徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第六十二話 息子の知らない親父の姿)

2006-08-24 17:18:10 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 すでに誘拐未遂という犯罪を犯してしまった三人の属する家門の長たちは、兎にも角にも西沢の属する裁きの一族の宗主には急ぎ詫びを入れておかなければならぬというので、三家揃って宗主の前へと罷り越した。 

 宗主の登録家族である西沢は宗主にとって同族の間では息子にあたる。
その実子である吾蘭は自動的に宗主の孫として登録台帳に記録される。
 孫である吾蘭を誘拐されそうになった宗主の怒りは未だ治まらずと…長老衆からは厳重注意を受けた。
勿論…半分は脅かしみたいなものだが…それほど宗主が西沢のことを気に入っている証拠で…三家の長たちはみな生きた心地がしなかった。

 丁寧に若手の不始末の詫びを述べた後で、各家門の現在置かれている状況を伝え…非常事態と考えるゆえに…と族長会議の招集を要請した。
 さすがに…宗主は即答を避けたが…長たちが帰途についた後で…即日…一族の長老会議を招集し…族長会議の是非について話し合った。

 これという統率者が存在しないために、やむを得ず国内の能力者の取り纏め役みたいな立場に立たされては居るが、裁定人はもともと普通の人たちにはどうすることもできない、能力者間で起こった様々なトラブルや犯罪を解決に導くために存在したのであって、すべての能力者の上に君臨するためではない。

 時代の変化に伴い、能力者たちの生活様式が次第に変化し、人間関係も以前とは異なってきて…裁定人自らがそれほどの存在の必要性を感じなくなったこともあって、裁定人としての活動を停止してから既に半世紀以上…下手したら一世紀近くにもなる。

 この前の事件で周囲の要請を受けて仕方なく一時的に活動を再開したものの…また今回もずるずると纏め役を引き受けることに抵抗がないわけではなかった。

 長老会議では…現在各家門の内部で起きている問題に関しての御使者の調査結果を待つべきであり…その上で再度検討しよう…という案が採択された。
会議に招かれた内室方の長老会代表者たちもこれに同意見だった。

 全地域の御使者とエージェントに命令が出され…若い層の間にどれくらい被害が広がっているか調査することになった。

 いつもなら西沢の許にも命令書が送られてくるはずなのだが…今回は被害を受けた当事者ということもあって…このお役目からは外されたようだった。

 お蔭でしばらくは本業に専念できた。
とは言え…吾蘭が居るからのんびりというわけにもいかなかったが…ノエルもまだ夏休みだし…ずっとバイトも休んでいたから…西沢としてはあまり仕事場を離れる必要がなかった。

 紅村旭や花木桂が出産のお祝いと称して訪ねて来てくれた折に…西沢はふたりにも事件の近況を知らせておいた。
 厄介なことに巻き込む危険性があったことから…これまでふたりには時々事後の結果報告をしていただけだったが…これから先は嫌でも関わらざるをえなくなるだろう。
これも西沢たちと知り合ったゆえと考えると…少々気の毒な気もする。 
知らなきゃ知らないで済んでしまうことだって世の中にはあるんだから…。 
 


 あれから…講義とバイトのない時はたまに会社に顔を出している。
研修はまだ先だし…特に呼び出しを受けているわけでもなく…用事があるというわけでもないのだが…何となく足がそちらに向いてしまう。

 突然…現れても誰も気にしないし…最初にふらっと出向いた折に…次からの出社にわざわざ受付を通らなくてもいいようにと特別に研修社員証も作って貰えた。

 勿論…内勤として採用されたわけだから大原室長のところに出向くのだが…大原室長は簡単な仕事をひとつふたつさせると…大概…花園室長に連絡を入れて亮にもできる面白そうな仕事は入ってないかと訊く。

