…気配を感じることはできなかった。
すぐ後を追ってきた仲根も同じだった。
添田が少し離れたところで誰かに連絡を取っているのが見えた。
車のナンバーを伝えているらしく、途切れ途切れに数字が聞こえた。
ストレッチャーの一団は無事特別室へと到着した。
看護婦たちの手で特別室のベッドへと移されたノエルはよく眠っていた。
飯島院長がノエルと赤ちゃんに特に異常がないことを確かめると、病院のスタッフたちは部屋を後にした。
西沢は抱いていたアランをそっとベビーベッドに寝かせた。
小さいわりには元気で保育器は要らないみたいだ。
そろそろおっぱいを欲しがるだろうけど…ミルクだろうなぁ…やっぱり…。
ノエルのお母さんと千春はやっとゆっくり新しい家族に対面した。
キャ~信じらんない…ほんとにお兄ちゃんが産んじゃったわけぇ…?
かわい~! めちゃかわい~! お人形みたい~!
千春が子どものようにはしゃいだ。
お母さんがし~っと唇に人差し指を当てた。 ノエルが起きちゃうよ…。
ゆっくり寝かせてあげないと…がんばったんだからね…。
亮と仲根が戻ってきた。
偽看護婦を捕まえられなかったことを残念そうに告げた。
アランの元気な様子を見て安心したのか…家中ほったらかして慌てて出てきたから一度帰って始末してくると千春とお母さんが言ったので…智哉も一旦帰宅することにした。
帰り際にノエルの枕元に近付き…智哉は眠っているノエルの耳元で何事か話した。
ノエルは夢うつつで…うん…と返事をしたようだった。
また明日…顔を出すから…と言う智哉に、西沢はノエルとアランを助けて貰った感謝の言葉を何度も繰り返した。
廊下の突き当たりにあるラウンジで宗主への報告と西沢本家への連絡をしていた玲人は窓から見える駐車場沿いにHISTORIANの車がそのまま止められてあるのを見つけた。
さっきの騒ぎで逃げたんじゃなかったんだ…。
やつら幾つかのグループに分かれて行動しているのか…?
玲人は急いで特別室に戻り、HISTORIANがまだ外をウロウロしていることを知らせた。
どう出てくるかは分からないが…今夜は僕がここに居るから帰って休んで…父さんも恭介も今日は仕事だし…玲人だってそうだろ?…ほんの少ししか休めなくって申し訳ないけど…と西沢は居合わせた者たちを気遣った。
長時間に亘る緊張でみんなが疲れ切っていることを知っていた。
「あ…俺は仕事でここに来てるんですから…俺が応接間で待機してます。 」
室長に連絡を取っていた仲根が携帯を切りながら言った。
引き続きお手伝いしろとの室長命令で…。
「僕もここに居るよ…今日は遅番だし…。 」
亮が名乗りを上げた。
仲根と亮が居れば…何事かあっても手が足りるだろう…。
有は滝川と玲人にそう言った。
「悪いな…仲根…俺が居られればいいんだが…今朝から出張だから…。 」
有が申し訳なさそうに部下に言うと、仲根は…任しといてください…と笑った。
滝川と玲人は今日の仕事が終わり次第、また戻ってくるから…と言い残して部屋を出て行った。
有たちが引き上げて行った後…西沢は仲根と亮にタオルケットを渡した。
隣の応接室のソファを簡易ベッドにセットし直してしばらく仮眠を取ってもらうことにした。
ノエルの寝顔とアランの寝顔をちょっと覗いてから…西沢もノエルの寝ている部屋のソファベッドに横になった。
2~30分うつらうつらしただろうか…人の動く気配に西沢は目を覚ました。
HISTORIANか…と飛び起きたが…ノエルだった。
むにゃむにゃ言っている小さなアランを抱いてベッドに戻ったところだった。
「あ…ご免…おっぱいの時間だったか…?
今…ミルク…作るよ…。 」
西沢はそう言って立ち上がった。
作り付けのキッチンの方へ行こうとした西沢を止めるように…紫苑さん…とノエルが呼んだ。
西沢が傍によるとノエルはニヤッと笑ってパジャマの胸を肌蹴た。
西沢の眼が驚きのあまり皿になった。
うっそぉ~!
