徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第六十話 利用された者たち)

2006-08-20 23:30:30 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 そろそろと扉が開いた。
薄暗い部屋の中をノエルのベッドの方へと黒い人影が近付いていく。
一人…二人…三人目で、突然、灯りが点いた。

 ギョッとして侵入者は怯んだ。
ベッドに腰掛けた西沢が鋭い視線を向けていた。
両側にもでかい男がふたり…。

 「何の用だ…? 」

廊下にまだ何人か潜んでいる気配がした。
西沢がほんの少しその方へ視線を移動させると…まるで部屋の中へとに吸い込まれるかのように転がり出てきた。

 「おやおや…団体で…。 お見舞いは…ちゃんと時間を考えてくれよ…な。 」

 どうにか気を取り直した正面のひとりが無言で西沢に襲い掛かった。
西沢はその力を軽く弾いた…つもりだったが攻撃を仕掛けた相手はその反動で廊下の向こうの壁まで吹っ飛んだ。

敵だけでなく…亮や仲根の目が点になった。

 「あ…ご免ね。 加減が足りんかったか…? 」

ひとりが西沢の後ろでアランを庇うように抱いて居るノエルの方へ回り込んだ。

 「ノエル…動くなよ。 きみはしばらく暴れてないし…カルシウム不足…骨折でもしたら大変。 」

 ノエルの肩に手をかけようとした瞬間、侵入者はボールのように宙を舞った。
西沢は指一本動かしてはいなかった。

しゃにむに亮や仲根に襲い掛かった連中も他愛なく捻じ伏せられた。 

 こいつらはHISTORIANではない…と西沢は直感した。
下っ端にしても…持ってる能力が弱すぎる…。

 「誰に頼まれた…? 何処の家門の者だ…? 」

 西沢は亮たちに押さえつけられている者たちをじっと見つめた。
何も答えようとはしなかった。
気の毒に…捨石か…。
 この病院は完全看護だから…ノエルとアランしか居ないと思ってたんだろう…。
当てが外れたな…。

騒ぎを感じ取った寝巻き姿の院長とガードマンが飛んできた。
ガードマンが転がっているひとりを捕まえた。

 「おまえたちの長に伝えよ…。 
何を代償に取引したかは知らんが…外から来たものの誘惑に屈して道を逸し…正当な理由なくして同胞を裏切るなら…その報いを覚悟することだ…。 」

 パトカーのサイレンが近付いてきた。
その音を聞きつけて拘束されていない連中が慌てて逃げ出した。
西沢は捕まっている三人の力を封じた。

 お巡りさんたちがばたばたと駆け込んできた。
押さえつけられていた三人は手錠をかけられて連行された。
手帳を開いたお巡りさんが事情を聞くために西沢に近付いてきた。

やれやれ…また今夜も眠れない…。




 今朝の新聞には間に合わなかったらしいが…飯島病院の周りにはマスコミの取材陣が集まっている。
テレビでは朝から…事件報道…。
狙われた有名人の子供…なんて見出しで…。

 新生児誘拐未遂事件…警察の発表ではそうなっていた。
犯人が白状したとされる内容によると…西沢紫苑の妻が産気づいて入院したと知った犯人は…新生児を誘拐すれば金になると考え犯行に及んだ…。
 産んですぐの母親は動きが鈍いだろうし、夜間なら家族も帰ってしまうと考えていたが、産まれたのが夜中過ぎだったため、現場にはまだ数人残っていた。
しかも…思ったより西沢紫苑の腕っ節が強くて敵わず…居合わせた兄弟たちに取り押さえられた…とかなんとか。

 金…目当てねぇ…。 その方がずっとましかも…。
半分寝ぼけながら西沢は思った。
本当は生まれたばかりのアランに悪さするのが目的なんだから…。

 ノエルとアランはよく眠っていた。
あれからミルクを飲んだけれど…味はそれほど気にしてはいないみたいだ。
 むしろ…口当たりが気に入らないみたい…。
そりゃあお母さんのおっぱいの方がいいに決まってるよなぁ…。

 院長と相庭が西沢の代わりに会見をする予定らしい。
本人たちは疲れて休んでいるからってことで…院長先生お疲れさま…少しは休めたのかなぁ…。
まあ…会見が終われば…今日の仕事は優秀な跡取りたちに任せて寝られるかな…。

