この件についての最初の族長会議が開かれたのは紅葉の季節を過ぎた頃。
要請を受けてから三ヶ月…これでも極めて順調に進んだ方だ。
纏め役の宗主側は下手をすれば…開催まで半年はかかるだろうと予想していた。
裁きの一族が如何に絶大な権力を誇ろうとも…それは裁定人として動く時のことであって…纏め役は進行係に過ぎない。
切羽詰れば威力を発揮するが…そうでない限りはああしろこうしろと他家の長に向かって命令する権限はないし…あったとしてもするつもりもない。
それゆえ…こちらで開く族長会議での混乱を避けるために…まずは地域内で族長会議を開いて貰い…よくよく現状を話し合った上で地域ごとに代表者を決めて送って貰うことにした。
ところが…ほとんどの一族は普段から付き合いのある家門以外の他家に対し閉鎖的なのが普通である…。
同じ地域に住んではいても存在すら知らないなんてこともざらで…本来なら地域内で集まることすら到底不可能な状態だった。
幸いというべきか…先回の事件で多少なりと連絡を取り合った経験から大きい家門がそれなりに動き…族長や家長が集まるには集まって何とか会議は行われた…。
しかし…会議が進行するにしたがって…今度は何家を代表にすべきか…が大問題となった。
それぞれの家門の誇りと意地が邪魔をしてなかなか決まらない。
開催する方にしてみれば…何家でもいいから指導力のあるところに来て貰うのが一番なのだが…昔と違ってこういう時はここに限るという代表的家門がないから…かえって難しい。
何度も会議を重ねた地域もあったようだ。
そんなこんなで月日が経ち…それでも思ったよりは早く会議の開催にこぎつけることができた。
庭田の智明があちらこちらを回って…今は体面でものを考えている時ではない…と懸命に説得にあたった成果でもあった。
御使者が調査の為に頻繁に動いていたせいか…誘拐未遂事件で若い能力者が動揺し始め、警戒を強めたためか…HISTORIANはあの事件以来、吾蘭の周りをうろつかなくなった。
勿論…諦めたわけではなく、機会を狙っていることは確かだが、予想外にも事件が公けになったために被害者である吾蘭に人の目が集まり、簡単には手を出せない状態になった。
まさか西沢が警察沙汰にするとは考えて居なかったのだろう。
今また吾蘭を狙えばHISTORIANが犯人だと自ら名乗り出るようなものだ。
警察の方は誤魔化せるとしてもこの国の能力者たちの眼を欺くことはできない。
西沢にしてみれば…たまたま院長が警察を呼んでしまったから成り行きに任せただけで他意はない。
捕まった三人の力を封じた処置は裁定人としては至当のこと…。
意図したわけではないのだが…どうやら…結果的に西沢はそうそう甘い男ではないというところを見せ付けてしまったようだった。
ヨーランの中でアブゥ…アブブと話す声がする。
最初のひと月はおっぱいを求めて唇をちゅくちゅく動かすのを西沢やノエルがまるで声であるかのように捉えていただけだったが…この頃では間違いなく本物の声…それも何かを話すようになってきている。
意味は不明…。
吾蘭はよく寝る子で夜中に泣き騒ぐことはめったにない。
夜泣きで困っているお母さんの話なんかを聞くと…アランは手がかからない子で助かりだ…とノエルは思う。
機嫌のいい吾蘭にお休み前のミルクを飲ませながら…今日の出来事なんかを聞かせてみる。
お父さんがねぇ…吾蘭の絵を描いてくれたよ…とか…ノエルの居ない間…アラン何してたの…とか…。
バイトに復帰したのは前期試験が終わった頃だった。
体調も完璧だと自分では思う。
吾蘭は普段…家で仕事をしている西沢が看ていてくれる。
西沢が忙しい時や外の仕事の時は、ノエルがバイト先の智哉の店へ連れて行く。
講義などが重なる時は実家で母親…倫が見ていてくれた。
他のお母さんたちよりずっと楽をしている…と自分でも分かっている。
アランは可愛いし…紫苑さんはめちゃめちゃ喜んでくれた…。
文句なんかあるはずないのに…僕が産むって決めたのに…。
最初は何とも思わなかった。
紫苑さんに赤ちゃんを産んであげられることになって…嬉しかったもん。
けれど吾蘭を産んでから日が経ち…身体が回復し…吾蘭の居る生活に慣れてくるに従って…なぜだか…どんどん不安になってくる。
お母さんになってしまった…から。
このまま…僕は女で居なきゃいけないんだろうか…?
