昨年はこの拙いブログを閲覧、コメントいただきありがとうございました。
今年もボチボチながら更新してまいりますので、宜しくお願い致します。
さて、正月2日は実家の江戸川区に行きました。
初めに、母のいる老人ホームへ行きました。
ホームのスタッフさんに「風邪が流行っていて母の部屋へは行けない」と言われましたが、それでもスタッフさんが「では、お母さんを連れてきましょうか」と言ってくれて、私は母と会うことができました。
母は具合が良かったようで、私に「帰ってきたのか?」と尋ねました。
私が大阪に転勤していた時の記憶に戻ったのです。私が息子だとわかった証拠でした。
母と30分ほど話して、それから私は実家に行きました。
亡くなった長兄の嫁さんが独りでおりました。
私は義姉と1時間半ほど話しました。
殆どが、昨年亡くなった次兄の嫁さんの不満でした。
話を聞きながら、私は「兄貴達が生きていたら、俺がこんな話を聞かなくてもよかったのに。
これも独り残された弟の役目か…」
と思いました。
最後に私の家に行きました。
妻も娘もおりましたが、玄関口に出てきたのは娘でした。
私は娘から私宛の年賀状3枚をもらい、そして調布のアパートへと帰りました。
次の日の3日は、長男が孫のハナちゃんを連れて来てくれました。
私はハナちゃんに、昨年買っておいたアンパンマンの人形をあげ、アンパンマンの絵のお年玉袋のお年玉をあげ、そして前もってTSUTAYAで借りておいたあんぱのDVDを見せてあげました。
ハナちゃんはとても喜んでくれました。
そして私の部屋中のモノを引っ張り出し散らかしていきました。
醤油もこぼしました。
でも私は怒ることなく何も言わないでこぼれた醤油を拭きました。
息子が「ゴメンナサイをしなさい」とハナちゃんに言うと、ハナちゃんは「め-ん-な-さ-い」と言いました。
躾けは父親である息子にお任せです。
私は最初から怒るつもりはありませんでした。
"孫が可愛い"というのは、こういうことでしょうか…(笑)
孫は私のことを「アッキー」と呼んでくれます。
これからも「ジージ」とは呼ばせないつもりです。
やっぱり私は"ジジ馬鹿"ですネ。
今年もボチボチながら更新してまいりますので、宜しくお願い致します。
さて、正月2日は実家の江戸川区に行きました。
初めに、母のいる老人ホームへ行きました。
ホームのスタッフさんに「風邪が流行っていて母の部屋へは行けない」と言われましたが、それでもスタッフさんが「では、お母さんを連れてきましょうか」と言ってくれて、私は母と会うことができました。
母は具合が良かったようで、私に「帰ってきたのか?」と尋ねました。
私が大阪に転勤していた時の記憶に戻ったのです。私が息子だとわかった証拠でした。
母と30分ほど話して、それから私は実家に行きました。
亡くなった長兄の嫁さんが独りでおりました。
私は義姉と1時間半ほど話しました。
殆どが、昨年亡くなった次兄の嫁さんの不満でした。
話を聞きながら、私は「兄貴達が生きていたら、俺がこんな話を聞かなくてもよかったのに。
これも独り残された弟の役目か…」
と思いました。
最後に私の家に行きました。
妻も娘もおりましたが、玄関口に出てきたのは娘でした。
私は娘から私宛の年賀状3枚をもらい、そして調布のアパートへと帰りました。
次の日の3日は、長男が孫のハナちゃんを連れて来てくれました。
私はハナちゃんに、昨年買っておいたアンパンマンの人形をあげ、アンパンマンの絵のお年玉袋のお年玉をあげ、そして前もってTSUTAYAで借りておいたあんぱのDVDを見せてあげました。
ハナちゃんはとても喜んでくれました。
そして私の部屋中のモノを引っ張り出し散らかしていきました。
醤油もこぼしました。
でも私は怒ることなく何も言わないでこぼれた醤油を拭きました。
息子が「ゴメンナサイをしなさい」とハナちゃんに言うと、ハナちゃんは「め-ん-な-さ-い」と言いました。
躾けは父親である息子にお任せです。
私は最初から怒るつもりはありませんでした。
"孫が可愛い"というのは、こういうことでしょうか…(笑)
孫は私のことを「アッキー」と呼んでくれます。
これからも「ジージ」とは呼ばせないつもりです。
やっぱり私は"ジジ馬鹿"ですネ。
微笑ましく拝見しました。
今年も宜しくお願い致します。
今年一番目のコメント、ありがとうございます。
息子が孫を連れて来てくれたんです。
とても嬉しかったんです。
孫と会うたびに、孫が愛おしくなっちゃってネ!
"人生"って、まだまだ、感じること、想うこと、考えることがたくさんあるんですね。
これからも人生を味わって行きたいと思います。山あり谷ありですがね!
私はいまインフルエンザにかかってしまい仕事を休んでいます。
とおりすのさんも季節がら風邪など引きませんように、ご自愛ください。