その後も亮は仲根について、母の実家である倉橋家や滝川の本家にも調査に出向いたが、それほど変わった収穫は得られなかった。
西沢の本家では族長の祥から話を聞いたが、さすがに西沢の子どもを襲うのに西沢の養家の者に声をかけるようなことはしなかったとみえて、ひとりも誘いを受けた者は居なかった。
各地域の御使者の調査結果を分析すると、何者かに声をかけられた若手が多いのは、比較的規模の小さい家門か、規模の大きい家門の一員ではあるけれどトップには立てない家格の低い異姓の家だった。
島田と宮原とは同族で家格もそんなに低くはないが二姓合わせても規模はそれほど大きくはない…。
昔はもう少し羽振りを利かせていたが…時代の流れか…一族からだんだんに力のある能力者が失われて行った結果だった。
いっそ家門がなくなってしまえば何も考えず自由に生きられるものを…旧態依然とした家門という重圧の中で身動きできない息苦しさを抱えた若い層…。
ここを出て何かを掴みたいという気持ちを煽るように、指示通りに動けばきみたちの新しい世界が開けるみたいなことを言って聞かせる。
何をしてもばれなきゃ犯罪にはならない…なんて安易な考え方でとんでもないことを仕出かしてしまう。
ばれなくってもそれは立派な犯罪なんだって意識が希薄…。
う~ん…族人教育以前の問題かもね…。
先輩たちの提出した報告書の控えを読みながら亮はそんなことを思った。
「おかしいわね…。 今日は木俣くんについて貰うつもりだったのに…。
ひょっとして何処かから目的地へ直行したのかしら…? 」
花園室長は木俣の携帯へ連絡を入れてみた。
案の定…木俣は出先から直で仕事先に向かっていた。
あ…そうなの…いいえ…別にたいした用事じゃないから…そのまま向かって…。
「亮…あかん…振られたわ。 今日は外勤なし…。
仕方ないからそこの書類整理してくれる? ちょっと大変かも知れんけど。
ごちゃごちゃになってると思うわ…。 」
花園室長は済まなさそうに言った。
書類の角のマークを合わせれば…大概は分類できると思うわ。
微妙なやつは訊いてくれればいいからね…。
ファイルなんかの事務備品は棚の下の開きに入っているから…。
分かりました…。 亮は書類棚の方へ移動した。
棚は行儀の悪い客の荒らした書架よりもひどい有様だった。
いつ整理したかも分からないほど…。
事務的なことは内勤がやっているから…この棚の書類は提出の済んだものの控えばかりなんだろうけれど…それにしてもすごい。
谷川書店最古参バイト木之内の本領発揮…。
亮は黙々と仕事をこなした。
お客が来ない分…邪魔されずに書類に専念することができた。
室長は忙しそうに電話やパソコンと格闘を続けている。
今日はみんな外を回っているようで、昼近くになっても誰もこの部屋には戻ってこなかった。
半日ほどかけて…ようよう書類棚らしく見えるようになった。
後はわけの分からん幾つかの書類をどうするか…。
「室長…これだけよく分からないのが出ました。 分類どうしましょうか? 」
亮は花園室長のところへ何部かの書類を持っていった。
室長はパラパラと書類の束を捲って目を通すと亮に渡した。
『よう分からん』ファイルを作っちゃっていいよ…と事も無げに言った。
担当者がここじゃ嫌だと思ったら自分で該当ファイルに移すだろうから。
ま…私の予想じゃ…そのままだろうね…ははは。
ははは…って大丈夫かよ…そんなんで…。
亮は胸の内で嘆いた。
丁度…出入りの弁当屋が弁当を運んできた。
室長は弁当を受け取ると亮にひとつ渡した。
「休憩しよう…。 腹がへっては戦はできぬ…だ。 ご馳走したの内緒だよ…。他の連中が嗅ぎつけると俺も私も…って強請られるからね。 あはは…。 」
室長は豪快に笑った。
亮は礼を言って急いでお茶を淹れた。
弁当を食べながら…亮は初めて親父のカノジョと個人的な話をした。
