78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎最近のブログ記事について

2012-08-24 11:38:41 | 思ったことそのまま
同じ店のマネージャー(37歳男性/喫煙者)はとても厳しい。

正論をありのままに言うのは良いし、教えていただけるのはありがたい事である。
だが、回数が多ければ半分はウザいと思うだけ。
変なお客様への苛立ちを当方にぶつけているだけではないかと思う事すらある。

曲がりなりにも4年半の社会人人生で色々なものを乗り越えてきた当方ですらウザいと思うのだ。
学生アルバイトが同じように言われたらどう思うかは考えるまでもなかった。

そして、何度も書いてきたが、怒られるよりも辛いのは褒めてくれない事である。
どんなに色々頑張ってもそこはスルーされる。決してその部分を評価してくれる事は無い。
これは地味に辛い。努力がただの“作業”と化しているのだ。

それでいて、気に入ったアルバイトには何も言わない。彼らが適度にいい加減にやっていてもだ。
良い関係を築くために「適度にいい加減」な部分に目を瞑っているのだ。
当方には蟻レベルの粗でさえ怒っているというのに。
アルバイトと社員の違いではない。気に入っているか気に入っていないかの違いだ。
だって人間って所詮そんなもんでしょ。

何でもかんでも怒っているとどうなるか考えて欲しい。
その場その場での発言を全て繋ぎ合わせると、どこかで「矛盾」が生じるのだ。
ある時は「Aの時はBをしろ」と叫び、
またある時は「Aの時はCをしろ」と吠える。
その場その場で当方を否定する事しか考えないから一貫性が無くなるのだ。
そして論外なのはアラフォー店長と間逆の発言をする事。どうすりゃええねん。
そんな人間を信頼できるだろうか。

向こうは嫌われるのを覚悟でやっていると思う。
いくら当方が嫌おうが、学生アルバイト達に好かれていればそれで良いのだろう。
しかも家に帰れば奥さんと幼い3人の子供が慕ってくれる。




……愚痴になってしまって申し訳ない。

とにかく当方は、こんな人間になりたくないのだ。

だからこそ、職場で怒るという行為を避けてきたし、
良い所は惜しみなく褒めてきた。

自分がされて嫌な事を他人に出来る訳が無いのだから。



しかし、それが行き過ぎてWの一件に繋がった。

ロリコンと思われる事をしてしまったのであれば考え直さざるを得ない。
当方が原因で辞めた可能性もゼロではない限り。

ミスをしたり怒られた人にはフォローを入れ、
休まず遅刻せずに出勤してくれる事を当たり前と思わず感謝の気持ちを持ち、
良い所は褒める。

そのスタンスを貫き通した結果が少女とWなのであれば、
本当にどうすりゃええねんって感じではある。

マネージャーみたいに怒りまくって良い結果になるとも思えないし、
そもそも小心者の当方にそんな勇気は無い。




この話が関係するようなしないような次回作、
『カピバラルート攻略』

近日公開予定です(本当に近日か?)。
6月中旬あたりからの中長期的な話になるのでちょっと長くなるかもです。


◎7月27日(番外編3)

2012-08-17 23:07:21 | ある少女の物語
「僕さん、一部の人からロリコンって言われていますよ」
 言いたいなら言えば良い。
「Wさんの件でめちゃめちゃフォローしまくったそうじゃないですか」
 僕はただ、健気に頑張る女子高生を正当に評価しない人たちに憤りを感じているだけだ。努力している人を助ける行為をロリコンの4文字で片付けられるとは、呆れて反論する気力も出ない。
 しかし、もしも僕が原因でWが辞めたとしたら――そう考えた事が無いと言えば嘘になる。最初は厳しいアラフォー店長に全ての責任があると思っていた。だが本当にそうなのか。考えれば考えるほど、Wが最後に姿を見せたあの日が脳裏をよぎるばかりだった。
 これは、本編では語られなかったW最終日に起きた悲劇の全貌である。


(※W編は今回が本当のラストです。もう少しだけお付き合い下さい)


「逆プリンになっちゃったんですよ」
「え、つまり上だけ失敗したって事ですか?」
 2012年7月27日、僕はショックを隠しきれなかった。Wの染髪は身だしなみ規定に引っかかるとかそれ以前に、ギャルへのスタートを踏み出してしまったのではないかと危惧したからだ。黒髪こそが日本の女子高生の最大にして唯一の魅力であり、彼女がいつかの婚活パーティーで見たギャルの様相を呈した軍団に一歩近づいたのであれば、自分の娘が大人への坂道を登っていく現実に涙する世の父親たちの気持ちが少しだけ分かったような気がする。
「ちなみに次までに髪を染め直す事は出来ますか?」
「え、出来ないです」
「イヤ、でも店長絶対怒るんで、せめて規定をオーバーしない程度まで染め直して来て下さい」
「ハイ……」
 フォローしたくても出来ないもどかしさに苦悩する自分が居た。店長の性格からして茶髪が嫌いである事は容易に想像でき、こればかりはどうにも出来なかった。

