玄関のドアが開く音がして…ノエルの足音が近付く…。
おはよう…という声が頭に響いて目の醒め切らない西沢は顔を顰めた。
「あらら…三人お揃いで沈没状態…? 二日酔い…? 」
三人…? 西沢は細く目を開けて後ろを見た。
玲人と…恭介…。 ふたりはまだ…半ば夢の中だ。 ああ…そうだった…。
馬鹿やってる最中に玲人が現れたんで…無理矢理…引っ張り込んだんだ…。
「酒なんか飲んじゃいないけど…ちょっとゲームを…ね…。 」
欠伸をしながら西沢は起き上がった。
朝飯…作んなきゃな…ノエルは済ませたのかい…?
うん…亮が作ってくれた…。 テキスト取りに寄ったんだ…。
亮ね…就職決まったんだって…今日…そこへ呼ばれているらしい…。
就職…こんなに早く…?
はっ…として西沢は玲人を見た。
「玲人…夕べはそれを知らせに…? 」
玲人が薄目を開けた。
そうさ…何度も言おうとしてるのに…聞かないんだもの…。
「木之内の三人目の御使者か…。 有さん…つらいだろうなぁ…。
亮くんだけは…普通の生活させたがってたもんなぁ…。 」
滝川が気の毒そうに呟いた。
「なんだ…みんな起きてんじゃん…。 僕…遅刻するから行くね…。
キッチンにピザがあるよ。
夕べの残りだけどちゃんとラージ一枚分…チンすれば食べられるよ。
じゃあね…。 」
まるで言い置きをして出かけるお母さん…ノエルは手を振って出て行った。
行ってらっしゃぁい…寝坊助な三人の子どもたち…ベッドの中から声を揃えて返事をする。
ノエルが出て行ってしまうと、西沢はう~んと伸びをしてベッドから降りた。
キッチンでコーヒーメーカーをセットしてから浴室へ向かった。
浴室の鏡に映る自分の姿がいつもと違わないことに呆れる…。
当たり前だけど…。
天地が引っくり返っても聖人にはなれないな…。
それだけは自信があるぞ…。
「何見とれてんの…? 」
横からシャワー攻撃…。
まだ水じゃん! 恭介…てめぇ…!
眼ぇ覚めたかよ…?
その横で知らん顔して泡人間になっている玲人…。
朝っぱらからじゃれるな…!
急げよ…これから仕事なんだから…。
僕もだよ…11時に撮影予約が入ってる…。
紫苑…原稿出しといてくれ…。
持ってけよ…いつものカルトンの中…。
どうにかこうにかコーヒーとノエルのピザで朝食を済ませ…出勤組…滝川と玲人を送り出した。
自営じゃなかったらおまえら絶対即刻首だな…雇う側が面倒見切れんし…。
僕が会社勤めに向かないのと少しも変わんないわ…。
そんなことを思いながら自分も仕事部屋に向かった。
イラストボードの白い紙面をじっと見つめながら…西沢はまた…お伽さまの姿を思い出していた。
風渡る竹林のように冴え冴えとした空気を纏いながら…祭祀の時の…白い花弁にほのかに紅差したような…あの何とも言えない艶かしさ…。
描けるだろうか…? これまでのどんなテーマよりも難しいかもしれない…。
美しい人…とは思うが…笑顔が素敵な…ごく普通のお兄さん…いや…もうおじさんと言ってもいいのかなぁ…?
その人に内在する神秘的な魅力を…。
イラストにするには微妙な年齢…もっと若いか…いっそおじいちゃんなら…。
あかん…浮かばん…すんなり手が出ん。
西沢は溜息をついてその場を離れた。テーブルの上のスケジュール表を眺める。
先に仕事を片付けよう…。 そのうち閃くかも知れん…。
企業のビルが立ち並ぶオフィス街の中でひと際目立つ如何にも…って感じのどでかいビル…。
ロビーには緑化ウォールやプランター…がまるでインテリアのように美しく配置され、まるでイベント会場のようだ。
ロビーだけではない…ビル内のありとあらゆるところに植物が植えられてあり、きちんと管理されている。
後で聞いたところによれば…屋上や飾りテラスにも危険のない限り植栽されているのだとか…。
系列企業のほとんどが緑化に力を入れているらしい。
あの封書が来た翌日に確認の電話を入れた。
採用されたのは…間違いなく亮で…すでに配属も決まっている…という。
どうなってるんだ…。 夢でも見ているんじゃないか…?
