78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎POP物語物語(第2話)

2015-03-11 03:42:49 | ある少女の物語
 2014年12月上旬。プロジェクト開始から4週間が経過し、既に5話まで書き上げていた。週一が目標でありながら、それ以上に速いペースを実現。
 このころ、ついにある人々から貴重な感想をいただくことになる。
「万引きの話(3話)が良かった」
「毎週やるってのがすごい。俺なら3回が限界だろうか」
 当店の40代男性スタッフと、以前在籍していた20代の男性社員。
 特に前者は要望により、それまで上げていた作品を表題付きで再度印刷し、手渡すまでに至った。結局3話以外の感想や意見はいただけなかったものの、3話が良かったというたった一人の感想が、今後の物語の方向性を大きく動かすこととなる。
 しかし、同時にネタも尽き始めており、プロジェクトは大きな壁にぶち当たる。



【6話:花言葉】
 君とその愛犬スミレがドッグランに来なくなってから今日で5日。
「あら、可愛いヨークシャーテリアね」
 2ヶ月前、僕の愛犬アネモネがスミレに鼻を近付けたのがきっかけで出会い、
 翌日から僕は君に会う為にドッグランへ行くのが放課後の日課になった。
「ごめんなさい」
 5日前、僕は告白し、君は断った。
 君の笑顔、君のしぐさ、君との会話、全てを失う悲しみが日増しに膨らむ。
 でも、それは僕だけではない。
『僕の事は嫌いでも、アネモネとスミレの絆だけは引き裂かないで欲しい』
 薄れゆく希望が小さな幸せに変わる事を信じ、君のエクスペリアに送信した。
「私も本当は会いたかった」
 翌日、ドッグランに君は居た。
 アネモネとスミレは互いの鼻を近付け、それを僕等は微笑みながら見守った。
【ペット用品各種→コンビニエンスストア】



 今や飼い主同士の交流も盛んなドッグラン。もしもそこから恋が生まれたら――
 少女への恋は破れたが、それでも犬同士の幸せを願った男の物語。
6話目にして早くも即興小説バトルのネタ(『いぬのはなし』http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=276174)を流用。ストーリーの大筋は既に出来ているのだから楽勝かと思いきや、これが予想外に時間を要したのである。
 壁は“文字数”だった。元々2372文字で作られた作品を19字×20行の枠内に収めなければならない。つまり16%以下の超絶圧縮。削りに削り、構成の順序を変更するなど工夫を重ねた。
 その苦労もあってか、個人的にはエクスペリアという実名表現が浮いているなどの反省点を除けば、3話に匹敵する自信作だと思いたかった。しかし現実はお客様はもちろんスタッフからの反応も無かった。
 それでも自ら定めた締め切りは容赦なく襲いかかる。7話と8話は文字数の壁を超えられず、とうとう二部構成に甘んじることに。



【7話:12月23日】
 岡部君とのデートを翌日に控えた12月23日の夜、私の家に見知らぬ少女が訪れた。
「はじめまして。小崎杏奈の妹です」
 杏奈は同じクラスだが、先週の金曜から高熱で学校を休んでいる。
「これ、姉の部屋のゴミ箱にありました」
 少女はしわくちゃの便箋を私に見せた。
「岡部に宛てた手紙です。何回も書き直し、何日もかけて書いた。そしてフラれた」
 私のせいだって言うの? 私だって岡部君と付き合う為に必死で頑張った。
「岡部を好きだったのは姉だけじゃない。
 あなたが幸せになった代償として不幸を背負った人が何人も居ることを、
 リア充の笑顔の裏で数多の非リアが泣いていることを、
 決して一瞬たりとも忘れないで下さい」
 姉の不幸は自分の不幸と言わんばかりに少女の涙はとても輝いていた。
(つづく/前編)
【レターセット(紙は大切に)→コンビニエンスストア】

【8話:12月24日】
「遅れてごめん。部活が延びちゃって」
 12月24日、駅前のカフェで一人待つ私の前に岡部君は現れた。
「ハイこれ。読んで返事を書くまでデートは始めないよ」
 私はしわくちゃの便箋を彼に見せた。
「あんた、杏奈のこのラブレター、受け取りすらしなかったんだって?」
「だって俺にはお前が」
「クリスマスだからって浮かれるな!
 ショックで高熱を出してずっと学校を休んでる杏奈の気持ちはどうなるの?
 私たちの幸せは、何人もの女子の不幸の上に成り立っていることを忘れないで」
 過ちを悔い改め、スッキリした状態で心の底から彼とのデートを楽しみたい。
 少女と交わした約束を守る為に。
『明日は姉の分も楽しんで下さい。失敗したら私が許しませんからね』
 この世の全ての非リアに、幸あれ。
(Fin/後編)
【クリスマス関連商品→コンビニエンスストア】