 言いたい事は山ほどある。でも一番言いたい事は何か。それを限られた時間で正しい日本語で矛盾無く伝えるにはどうすれば良いか。
「とりあえず……この紙を鞄に入れて下さい。後で暇な時にでも読んで下さい。僕の言いたい事は全部そこに書いてあるんで」
 僕の出した答えは手紙だった。前職で片想いした27歳の女性マネージャーがいたからこそ仕事を頑張る事が出来たエピソードを軸に、努力して得られる“結果”こそが大事で、その動機は何だって良いのであり、お客様を大事にする気持ちを持てなくても大切な誰かの為に仕事を頑張れば結果的にそれはお客様の為にもなる。要約すればそのような文章が書かれてある。15歳の女の子にお客様は神様とか綺麗事を言うつもりはさらさら無い。ただ、誰にでも大切な人は一人は居るはずであり、その誰かへの想いを仕事へのモチベーションに変え、レゾンデートルを見出して欲しい。そんな僕のささやかな願いが1350文字の中に込められている。そう、僕はWに辞めて欲しくなかったのだ。
「これからはレジに突っ立ったままにならないように僕がちゃんと指示を出していきます。シフトを一日でも多く入れて貰えるように頑張りましょう」

 Wはこの日、レジ応対のみならず、アイスや栄養ドリンクの品出しに加え、自らHOT缶の補充もしてくれた。この一週間ずっと不安に駆られていた僕の心は安堵へと変わった。やはりWは頑張っている。僕の目に間違いは無かった。過小評価をしている店長がその場に居ないのは惜しいが、失われた信頼はこれから少しずつ取り戻していけば良い。7月27日、Wは新たなスタートを切った……はずだった。

「このチケット誰の?」
 20時45分に出勤したマネージャーからの指摘で、その事件に気付いた。バウチャープリンタから印刷された2枚のtotoチケットのうち、2枚目をお客様に渡し忘れる事態が起きてしまったのだ。防犯ビデオをチェックした結果、やらかしたのはWと判明。すぐに本部に連絡するも、お客様情報を特定する事は出来ず、そのチケットは今もなおデスクの引き出しに眠っている。もしこのチケットが当選していればお客様の被る損害は考えるまでも無い。たった一度の失敗で、この日のWの努力は全て水の泡となった。
「どっちが(渡し忘れを)やったか解りました?」
「イヤ、解らないですね……」
 Wの問い掛けに僕は嘘をついてしまった。彼女が気にしているのは明白であり、少しでも真実を曖昧にして済ませようとした。そもそも気付かなかった僕にも責任がある。しかし、この事件に気をとられているうちに、僕は本当に大事な事を忘れていた。
「お先に失礼します」
 定時の21時を20分もオーバーし、ようやく帰る事が出来たW。その5分後に気付いた。彼女がシフト希望用紙に何も書いていない事に。
「ああ~、そうだった。まさか書き忘れるなんて……」
 負の連鎖とはこの事だった。希望用紙が空白だと、シフトにWの名前を入れて貰う事は不可能。僕が気付いて教えてあげれば良かったのであり、それがフォローというものではないのか。迷わず僕は受話器を手に取った。来週のシフトは既に決まっているので、8月6日以降の一週間だけでも電話で聞いておいて僕が代わりに記入するしかない。しかし、
「ああ、バスに乗っちゃったか……」
 Wは電話には出なかった。翌日の午前中にかけ直すしかない。何故僕はいつも肝心な時に何もしてあげられないのか。女の子一人助けられないで何が接客業だ。僕は自暴自棄になった。


――あれからずっと もしもああしてたらって 思ってるのがくやしくて
   まだまだ終わってなんかないよねって 誰かうそぶいてる



 この店に配属になってから2ヶ月半。僕は女子高生に、Wに嫌われたくない、ただそれだけの想いを仕事へのモチベーションに変えてきた。だからこそあらゆる仕事を僕が進んでやった。社員の権力を濫用しアルバイトにやらせれば良いなんて考えは決して持たなかった。しかし、それは裏を返せば自分の事しか考えていないのと一緒だった。アルバイトにちゃんと教えなければ彼等は仕事を覚えないし、特に社会経験の少ない高校生なんて実際にやらせなければ覚えない。それにやっと気付いたのは今の話より少し先の、ある事件が起きてからの事だった。


――そう季節はめぐって すべてかわって 見える景色の中にきみはいなくて
   ただ時は過ぎていくだけって またうそぶいてる



 翌日、僕は2時間もの早出となる午前11時に出勤したが、時すでに遅し。
 物語は終焉を迎えていた。


――戻ってきてほしいなんていわない ただひとつきみに確認したかったんだ
   例えばきみは愛されていた、とか 例えばその愛を誇れる?とか



「さっきまで居た店長から聞きましたけど、Wさんが茶髪になっていたんですって? 店長怒ってシフト表から除名しましたよ」
 思った通り、マネージャーは茶髪の件をアラフォー店長に報告していた。信頼はゼロどころかマイナスになっていた。
「シフト希望用紙にも何も書いていないですし、私物も持ち帰っているじゃないですか」
 それには言われるまで気付かなかった。Wのチノパンと靴が見当たらない。前日に持って帰っていたのだ。15歳の女の子なりの辞意の表明の仕方だった。シフト希望用紙を空白にしたのもわざとだろう。念のため彼女の携帯電話にかけたが繋がる事は無かった。