お母さんだから…もう男だって言っちゃいけないんだろうか…?
だけど店の人たちは…吾蘭は僕が産んだ子だとは知らない。
僕のカノジョが産んだと思ってる。
眠りかけた吾蘭のオムツを取り替えて…そっとお休みを言う。
子ども部屋は仕事部屋の隣…これまでは客間のように使っていたところ…。
寝室では西沢が本を読んでいた。
この頃…吾蘭に時間を取られるせいかページがあまり先に進んでいないようだ。
書店に行く回数がめっきり減っている。
HISTORIANの嫌がらせのせいで生地を張り替えた籐のソファに腰を下ろしてノエルはぼんやり天井を仰いだ。
「退屈そうだね…? 」
西沢が…何処となく持て余し気味の様子の窺えるノエルの方に眼を向けた。
身体は忙しいんだけど…心が退屈…何か枯渇状態…。
西沢はそうか…と頷いた。
西沢の表情が少し曇ったことにノエルは気付かなかった。
おいで…ノエル…遊ぼう…。
微笑みながら西沢が手を伸ばした。
ノエルも笑顔浮かべてその腕の中へ飛び込んだ。
いつものように愛し合いながら…西沢は秘かに胸の内で思った。
子どもを産むという目的を果たしてしまったから…焦れてきたんだ…。
もう…僕では…だめなんだね…。
どうしたって…代わりは務まらない…。
きみの心がやっと16歳の壁を突き破ったってこと…喜ぶべきなんだろう…。
そろそろ…いい女…見つけなよ…。
その話は…智哉の口からノエルに伝えられた。
近所の世話好きなおばさんが…ノエルにぴったりという縁談話を持ってきたのだ。
勿論…ノエルに誰が産んだかは不明の子どもが居ることは相手にも分かっている。
だって…相手は近所に住んでいてノエルの中学の時の後輩…幼馴染…。
カンナ…というその娘は転勤族だった父親が最近脱サラで始めた弁当屋でバイトをしていて…時々ノエルの店にも配達に来る。
幼い頃よく公園などで一緒に遊んだが高1の始めに何処かへ引っ越して行った。
ノエルが店でバイトをするようになってから退職した父親についてこの町に戻って来た。
結婚はともかく…ちょっと付き合ってみたらどうだ…という智哉の勧めでノエルはカンナとデートすることにした。
少し前に智哉の許へは西沢から…ノエルに巣立ちの兆しが見え始めた…との知らせがあった。
西沢の気持ちを考えれば…胸が痛むが…これもノエルが男として生きていかれるかどうか…の正念場…智哉は心を鬼にしてカンナと付き合うことをノエルに勧め、西沢にもノエルに縁談があることを打ち明けた。
西沢はただ…分かりました…とだけ答えた。
西沢に吾蘭を任せっぱなし…ということもあって気がひけるのか、ノエルはカンナとデートするたびに、そのことを誤魔化すのに四苦八苦しているようだった。
黙ってないで話せばいいのに…と西沢は苦笑した。
「ノエル…誕生日…どうする…? 去年は悪阻でお祝いできなかったけど…。
今年も…先約があるんじゃないのかい…? 」
隠すなんて馬鹿な苦労しなくて済むように西沢はこちらから訊いてやった。
えっ…とノエルは驚いたように西沢を見た。
やれやれ…と西沢は半ば呆れたような笑みを浮かべた。
「お父さんから聞いてるよ…。 いい話があるんだって…?