 大原室長の言うところでは…最初っから内勤に入るより外勤を経験しておいた方が…内勤で担当することになる仕事の内容がよく分かるから…なのだそうだ。

 花園室長の指示で…先輩の御使者たちに同行してあちらこちら…なんやかやを調査する…一応…助手を務める。
まだ…これと言って何にもできないけど…先輩の指示通りに動く。
部屋に帰ったら報告書を書いて提出する…その繰り返し…。

 社外データ管理室特務課には外勤も内勤もそれほど何人もの御使者が居るわけではなく…むしろ少人数でひとつの地域…ひとつの県ほどの広さ…を担当している。

 こんなんで手が足りるんかなぁ…とも思うが…そこはそれ上手くしたもので、相庭たちのように地域に根を張った別働隊や内室方のエージェント…滝川一族のような他家のネットワークの協力もあって…専任スタッフ的な御使者がそれほど多人数常備されていなくても十分機能するようになっていた。

 同族だから仲間意識が強くて家族的ではあるが…中でも最も面倒見がいいのは顎鬚の仲根で仲間内の評判もなかなか良かった。
今日は仲根のお供で調査に出る…。 
亮にとってもノエルの御産の時に居合わせたこの先輩が一番親しみやすかった。

 仲根は28…独身…イケメンでスタイルも抜群なのにカノジョ居ない歴6年…。
仕事が忙しいせいです…と本人は言っているが…所謂…友だちとしては文句なく最高だけど…というタイプ。

内勤の柴崎に言わせると…いいやつだけど…あのちょろっと剃り残してある鬚がどうもねぇ…。

 う~ん…最近は毛もだめ…鬚もだめ…女性の好みは難しい…。
ノエルみたいにつるつるお肌じゃないとだめなんかなぁ…。
そんなん無理だし…。 

 仲根のお供で向かった先は何と島田家…輝や直行の家門だ。
最近の若手の近況についての調査…ということで、家長の挨拶の後、ふたりの応対をしたのは輝の兄克彦だった。
 無論…御使者と他家の長老格という立場だからお互いに個人的な話は抜き…あくまでお務め上の話に終始する。
 
 克彦の話によると…実際に行動には及んでいないものの…やはり何者かの扇動があったようで…それは島田だけでなく宮原でも頭を痛めている話なんだそうだ。
どうも…その何者かの言うとおりに動けば…独立した新しい家門を作らせてやるとか何とか上手いこと言って若手を唆しているらしい。

 その後もいくつかの家を回ったが…何処もだいたい同じような状況だった。
幸いなことには前回の事件で懲りたのか…この地区の若手には慎重な者が多く…特別室を襲った連中と違って…巧い話に惑わされた者は未だ出ていなかった。

 部屋で報告書を書いていると…仲根がコーヒーを淹れてくれた。
有が買い置きしている銘柄と同じでかなり細かく挽かれた豆をドリップした濃い目の味だった。
 
 「お疲れ…亮くん。 慣れてないのにあっちこっち回って大変だったろ…?
ひとりで頑張って大きくなったわりには家門のいろんなことよく勉強してるじゃないの…。
総代格…家へ帰る暇がなくってほとんど放りっぱなしだったから俺は何にも教えてやらなかった…って話してたけどさ…。 」

コーヒーを啜りながら仲根は言った。

 「何にも知らなかったんですけど…大学入ってから紫苑に教わったんです。
力の使い方や身の護り方…族人としての心得等々…全部…兄から教わりました。」

亮はそう言って笑みを浮かべた。

 「総代格は…昔から上にこき使われてたからな…めちゃ忙しかったんだよ。
あ…悪く取っちゃだめだよ…。
 将来有望だからってすげぇ期待されて…鍛えられてたんだ…。 
俺は18の時から学校通わせて貰いながら…ここに居るけど…そりゃ凄まじかった。