幼い少女のような小さな胸のふくらみが西沢の目に飛び込んできた。
ノエルはそっとお母さんのおっぱいを求めてもぐもぐしているアランの小さな唇にそれを含ませた。
「さっき…父さんが教えてくれたんだ…。
最初の一回だけアランにおっぱいあげられるって…。 」
アランは一生懸命お母さんのおっぱいを飲んでいた。
最初で最後…なんか切ないけど…それでもないよりましかもね…。
ノエルはそんなふうに言った。
白い液体が空いているふくらみからも滴り落ちた。
なんて…不思議…ノエルの身体の持つ…計り知れない生命力…。
産みの力の神秘的なこと…。
やがて…満足したアランはうとうとと眠り始めた。
教えられたとおりノエルがとんとんと背中を軽くたたくと唇から…けぷっと可愛い音を立ててげっぷをした。
西沢は満ち足りた顔で再び眠ったアランをノエルから受け取ってベビーベッドに寝かせた。
紫苑さん…とノエルがもう一度呼んだ。
「触れてみて…最初で…最後のふくらみだから…。
お母さんのおっぱい…味見してみてもいいよ…。
急がないと…すぐ…元に戻っちゃうよ…。 」
そう言って西沢の手を取った。
それは…輝のよりは小さく…柔らかく…ほのかにミルクの匂い…。
アランの触れなかった方を少し銜えてみる…。
甘い…と言うよりは塩っぽい…ね。
アランみたいには上手に飲めないよ…。
うふふ…そうなんだぁ…?
ノエルは面白そうに笑った。
西沢も笑いながらノエルの胸から身を起こした。
「どれくらいで…なくなっちゃうの…これ? 」
う~ん…僕が寝てる間だから…膨らむのに1~2時間だったもん…そのくらいじゃない…?
ノエルはちょっと首を傾げて考えてからそう答えた。
そうか…次からはミルク作ってあげないといけないね…。
味が違うんで…怒るかもな…アラン。 お母さんのじゃない…!とか言ってさ。
ノエルは一瞬…寂しそうな顔をした。
西沢がそっと抱きしめて髪にキスをした。
不意に…きゅっきゅっと人の歩く音が聞こえた。
それは応接室で仮眠を取っているのふたりの足音ではなかった。
何かを察してノエルが身を強張らせた。
西沢は部屋の外に神経を集中させた。
応接室の扉が静かに開いて…ふたりが起きてきた。
音もなく移動して入り口の両側に身を潜めた…。
聞きようによっては巡回看護婦のナースシューズの立てる音にも聞こえる。
だが…それはひとりの立てている音…ではなかった。
西沢が急いでアランを抱き上げノエルに渡した。
ノエルはしっかりとアランを抱きしめた。
ガチャ…っと音を立てて特別室の入り口の鍵が向こう側から外された。
まるで合鍵を持っているかのように…いとも簡単に…。
次回へ
院長とふたりの治療師が手分けして後産の処理や止血などの処置を行った後で…
智哉が再びノエルの骨盤を元の位置に戻した。
「8月1日午前00時01分…おめでとうございます…。 」
汚れを洗い落として綺麗になった赤ちゃんがノエルの手に渡された。
小さな赤ちゃん…。
ノエルは胸の辺りが熱くなるのを覚えた。
腕に抱いた赤ちゃんを見て思わず知らず微笑んだ。
「紫苑さん…僕…産めたよ…。 紫苑さんの赤ちゃん…。 」
西沢は胸が詰まった。
ノエルはノエル自身の為に…こんなにつらい思いして産んだわけじゃない…。
すべては西沢の為に…西沢に真の家族を与えてくれるために…。
「よかったね…紫苑さん…。 これでまた…近所のママさんたちと楽しくランチができるよ…。 」
ノエルは冗談っぽく笑った。
「有難う…ノエル…。 最高のプレゼントだ…。 」
それだけ言うのがやっとで…西沢はそっとノエルを抱き寄せた。
宿題は…紫苑さん…?
「吾蘭(アラン)だよ…ノエル…。 」
アラン…かぁ…。 シオン…ノエル…アラン…外人の…家族…みたい…。
ノエルはうつらうつらし始めた。
西沢はノエルの手からアランを受け取り…愛しげに頬寄せると有の手に渡した。
「木之内…吾蘭…。 木之内と名乗らせよ…と…宗主から…。 」
西沢の思い掛けない申し出に有は言葉を失った。
木之内の家を存続できる…信じてもいいのだろうか…夢じゃなかろうか…。
有の腕の中で木之内家の未来が眠っていた。
有はそっと…滝川にもアランを抱かせてやった…。
滝川は幼い時の西沢を思い出した。 アラン…きみはお父さん似だね…。
看護婦さんがやきもきして待っていた。
産み月に達していないアランはまだ小さいので特別室へと運ぶのに搬送用の保育器に入れるつもりなのに看護婦さんの手元にちっとも帰ってこない。
やっとのことで戻ってきたアランをそっと保育器に寝かせた。
眠ったノエルを西沢がストレッチャーに移動させると院長はようやく同族ではない他の看護婦たちを分娩室に呼んだ。
赤ちゃんが産声をあげると同時に分娩室の外に居た亮たちに緊張が走った。
亮と仲根は廊下の両角に眼を向け…不審なものが居ないか探った。
しばらくすると数人の看護婦が分娩室に入って行き…少し間があってから分娩室のドアが全開になった。
ストレッチャーに乗せられたノエルと保育器の赤ちゃんが見えた時…亮は思わず躍り上がった。
やったね! とうとうやったね!