仲根とは違う…同期の立場から見た有の苦労を話してくれた。
「とにかく…大変だった。 あの頃のお父さんは…。
仲根くんは遠慮があるから上を悪くは言わなかっただろうけど…。
上の連中は旧式な人間ばかりで…しかも揃いも揃って良い家の出身者…。
お父さんの実家も名家とは言え、彼等より家格が下だったし…立て続けに有力な親族が亡くなったために権勢が衰えている状態だった。
だけどお父さん自身は宗主と同じ主流の血を引いているし、能力的にも群を抜いていて本家や外部からは有望視されている。
能力だけでみれば上の連中をはるかに凌いでいたものだから…そのことが連中の気に障って妬まれたんだね。
家にも戻れないほどに働かされて…。
お父さんは文句を言わない人だったけど…はっきり言って苛めだよ…あれは…。
奥さんが家を出て行ってしまってから、一~二年ほどの間に…御使者のお役から上の連中がひとり減り…ふたり減りし始めた。
出世と称して他の部署に移って行ったんだけど…どうやら不審に思った宗主が内々に調べさせて手を打ったらしいと後で分かった。
だって…彼等が移動した先は名目だけの閑職…左遷よ…事実上の…。
宗主万歳ってみんなで叫んだ…溜飲下がる思いがした。
代わりにお父さんがここの室長になり…やがては代表格になり…今は総代格…。
苛めを肥やしにして異例とも言えるスピード出世を果たした。
お父さんはみんなのお蔭だ…俺の力じゃないっていつも言ってるけど…それだけの人柄と能力を持っているからみんなも納得してついて来たんだよ。 」
花園室長の話は亮にとって仲根の話以上に胸の痛い内容だった。
亮の知らない父親の姿が…兄紫苑と重なった。
苦しかったこと…悲しかったこと…ふたりともほとんど自分から話すことはない。
亮の前では何事もなかったかのようにただ笑う…幸せだ…と笑う…。
仲根さんはきっと僕がショックを受けないように…あんなさらっとした言い方で話してくれたんだ…。
ここの人たちは…親父を慕ってくれている…。
親子として気持ちの離れてしまった僕と親父を近づけようとしてくれている…。
そう…感じた。
「こんな話をしたのはね…。
きみが御使者になる決心をしたと聞いたので…ちょっと釘を差して置きたかったから…。
今…きみはこの職場に結構いいイメージを抱いているのだろうけれど…いつまでもこんないい状態が続くとは限らない。
万が一…またあんな連中が上に立つようなことになれば…すべてが変わる。
同族だからってきれいごとばかりで済むような世界じゃないってことを知っておいて欲しかった…。
汚いこと…醜いことは他の世界と変わらない。
むしろ…血の繋がりや家の繋がりがあるためにどろどろとしたものが払拭できないところでもある。
それを覚悟して入社してきなさい。
少なくとも今ここで働いている仲間たちはあなたを心から歓迎するでしょう…。」
そう言って花園室長はきりきりっとした瞳に笑みを湛えた。
ノエルが身体慣らしに散歩に出かけた後、徹夜明けの西沢は吾蘭のヨーランを寝室に運んでベッドの脇に置き、吾蘭が気持ちよさそうに眠っていることを確認してからベッドの上に寝転がった。
ミルクも飲んだし…オムツもかえたし…当分…大丈夫だな…。
そう呟きながら…すぐにうとうとし始めた。
まだ毎日暑い日が続いてはいるが、今日は窓と寝室の扉を開けておくとスーッと風が通って心地よい。
絶好の昼寝日和…まだ午前中だけど…。
爽やかな風に吹かれて眠りの世界へと落ちていく…。
深く…深く…。
西沢の耳になにやらうにゃうにゃ言う声が聞こえる。
どれくらい眠ったんだろう…? ぼんやりと薄目を開けてみる。
レースのカーテンを通して差し込む柔らかい陽射し…うそぉ?…柔らかい…?
暦の上で秋ったって…まだギンギン夏だぜ…。
とにかく…その柔らかい陽射しがヨーランの中に射し込み…吾蘭がなにやら話しているかように見える。
えぇっ…?