 無断欠勤少女に続き、Wまで。僕の心を散々掻き回しておいて、簡単に逃げていく。こんな悲惨な結末になるとも知らずに僕はWに嫌われない事だけを考えてきたのだ。せめて辞職の原因に僕が絡んでいるのかどうかだけでも教えてから消えて欲しかった。ろくに指示を出さなかった僕に恨みを抱いているかもしれない。そもそも手紙は読んでくれたのだろうか。
 全ての真相は、本人のみぞ知る。


――人は出会う、だけどいつかはお別れのベルが鳴る
   人は気付く、何が大切だったのかを



 僕はこの失敗を胸に、三人目の女子高生アルバイトの攻略に挑む事になる。

(Fin.)



◎挿入歌♪別れのベル/三浦大知

◎三浦サリー

2012-08-16 21:29:35 | 思ったことそのまま
人は何の為に努力をしているのか。

どんなに努力した所で、一回のミスで一回怒られただけで意味が無いと思ってしまう。

どうせ怒られるなら努力しても無駄じゃん。

だからって努力を止める事は決して無いわけだが。

努力自体がもはや「作業」になってしまっている。
これを頑張ってもどうせ誰も褒めてくれない。それどころか何かでミスれば他の努力は無視されて、そのミスで怒られるだけ。



努力とは、仕事だからやっているだけの、もはや「作業」なのだ。



はぁ……

何故当方はこんなにも褒められたいのか。

仕事をしてお金を貰い美味い飯を食う、それだけで良いのではないか。

もう何がなんだか解らない。

◎7月第5週(番外編2)

2012-08-09 22:11:09 | ある少女の物語
「本当にすみません。もう二度と邪魔はしませんので」
「イヤ、何でですか?(笑) 全然大丈夫ですよ」
 結局KSMに場所を聞いてしまった。彼女の手を止めた以上、この程度の事で過度に謝るネガティブキャラを演じる事が僕に出来る精一杯だった。イヤ、演じていないのかもしれない。Wの一件で女性が何を考えているのか解らなくなった自分がいる。今のKSMも本当は少し怒っているのではないか。あんなに辞めなさそうだったWの笑顔を見る事が出来なくなったショックがそう思わせる。
しかし、余計な事を考えている暇は無かった。夜勤はまだまだ長い。雑誌のコーティングと品出しを急いで終わらせるも、流石は中ボス、時間が予定を超過してしまった。次はいよいよ洗い物軍団のラスボス、揚げ物を保温するホッターの洗浄である。部品が多く一番厄介な奴だが、遅れた時間を取り戻すべく巻きで作業する。それを終えると、既に短針は3の方向を向いていた。カップ麺の品出しと保管場所の整理を終えたKSMはいよいよウォークインで極寒との戦いに向かう。それなのに僕はバフで延々と床を磨いているだけ。色々な意味で温度差を感じる。代わってやりたくても出来ない辛さを噛み締めながら、山パンの納品・品出しを挟み一時間もかけてひたすらバフを動かす。そして、

「えっ、こんなにあるんですか?」
4時10分、容積50リットルのオリコン5ケース分にも及ぶアイスと冷凍食品が納品された。ウォークインでの格闘を終えた勇敢なヒロインも合流し、これまで別行動だった僕とKSMが初めての共同作業に取り掛かる。
「僕さんは揚げ物の冷凍をバックの冷凍庫に入れて下さい」
今までが逆だっただけに、女の子に指示をされるというだけで情けなく感じる。だが仕方ない。僕は3回目のヘルプ出勤に過ぎず、彼女は正式な配属スタッフ。指揮棒を握るに相応しい者がどちらかは考えるまでも無い。揚げられる前の無様な姿のコロッケやチキン達を急いで冷凍庫に投入した僕は急いでアイス売り場の彼女の元へ。
「すみません、お待たせしました(?)」
「あ、イエイエ。冷凍庫に在庫保管する余裕ありました?」
「イヤ、そんなに無いですね」
「マジか……ああもうこれ多すぎ! 入らない! この店ホントに取りすぎなんですよいつも」
「誰が発注しているんですか?」
「Hさんです。あの6時に来る女性の」
「Hさんってマネージャークラスの社員ですよね?」
「そうなんですよ。ほぼ毎日売場見ているはずなのに、動きが解っていないというか」
「あ、これラムネバーですよね?」
「それもう入らないです。冷凍庫に無理矢理入れるしか」
「新商品のコーラバーと同じフェイスにしたらどうですか? コーラ全部入れても下が空いています」
「ああ、そっか。コーラ1箱だけですからね」
「あ、でも(発注倍数が)2倍ってオチじゃないですよね?」
「イヤ、1箱だけだったと思います」
「あ、2倍でした。普通にもう1箱ありました」
「ああもういいです、ほっときましょう(笑)」
 アイス売場のわずか2m圏内に女の子と二人きりで会話を交えながらの共同作業。ブギーナイトはクライマックスを迎え、僕のエクスタシーはレベル99を突破した。と同時に僕とKSMの手際の良さの違いも明確になった。
「あ、新聞が来たので品出しと、あとレジ点検もお願いします」
その一言で確信した。アイスの品出しは女子力MAXのKSM一人で充分であり、僕が手伝う意味はそれほど無かったのだ。ブギーナイトは終わり、色々な意味で朝が来た。再び単独行動になった僕は朝刊をラックに並べ、エンゲルに小銭を積もうとしたが、
「レジ点検の前に中華まん入れて貰えますか?」
「あ、そっか。すみません気付きませんでした」
「イヤ、こっちも指示出していなくてすみません」
「何だかすみません、全然役に立ってなくてばかりで」
「イヤ、別にいつもこの店にいるわけじゃないんだから仕方ないですよ(笑)」
女の子にフォローされても悲しくなるだけだった。自店で怒られても基本「何だよウゼエ」と思うだけなのに、今は怒られなくても自ら自分を責めている。結局僕は新米社員のペーペーに過ぎない現実に改めて気付かされた。