ノエルのお母さんと千春が嬉しそうに走り寄った。
ふたりが赤ちゃんをよく見ようと、保育器に近寄った途端、特別室に向かって移動を始めた一団から車輪のついた搬送用の保育器だけがいきなり向きを変えた。
「ちょっと…あなた…誰…? 何処へ行くの…? 」
保育器を押していた看護婦と突然、向き合う形になったストレッチャー係の看護婦が叫んだ。
偽看護婦はかまわず無言で走った…ランナーかと思われるような猛スピードで…。
「待てぇ! こらぁ! 」
仲根と亮が後を追った。
偽看護婦は走りながら保育器を抉じ開け、眠っている赤ちゃんを掴みだした。
ところが…その手に何か異常を感じたのか乱暴に赤ちゃんを放り出した。
うわっ! 思わずドキッとした。 何てぇことすんの!
仲根が立ち止まって拾い上げてみると…沐浴練習用の赤ちゃん人形…超リアル。
心臓に悪いぜ…。
職員専用の出入り口を抜けて…偽看護婦は夜の闇に紛れた。
亮はあたりを探ってみたが…気配を感じることはできなかった。
すぐ後を追ってきた仲根も同じだった。
添田が少し離れたところで誰かに連絡を取っているのが見えた。
車のナンバーを伝えているらしく、途切れ途切れに数字が聞こえた。
ストレッチャーの一団は無事特別室へと到着した。
看護婦たちの手で特別室のベッドへと移されたノエルはよく眠っていた。
飯島院長がノエルと赤ちゃんに特に異常がないことを確かめると、病院のスタッフたちは部屋を後にした。
西沢は抱いていたアランをそっとベビーベッドに寝かせた。
小さいわりには元気で保育器は要らないみたいだ。
そろそろおっぱいを欲しがるだろうけど…ミルクだろうなぁ…やっぱり…。
ノエルのお母さんと千春はやっとゆっくり新しい家族に対面した。
キャ~信じらんない…ほんとにお兄ちゃんが産んじゃったわけぇ…?
かわい~! めちゃかわい~! お人形みたい~!
千春が子どものようにはしゃいだ。
お母さんがし~っと唇に人差し指を当てた。 ノエルが起きちゃうよ…。
ゆっくり寝かせてあげないと…がんばったんだからね…。
亮と仲根が戻ってきた。
偽看護婦を捕まえられなかったことを残念そうに告げた。
アランの元気な様子を見て安心したのか…家中ほったらかして慌てて出てきたから一度帰って始末してくると千春とお母さんが言ったので…智哉も一旦帰宅することにした。
帰り際にノエルの枕元に近付き…智哉は眠っているノエルの耳元で何事か話した。
ノエルは夢うつつで…うん…と返事をしたようだった。
また明日…顔を出すから…と言う智哉に、西沢はノエルとアランを助けて貰った感謝の言葉を何度も繰り返した。
廊下の突き当たりにあるラウンジで宗主への報告と西沢本家への連絡をしていた玲人は窓から見える駐車場沿いにHISTORIANの車がそのまま止められてあるのを見つけた。
さっきの騒ぎで逃げたんじゃなかったんだ…。
やつら幾つかのグループに分かれて行動しているのか…?