思う間に陽射しはするすると西沢の方に迫って来た。
驚いた…あなたか…?
アランと話を…?
不思議かね…とエナジーは訊いた。
いや…アランの方が僕等より話が分かりやすいかも知れないな。
雑念が無いから…。
それよりお力添えを有難うございました。 本当に感謝しています。
お蔭でアランを授かりました。
それは私より…むしろ五行たちの仕事…。
だが…私を通して彼等にも伝わっているよ…その言葉は…。
彼等も言うだろう…よい実を結んでよかったと…。
不安もあるのです…。
オリジナル・プログラムの完全体が…いったいどんな成長を遂げるのか…?
この新しい命に誤った未来を選択させないように…親の僕がどう接し…育てていったらいいのか…。
子どもはよく…誤った選択をするものだ…。
私の産み出したものたちは何度も過ちを犯した。
お蔭で私自身が…幾度となく滅びの危険に晒されている。
それでもすぐに完全に見捨ててしまうには忍びない…。
そうこうしているうちに万の時が過ぎた…。
繰り返し繰り返し…億の時が…。
悠長な話だ…。
しかし…それもいつまでも…というわけにはいかない。
情けも絆も断つときには断たねばならない。
それも…産み出した者の責任…。
人間と違って…他の生命に対する責任がある…。
人間だけをえこひいきすることはできんからな…。
重い責任だ…。
僕なら僕の子どもを育てるだけで手いっぱいだろうに…。
あなたに比べれば…まだ僕は楽な方だな…。
ちょっと…肩が軽くなった気がする…。
ははは…比べられちゃかなわん…。 レベルが違い過ぎる…。
相変わらず…面白い男だ…宇宙と我が身を比較するとは…。
ははは…と…さも可笑しげに笑いながら太極は機嫌良く去って行った。
西沢は吾蘭を抱き上げた。
何があっても…きみが僕の息子であることに変わりはない…。
忘れないで…吾蘭…僕がきみを心から愛していること…大切に思っていること…。
再び眠り始めた吾蘭のあどけない顔を見つめながら西沢は穏やかに微笑んだ…。
次回へ
西沢の本家では族長の祥から話を聞いたが、さすがに西沢の子どもを襲うのに西沢の養家の者に声をかけるようなことはしなかったとみえて、ひとりも誘いを受けた者は居なかった。
各地域の御使者の調査結果を分析すると、何者かに声をかけられた若手が多いのは、比較的規模の小さい家門か、規模の大きい家門の一員ではあるけれどトップには立てない家格の低い異姓の家だった。
島田と宮原とは同族で家格もそんなに低くはないが二姓合わせても規模はそれほど大きくはない…。
昔はもう少し羽振りを利かせていたが…時代の流れか…一族からだんだんに力のある能力者が失われて行った結果だった。
いっそ家門がなくなってしまえば何も考えず自由に生きられるものを…旧態依然とした家門という重圧の中で身動きできない息苦しさを抱えた若い層…。
ここを出て何かを掴みたいという気持ちを煽るように、指示通りに動けばきみたちの新しい世界が開けるみたいなことを言って聞かせる。
何をしてもばれなきゃ犯罪にはならない…なんて安易な考え方でとんでもないことを仕出かしてしまう。
ばれなくってもそれは立派な犯罪なんだって意識が希薄…。
う~ん…族人教育以前の問題かもね…。
先輩たちの提出した報告書の控えを読みながら亮はそんなことを思った。
「おかしいわね…。 今日は木俣くんについて貰うつもりだったのに…。
ひょっとして何処かから目的地へ直行したのかしら…? 」
花園室長は木俣の携帯へ連絡を入れてみた。
案の定…木俣は出先から直で仕事先に向かっていた。
あ…そうなの…いいえ…別にたいした用事じゃないから…そのまま向かって…。
「亮…あかん…振られたわ。 今日は外勤なし…。
仕方ないからそこの書類整理してくれる? ちょっと大変かも知れんけど。
ごちゃごちゃになってると思うわ…。 」
花園室長は済まなさそうに言った。