「え、もう卒業されているんですか?」
最後の最後に、KSMは大学生ではない事が判明した。
「どれくらいこの仕事やってらしているんですか?」
「この店の立ち上げの時から居ますから、もう6年になりますね」
 6年間ずっと夜勤だけ、つまりKSMは最低でも24歳。四半世紀プラス1年生きてきた僕とほとんど変わらないではないか。それなのに、職を転々としている僕とは違い、アルバイトとはいえ同じ仕事を、小学校に入学してから卒業するまでと同じ期間も続けてきたのだ。彼女が乗り越えてきたものは僕の想像の範疇を超えているだろう。
振り返ってみろ。僕はそんな女の子に「ウォーク代わりにやりましょうか?」とか「学生さんですか?」とか、小馬鹿にするような発言を幾度もしてしまった。
 しかし、それでも彼女は……。
「6年間“居るだけ”ですよ(笑)。まだ宅急便とか良く解らないんですよ。夜って宅急便あまり来ないじゃないですか。だから僕さんが一緒だと、宅急便が出来る人が居るってだけで心強いです」

 6時を過ぎても僕の仕事はまだ終わらない。発注業務がある為、眠気を抑えつつも自店のK店に移動しなければならないのだ。
 何だか落ち着かない。相鉄線の車内で、僕の心は身体と共に揺れていた。
「今日は本当に助かりました。ありがとうございます」
 それは、人から感謝される事に慣れていないからだった。


(Fin.)

◎7月第5週(番外編1)

2012-08-08 13:31:20 | ある少女の物語
 自宅に一番近いコンビニで1リットルパックのジュースを購入し、ついでにSuicaをチャージしてもらう。店を出て、目の前の押しボタン式の横断歩道を渡り、左へ50m程進むとバス停が見えてくる。そこで少し待つとオレンジ色の大型二種の車体が現れ停車。前方の入口から入り、運賃箱の横の黒い部分にSuicaをタッチすると、残額から210円が差し引かれる。運転手の真後ろの座席に腰をかけ、20分ほど身体を揺らされる。終点のバスターミナルで下車し、橋を歩いて渡ると目の前にコンビニがある。今日の勤務地となるT店だ。
「僕君、T店の夜勤が人足りないからヘルプで行ってくれる?」
 7月30日。アラフォー店長のその一言で、僕は1時間弱の出勤時間を要している配属店舗のK店を離れ、自宅から比較的近いT店の夜勤として勤務する事になった。今回で3回目だが、K店以上にモラルの低いお客様が多いのであまり気が進まなかった。偽造した保険証や、顔写真を差し替えカラーコピーした免許証を提示して煙草を買おうとする未成年のお客様が相次いでいるという、とても危険な店でもあるのだ。ただ、Wの件で傷心になっていた僕にとって、いつもと違う職場で違うスタッフと組むのは良い気分転換になるのではと思った。