玲人は急いで特別室に戻り、HISTORIANがまだ外をウロウロしていることを知らせた。
どう出てくるかは分からないが…今夜は僕がここに居るから帰って休んで…父さんも恭介も今日は仕事だし…玲人だってそうだろ?…ほんの少ししか休めなくって申し訳ないけど…と西沢は居合わせた者たちを気遣った。
長時間に亘る緊張でみんなが疲れ切っていることを知っていた。
「あ…俺は仕事でここに来てるんですから…俺が応接間で待機してます。 」
室長に連絡を取っていた仲根が携帯を切りながら言った。
引き続きお手伝いしろとの室長命令で…。
「僕もここに居るよ…今日は遅番だし…。 」
亮が名乗りを上げた。
仲根と亮が居れば…何事かあっても手が足りるだろう…。
有は滝川と玲人にそう言った。
「悪いな…仲根…俺が居られればいいんだが…今朝から出張だから…。 」
有が申し訳なさそうに部下に言うと、仲根は…任しといてください…と笑った。
滝川と玲人は今日の仕事が終わり次第、また戻ってくるから…と言い残して部屋を出て行った。
有たちが引き上げて行った後…西沢は仲根と亮にタオルケットを渡した。
隣の応接室のソファを簡易ベッドにセットし直してしばらく仮眠を取ってもらうことにした。
ノエルの寝顔とアランの寝顔をちょっと覗いてから…西沢もノエルの寝ている部屋のソファベッドに横になった。
2~30分うつらうつらしただろうか…人の動く気配に西沢は目を覚ました。
HISTORIANか…と飛び起きたが…ノエルだった。
むにゃむにゃ言っている小さなアランを抱いてベッドに戻ったところだった。
「あ…ご免…おっぱいの時間だったか…?
今…ミルク…作るよ…。 」
西沢はそう言って立ち上がった。
作り付けのキッチンの方へ行こうとした西沢を止めるように…紫苑さん…とノエルが呼んだ。
西沢が傍によるとノエルはニヤッと笑ってパジャマの胸を肌蹴た。
西沢の眼が驚きのあまり皿になった。
うっそぉ~!
幼い少女のような小さな胸のふくらみが西沢の目に飛び込んできた。
ノエルはそっとお母さんのおっぱいを求めてもぐもぐしているアランの小さな唇にそれを含ませた。
「さっき…父さんが教えてくれたんだ…。
最初の一回だけアランにおっぱいあげられるって…。 」
アランは一生懸命お母さんのおっぱいを飲んでいた。
最初で最後…なんか切ないけど…それでもないよりましかもね…。
ノエルはそんなふうに言った。
白い液体が空いているふくらみからも滴り落ちた。
なんて…不思議…ノエルの身体の持つ…計り知れない生命力…。
産みの力の神秘的なこと…。
やがて…満足したアランはうとうとと眠り始めた。
教えられたとおりノエルがとんとんと背中を軽くたたくと唇から…けぷっと可愛い音を立ててげっぷをした。
西沢は満ち足りた顔で再び眠ったアランをノエルから受け取ってベビーベッドに寝かせた。
紫苑さん…とノエルがもう一度呼んだ。
「触れてみて…最初で…最後のふくらみだから…。
お母さんのおっぱい…味見してみてもいいよ…。
急がないと…すぐ…元に戻っちゃうよ…。 」
そう言って西沢の手を取った。
それは…輝のよりは小さく…柔らかく…ほのかにミルクの匂い…。
アランの触れなかった方を少し銜えてみる…。
甘い…と言うよりは塩っぽい…ね。
アランみたいには上手に飲めないよ…。
うふふ…そうなんだぁ…?
ノエルは面白そうに笑った。
西沢も笑いながらノエルの胸から身を起こした。
「どれくらいで…なくなっちゃうの…これ? 」
う~ん…僕が寝てる間だから…膨らむのに1~2時間だったもん…そのくらいじゃない…?
ノエルはちょっと首を傾げて考えてからそう答えた。
そうか…次からはミルク作ってあげないといけないね…。
味が違うんで…怒るかもな…アラン。 お母さんのじゃない…!とか言ってさ。
ノエルは一瞬…寂しそうな顔をした。
西沢がそっと抱きしめて髪にキスをした。
不意に…きゅっきゅっと人の歩く音が聞こえた。
それは応接室で仮眠を取っているのふたりの足音ではなかった。
何かを察してノエルが身を強張らせた。
西沢は部屋の外に神経を集中させた。
応接室の扉が静かに開いて…ふたりが起きてきた。
音もなく移動して入り口の両側に身を潜めた…。
聞きようによっては巡回看護婦のナースシューズの立てる音にも聞こえる。
だが…それはひとりの立てている音…ではなかった。
西沢が急いでアランを抱き上げノエルに渡した。
ノエルはしっかりとアランを抱きしめた。
ガチャ…っと音を立てて特別室の入り口の鍵が向こう側から外された。
まるで合鍵を持っているかのように…いとも簡単に…。
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