俺にも言わせろパート2
2024年12月10日
政治家に最高のモラルを求めるのは諦めよ。
人格人品知識すべてを兼ね備えた政治家が理想ではある。しかし現在のような激動期に強いリーダーシップを発揮する政治家の出現が望まれるときに如何なものか。世の中を動かすのは民衆だが、政策を実行するには時に傑物が出現するものだ。
歴史に学ぶと必ず出て来る信長や秀吉が品行方正で人格者であったかは大いに疑問である。人類僅かの歴史の中で、わずか500年以内で人間の本性が変化するとも思えない。野球選手には技量を発揮してもらい、藤井聡太には将棋で勇気をもらう。著しく人格卑しければだめだが、求めるものが違う。政治家にはより良い日本に導いてもらうのが使命である。金にルーズだったり女にだらしないとかは許容範囲内であれば多めに見ても良いのではないか。許容範囲は人によって著しく異なる。これが厄介だが、現在は「完璧」を求めすぎている。岸和田市長にも兵庫県知事にも「許すからちゃんとやれ!」と、言えば大いに仕事してくれるのではないか。筆者は、斎藤氏が全会一致で罷免された時から、今一番ハラスメントのリスクのない知事は彼だとの論説を唱えた。残念ながら多数のご批判をいただいたが、県民の多数は再度チャンスを与えた。岸和田の知事の場合は「不倫のこじれ」なのでやや小者だが、「不倫するような人が政治家は出来ない。」とのご宣託には同意できない。この手の話は、見つかったから「悪い人」になるのであって、見つからない人は「良い人」でもない。
人もうらやむような高位な職業の御仁ほどモテるし、女性関係も華やかだ。しかし、仕事も優秀だ。(偏見ではない。)
昔、有名な政治家は、記者に「あなたには3人の妾がいるが、」と問われ、「正確に言ってくれ4人だ。それで君に何か迷惑をかけたか?」と、平然と返した。このような腹の座った政治家の出現を今、求めている。