 リア充よ、あなた達がカップルになったことで不幸になった非リアは確実に存在する。それを決して忘れてはならないというメッセージ。多くの人々が浮かれるクリスマスにどうしても伝えたかった。楽しむのは良いけど、非リアの存在も忘れないで欲しい。
 清掃などで週に何度もトイレに入るスタッフならまだしも、2週続けて同じコンビニのトイレに入るお客様はそうは居ないだろう。続き物でもそれぞれに独立した物語を持たせることを一応の目標にはしていた。

 クリスマスも終わり、人員不足で多忙を極める年末年始は三部作(9~11話)で凌いだ。そして12話。



【12話:背中】
「背中の毛が異常に濃い」と、初めての水泳の授業で男子に言われた。
「あたしはママが教えてくれたから」
 友達は全員知っていた。私だけだ。何故私の母は何も言わなかったの?
 液晶画面に母への怒りを打ち続けた。
「早退して良いわよ。今日は面会でしょ?」
 67文字に達したところで指を止め、送信せずに私は病院へ向かった。
「あら明美、来てくれたの?」
 一ヶ月も顔を出さなかった娘を母は、やつれた顔で、それでも笑って迎えた。
「ねえ聞いてよ。今日学校で男子が……ううん、私が悪かった。ごめんなさい」
「どうしたの急に? 変な子ね」
 車椅子を押す私の目に映る母の背中は、とても優しく頼もしく、強く見えた。
(もう、私のほうが弱っちゃうじゃない)
 面会が終わると、私は涙をこらえながら近くのコンビニに駆け込んだ。
【泣いても良い場所→コンビニエンスストア】



 とうとう商品の宣伝も無くなった。もはや最後の一行がやりたかっただけとしか……。
 冬に真夏の話という、季節感まで失われる結果に。ただこれには理由があり、季節に合わせすぎるとそれが終わると新作に貼り替える義務が発生する。事実、クリスマスを扱った8話は12月23日から25日までの3日間しか掲示することが出来ず、9話を早急に仕上げる負担も発生してしまったのだ。
 話の内容としては、違う意味で2度使用された“背中”の対比である。そういう意味では1話の“肩を並べて”の対比に酷似している。対比は短編だと尚更分かりやすく目に映るので、このようなカラクリをもっと思いつきたかった。
 そしてこのころ、ある女性社員から「トイレの貼り紙すごいね。どこから引用しているの?」と言われた。僕以外の誰かが書いていると思われてしまっている。作品の評価を知りたいという意味では著者が誰かは無関係であると考え、あえて訂正しないまま今に至る。しかし、結局具体的な評価は得られなかった。

 このあととても悲しい出来事が起き、闇に堕ちた心が物語にも反映し、問題作が生まれることとなる。


(つづく)

◎POP物語物語(第1話)

2015-03-11 01:25:39 | ある少女の物語


【1話:肩を並べて】
 好きな人と肩を並べて歩くのが 小柄で人見知りな私の夢だった。
 放課後立ち寄ったコンビニに ほぼ同じ身長の店員(あなた)が居た。
 私のことを覚えて欲しくて 毎日同じ時間に同じヨーグルトを
 1個だけ、あなたの前で買い続けた。
 そんなある日、友達に怒られた。私がしゃべらな過ぎなのが理由だった。
 落ち込んだままその日もコンビニへ。
 カロリーとか気にしたくない気分で その日だけシュークリームを手に取り
 レジに向かった。
「今日はヨーグルトじゃないんですね」「えっ、あ、ハイ。友達が教えてくれて」
 初めて会話を交わすことが出来た。
 翌日からあなたは居なくなった。
 でも、その会話が自信に繋がり、今は友達と肩を並べて普通に話せる。
 それはそれで、わりと楽しい。
【カスタードシュー→コンビニエンスストア】



 とあるコンビニのトイレの扉を開け、便座に腰掛けると、眼前の扉にそんな文章の書かれた紙が貼られてあったら、人はどう思うのだろうか。
 それは、この4月でコンビニで働き始めてから丸3年を迎える僕の“挑戦”だった。