何で黙ってるの…? 僕がデートの邪魔をするとでも思ったのかい…? 」
冗談っぽく言いながら西沢はノエルの顔を覗き込んだ。
そうじゃないけど…ノエルはばつの悪そうな顔をした。
「ノエル…僕のことは気にしなくていいよ。
きみは男だし…いつまでも僕の奥さんではいられないだろう…。
思うとおりに生きればいいんだよ。
好きな人ができたのなら…その人と幸せになることを考えなさい。
いつまでも僕の傍に居たら幸せを掴みそこなうかもしれない…。
吾蘭の母親である以上…どうしても周りはきみを女性扱いするだろうから…。
きみが本当になりたかったのはお母さんじゃなくてお父さんだろ…? 」
紫苑さん…。
ノエルは言葉につまった。
笑顔を絶やさない西沢…ノエルの心が痛んだ。
「吾蘭のことは…僕が責任を持つ…。
だから…今までのことは忘れて…自由にこれからの道を選びなさい…。 」
西沢はいつものようにノエルの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
そんなことがあってからも…しばらくはいつもと変わりない生活が続いた。
西沢はそれ以上何も言わなかったし…ノエルもカンナとの付き合いを内緒にはしなかった。
最初の族長会議が御使者やエージェントによる調査結果の発表や庭田による全国の能力者への警鐘と提案を聞くだけに止まったのは、その内容が即決できるものではなかったためで、決して会議が物別れに終わったためではなかった。
会議が開催されたことだけでも意義があったと考えなければならないような状況の中では、庭田としてもその場でそれ以上の進展を望むべくもない。
会議に招かれた立場ではあっても…決して裁きの一族の協力を得られたというわけではなく、有力な支持があったというわけでもなかった。
「しばらく鳴りを潜めているあいつ等が…何かことを起こせば状況は変わるわ。
能力者の間にもっと切迫した危機感が生じたなら…前回のように協力体制が出来上がるはずよ…。
この国の連中を太平の眠りから目覚めさせるのには…ほんと荒療治が必要ね…。」
まったく…もう…呆れるわ…。 麗香は歯痒そうに唇を噛み締めた。
「あんまり焦らないことよ…お姉ちゃま…。
下手をすれば…庭田が能力者の支配を企んでいると勘違いされるわ…。
そうなったらHISTORIANの思う壺よ…。 」
スミレは苛立つ麗香を窘めた。
待つのよ…必ず…痺れを切らして動き出すわ…。
庭田を潰すことも…紫苑の赤ちゃんのことも奴等は決して諦めたわけじゃない…。
あいつ等は敵とみなしたものは何処までも追うの…。
そう…それは万のつく歳月の昔から…少しも変わらない…。
奴等は…時を越えた魔物なんだから…。
次回へ
要請を受けてから三ヶ月…これでも極めて順調に進んだ方だ。
纏め役の宗主側は下手をすれば…開催まで半年はかかるだろうと予想していた。
裁きの一族が如何に絶大な権力を誇ろうとも…それは裁定人として動く時のことであって…纏め役は進行係に過ぎない。
切羽詰れば威力を発揮するが…そうでない限りはああしろこうしろと他家の長に向かって命令する権限はないし…あったとしてもするつもりもない。
それゆえ…こちらで開く族長会議での混乱を避けるために…まずは地域内で族長会議を開いて貰い…よくよく現状を話し合った上で地域ごとに代表者を決めて送って貰うことにした。
ところが…ほとんどの一族は普段から付き合いのある家門以外の他家に対し閉鎖的なのが普通である…。
同じ地域に住んではいても存在すら知らないなんてこともざらで…本来なら地域内で集まることすら到底不可能な状態だった。
幸いというべきか…先回の事件で多少なりと連絡を取り合った経験から大きい家門がそれなりに動き…族長や家長が集まるには集まって何とか会議は行われた…。
しかし…会議が進行するにしたがって…今度は何家を代表にすべきか…が大問題となった。
それぞれの家門の誇りと意地が邪魔をしてなかなか決まらない。
開催する方にしてみれば…何家でもいいから指導力のあるところに来て貰うのが一番なのだが…昔と違ってこういう時はここに限るという代表的家門がないから…かえって難しい。
何度も会議を重ねた地域もあったようだ。
そんなこんなで月日が経ち…それでも思ったよりは早く会議の開催にこぎつけることができた。