採用試験はおろか…企業訪問だってしていないのに…。
とにかく指定された日に出向いて間違いを正そう…。
そう思って出かけてきたのだった。
案内されたのは緑に囲まれた廊下を突っ切ったところにある静かな部屋…。
社外データ管理室特務課…特務課…って何? 何か…社内の離れ小島って感じ…。
案内のお姉さんが亮の来社を告げた。
どうぞ…という男の声で亮は部屋の中へと入った。
「ご連絡を頂きました木之内です。 」
亮は戸口のところでぺこっと頭を下げた。
扉の前で思ったよりずっと広い部屋には幾つものパソコンが並んでいるが…在室しているのは5~6名だった。
こっち来て…責任者と思しき有くらいの年代の男が手招いた。
男の方に近付くと男は頭の天辺から足の先までまじまじと亮を見た。
ふうん…さすがにきみもモデルさんだけあるね…いいバランスだ。
「あの…僕が呼ばれたのは何かの間違いじゃないでしょうか…?
僕はまだ…会社訪問もしていないんですが…? 」
亮は恐る恐る問いかけた。
えっ…?と相手は少し戸惑いを見せた。
大原室長…少し離れたところに居たあごひげのお兄さんが飛んできてぼそぼそと耳打ちした。
責任者は…どうやら大原という人らしい…。
「いや…間違いじゃないよ…。 きみは何も知らされてないようだね…。
ここは…御使者の集めたデータを分析したり…逆に御使者にデータを提供したりするところなんだ。
勿論…この部屋のスタッフはみんな御使者だ…。
今居るのは…この仲根の他は内勤スタッフ…外勤スタッフは向かいのビル…に拠点がある。
きみは内勤スタッフとして御使者に採用されたのさ…。
卒業したらすぐにここで働くことになる。 その前に研修もあるけれどね。 」
御使者…この企業は…裁きの一族の…。
裁きの一族ってのは…僕が思ってたより…ずっとでっかい組織なんだ…。
じゃあ…同系列の親父の会社もか…?
「仲根…総代格が戻ってきてるからそっちで話をしよう…。
柴崎…向かいに居るから何かあったら連絡くれ…。 」
分かりました…柴崎と呼ばれた女性スタッフはにっこり笑って頷いた。
大原室長は、まだ事情がよく飲み込めないままぼんやりしている亮を促して…外勤スタッフの拠点へと向かった。
ビルとビルはどうやら地下道で繋がっているようだった。
何人かの社員が行き来していた。
彼等は…一般の社員みたいだ…社員全員が一族だなんて有り得ないもんな…ぼんやりとそんなことを思った。
そのビルも緑に溢れていた。
森の中で仕事をしているのかと思うくらいに…。
同じように奥まったところにある部屋に外勤スタッフの拠点…言わば一族の調査機関が置かれてあった。
各地域にこのような部署が設けられてあるんだそうだ。
仲根がまず…部屋に入って仲間に内勤の新入りが来たことを告げた。
それほど人数は居なかったがみんなの興味深げな視線が亮に向けられた。
大原室長の後からぺこりと頭を下げながら亮は部屋へ入って行った。
「総代格…来年度より採用の木之内亮を連れて参りました。 」
仲根の報告する声が聞こえた。
総代格と呼ばれた男は…この部屋の室長らしき女性と話をしていたが…ゆっくりと亮の方に眼を向けた。
その顔を見た途端…亮はあまりの衝撃に硬直した。
親父…嘘だろ…なんで親父が…?