書類の角のマークを合わせれば…大概は分類できると思うわ。
微妙なやつは訊いてくれればいいからね…。
ファイルなんかの事務備品は棚の下の開きに入っているから…。
分かりました…。 亮は書類棚の方へ移動した。
棚は行儀の悪い客の荒らした書架よりもひどい有様だった。
いつ整理したかも分からないほど…。
事務的なことは内勤がやっているから…この棚の書類は提出の済んだものの控えばかりなんだろうけれど…それにしてもすごい。
谷川書店最古参バイト木之内の本領発揮…。
亮は黙々と仕事をこなした。
お客が来ない分…邪魔されずに書類に専念することができた。
室長は忙しそうに電話やパソコンと格闘を続けている。
今日はみんな外を回っているようで、昼近くになっても誰もこの部屋には戻ってこなかった。
半日ほどかけて…ようよう書類棚らしく見えるようになった。
後はわけの分からん幾つかの書類をどうするか…。
「室長…これだけよく分からないのが出ました。 分類どうしましょうか? 」
亮は花園室長のところへ何部かの書類を持っていった。
室長はパラパラと書類の束を捲って目を通すと亮に渡した。
『よう分からん』ファイルを作っちゃっていいよ…と事も無げに言った。
担当者がここじゃ嫌だと思ったら自分で該当ファイルに移すだろうから。
ま…私の予想じゃ…そのままだろうね…ははは。
ははは…って大丈夫かよ…そんなんで…。
亮は胸の内で嘆いた。
丁度…出入りの弁当屋が弁当を運んできた。
室長は弁当を受け取ると亮にひとつ渡した。
「休憩しよう…。 腹がへっては戦はできぬ…だ。 ご馳走したの内緒だよ…。他の連中が嗅ぎつけると俺も私も…って強請られるからね。 あはは…。 」
室長は豪快に笑った。
亮は礼を言って急いでお茶を淹れた。
弁当を食べながら…亮は初めて親父のカノジョと個人的な話をした。
仲根とは違う…同期の立場から見た有の苦労を話してくれた。
「とにかく…大変だった。 あの頃のお父さんは…。
仲根くんは遠慮があるから上を悪くは言わなかっただろうけど…。
上の連中は旧式な人間ばかりで…しかも揃いも揃って良い家の出身者…。
お父さんの実家も名家とは言え、彼等より家格が下だったし…立て続けに有力な親族が亡くなったために権勢が衰えている状態だった。
だけどお父さん自身は宗主と同じ主流の血を引いているし、能力的にも群を抜いていて本家や外部からは有望視されている。
能力だけでみれば上の連中をはるかに凌いでいたものだから…そのことが連中の気に障って妬まれたんだね。
家にも戻れないほどに働かされて…。
お父さんは文句を言わない人だったけど…はっきり言って苛めだよ…あれは…。
奥さんが家を出て行ってしまってから、一~二年ほどの間に…御使者のお役から上の連中がひとり減り…ふたり減りし始めた。
出世と称して他の部署に移って行ったんだけど…どうやら不審に思った宗主が内々に調べさせて手を打ったらしいと後で分かった。
だって…彼等が移動した先は名目だけの閑職…左遷よ…事実上の…。
宗主万歳ってみんなで叫んだ…溜飲下がる思いがした。
代わりにお父さんがここの室長になり…やがては代表格になり…今は総代格…。
苛めを肥やしにして異例とも言えるスピード出世を果たした。
お父さんはみんなのお蔭だ…俺の力じゃないっていつも言ってるけど…それだけの人柄と能力を持っているからみんなも納得してついて来たんだよ。 」
花園室長の話は亮にとって仲根の話以上に胸の痛い内容だった。
亮の知らない父親の姿が…兄紫苑と重なった。
苦しかったこと…悲しかったこと…ふたりともほとんど自分から話すことはない。
亮の前では何事もなかったかのようにただ笑う…幸せだ…と笑う…。
仲根さんはきっと僕がショックを受けないように…あんなさらっとした言い方で話してくれたんだ…。
ここの人たちは…親父を慕ってくれている…。
