広益本草のミイラ薬
江戸時代には、大変多くの本草書(生薬の研究書、解説書)が、刊行されました。「広益本草」は、特に大部の書で、ミイラについても述べられています。
中東やヨーロッパでは、大量のミイラが薬としてもちいられました。その影響は、江戸時代の長崎の出島から、日本に及んだのでしょう。しかし、あまり長くは、用いられなかったようです。
公益本草
第19巻 人部(人部とは、恐い分類である。人体に由来する薬の項目である。まあ、現在でも、生身の人体から臓器を取り出したりしているようですから、国によっては、普通のことかも知れませんね。妖怪より恐いのは、人間。)
以下、本文。
木乃伊 もくないい ミイラ
別名 密人
肢体の折傷を治す。少しばかり服用すれば、たちどころに治癒する。
陶九成の「輟耕録(てっこうろく)」に言う。
「天方国に、7・80歳で、身を捨てて衆を救おうとする人がいた。
飲食をせず、ただ身を洗う。
蜜だけを食べて月を経ると、便も尿も、皆蜜となる。
それから、死亡する。
死後、その国の人は、石棺に蜜を満たして、その死体を浸す。その棺に、葬った年月を刻んで、安置する。
百年を待った後、封を開くと、蜜剤となっている。
骨折した人に、少しばかり服用させると、たちまちに、治癒する。その国の人であっても、手にいれるのは、難しい。また、これを蜜人とも謂う。」
今、外国から来た薬に、「蜜伊辣(ミイラ)」というのがある。
伝え聞く所では、彼の国の土中に、力ある者が死ぬと、石の棺に隠し、諸々の香木の液を用いて、カメを岡原に埋める。永い年月を経て、香液が肉に入り、腐らない。
塚を掘り、屍(しかばね)を取り、薬とする。
瘀血(おけつ)を消し、折傷を治す。
近頃、完全な形の屍体が、輸入される事がある。
白い布をもって、たたみ包み、三重に巻かれている(ミイラは布でぐるぐる巻きにされている様子)。
この屍(しかばね)を、七〇〇余年後に掘り出すと、黒光色であって、形は全く損じていない。
その肉を削って手の掌でこすると、潤い軟らかである。
これを焼けば、乳香や、松脂の香りがする。
これらは、陶九成の謂うミイラの類である。
今、毎年渡って来る物は、多くは人肉、あるいは馬牛の肉を加熱して焦がし、諸木の樹脂液に浸したものである。
湿っていて臭い。
これは、唐の陳蔵器の謂う、質汗(しつかん)の類(たぐい)である。
陳蔵器が言うには、「質汗」は、西方より出る。
檉乳(注:樹脂の一種であろう。檉ていは、和名ギョリュウ))、松涙(注:松脂か?)、甘草、地黄を煎じて、加熱した血を併せて、製したものである。
悪血を消し、血気を下し、金瘡、折傷、瘀血(おけつ)、肉損には、酒と一緒に服用する。
また、患部につける、と。
また、古様(ふるで)と云うのがある。
布の中に人肉がある。
用いて良い効果がある。
あの湿って臭く、布に巻かれていないのは、獣の肉であるかどうかは、はっきり分からない。
用いるには耐えない。
かつ、今の人は、ミイラは、死を起こし(起死回生)、危(あやうき)を救い、万病を治し、気血を養い、諸虚を補う、と謂っている。
しかし、これは、誤りである。
ただ、内出血を散らし、疼痛を止め、打撲、骨折、傷を治す効果があるだけである。
他の効能はない。
以上
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