>『僕の小説で一人でも多くの人に純粋な心を取り戻して欲しい』
>学生時代から自己満足で書いてきた小説に、やっと理由が出来た。

 忘れもしない一年前の3月16日、『ストレート事件』で純粋な心を踏みにじられ、以後僕の目に映る人々、特にリア充の面々は純粋な心が欠けているようにしか見えなくなった。
「あれ、シャンプー変えた?」
「変えてねえし。いつも適当なんだから」
「わりぃわりぃ。ホラ、午後ティー買ってやるからさ」
「リプトンが良い!」
 リア充は軽い。傍から見て軽い人が多すぎる。
 僕の作る物語でリア充を見返したい。のんべんだらりとお花畑でカップルやっているだけのお前らにこんな話は書けるか。人の心を動かす話を考えられるか。
 そんな思いから始まった『POP物語』プロジェクト。2014年11月9日、記念すべきその1話が貼り出された。


 ***


【確認:POP物語とは】
短編小説に当店の商品が登場するPOP(登場しないことも)。
半径500メートル以内で実際に起きていそうな、ちょっとした身近でリアルなお話。
そこにはいつもコンビニの商品がある、という趣旨。

自ら追い込んだルールは
(1)A4用紙1枚で19字×20行に収まる話
(2)なるべく1話完結。無理なら三部作まではOK
(3)トイレの壁に貼り、「週一」で新作に貼りかえる
(4)主人公は男女交互にする(1話が女なら2話は男)
(5)一人でも多くの読者に純粋な心を蘇らせる「ちょっと良い話」を


 ***


 ただでさえ仕事が多忙なのに、誰の手も借りない僕個人のオリジナル作品を、しかも週一で新作。
 無謀な挑戦はこうして始まった。
 ネタを捻り出し、限られた僅かな文字数の範囲内でテキストに起こし、商品を宣伝し続けるその先には、一体何が待っているのだろうか。



【2話:B型の女】
『B型は誰にでも優しい』という科学的根拠の無い都市伝説を知った時、
 僕の心は冷めてしまった。
 君が笑顔で話しかけてくれるのも『B型だから』で片付いてしまうし、
 現に君は他の男子にも同じ笑顔を振り撒いている。
「家まで来ちゃった」
 ある雪の日、風邪で3日も学校を休んでいた僕の前に、君は突然現れた。
 両手には温かいコーヒー。
「ごめん砂糖入れ忘れた。苦いよね?」
 そのあどけない笑顔は、学校で皆に振り撒くそれよりも、輝いて見えた。
「いや……美味しい。ありがとう」
 誰にでも優しいのは悪いことではない。
 それが君の良さであり、男子にも女子にも好かれる所以であり、
(後でこっそりココア混ぜよう)
 僕は初めて、B型に恋をした。
【コーヒー×バンホーテンココア→コンビニエンスストア】



 2話までは置きに行った。コンビニ店員に恋をする女子、誰にでも優しいB型に悩まされる男子。ベタだけど身近でリアルな、少しだけほっこりする話を目指した。そして共通点は非リアが主人公であること。非リアの純粋で切ない心情をリア充に届けたかった。

 そして、多くのアニメで物語が転換すると言われている“3話”で、僕は攻めに出た。



【3話:万引き犯の末路】
 22歳の彼は今、大きな壁にぶち当たっている。
「もう80社は受けたかな」
 成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗(びもくしゅうれい)、
 それでも七年前の万引きが、彼の進路を阻んでいる。
「初犯なら就職に支障は無いんだけどね、
 面接で問い詰められると上手く答えられなくて……ああまた間違えた」
 私の部屋で81社目の履歴書を書き始めてからもう2時間。
「あの時パクらなければこんなことには」
 自業自得、因果応報、至極当然、
「じゃあ履歴書に前科って書かなきゃ問い詰められないんじゃない?」
 それでも私が彼を応援するのは――
「それは駄目だ。俺はあの日以来、自分に正直に生きるって決めたんだ」
 今度、履歴書に適したボールペンをプレゼントしようと思った。
【uniジェットストリーム0.7mm→コンビニエンスストア】



 どうだ。前2話のほっこりから突如、暗い話への転換。
 これは当店で実際に犯した幾人もの万引き犯へのメッセージでもある。
 いずれ起こりうる可能性の一つ。それを考えもせず平気で店の商品を盗む子供たち。
 リア充ではないが、それもある種の“軽い人”だと僕は見なしている。
 しかし、こうして3話まで上げたものの、お客様の反応は一切不明のまま。
 お読みいただいている人は少なからず居ると信じているが、店内でPOP物語について語る人は皆無だった。

(つづく)