 夜勤は24時から翌6時までだが、僕は23時にはIN打刻をしていた。仕事の遅い僕にとって、それを1時間の早出で補う事はもはやデフォルトになっていた。既にセンター便が納品されており、まずはその品出しを手伝う。23時半には済ませ、ひたすら洗い物と清掃が続く家政婦地獄が幕を開ける。まずは揚げ物を揚げるフライヤーとその周辺器具から。レジの真向かいに水道があり、洗い物をしながらもお客様が来たらキッチンペーパーで素早く手を拭いてレジ対応する。
 夜勤の面白みは皆無に等しい。眠気を堪えながら様々な器具にシャワーを浴びせ、洗剤を含ませたスポンジで身体を洗ってあげる、まさに“作業”である。
「はあ……今日も長くなるな」
 そう思っていた矢先、時計の2本の針が共にてっぺんを向こうとした時だった。
「おはようございまーす」
 まさかの女性だった。もう一人の夜勤者が姿を現したのだ。
「あら、夜勤の女の子が来たわね」
 推定30代後半の準夜勤の女性スタッフ(喫煙者)がボソっと呟いた。“女の子”だと……? 彼女から見ても“女の子”なら当然若い、かといって法的に夜勤で雇えるのは18歳以上。ということは、
「JDキターーーーー(゜∀゜)ーーーーー!!」
 僕は心の中でガッツポーズをした。今から6時間も女子大生と二人きり。テンションが上がってきた。つい最近まで一回りも歳の離れた女子高生スタッフの事で悩み続けていた僕にとって、少しでも歳の近い女性と仕事が出来るのはとても貴重だった。しかも、黒髪セミロングに眼鏡っ娘ではないか。今夜は“作業”ではなくブギーナイトになりそうだ。
「初めまして、夜勤スタッフの黒髪セミロング眼鏡っ娘です。今日はわざわざ来ていただきありがとうございます」
 丁寧な挨拶に加え、いきなり感謝された。異性にありがとうと言われたのはWにプーさんのボールペンをプレゼントした時以来である。女子高生に感謝されたいが為に、たかが仕事で使うボールペンを恋人にプレゼントするかの如くハンズやロフト、ディズニーやサンリオのオフィシャルショップにまで足を運び、いずれ裏切られるとも知らず必死に探し回っていたあの頃が懐かしい。
「すみません黒セミ眼鏡さん、勝手に洗い物始めちゃいました」
「イヤイヤ、ありがとうございます、とても助かります」
「もう常温便が来ちゃいましたけど、2人で品出しする感じですか?」
「イヤ、いつも私一人でやっていますよ。雑誌とカップ麺とウォークは一人でやります」
 待て、ウォークインだと……?
 説明しよう。ウォークインとは、冷蔵した状態のままペットボトル飲料やアルコール等を陳列できるガラス扉付きの什器の事で、その裏側に商品補充用の部屋があり、その部屋自体をも空調で冷やしているのだ。24時に納品される常温便にこのウォークインの飲料も何十ケースと含まれており、それらを全て品出しするには数時間単位もの時間を要する。納品量が倍増する夏場に加え、新商品が多数加わる月曜である今日は更に手間暇がかかり、その間ずっと5℃にも満たない補充部屋に居なければならない。
 そのような無理ゲーを女の子にやらせて良いのか。僕は迷わず口を開いた。
「ウォークだけでも僕がやりましょうか?」
「イヤ大丈夫ですよ」
「だって寒いですよね? しかもマスク」
「大丈夫です(笑)」
 結局KSM(黒髪~の略)に押し切られた。彼女の丁寧な態度と僕への気遣い、そして何よりも無理ゲーに果敢に挑む強い心は正に大人であり、これが女子力というヤツなのだろうか。

 常温便(カップ麺とウォーク飲料)の検品を終えたKSMはカップ麺の品出しに入る。これも地味に面倒な作業である。賞味期限の早いものを先に売る“先入れ先出し”の原則があり、例えばAというカップ麺を品出しするなら、まず既に売り場にあるAを全てカゴ等に入れ、新たに納品されたAを奥に置き、カゴのAを手前に戻す。
 それを見守りながらも僕は自分の作業を続けなければならない。フライヤーの次は中華まん什器の洗浄をし、新聞の返品作業も終了。早く出勤した事が功を奏し、時間に余裕が出来た。KSMの負担を少しでも減らす為、彼女がやる予定だった雑誌の品出しに取り掛かる。
 これは僕にとって中ボス級の難易度を誇る。手順を書けば(1)返品リストにある雑誌を撤去、(2)空いたスペースに納品された雑誌を入れる、ただそれだけなのだが、(1)だけでは納品された大量の雑誌を全て入れる事は皆無に等しく、更に雑誌をたくさん撤去しなければならない。雑誌の裏表紙に小さく書かれた発売日をチェックし、1週間以上前なら容赦なく撤去。ファッション誌なら数日前でも撤去する事がある。コンビニの雑誌は本屋よりも販売期間が短いと思った事は無いだろうか。そのカラクリはここにあったのだ。どうしても欲しい雑誌は早めに購入しよう。お兄さんとの約束だよっ。
 そして厄介な点がもう二つ。(3)品出しする雑誌に付録(ファッション誌のポーチ等)があればそれを一冊一冊に挟み込み、黄色いゴムバンドで縛らなければならない事と、(4)一部の雑誌は立ち読み防止の為に専用ビニール袋でコーティングしなければならない。これも時間をかける要因になっている。とりあえず挟んだり縛ったりコーティングする必要の無い雑魚の雑誌を先に品出しし、(3)も何とか終了。あとは中ボスの(4)である。しかし、ここまで順調だった僕に最初の試練が訪れる。
「無い……どこに置いていたっけ」
 コーティング用のビニール袋が見当たらない。過去2回の勤務でやっていたのにも関わらず、場所を忘れてしまっていた。ふと視線を売り場に向けると、そこには未だに大量のカップ麺と格闘しているKSMの姿が。彼女に聞けば教えてくれるだろう。だがそれは彼女の作業を止める事になってしまう。だが、聞かないまま探し続けると今度は僕の貴重な時間が奪われる。どう考えても聞くしかない。イヤ待てよ。
(何だよ2~3回来ているんじゃなかったの? 忘れているんじゃねーよキモヲタが)
 KSMにそう思われたらどうする。Wの件で負った僕の傷は更に深まるばかりではないか。レジ周りもバックヤードもそんなに広くはないのだ。落ち着いて探せばすぐに見つかるはず。さあ決めろ、聞くのか自力で探すのか、どっちだ?