 大原室長の話では…入社した時から昼夜問わず仕事漬けでさ…。
まだましになった方だって聞いて…俺…驚いた覚えがある。
 この頃やっと…細かいことは部下に任せて少し落ち着けるようになったんだ。
責任は重くなったけどな…。 」

 驚いた…。 知らんかった…。 親父がそんなに大変だったなんて…。
全然…帰って来られないわけだ…。 
母さんにもひと言も話さなかったんだろうなぁ…ああいう性格だから…。
 
 「奥さんと別居になって…きみがひとりぼっちになったって聞いた時…みんな…すげぇ申し訳ないような気がしてさ…。
だって…俺たちがミスった分まで全部後始末させられてたんだ…。

 総代格は文句ひとつ言わなかったけど…。
あの頃…上の連中は考え方古くて…スパルタ教育すれば効果が出ると思ってる人ばかりだったんで…。

俺たち出張でどこかへ行くたびに…何かしらきみへの土産を買って…少しでも寂しくないようにって…祈ってた。 」

 あの土産は…いつもテーブルにどっさり積まれたあれは…ここの人たちの気持ちだったんだ…。
花園室長だけじゃなくて…みんなの心だったんだ…。

 帰って来ないのは…女のところに居るからだとばかり思ってた…。
母さんもきっと…そう思ってたんだ…。

 まあ…確かに女が居るには居たんだけど…。
僕が腹立てて拗ねている間…反抗して嫌味を言い続けている間…親父はここで仕事をしながら何を思っていたんだろう…?

その頃から変わらないという部屋を見回した。

 「何も…言ってくれないから…みなさんにお礼も言えなくて…ご免なさい…。」

亮は俯いて…それだけ言った。 パソコンの文字が少し滲んで見えた。

 「なぁんも…俺たちが言わんでくださいと…お父さんのお土産だってことにしてくださいとお願いしたんだ…。 」

仲根はまたコーヒーを啜った。

 「僕…ずっと…紫苑に焼きもちを焼いていた時期があったんです…。
手放した紫苑のことはいつまでも想っているのに…僕のことは…なんてね。
僕のこともちゃんと考えてくれてたのに…。 」

よくあることだよ…亮の告白を聞いて仲根は微笑んだ。

 「それにしても…紫苑さんはカッコいいよなぁ…。
俺…あの一発で惚れたもん。 誘拐犯がぶっ飛んだ…あれ…。
アニキ…俺一生ついていきます…ってくらいに…。 」

うっ…もしかしてこの人もそっち系…?
 
 「あんなふうだったらカノジョ候補もいっぱいできるんだろうね…。
俺さぁ…女友達はたくさん居るけど…深いとこまで行き着かなくってさ…。
ふたりきりで密室状態でも安全な男とか言われてんだよね…。 」

俺としちゃぁ良いんだか…悪いんだか…複雑な心境なんだけど…。

 思わず噴き出した…。 悪いとは思ったが…。 
何だよぉ…仲根がちょっと睨んだ。

 「紫苑は恋愛下手ですよ…どっちかって言うと不器用…。
見た目からみんなが考えているほどドラマチックな恋のできる男じゃありません。
 根が優し過ぎて…ずっと俺の傍に居ろ…なんて強引なことは言えないタイプ。
自分が我慢して控えちゃうんですよ。 

 でも…キャパが広いから…いろんな人たちが慕って集まって来るんです…。
だから…本命には振られるけど…何となく遊び相手や友だちには不自由してないというか…。 」

 ふうん…それでも嫁さん貰えたんだから…俺にもチャンス有るかもな…。
何か自分で妙に納得している仲根に笑いを堪えるのが大変だった。

仲根さん…超イケメンなんだから…自信持って頑張ってくださいよ…。 

 超イケメン…いいこというじゃないの…亮くん。
帰りにラーメン奢っちゃおう…餃子つきで…。 
頑張ってさっさと仕事済ませちゃってね…。

そう言いながら仲根は楽しげに自分の席へと戻って行った。











次回へ