かつては愛されていたフリーダムで派手好きな性格も、時代の流れと共に嫌悪感へと変わる。フランス革命でそれが顕著に現れ、37歳の若さで処刑台の上で命を落とす。悲劇のヒロインとして今でも語り継がれているフランス国王ルイ16世の王妃マリー・アントワネット。規模は違えど、僕はある少女を彼女に重ね合わせようとした。女子高生アルバイトのWである。
「実は少女さんは、僕に無いものを最低でも3つは持っているんですよ」
「エー、何ですか?」
「まず、笑顔。それと愛嬌。そしてもう一つは黒髪ロングです」
「アハハハハ」
2012年6月10日。“無断欠勤少女”はこの日を最後に僕の前に姿を見せる事は無かった。この影響で当時はシフトに穴が開く事が多くなり、Wに急遽シフトインして貰う事もあった。
「もう今日で5日連続ですよね。本当にすみません」
「あ、全然良いですよ。本当はもっとシフト入りたいんですよ」
Wのその言葉を聞いて安心した。彼女は少女と違い、やる気がある。入社から2ヶ月以上経過し、アルバイトスタッフの中でも5本の指に入るシフトイン頻度の高さが功を奏し、仕事にも大分慣れてきており、ESも高くなっていると感じた。5月分の給料は高校1年生にしては高すぎるであろう7万超えを達成しており、お金がある程度貯まれば辞めてしまうのではないかと危惧していたが、その不安も前述の発言により掻き消された。彼女はむしろ、まだまだお金が欲しいようだ。
「過去にこの店で一番長く在籍した高校生スタッフはどれくらいの期間居ましたか?」
「そうねえ……あ、大学に入るまで続けた子なら、かなり長く居たわよねえ」
「かなり長くって、もう年単位ですか? 1年とか2年とか」
「そうそう、2年は確実に続けていたわよ」
ベテランの主婦パートの証言により、高校生アルバイトの最長記録は約2年である事が判明。それを上回る高校生を一人でも輩出させる事を僕の目標に決めた。Wの入社2年後は高3の4月。受験勉強がある事を差し引いても、それまでなら続ける事は不可能ではないはず。お金が欲しいなら尚更と思っていた。一つの人事異動が敢行されるまでは。
「では、邪魔者はHにおいとましますね~」
柔らかい口調と女性のような言葉遣い。おネエ系キャラで多くのスタッフの信頼を得ている27歳男性の店長が、6月25日に現在のK店からH店へ異動する事になってしまったのだ。
「ちょっと待って下さい。行かないで下さいよ」
僕は止めにかかった。無理だと解っていても止めずにはいられなかった。K店の社員は店長とマネージャー、僕の3人のみ。マネージャーが厳しいこの店の平和は店長の存在によって守られているも同然だった。当然Wも店長信者の一人。
「大丈夫よ~。だって新しい店長は今年の2月までここの店長だったんだもの。あたしが居たのは半年にも満たないのよ。本来の店長が戻ってくるだけよ~」
“本来の店長”はアラフォーの女性で、7年以上のキャリアを持つ。
「新店長? そうねえ、厳しいわよ。でもやる事をちゃんとやっていれば何も言わない人だから」
主婦パートからも情報を入手。知れば知るほど僕を不安にさせた。
それでも人事異動は何があっても覆らない。ならば手を打つしかない。僕は真っ白なノートの表紙に『新規スタッフ専用情報交換ノート』と書き、1ページ目にこう綴った。
現段階で明らかになっているポイントは「クレンリネス」です。今までより「清潔」を心がけて下さい。特にフライヤー回りの揚げカス、油汚れ等はお客様から見えるものですので、気付いたらすぐに拭き取る事を心がけてみて下さい。私もですので気を付けます。
(6月24日の書き込みより)
前職の職場に存在した『引継ノート』からヒントを得て、春以降に入社したWを含む2人の女子高校生アルバイト専用の連絡ノートを作った。これはアラフォー店長攻略ノートでもある。彼女は綺麗好きである事がマネージャーからの忠告により判明したのだ。ノートを新規スタッフ専用にした事には理由がある。僕も4月に入社した“新規”であり、僕と女子高生アルバイトしか中を覗けないようにする事で、例えばWが仕事で解らない事、でも古参スタッフには聞きづらい事を書くと、それを読んだ僕がその下に回答を記入する。抱えている問題をこのノートで一つずつ解決し、人事異動という大きな山場を乗り越えたかった。
しかし、新店長体制になって僅か数日で、僕の作戦は早くも崩壊した。
「うちの店はノートを禁止しているのよ。言いたいことがあるなら口で皆に伝えなさい」