(つづく)

◎7月第4週(最終話)

2012-08-04 09:06:15 | ある少女の物語
 大人の世界で一番辛い事は、怒られる事ではなく、褒めてくれない事である。
どんなに努力してもスルーされ、ミスをした部分ばかりが強調され、そこだけで評価が下される。
アラフォー店長のWに対する評価を僕は不服に思っている。確かにレジで突っ立っている事も何度もあったと思う。しかし、それ以外で頑張っている姿をちゃんと見ていただろうか。6リットルものつゆが入ったおでんの什器を自力で運んだのは高校生でWしか居ないし、レジ誤差も出さなくなってきたし、特に指示を出さなくても最低限やるべき事は進んでやってくれていた。在籍中のスタッフで一番彼女を見てきた僕にはそれが解る。
それよりも、Wの前に怒るべきスタッフは何人も居るのではないか。遅刻常習犯のアイツや、常温便が納品されたのに品出しをせずにレジに突っ立っていたアイツ、そして「なります」等の言葉遣いを一向に改善しない奴等。彼らに注意喚起すらしない現状にも憤りを覚えている。
果たして全てのスタッフに平等な評価を下しているのか。たった一人の健気な女子高生スタッフすら正当に評価できない店長に店長の資格はあるのか。
21世紀にマリー・アントワネットが存在するとするなら、それはWだと僕は思う。彼女は頑張っている。ただ色々とタイミングが悪いだけだ。このままでは彼女が処刑台に立つ事になってしまう。それだけは避けなければならない。
僕は店長と戦う。Wを育て、正当な評価をさせてやる。そう思っていた矢先だった。



彼女が  茶 髪  になって姿を見せたのは。



「Wさん、見た目が明るくなったのはすごく良いんですけど、髪の色が規定をオーバーしています」
髪の色は、日本ヘアカラー協会の定める「レベル11」以内と明確に決められている。Wの髪は頭頂部に限り規定より明るくなってしまっていた。逆にそれ以外の部分はセーフの色だったのだが。
「あ、これ逆プリンになっちゃったんですよ」
「え、つまり上だけ失敗したって事ですか?」
「ハイ」
「ああ、マジか……」
失敗さえしなければ良かった。上だけ明るいだけなのに、髪全体が明るく見えてしまう。人間の評価なんてそんなもの。本当にタイミングが悪かった。店長からの評価がどんどん下がっているのに、それを勇気を出してWに伝えたはずなのに、まさか病み上がりのタイミングで髪を染めてくるなんて、本当に風邪だったのかと疑われても仕方ない。僕は前日の電話で辛そうな声を聞いているから信じるが、もちろんそれも店長は知らない。
「本当に申し訳ないんですけど……」
 僕は恐る恐るWに語りかけた。言うべき事の全てを話せば間違いなく傷つく。どこまでを話せば良いのだろうか。
「Wさん、シフトの希望用紙、来週の分書いていないじゃないですか。それでどうなったかと言うと……来週は1日も入っていません」
「あ、別に良いですよ」
Wの反応が明らかに今までと違う。少し前の彼女なら一日でも多くシフトインしたがるはず。
「まあ……人間、頑張るだけじゃ駄目なんですよ。良く思われないといけないんですよ。Tさんっているじゃないですか」
「あの黒縁の眼鏡をかけている人ですか?」
「ハイ(それは俺もなんだが)。あの人、遅刻常習犯なんですよ。しかも彼もレジに突っ立っているだけの事あるんですよ。でも店長はそれを一度も怒った事がありません。何故なら……気に入られているからです。つまりはそういう事なんですよ」
上に気に入られる人が勝つ。Wがいずれ大人になれば嫌でも知る事になる社会の理不尽さをあらかじめ教えたまでの事だった。
「まあ、タイミングが悪かったですね……風邪を引いたタイミングが。ぶっちゃけWさん、店長からの信頼が今ほぼ無いです」
「別に良いですよ。ウチあの人嫌いですし」
一人称が“ウチ”なのが超絶に可愛くもあり、彼女がまだ子供である証拠でもあった。そして、店長を嫌っている事も確定。ざまみろ。アンタのやり方は敵を増やすだけなんだよ。
「とりあえず……この紙を鞄に入れて下さい。後で暇な時にでも読んで下さい。僕の言いたい事は全部そこに書いてあるんで」
 この数日、僕にしか出来ない事を考えてきた結果、前職で唯一褒められた「文章力」を駆使するという結論に帰結した。