親子として気持ちの離れてしまった僕と親父を近づけようとしてくれている…。
そう…感じた。
「こんな話をしたのはね…。
きみが御使者になる決心をしたと聞いたので…ちょっと釘を差して置きたかったから…。
今…きみはこの職場に結構いいイメージを抱いているのだろうけれど…いつまでもこんないい状態が続くとは限らない。
万が一…またあんな連中が上に立つようなことになれば…すべてが変わる。
同族だからってきれいごとばかりで済むような世界じゃないってことを知っておいて欲しかった…。
汚いこと…醜いことは他の世界と変わらない。
むしろ…血の繋がりや家の繋がりがあるためにどろどろとしたものが払拭できないところでもある。
それを覚悟して入社してきなさい。
少なくとも今ここで働いている仲間たちはあなたを心から歓迎するでしょう…。」
そう言って花園室長はきりきりっとした瞳に笑みを湛えた。
ノエルが身体慣らしに散歩に出かけた後、徹夜明けの西沢は吾蘭のヨーランを寝室に運んでベッドの脇に置き、吾蘭が気持ちよさそうに眠っていることを確認してからベッドの上に寝転がった。
ミルクも飲んだし…オムツもかえたし…当分…大丈夫だな…。
そう呟きながら…すぐにうとうとし始めた。
まだ毎日暑い日が続いてはいるが、今日は窓と寝室の扉を開けておくとスーッと風が通って心地よい。
絶好の昼寝日和…まだ午前中だけど…。
爽やかな風に吹かれて眠りの世界へと落ちていく…。
深く…深く…。
西沢の耳になにやらうにゃうにゃ言う声が聞こえる。
どれくらい眠ったんだろう…? ぼんやりと薄目を開けてみる。
レースのカーテンを通して差し込む柔らかい陽射し…うそぉ?…柔らかい…?
暦の上で秋ったって…まだギンギン夏だぜ…。
とにかく…その柔らかい陽射しがヨーランの中に射し込み…吾蘭がなにやら話しているかように見える。
えぇっ…?
思う間に陽射しはするすると西沢の方に迫って来た。
驚いた…あなたか…?
アランと話を…?
不思議かね…とエナジーは訊いた。
いや…アランの方が僕等より話が分かりやすいかも知れないな。
雑念が無いから…。
それよりお力添えを有難うございました。 本当に感謝しています。
お蔭でアランを授かりました。
それは私より…むしろ五行たちの仕事…。
だが…私を通して彼等にも伝わっているよ…その言葉は…。
彼等も言うだろう…よい実を結んでよかったと…。
不安もあるのです…。
オリジナル・プログラムの完全体が…いったいどんな成長を遂げるのか…?
この新しい命に誤った未来を選択させないように…親の僕がどう接し…育てていったらいいのか…。
子どもはよく…誤った選択をするものだ…。
私の産み出したものたちは何度も過ちを犯した。
お蔭で私自身が…幾度となく滅びの危険に晒されている。
それでもすぐに完全に見捨ててしまうには忍びない…。
そうこうしているうちに万の時が過ぎた…。
繰り返し繰り返し…億の時が…。
悠長な話だ…。
しかし…それもいつまでも…というわけにはいかない。
情けも絆も断つときには断たねばならない。
それも…産み出した者の責任…。
人間と違って…他の生命に対する責任がある…。
人間だけをえこひいきすることはできんからな…。
重い責任だ…。
僕なら僕の子どもを育てるだけで手いっぱいだろうに…。
あなたに比べれば…まだ僕は楽な方だな…。
ちょっと…肩が軽くなった気がする…。
ははは…比べられちゃかなわん…。 レベルが違い過ぎる…。
相変わらず…面白い男だ…宇宙と我が身を比較するとは…。
ははは…と…さも可笑しげに笑いながら太極は機嫌良く去って行った。
西沢は吾蘭を抱き上げた。
何があっても…きみが僕の息子であることに変わりはない…。
忘れないで…吾蘭…僕がきみを心から愛していること…大切に思っていること…。
再び眠り始めた吾蘭のあどけない顔を見つめながら西沢は穏やかに微笑んだ…。
次回へ