森の中から聞こえる怪しいお囃子の音
原題「森囃(もりばやし)」諸国里人談
2024.5
亨保のはじめ、武州(東京)相州(神奈川県)の境界の信濃坂に、毎夜、お囃子の音が聞こえた。笛、鼓(つつみ)などの音がし、五人が歌っていたが、その中に老人の声が一人いた。
近在又は江戸などより、これを聞きに来る人が多かった。十町四方に響き聞こえていた。はじめはその所がわからなかったが、しだいに近く聞きつけて行くと、その村の産土神(うぶすながき)の森の中であった。時として篝火が焚きいている事があった。翌日に見れば、青松葉の枝が燃えたのが境内にあった。或いはまた青竹の長さ一尺あまりの大きいのが、森の中に捨ててあった。
これはかの鼓(つつみ)であるのだろうと、人々は言いあった。ただ囃の音のみであって、何の禍い(わざわい)もなかった。一月をすぎても囃子の音は、止まなかった。夏のころより秋冬かけてこの事があった。しかし、次第次第に間遠に成った。三日五日の間、それから七日十目の間をあけるようになった。
はじめの頃は、聞く人も多くいて、何ともおもわなくなったが、その後は、自然とおそろしく感じるようになった。
翌年の春の頃、囃のある夜は、里人も門戸を閉めて外出しなくなった。
お囃子の音も、段々と低くなって、春の終わりには、いつともなく止んでしまった。
諸国里人談巻之二 妖異部 より
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