アラフォー店長に怒られた。従業員同士のコミュニケーションの為にもノートを禁止している事が判明。そもそも普通の引継ノートが存在しない事を前々から疑問視していたが、その理由も明らかになった。せっかく書いたノートも処分する事になり、最後の悪あがきで長文を書き殴った。
ちょっとこの場を借りて、音信不通の少女さんについてコメントさせて下さい。2度の無断欠勤の末に前店長が説教したと聞いた時点でもう来なくなるんじゃないかと危惧していました。それでも来てくれた6月10日に私はマイナスな事は一切言わず良い点を挙げて「それをもっと伸ばして」みたいな感じで励ましました。それでもとうとう来なくなり、正直どうすれば良いのか解らなくなっています。
ただ一つだけ言えるのは、遅刻しないで来てくれるのを当たり前と思わず感謝するスタンスは変えないという事です。これからも誰が怒ろうが私はフォローに回りますし、誰が褒めなくても私は良い所を見つけて褒めるつもりでいます。
どうか私の事は嫌いになってもこの店の事は嫌いにならないで下さい。
(6月28日の書き込みより)
そう、僕は少女を失ったショックを未だに抱えている。少女が全面的に悪いとしても、僕の何がいけなかったのかと考えてしまう。本当にどうすれば良いのか解らなくなった。
「Wさん、すぐ手を冷やして下さい」
「イヤ、大丈夫ですよ」
「駄目です。火傷は跡が残りますから。レジは僕が見ているので大丈夫ですよ」
毎日Wに嫌われない事だけを考えた。それしか出来なかった。
そして、あの時のWの言葉が唯一の救いになっていた。
「本当はもっとシフト入りたいんですよ」
しかし、Wの想いとは裏腹に、7月第4週のシフト表が彼女に現実を突き付ける。これまで週3~4回は入っていたWが僅か2回。そしてもう一人の女子高生アルバイトKが5回も入っていた。これは明らかにおかしい。シフトを作ったのはアラフォー店長。前店長ならまだしも今の店長には聞きづらい。とりあえず5回は多いというKの意見もある為、KがWに交渉し一日だけ逆になった。これでWも納得してくれたはずなので、次のシフトが決まるまでは店長に聞かずに様子見にしようと思っていた矢先、なんと店長の口から衝撃の事実を教えてくれた。
「Wさんがちゃんと動けるように指示出してね。あの子、レジに突っ立ってばかりで何もしないから、このままだとシフトを多くは入れられないよ。少なくしたのにはちゃんと意味があるんだからね」
まさかとは思っていた予感が的中した。店長はWの勤務態度でシフトを決めていたのだ。だが本当にそうなのか? おネエ店長が居ない今、Wを一番知っているのは僕であり、僕が見る限りWは頑張っている。たまたま店長に見られている数少ない時にレジに立ったままだったのではないか。
この事実をWに伝えようか迷ったが、一日でも多くシフトインしたい彼女にとって、この現実を知れば今まで以上に頑張ってくれると信じた。
「あくまでも店長の独断ですけど……Wさんの評価がそんなに良くないです」
「エー、そうなんですか?(笑)」
Wは笑いながら答えてくれたが、内心はどう思っているのだろうか。
「ただ、これから本当に頑張っている事を店長が分かってくれれば、来週のようなシフトになる事も無いと思うので……」
するとWも衝撃の発言をした。
「でもウチ、居酒屋始めたんですよ」
「居酒屋?」
「居酒屋のバイトも始めたんですよ」
僕はこの店で二度目のショックを受けた。なんとWはバイトの掛け持ちをしていた。シフトが削られても気にするような素振りを見せなかったのはこういう事だったのだ。コンビニと居酒屋、どちらの時給が高いかは考えるまでも無い。居酒屋のバイトが軌道に乗れば効率良く稼げるようになり、コンビニを辞めるのは時間の問題だと悟った。
僕は子供だった。15歳で身長150センチ弱の華奢な女の子が、それでも直向きに努力している可愛い女の子が辞めるかもしれないと分かった途端、どうする事も出来なくなる子供だった。女子高生とシフトインする4時間が唯一の楽しみになっていた僕にとって、既に無断欠勤少女を失っている僕にとって、仲間はこれ以上消えて欲しくない。
「2レジの誤差はいくら出ました?」
「出ませんでした」
「おお。1レジも誤差ゼロですよ。すごいじゃないですか。ベテランのパートさんでも誤差は出していますし、やっぱり僕はWさんは一番頑張っていると思いますよ」
「エー、そうですかあ?(笑)」