有だった…。 今朝…自宅から出勤して行ったばかりの…。
普通の会社員だとばかり思っていた父親が…御使者の総代格…。
驚いて言葉を失った。
紫苑が御使者だということは知ってたけど…親父まで…。
「固まったな…。 仲根…ほぐしてやってくれ…。 」
有は可笑しそうに言った。
ニタニタ笑いながら仲根は背後から亮の両脇腹を掴んだ。
うひゃひゃ…とんでもない声が飛び出た。
周りからドッと笑いが起こった。
亮は赤面したが…それで気分がやっとほぐれた。
「総代格は…きみの方がよく知っているな…こちらの方はここの室長では花園さん…。 」
大原室長はさっきまで有と話していた女性を紹介した。
花園室長は初めて会ったとは思えない懐かしげな微笑を亮に向けた。
あ…この人なんだ…と亮は感じた。
いつも亮のためになんだかんだとお土産を買ってきてくれたのは…。
亮はそのことには触れず頭を下げた。
「亮は何も知らされずにここへ来たようですよ…。 」
大原が有に言った。
「俺ん時もそうだったよ…。 突然…採用通知が来るんだ。 驚くぜ…。 」
有はそう答えた。
え~そうなんですかぁ…俺たちはちゃんと前以て知らせて貰えたよ…なぁ…と大原は仲根に同意を求めた。
そうですね…と仲根は答えた。 他のスタッフも同意した。
「ま…俺んちのように潰れかけた家門の人間は…てめぇからさっさと出て来て聞けってことかな…。 」
そう言って有は声をあげて笑った。
またまた…冗談ばっかり言って…と御使者たちも笑った。
上司と部下というよりは…先輩と後輩みたいな雰囲気だった。
不意に何かの情報が飛び込んできた。それまでとは打って変わって真剣な顔…。
花園室長が適切な指示を出す…適切かどうかは今の亮には分からないが有がひとつひとつ確認するように小さく頷いているのでそうなんだろうと思う…。
ふたりのスタッフが飛び出して行った。
花園室長は与えた指示に他家に障るところがありそうなことに気付き…有に指示を仰いだ。
家門が関わると宗主の名を出さない限り、室長クラスでは話がつけられない。
有は総代格の権限で宗主名を使用する許可を出した。
花園室長はすぐに相手の家長に連絡を入れた。
信じらんねぇ…親父…結構…偉いさんなんだ…。
亮は眼を見張った。
この道へ進むかどうかなんて考える猶予もなく…強制的に進路が決められ…亮の新しい生活が始まってしまった。
断って断れないこともないのかもしれないが…これという目的も希望もないままにただ…嫌です…とも言い難かった。
かつての父がそうであったように…取り敢えず…流されてみようと思った…。
あのふたつの部屋…何となく惹かれる雰囲気ではあったし…。
次回へ
おはよう…という声が頭に響いて目の醒め切らない西沢は顔を顰めた。
「あらら…三人お揃いで沈没状態…? 二日酔い…? 」
三人…? 西沢は細く目を開けて後ろを見た。
玲人と…恭介…。 ふたりはまだ…半ば夢の中だ。 ああ…そうだった…。
馬鹿やってる最中に玲人が現れたんで…無理矢理…引っ張り込んだんだ…。
「酒なんか飲んじゃいないけど…ちょっとゲームを…ね…。 」
欠伸をしながら西沢は起き上がった。
朝飯…作んなきゃな…ノエルは済ませたのかい…?
うん…亮が作ってくれた…。 テキスト取りに寄ったんだ…。
亮ね…就職決まったんだって…今日…そこへ呼ばれているらしい…。
就職…こんなに早く…?
はっ…として西沢は玲人を見た。
「玲人…夕べはそれを知らせに…? 」
玲人が薄目を開けた。
そうさ…何度も言おうとしてるのに…聞かないんだもの…。
「木之内の三人目の御使者か…。 有さん…つらいだろうなぁ…。
亮くんだけは…普通の生活させたがってたもんなぁ…。 」
滝川が気の毒そうに呟いた。
「なんだ…みんな起きてんじゃん…。 僕…遅刻するから行くね…。
キッチンにピザがあるよ。
夕べの残りだけどちゃんとラージ一枚分…チンすれば食べられるよ。
じゃあね…。 」
まるで言い置きをして出かけるお母さん…ノエルは手を振って出て行った。
行ってらっしゃぁい…寝坊助な三人の子どもたち…ベッドの中から声を揃えて返事をする。
ノエルが出て行ってしまうと、西沢はう~んと伸びをしてベッドから降りた。
キッチンでコーヒーメーカーをセットしてから浴室へ向かった。
浴室の鏡に映る自分の姿がいつもと違わないことに呆れる…。
当たり前だけど…。
天地が引っくり返っても聖人にはなれないな…。
それだけは自信があるぞ…。
「何見とれてんの…? 」
横からシャワー攻撃…。
まだ水じゃん! 恭介…てめぇ…!