庭田の智明があちらこちらを回って…今は体面でものを考えている時ではない…と懸命に説得にあたった成果でもあった。
御使者が調査の為に頻繁に動いていたせいか…誘拐未遂事件で若い能力者が動揺し始め、警戒を強めたためか…HISTORIANはあの事件以来、吾蘭の周りをうろつかなくなった。
勿論…諦めたわけではなく、機会を狙っていることは確かだが、予想外にも事件が公けになったために被害者である吾蘭に人の目が集まり、簡単には手を出せない状態になった。
まさか西沢が警察沙汰にするとは考えて居なかったのだろう。
今また吾蘭を狙えばHISTORIANが犯人だと自ら名乗り出るようなものだ。
警察の方は誤魔化せるとしてもこの国の能力者たちの眼を欺くことはできない。
西沢にしてみれば…たまたま院長が警察を呼んでしまったから成り行きに任せただけで他意はない。
捕まった三人の力を封じた処置は裁定人としては至当のこと…。
意図したわけではないのだが…どうやら…結果的に西沢はそうそう甘い男ではないというところを見せ付けてしまったようだった。
ヨーランの中でアブゥ…アブブと話す声がする。
最初のひと月はおっぱいを求めて唇をちゅくちゅく動かすのを西沢やノエルがまるで声であるかのように捉えていただけだったが…この頃では間違いなく本物の声…それも何かを話すようになってきている。
意味は不明…。
吾蘭はよく寝る子で夜中に泣き騒ぐことはめったにない。
夜泣きで困っているお母さんの話なんかを聞くと…アランは手がかからない子で助かりだ…とノエルは思う。
機嫌のいい吾蘭にお休み前のミルクを飲ませながら…今日の出来事なんかを聞かせてみる。
お父さんがねぇ…吾蘭の絵を描いてくれたよ…とか…ノエルの居ない間…アラン何してたの…とか…。
バイトに復帰したのは前期試験が終わった頃だった。
体調も完璧だと自分では思う。
吾蘭は普段…家で仕事をしている西沢が看ていてくれる。
西沢が忙しい時や外の仕事の時は、ノエルがバイト先の智哉の店へ連れて行く。
講義などが重なる時は実家で母親…倫が見ていてくれた。
他のお母さんたちよりずっと楽をしている…と自分でも分かっている。
アランは可愛いし…紫苑さんはめちゃめちゃ喜んでくれた…。
文句なんかあるはずないのに…僕が産むって決めたのに…。
最初は何とも思わなかった。
紫苑さんに赤ちゃんを産んであげられることになって…嬉しかったもん。
けれど吾蘭を産んでから日が経ち…身体が回復し…吾蘭の居る生活に慣れてくるに従って…なぜだか…どんどん不安になってくる。
お母さんになってしまった…から。
このまま…僕は女で居なきゃいけないんだろうか…?
お母さんだから…もう男だって言っちゃいけないんだろうか…?
だけど店の人たちは…吾蘭は僕が産んだ子だとは知らない。
僕のカノジョが産んだと思ってる。
眠りかけた吾蘭のオムツを取り替えて…そっとお休みを言う。
子ども部屋は仕事部屋の隣…これまでは客間のように使っていたところ…。
寝室では西沢が本を読んでいた。
この頃…吾蘭に時間を取られるせいかページがあまり先に進んでいないようだ。
書店に行く回数がめっきり減っている。
HISTORIANの嫌がらせのせいで生地を張り替えた籐のソファに腰を下ろしてノエルはぼんやり天井を仰いだ。
「退屈そうだね…? 」
西沢が…何処となく持て余し気味の様子の窺えるノエルの方に眼を向けた。
身体は忙しいんだけど…心が退屈…何か枯渇状態…。
西沢はそうか…と頷いた。
西沢の表情が少し曇ったことにノエルは気付かなかった。
おいで…ノエル…遊ぼう…。
微笑みながら西沢が手を伸ばした。
ノエルも笑顔浮かべてその腕の中へ飛び込んだ。
いつものように愛し合いながら…西沢は秘かに胸の内で思った。
子どもを産むという目的を果たしてしまったから…焦れてきたんだ…。
もう…僕では…だめなんだね…。
どうしたって…代わりは務まらない…。
きみの心がやっと16歳の壁を突き破ったってこと…喜ぶべきなんだろう…。
そろそろ…いい女…見つけなよ…。
その話は…智哉の口からノエルに伝えられた。
近所の世話好きなおばさんが…ノエルにぴったりという縁談話を持ってきたのだ。
勿論…ノエルに誰が産んだかは不明の子どもが居ることは相手にも分かっている。