===

『仕事とレゾンデートル』  当方128

「俺、卒業しちまった。二度と、あの学校の生徒にはなれない」
 卒業式から帰ってきた岡崎朋也は、一つ年上の彼女・古河渚の前で涙を浮かべながら言った。
「学校なんて大嫌いだったけど、お前となら、いつまでだって過ごしたいと思っていたんだ。ずっと腐ったみたいな学生生活を続けてきて、でも、お前と過ごした最後の一年だけは楽しかったんだ。幸せだったんだ。やっぱり俺も、留年すれば良かった」
 病弱な渚は出席日数が足りず、4月から三度目の高校3年生を迎えなければならなかった。
 岡崎は遅刻常習犯で授業もしょっちゅうサボる不良だったが、3年生の始めに渚と出会い、親友・春原陽平を始めとする数名の仲間と共に演劇部を結成し活動していくうちに学生生活にやりがいを見出した。彼を更正させたのは、他でも無い渚だった。

 2007年から分割4クールにも渡り放送され、社会現象にもなった(※なっていません)TVアニメ『CLANNAD―クラナド―』の有名なシーンである。私は主人公の岡崎朋也とある意味似たような境遇になった事がある。それは一年前、まだ今の仕事に就く前の事だった。
私は前職も接客業だった。漫画喫茶が好きでその仕事に就いたはずだった。しかし配属された店舗は、漫画もフリードリンクサーバーも無い、ただのPC付きの個室を激安で貸すだけの店で、帰る家の無いオッサン達と、ラブホに行く金の無い貧乏カップルの相手をする毎日。モラルの低いお客様を大事にする気持ちを持てず、トラブルは何度も起きた。理不尽な事で上司に怒られた回数も数知れず。自分なりに努力しているつもりでも一切評価されず、たった一回の大きなミスで全て水の泡となり、給料が一気に4万下がった月もあった。何人もの後輩が私を追い越していった。彼等は上司の前でだけ良い所を見せているだけだった(※本当は真面目に頑張る人も何人もいました)。不器用な私にはそれが出来なかった。

 絶望に打ちひしがれ、辞める事を何度も考えていた私を救ったのは、同じ職場の27歳の女性マネージャーだった(※本当は違う職場です)。彼女は夜勤で長時間働いた後に起きたある事件を慌てず冷静に対処し、疲労と睡魔に襲われながらも私の前では笑顔を見せた。その時、本物の天使には羽が生えていない事を知った。
 それ以後、目つきの悪さを隠す為に伊達眼鏡をかけたり、眉の整え方やワックスの付け方を勉強したり、勇気を出して美容院を予約してみたり、とにかく自分を少しでも良く見せる事だけを考えるようになった。マネージャーに嫌われたくない、ただそれだけの想いを仕事へのモチベーションに変え、レゾンデートル(存在意義)を見出し、何とか前職を一年間続ける事が出来た。

 それは、渚との出会いによって不良を卒業できた岡崎と酷似しているような気がする。ただ私の場合、お客様の為ではなくマネージャーの為に仕事を頑張っていた事が人として最低だった。それに気付いた時は自分を責めたが、やがて考え方を改めた。学校も仕事も、努力して得られる“結果”こそが大事なのであり、その動機は何だって良い。勉強が嫌いでも、大切な人の前で恥をかかない為に授業を真面目に受ける。お客様を大事にする気持ちを持てなくても、大切な誰かの為に仕事を頑張れば結果的にそれはお客様の為にもなる。
 自分の為でもお金の為でもない、誰かのために働く事こそが仕事であると、私は思う。
 あなたの大切な人は誰ですか?

===

Wはこの日、自分から積極的に動いてくれた。今までで一番頑張っていた。
そして、シフトの希望用紙に何も書かず、いつもは置いていくはずのチノパンと靴を持ち帰った。
茶髪の件を知った店長は激怒し、とうとうWを除名した。



7月第4週は、Wの「自己都合退職」と「解雇」の同時発生で幕を閉じた。



 無断欠勤少女に続き、また一人、仲間を失った。
僕はWを助けられなかった。何度もフォローをし、庇い続けてきたが、全てが水の泡。散々僕の心を掻き回しておいて、簡単に逃げていく。実は僕もWに嫌われていたのではないかと思ってしまう。楽しそうにしていたのは上辺だけで、笑っている顔も偽りだったのではないか。
今の僕の喪失感、空虚感、絶望感はとても言葉では言い表せない。本当は文章力なんて皆無に等しいのだから。
「怒る時は怒らなきゃ。後輩に嫌われないようにしている人は上に上がれないよ」
ある友人のアドバイス。確かにそうかもしれない。だが、嫌われる覚悟なんて今の僕には出来ない。人に嫌われる辛さを何度も経験しているから。



 Wの携帯電話の着信音は浜崎あゆみの『SEASONS』だった。発売当時彼女はまだ4歳。このセンスの高さはガチだと感じ、僕は3枚組のベストアルバムをレンタルし全曲をDAPに入れてしまった。少しでもWの事を、現役女子高生のリアルな気持ちを知りたかったから。


 今日がとても悲しくて 明日もしも泣いていても
 そんな日々もあったねと 笑える日が来るだろう



 この曲はもう、この世で一番聴きたくないし、聴きたいし、聴きたくないし……。


(Fin.)