 誰かが近付いてくる音がした。
亮と仲根は少し前に引き上げていったから忘れ物でもなければ戻っては来ない。
この気配は…あいつだな…。

ノック…というよりは爪先で蹴るような音がして…聞きなれた声が飛んできた。
その声でノエルが眼を覚ました。

 「私よ! 両手がふさがってるの。 早く開けてちょうだい! 」

 西沢が扉を開けると両手に荷物を抱えた輝が現れた。
輝はソファの上に荷物を置くと…ふ~っと息を吐いた。

 「まったく…あなたたちは…私がいなかったら何もできないんだから…。
入院準備品も何も全部マンションに置いたままじゃないの。 」

困ったもんだわ…。
ひとつひとつ几帳面に袋詰めされた中から一番上の他とは別にしてあるのを引っ張り出して輝は西沢に渡した。

 「ほら…紫苑…着替えよ…。 シャワーでも浴びなさい。
ノエル…おめでとう…あらぁ…可愛い~…紫苑のミニチュア版だわ。 」

大声も気にせず眠っているアランを見て輝は思わず微笑んだ。

 「あ…そうそうノエルもパジャマ着替えてね…。
シャワーなら使って良いそうよ。 」

西沢はシャワーを浴びておいでとノエルに勧めた。
夕べから汗だくだったノエルは嬉しそうに輝が揃えてくれた着替えを持って備え付けのシャワー室へ入った。

 「有難うな…輝。 どうも…こういうことには疎くって…。 」

 西沢が礼を言うと…どう致しまして…と輝は笑った。
手が掛かるのはあなたもノエルも一緒よ…。

 「あ…そうだ…輝…夕べここを襲撃した連中について何か読み取れないか…?
仲根って顎鬚の人はそいつ等とは関係ないんだけど…。 」

 ちょっと待ってね…。
輝はゆっくりと部屋の中を歩き回った。

 「え…っとこのお髭のお兄さんは無関係なのね。 あ…これは亮くんだし…。
う~ん…この辺りの者ではないわ…ね。 
 使いっぱしりで…自分たちが襲った相手が何者かもあまり知らないようだわ…。
ただ…この部屋から赤ん坊を連れて来いと命令されただけのようよ…。
小さいけど…一応は何らかの集まりをなしているみたいね…。 」

集まり…ねぇ…西沢は首を傾げた。

 「僕の感じたところではどこかの族人のように思うんだけど…。 」

輝は眼を閉じた。 もう一度探ってみた。

 「そう言われてみれば…ひとりひとりは別の家門に属しているようだわ…。
どういうことかしら…?
よほどのことがない限り…異なる一族の族人が集まって徒党を組むなんてことはしないはずなのに…。 」

 まさか…また若い連中の勧誘や洗脳が始まっているのでは…?
能力者たちを襲った悪夢を思い出して輝は不安げな顔をした。

 「洗脳まではいってないと思うんだ。
三宅の時のように上手いこと言って操っているのかもしれない…。
多分…はぐれた若者たちを集めて利用してるんじゃないかと…。 」

 そうかもしれないわね…。 
でも…それはそれで忌々しきことだわ。

 若者たちが狡猾な何者かに騙されて利用される…家門にとっては頭の痛い話だ。
いつの時代にもそんな事件があちらこちらで起きる。
目覚めて帰ってくればいいが…犯罪に走ったり、深みにはまって抜けられずに命の危険に晒される者も少なくない。

 ふたりが少し重い気持ちになっているところへ、気持ち良さそうに鼻歌まじりでシャワー室からノエルが戻ってきた。

 「輝さん…コーヒー飲むでしょ? アイスがいい? 」

受話器を取りながらノエルは訊いた。
ここのコーヒー結構いけるよ…。

 「そうね…今日は暑いから…アイス。 紫苑…あなたも早くシャワー浴びてきなさいな…。
ベビーのミルクは私が作っとくわ…。 」



 テレビ画面や新聞に映し出された犯人たちの顔を見て、彼等の属する家門の長は飛び上がらんばかりに驚いた。

 こりゃあ…どういうことだ…?
生まれたばかりの赤ん坊をを誘拐しようとしただとぉ…?
 なんでまた…あいつがそんなことをしでかすんだ…?
しかも…他の一族の者と結託して…?

 予想もしなかった事態が起きたことに頭を抱えた。
長たちは慌てて彼等の他に馬鹿な行動に走っている者は居ないかと確認を急いだ。

 すると…何人かの若者が何者かに声をかけられていたことが分かった。
さらに周辺の付き合いのある一族の長と連絡を取ってみると自分たちの家門だけではなく、あちらこちらで若い層が誘いを受けていることも分かった。

 そればかりか若い層が集まって新しい家門を結成しようとしているらしい。
まるで同好会でも作ろうかといったふうな気楽な考え方で…。
何を馬鹿な…家門などというものはそう簡単にできるもんじゃないわ…!

 庭田の智明が訪ねて来て内部の者の動きによく注意するようにと忠告していったのはこのことだったのか…。
庭田の言うとおり…あの連中は危ない。
今まさに被害に遭いかけている一族の重鎮たちは一様にそう感じ始めた。

 大変なことになった…これは我が国の能力者すべてに関わる一大事。
ひとつふたつの家門が動いたところでどうしようもない…。
ここはひとつ裁きの一族の宗主に動いて貰わねば…。

 長たちはそれぞれ…裁定人に族長会議の開催を要請することにした。
今のところ…全国の家門の長に口を利けるほどの権威を持つ者は…裁きの一族の宗主だけだったから…。








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