だって…相手は近所に住んでいてノエルの中学の時の後輩…幼馴染…。
カンナ…というその娘は転勤族だった父親が最近脱サラで始めた弁当屋でバイトをしていて…時々ノエルの店にも配達に来る。
幼い頃よく公園などで一緒に遊んだが高1の始めに何処かへ引っ越して行った。
ノエルが店でバイトをするようになってから退職した父親についてこの町に戻って来た。
結婚はともかく…ちょっと付き合ってみたらどうだ…という智哉の勧めでノエルはカンナとデートすることにした。
少し前に智哉の許へは西沢から…ノエルに巣立ちの兆しが見え始めた…との知らせがあった。
西沢の気持ちを考えれば…胸が痛むが…これもノエルが男として生きていかれるかどうか…の正念場…智哉は心を鬼にしてカンナと付き合うことをノエルに勧め、西沢にもノエルに縁談があることを打ち明けた。
西沢はただ…分かりました…とだけ答えた。
西沢に吾蘭を任せっぱなし…ということもあって気がひけるのか、ノエルはカンナとデートするたびに、そのことを誤魔化すのに四苦八苦しているようだった。
黙ってないで話せばいいのに…と西沢は苦笑した。
「ノエル…誕生日…どうする…? 去年は悪阻でお祝いできなかったけど…。
今年も…先約があるんじゃないのかい…? 」
隠すなんて馬鹿な苦労しなくて済むように西沢はこちらから訊いてやった。
えっ…とノエルは驚いたように西沢を見た。
やれやれ…と西沢は半ば呆れたような笑みを浮かべた。
「お父さんから聞いてるよ…。 いい話があるんだって…?
何で黙ってるの…? 僕がデートの邪魔をするとでも思ったのかい…? 」
冗談っぽく言いながら西沢はノエルの顔を覗き込んだ。
そうじゃないけど…ノエルはばつの悪そうな顔をした。
「ノエル…僕のことは気にしなくていいよ。
きみは男だし…いつまでも僕の奥さんではいられないだろう…。
思うとおりに生きればいいんだよ。
好きな人ができたのなら…その人と幸せになることを考えなさい。
いつまでも僕の傍に居たら幸せを掴みそこなうかもしれない…。
吾蘭の母親である以上…どうしても周りはきみを女性扱いするだろうから…。
きみが本当になりたかったのはお母さんじゃなくてお父さんだろ…? 」
紫苑さん…。
ノエルは言葉につまった。
笑顔を絶やさない西沢…ノエルの心が痛んだ。
「吾蘭のことは…僕が責任を持つ…。
だから…今までのことは忘れて…自由にこれからの道を選びなさい…。 」
西沢はいつものようにノエルの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
そんなことがあってからも…しばらくはいつもと変わりない生活が続いた。
西沢はそれ以上何も言わなかったし…ノエルもカンナとの付き合いを内緒にはしなかった。
最初の族長会議が御使者やエージェントによる調査結果の発表や庭田による全国の能力者への警鐘と提案を聞くだけに止まったのは、その内容が即決できるものではなかったためで、決して会議が物別れに終わったためではなかった。
会議が開催されたことだけでも意義があったと考えなければならないような状況の中では、庭田としてもその場でそれ以上の進展を望むべくもない。
会議に招かれた立場ではあっても…決して裁きの一族の協力を得られたというわけではなく、有力な支持があったというわけでもなかった。
「しばらく鳴りを潜めているあいつ等が…何かことを起こせば状況は変わるわ。
能力者の間にもっと切迫した危機感が生じたなら…前回のように協力体制が出来上がるはずよ…。
この国の連中を太平の眠りから目覚めさせるのには…ほんと荒療治が必要ね…。」
まったく…もう…呆れるわ…。 麗香は歯痒そうに唇を噛み締めた。
「あんまり焦らないことよ…お姉ちゃま…。
下手をすれば…庭田が能力者の支配を企んでいると勘違いされるわ…。
そうなったらHISTORIANの思う壺よ…。 」
スミレは苛立つ麗香を窘めた。
待つのよ…必ず…痺れを切らして動き出すわ…。
庭田を潰すことも…紫苑の赤ちゃんのことも奴等は決して諦めたわけじゃない…。
あいつ等は敵とみなしたものは何処までも追うの…。
そう…それは万のつく歳月の昔から…少しも変わらない…。
奴等は…時を越えた魔物なんだから…。
次回へ