眼ぇ覚めたかよ…?
その横で知らん顔して泡人間になっている玲人…。
朝っぱらからじゃれるな…!
急げよ…これから仕事なんだから…。
僕もだよ…11時に撮影予約が入ってる…。
紫苑…原稿出しといてくれ…。
持ってけよ…いつものカルトンの中…。
どうにかこうにかコーヒーとノエルのピザで朝食を済ませ…出勤組…滝川と玲人を送り出した。
自営じゃなかったらおまえら絶対即刻首だな…雇う側が面倒見切れんし…。
僕が会社勤めに向かないのと少しも変わんないわ…。
そんなことを思いながら自分も仕事部屋に向かった。
イラストボードの白い紙面をじっと見つめながら…西沢はまた…お伽さまの姿を思い出していた。
風渡る竹林のように冴え冴えとした空気を纏いながら…祭祀の時の…白い花弁にほのかに紅差したような…あの何とも言えない艶かしさ…。
描けるだろうか…? これまでのどんなテーマよりも難しいかもしれない…。
美しい人…とは思うが…笑顔が素敵な…ごく普通のお兄さん…いや…もうおじさんと言ってもいいのかなぁ…?
その人に内在する神秘的な魅力を…。
イラストにするには微妙な年齢…もっと若いか…いっそおじいちゃんなら…。
あかん…浮かばん…すんなり手が出ん。
西沢は溜息をついてその場を離れた。テーブルの上のスケジュール表を眺める。
先に仕事を片付けよう…。 そのうち閃くかも知れん…。
企業のビルが立ち並ぶオフィス街の中でひと際目立つ如何にも…って感じのどでかいビル…。
ロビーには緑化ウォールやプランター…がまるでインテリアのように美しく配置され、まるでイベント会場のようだ。
ロビーだけではない…ビル内のありとあらゆるところに植物が植えられてあり、きちんと管理されている。
後で聞いたところによれば…屋上や飾りテラスにも危険のない限り植栽されているのだとか…。
系列企業のほとんどが緑化に力を入れているらしい。
あの封書が来た翌日に確認の電話を入れた。
採用されたのは…間違いなく亮で…すでに配属も決まっている…という。
どうなってるんだ…。 夢でも見ているんじゃないか…?
採用試験はおろか…企業訪問だってしていないのに…。
とにかく指定された日に出向いて間違いを正そう…。
そう思って出かけてきたのだった。
案内されたのは緑に囲まれた廊下を突っ切ったところにある静かな部屋…。
社外データ管理室特務課…特務課…って何? 何か…社内の離れ小島って感じ…。
案内のお姉さんが亮の来社を告げた。
どうぞ…という男の声で亮は部屋の中へと入った。
「ご連絡を頂きました木之内です。 」
亮は戸口のところでぺこっと頭を下げた。
扉の前で思ったよりずっと広い部屋には幾つものパソコンが並んでいるが…在室しているのは5~6名だった。
こっち来て…責任者と思しき有くらいの年代の男が手招いた。
男の方に近付くと男は頭の天辺から足の先までまじまじと亮を見た。
ふうん…さすがにきみもモデルさんだけあるね…いいバランスだ。
「あの…僕が呼ばれたのは何かの間違いじゃないでしょうか…?
僕はまだ…会社訪問もしていないんですが…? 」
亮は恐る恐る問いかけた。
えっ…?と相手は少し戸惑いを見せた。
大原室長…少し離れたところに居たあごひげのお兄さんが飛んできてぼそぼそと耳打ちした。
責任者は…どうやら大原という人らしい…。
「いや…間違いじゃないよ…。 きみは何も知らされてないようだね…。
ここは…御使者の集めたデータを分析したり…逆に御使者にデータを提供したりするところなんだ。
勿論…この部屋のスタッフはみんな御使者だ…。
今居るのは…この仲根の他は内勤スタッフ…外勤スタッフは向かいのビル…に拠点がある。
きみは内勤スタッフとして御使者に採用されたのさ…。
卒業したらすぐにここで働くことになる。 その前に研修もあるけれどね。 」
御使者…この企業は…裁きの一族の…。
裁きの一族ってのは…僕が思ってたより…ずっとでっかい組織なんだ…。
じゃあ…同系列の親父の会社もか…?