「誰が何と言おうが僕はそう思います」
良い所はしっかり褒め、伝えるべき事は全部伝えた。あとはWを信じるのみだった。
そして、大波乱の7月第4週が幕を開ける。
(つづく)
「実は少女さんは、僕に無いものを最低でも3つは持っているんですよ」
「エー、何ですか?」
「まず、笑顔。それと愛嬌。そしてもう一つは黒髪ロングです」
「アハハハハ」
2012年6月10日。“無断欠勤少女”はこの日を最後に僕の前に姿を見せる事は無かった。この影響で当時はシフトに穴が開く事が多くなり、Wに急遽シフトインして貰う事もあった。
「もう今日で5日連続ですよね。本当にすみません」
「あ、全然良いですよ。本当はもっとシフト入りたいんですよ」
Wのその言葉を聞いて安心した。彼女は少女と違い、やる気がある。入社から2ヶ月以上経過し、アルバイトスタッフの中でも5本の指に入るシフトイン頻度の高さが功を奏し、仕事にも大分慣れてきており、ESも高くなっていると感じた。5月分の給料は高校1年生にしては高すぎるであろう7万超えを達成しており、お金がある程度貯まれば辞めてしまうのではないかと危惧していたが、その不安も前述の発言により掻き消された。彼女はむしろ、まだまだお金が欲しいようだ。
「過去にこの店で一番長く在籍した高校生スタッフはどれくらいの期間居ましたか?」
「そうねえ……あ、大学に入るまで続けた子なら、かなり長く居たわよねえ」
「かなり長くって、もう年単位ですか? 1年とか2年とか」
「そうそう、2年は確実に続けていたわよ」
ベテランの主婦パートの証言により、高校生アルバイトの最長記録は約2年である事が判明。それを上回る高校生を一人でも輩出させる事を僕の目標に決めた。Wの入社2年後は高3の4月。受験勉強がある事を差し引いても、それまでなら続ける事は不可能ではないはず。お金が欲しいなら尚更と思っていた。一つの人事異動が敢行されるまでは。
「では、邪魔者はHにおいとましますね~」
柔らかい口調と女性のような言葉遣い。おネエ系キャラで多くのスタッフの信頼を得ている27歳男性の店長が、6月25日に現在のK店からH店へ異動する事になってしまったのだ。
「ちょっと待って下さい。行かないで下さいよ」
僕は止めにかかった。無理だと解っていても止めずにはいられなかった。K店の社員は店長とマネージャー、僕の3人のみ。マネージャーが厳しいこの店の平和は店長の存在によって守られているも同然だった。当然Wも店長信者の一人。
「大丈夫よ~。だって新しい店長は今年の2月までここの店長だったんだもの。あたしが居たのは半年にも満たないのよ。本来の店長が戻ってくるだけよ~」
“本来の店長”はアラフォーの女性で、7年以上のキャリアを持つ。
「新店長? そうねえ、厳しいわよ。でもやる事をちゃんとやっていれば何も言わない人だから」
主婦パートからも情報を入手。知れば知るほど僕を不安にさせた。
それでも人事異動は何があっても覆らない。ならば手を打つしかない。僕は真っ白なノートの表紙に『新規スタッフ専用情報交換ノート』と書き、1ページ目にこう綴った。
現段階で明らかになっているポイントは「クレンリネス」です。今までより「清潔」を心がけて下さい。特にフライヤー回りの揚げカス、油汚れ等はお客様から見えるものですので、気付いたらすぐに拭き取る事を心がけてみて下さい。私もですので気を付けます。
(6月24日の書き込みより)
前職の職場に存在した『引継ノート』からヒントを得て、春以降に入社したWを含む2人の女子高校生アルバイト専用の連絡ノートを作った。これはアラフォー店長攻略ノートでもある。彼女は綺麗好きである事がマネージャーからの忠告により判明したのだ。ノートを新規スタッフ専用にした事には理由がある。僕も4月に入社した“新規”であり、僕と女子高生アルバイトしか中を覗けないようにする事で、例えばWが仕事で解らない事、でも古参スタッフには聞きづらい事を書くと、それを読んだ僕がその下に回答を記入する。抱えている問題をこのノートで一つずつ解決し、人事異動という大きな山場を乗り越えたかった。
しかし、新店長体制になって僅か数日で、僕の作戦は早くも崩壊した。
「うちの店はノートを禁止しているのよ。言いたいことがあるなら口で皆に伝えなさい」
アラフォー店長に怒られた。従業員同士のコミュニケーションの為にもノートを禁止している事が判明。そもそも普通の引継ノートが存在しない事を前々から疑問視していたが、その理由も明らかになった。せっかく書いたノートも処分する事になり、最後の悪あがきで長文を書き殴った。