※近日「番外編」を公開予定

◎7月第4週(第2話)

2012-08-03 06:18:46 | ある少女の物語
「楽しくないし、楽しいし、楽しくないし」
 仕事は楽しいかと聞かれれば、僕はそう答えるだろう。
しかし、本当に楽しそうに仕事をしている唯一の女の子がWだった。
「今のお客様、煙草の年齢確認で堂々と高校の学生証出してきましたよ」
「え、マジですか?(笑)」
「『あ、駄目ですよね? ラリってますよね?』って。そりゃ駄目ですよ」
「アハハハハ」
楽しそうなWと一緒にいると、僕にも楽しい気持ちが芽生えていた。
しかし、何もかも変わらずにはいられないのがこの店だった。



「あ、もしもし、Wです」
「お疲れ様です。どうしました?」
「すみません……ちょっと熱っぽいんで、休んでも良いですか?」
 それは、7月25日、15時45分の出来事だった。夕勤は17時からであり、直前の申し出と言っても良かった。1円でも多くお金が欲しいWの“欠勤”は、僕の記憶では前例が無い。
「今日はシフト的には一人欠けても足りるので大丈夫ですけど、明日は出られそうですか?」
7月第4週におけるWのシフトは、この日と26、27日の3連続になっていた。
「まだ分からないです」
「そうですか……明日は僕とWさんだけなので、早めに連絡お願いします」
直前の連絡で欠勤してしまった事が、Wの評価を更に下げた。
「本当に風邪ならもっと早く連絡できるでしょ?」
怒る店長。それは正論だった。このタイミングで病欠は痛い。信頼を取り戻せる可能性がどんどん失われていく。
僕はWを心配した。高校1年でバイトの掛け持ちをする事自体、体力的にも無理がある。しかも夏休みが終われば学業と両立していかなければならない。もしWがどちらかを切る事を考えているとするなら、それは居酒屋のほうであって欲しいと祈った。しかし、
「昼に電話が来ました。Wさんは今日もお休みです」
26日の欠勤も確定。もしこのまま来なくなってしまったら――考えれば考えるほど、最後に姿を見せた21日の、あの発言をしてしまった事を後悔するばかりだった。
「Wさんの評価がそんなに良くないです」
今思えば僕らしくも無い発言だった。出勤してくれるだけで感謝する、そのスタンスを押し通してきたはずだった。しかし、元々出勤率の高かったWは居て当たり前の存在になっており、いつしか感謝の2文字が遠のいていたのだ。
迷う事無く僕は受話器を手に取った。
「(今日欠勤する)話は聞きましたけど、大丈夫ですか?」
「うーん……大丈夫、です」
僕の知っている、いつも楽しそうなWの声ではなかった。直前まで寝ていた事は間違いないだろう。彼女は本当に風邪だと確信した。
「病院には行きました?」
「イヤ、行ってないです」
「行った方が良いですよ。市販の薬よりも病院で処方してもらった薬のほうが効きますから(※個人の感想です)」
「ハイ……」
「僕も働きすぎてダウンした事があるんですよ。前職も週6勤務で、休みの日もバイト入れて、夜勤の日も昼にバイトしたりとかしていたら風邪を引いちゃって、それでも休めないから無理矢理出勤して悪化したりしました。だから本当に無理しないで下さいね」
バイトを掛け持ちするWに1年前の自分を重ね合わせた。この助言でバイトを居酒屋一本に絞られてしまうかもしれないが、それはWが決める事であり、僕は彼女の身体を気遣う事だけを考えた。
「あと、先週の土曜日は余計な事を言ってしまってすみません」
「あ、イエイエ、大丈夫ですよ」
「ちゃんと指示を出してこなかった僕の責任です」
僕は謝った。この為に電話をしたようなものだった。これであの頃に戻れるだろうか。おネエ店長と僕とWで笑い合っていた平和な日々に、少しでも近付けるだろうか。

 翌日、7月26日。アラフォー店長の作った翌週のシフトに度肝を抜かれた。
「Wさんが一日も入っていないんですけど……」
「だってあの子、希望用紙に○も×も書いていないんだもん」
シフト希望記入用紙というものが存在するのだが、21日以降来ていないWは30日以降の希望を一切書いていなかったのだ。だからと言って本当に一日も入れないなんて事があるのか。Wは店長からの信頼を完全に失っている事は間違いなかった。
「という事は、Wさんが入れるのは早くても8月6日以降って事ですか?」
「そうよ。今日来たら書かせてね。“絶対に”来れる保証のある日を○にするように言っといて。まあ“来れば”の話だけど」
 そう、そもそも今日来るかどうかも解らない。17時が近づくにつれて不安を募らせるばかりだった。いつも肝心な時に祈る事しか出来ない自分の未熟さを悔やんだ。一日でも多くシフトインする事を望んでいる女の子が3日も休む訳が無い。それが僕の知っているWだ。

15歳で身長150センチ弱の華奢な女の子は、それでも直向きに努力している可愛い女の子は、17時ギリギリに姿を現した。
明らかに髪が茶色くなっていた。

(つづく)