「仲根…総代格が戻ってきてるからそっちで話をしよう…。
柴崎…向かいに居るから何かあったら連絡くれ…。 」
分かりました…柴崎と呼ばれた女性スタッフはにっこり笑って頷いた。
大原室長は、まだ事情がよく飲み込めないままぼんやりしている亮を促して…外勤スタッフの拠点へと向かった。
ビルとビルはどうやら地下道で繋がっているようだった。
何人かの社員が行き来していた。
彼等は…一般の社員みたいだ…社員全員が一族だなんて有り得ないもんな…ぼんやりとそんなことを思った。
そのビルも緑に溢れていた。
森の中で仕事をしているのかと思うくらいに…。
同じように奥まったところにある部屋に外勤スタッフの拠点…言わば一族の調査機関が置かれてあった。
各地域にこのような部署が設けられてあるんだそうだ。
仲根がまず…部屋に入って仲間に内勤の新入りが来たことを告げた。
それほど人数は居なかったがみんなの興味深げな視線が亮に向けられた。
大原室長の後からぺこりと頭を下げながら亮は部屋へ入って行った。
「総代格…来年度より採用の木之内亮を連れて参りました。 」
仲根の報告する声が聞こえた。
総代格と呼ばれた男は…この部屋の室長らしき女性と話をしていたが…ゆっくりと亮の方に眼を向けた。
その顔を見た途端…亮はあまりの衝撃に硬直した。
親父…嘘だろ…なんで親父が…?
有だった…。 今朝…自宅から出勤して行ったばかりの…。
普通の会社員だとばかり思っていた父親が…御使者の総代格…。
驚いて言葉を失った。
紫苑が御使者だということは知ってたけど…親父まで…。
「固まったな…。 仲根…ほぐしてやってくれ…。 」
有は可笑しそうに言った。
ニタニタ笑いながら仲根は背後から亮の両脇腹を掴んだ。
うひゃひゃ…とんでもない声が飛び出た。
周りからドッと笑いが起こった。
亮は赤面したが…それで気分がやっとほぐれた。
「総代格は…きみの方がよく知っているな…こちらの方はここの室長では花園さん…。 」
大原室長はさっきまで有と話していた女性を紹介した。
花園室長は初めて会ったとは思えない懐かしげな微笑を亮に向けた。
あ…この人なんだ…と亮は感じた。
いつも亮のためになんだかんだとお土産を買ってきてくれたのは…。
亮はそのことには触れず頭を下げた。
「亮は何も知らされずにここへ来たようですよ…。 」
大原が有に言った。
「俺ん時もそうだったよ…。 突然…採用通知が来るんだ。 驚くぜ…。 」
有はそう答えた。
え~そうなんですかぁ…俺たちはちゃんと前以て知らせて貰えたよ…なぁ…と大原は仲根に同意を求めた。
そうですね…と仲根は答えた。 他のスタッフも同意した。
「ま…俺んちのように潰れかけた家門の人間は…てめぇからさっさと出て来て聞けってことかな…。 」
そう言って有は声をあげて笑った。
またまた…冗談ばっかり言って…と御使者たちも笑った。
上司と部下というよりは…先輩と後輩みたいな雰囲気だった。
不意に何かの情報が飛び込んできた。それまでとは打って変わって真剣な顔…。
花園室長が適切な指示を出す…適切かどうかは今の亮には分からないが有がひとつひとつ確認するように小さく頷いているのでそうなんだろうと思う…。
ふたりのスタッフが飛び出して行った。
花園室長は与えた指示に他家に障るところがありそうなことに気付き…有に指示を仰いだ。
家門が関わると宗主の名を出さない限り、室長クラスでは話がつけられない。
有は総代格の権限で宗主名を使用する許可を出した。
花園室長はすぐに相手の家長に連絡を入れた。
信じらんねぇ…親父…結構…偉いさんなんだ…。
亮は眼を見張った。
この道へ進むかどうかなんて考える猶予もなく…強制的に進路が決められ…亮の新しい生活が始まってしまった。
断って断れないこともないのかもしれないが…これという目的も希望もないままにただ…嫌です…とも言い難かった。
かつての父がそうであったように…取り敢えず…流されてみようと思った…。
あのふたつの部屋…何となく惹かれる雰囲気ではあったし…。
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