ちょっとこの場を借りて、音信不通の少女さんについてコメントさせて下さい。2度の無断欠勤の末に前店長が説教したと聞いた時点でもう来なくなるんじゃないかと危惧していました。それでも来てくれた6月10日に私はマイナスな事は一切言わず良い点を挙げて「それをもっと伸ばして」みたいな感じで励ましました。それでもとうとう来なくなり、正直どうすれば良いのか解らなくなっています。
ただ一つだけ言えるのは、遅刻しないで来てくれるのを当たり前と思わず感謝するスタンスは変えないという事です。これからも誰が怒ろうが私はフォローに回りますし、誰が褒めなくても私は良い所を見つけて褒めるつもりでいます。
どうか私の事は嫌いになってもこの店の事は嫌いにならないで下さい。
(6月28日の書き込みより)
そう、僕は少女を失ったショックを未だに抱えている。少女が全面的に悪いとしても、僕の何がいけなかったのかと考えてしまう。本当にどうすれば良いのか解らなくなった。
「Wさん、すぐ手を冷やして下さい」
「イヤ、大丈夫ですよ」
「駄目です。火傷は跡が残りますから。レジは僕が見ているので大丈夫ですよ」
毎日Wに嫌われない事だけを考えた。それしか出来なかった。
そして、あの時のWの言葉が唯一の救いになっていた。
「本当はもっとシフト入りたいんですよ」
しかし、Wの想いとは裏腹に、7月第4週のシフト表が彼女に現実を突き付ける。これまで週3~4回は入っていたWが僅か2回。そしてもう一人の女子高生アルバイトKが5回も入っていた。これは明らかにおかしい。シフトを作ったのはアラフォー店長。前店長ならまだしも今の店長には聞きづらい。とりあえず5回は多いというKの意見もある為、KがWに交渉し一日だけ逆になった。これでWも納得してくれたはずなので、次のシフトが決まるまでは店長に聞かずに様子見にしようと思っていた矢先、なんと店長の口から衝撃の事実を教えてくれた。
「Wさんがちゃんと動けるように指示出してね。あの子、レジに突っ立ってばかりで何もしないから、このままだとシフトを多くは入れられないよ。少なくしたのにはちゃんと意味があるんだからね」
まさかとは思っていた予感が的中した。店長はWの勤務態度でシフトを決めていたのだ。だが本当にそうなのか? おネエ店長が居ない今、Wを一番知っているのは僕であり、僕が見る限りWは頑張っている。たまたま店長に見られている数少ない時にレジに立ったままだったのではないか。
この事実をWに伝えようか迷ったが、一日でも多くシフトインしたい彼女にとって、この現実を知れば今まで以上に頑張ってくれると信じた。
「あくまでも店長の独断ですけど……Wさんの評価がそんなに良くないです」
「エー、そうなんですか?(笑)」
Wは笑いながら答えてくれたが、内心はどう思っているのだろうか。
「ただ、これから本当に頑張っている事を店長が分かってくれれば、来週のようなシフトになる事も無いと思うので……」
するとWも衝撃の発言をした。
「でもウチ、居酒屋始めたんですよ」
「居酒屋?」
「居酒屋のバイトも始めたんですよ」
僕はこの店で二度目のショックを受けた。なんとWはバイトの掛け持ちをしていた。シフトが削られても気にするような素振りを見せなかったのはこういう事だったのだ。コンビニと居酒屋、どちらの時給が高いかは考えるまでも無い。居酒屋のバイトが軌道に乗れば効率良く稼げるようになり、コンビニを辞めるのは時間の問題だと悟った。
僕は子供だった。15歳で身長150センチ弱の華奢な女の子が、それでも直向きに努力している可愛い女の子が辞めるかもしれないと分かった途端、どうする事も出来なくなる子供だった。女子高生とシフトインする4時間が唯一の楽しみになっていた僕にとって、既に無断欠勤少女を失っている僕にとって、仲間はこれ以上消えて欲しくない。
「2レジの誤差はいくら出ました?」
「出ませんでした」
「おお。1レジも誤差ゼロですよ。すごいじゃないですか。ベテランのパートさんでも誤差は出していますし、やっぱり僕はWさんは一番頑張っていると思いますよ」
「エー、そうですかあ?(笑)」
「誰が何と言おうが僕はそう思います」
良い所はしっかり褒め、伝えるべき事は全部伝えた。あとはWを信じるのみだった。
そして、大波乱の7月第4週が幕を開ける。
(つづく)