シフトインの回数を重ねる毎に、僕は感情的になりやすくなっていた。
「やることないならこっちのレジ手伝ってください!」
「独り言は相手を不安にさせるから絶対に言わないでください!」
「とにかく声を出してください。店長に認められませんよ?」
「駄目駄目!」
「気をつけて!」
怒るつもりは皆無。無いはずなのに、教え続ける疲れと苛立ちが言葉を選ぶ余裕さえも奪ってしまう。
冷静に考えて気づいたことがある。
僕は今、女子高生に対して何の感情も抱いていない。こんなに近くにいて、こんなに会話を交わしているのに、何の感情も抱かないのは少女が初めてかもしれない。
僕は元々子供を好きになれない性格であり、少女は子供が少し大きくなった程度にしか思えないのだ。同じ女子高生というカテゴリーでも、真面目で従順で良くも悪くも正直で、そして笑顔が可愛いあの娘に比べれば……
(A)「少女さんって誰ですか?」
(U)「ああA君は知らないのか。最近入った女子高生です」
「まあカピバラさんのほうが可愛いですよ(真顔)」
(A)「(爆笑)」
(U)「僕さん、そんなこと言っているからロリコン疑惑が持たれるんですよ(笑)」
(言えない……真面目に言ったなんて言えない)
同じ職場に27歳の女性が居るだけで興奮していた2年前とは違う。上辺だけの感謝と笑顔に騙された1年前とも違う。今はカピバラがいる。それだけで心は満たされている。カピバラという比較対象が出来てしまった以上、彼女より後に入ったスタッフはどうしても彼女を基準とした相対評価になってしまう。
しかし、何かとても大事なことを忘れていないか。少女はまだ15歳、高校1年生だ。この年で仕事を頑張ろうとすること自体、褒めるべきことではないか。しかも、朝9時から15時頃まで学校で勉強してからここに来て、更に4時間も仕事をしているのだ。高校すら中退し、束縛するものが何も無い悠々自適な日々を送っていた僕なんかより何倍も偉いではないか。本当に駄目駄目駄目駄目なのは僕のほうだ。
「なんか色々強く言っちゃってすみません」
「イヤ、全然大丈夫ですよ(笑)」
女性の言葉と笑顔をそう簡単に信じてはならないことを昨年のKSM事件で学習している僕から不安の2文字が取り除かれることはなかった。
「少女さん今日はお休みです」
不安は的中した。7月4日、1ヶ月の試用期間満了を目前にして初めての欠勤。
「今日の昼に電話がかかってきたんだけど、様子がおかしいのよ。『具合が悪いから休みます』ってそれだけ。すみませんとかも無し。何より他の人の雑音が五月蝿かったのよ。学校に居たんじゃないかしら」
本当に体調不良なら自宅で安静にしているはず。まさかの仮病か。
ショックだった。どんなに仕事を覚えるのが遅くても、どんなに声が出ていなくても、欠勤だけはしない真面目な人だと思っていた。事実この1ヶ月弱はその通りだった。少しずつ、本当に少しずつではあるが、成長はしていた。どんなに硬い肉でも長い時間をかけて熟成させれば美味しくなる、そんな希望も抱いていた。
少女が次にシフトインするのは9日後の7月13日。果たして来てくれるのか。
「少女さんと連絡は取っていますか?」
7月12日。少女とLINEのアカウントを交換したという男子高校生スタッフに聞いてみた。
「最近はあまり取っていないですね。でも最後にLINEやった時は反省しているみたいなこと言っていましたし、やる気はあるんじゃないですか?」
「前回来なかったんですよ。明日もし連絡無しに来なければ(解雇は)ほぼ確定ですね」
「今日一応(明日シフトインの件)伝えておきますね」
これでシフトの勘違い等の可能性は消え、話は単純になった。翌日来れば本採用、来なければ解雇、ただそれだけである。そして少女が選んだのは――。
「少女さんまだ来ていませんよ」
7月13日、少女の答えは後者だった。初めての連絡を伴わない欠勤。
怒りを露にしてしまった僕の責任なのか。一年前の元祖無断欠勤少女やWに対する対応とは明らかに違う。初めて女子高生を客観的に見た結果である。
「あの……誠に申し上げにくいのですが、店長の判断により本採用にはなりませんでした」
7月15日。着替えを取りに来た少女に対して僕は残酷な言葉を投げるのだった。
「え? 土曜日(13日)出勤だったんですか? 知らなかったです」
なんと少女はシフトを勘違いしていた。男子高校生スタッフは結局LINEで伝えていなかったのか。
「本当にすみません。ちゃんとシフトを確認して来て毎回来てくれればこっちも助けてあげられたのですが……」
「分かりました。もういいです」
逆ギレ状態の少女はその言葉を最後に無言で店を去った。
「お疲れ様です」
「………」
無視である。何故僕が嫌われたみたいになっているのか。僕は店長に比べればまだ少女に希望を抱いていたほうだった。2回も休んだ少女が悪いではないか。
――ただの馬鹿な女子高生の話と言えばそれまでだ――
本当に、ただの馬鹿な女子高生の話だった。
(Fin.)
「やることないならこっちのレジ手伝ってください!」
「独り言は相手を不安にさせるから絶対に言わないでください!」
「とにかく声を出してください。店長に認められませんよ?」
「駄目駄目!」
「気をつけて!」
怒るつもりは皆無。無いはずなのに、教え続ける疲れと苛立ちが言葉を選ぶ余裕さえも奪ってしまう。
冷静に考えて気づいたことがある。
僕は今、女子高生に対して何の感情も抱いていない。こんなに近くにいて、こんなに会話を交わしているのに、何の感情も抱かないのは少女が初めてかもしれない。
僕は元々子供を好きになれない性格であり、少女は子供が少し大きくなった程度にしか思えないのだ。同じ女子高生というカテゴリーでも、真面目で従順で良くも悪くも正直で、そして笑顔が可愛いあの娘に比べれば……
(A)「少女さんって誰ですか?」
(U)「ああA君は知らないのか。最近入った女子高生です」
「まあカピバラさんのほうが可愛いですよ(真顔)」
(A)「(爆笑)」
(U)「僕さん、そんなこと言っているからロリコン疑惑が持たれるんですよ(笑)」
(言えない……真面目に言ったなんて言えない)
同じ職場に27歳の女性が居るだけで興奮していた2年前とは違う。上辺だけの感謝と笑顔に騙された1年前とも違う。今はカピバラがいる。それだけで心は満たされている。カピバラという比較対象が出来てしまった以上、彼女より後に入ったスタッフはどうしても彼女を基準とした相対評価になってしまう。
しかし、何かとても大事なことを忘れていないか。少女はまだ15歳、高校1年生だ。この年で仕事を頑張ろうとすること自体、褒めるべきことではないか。しかも、朝9時から15時頃まで学校で勉強してからここに来て、更に4時間も仕事をしているのだ。高校すら中退し、束縛するものが何も無い悠々自適な日々を送っていた僕なんかより何倍も偉いではないか。本当に駄目駄目駄目駄目なのは僕のほうだ。
「なんか色々強く言っちゃってすみません」
「イヤ、全然大丈夫ですよ(笑)」
女性の言葉と笑顔をそう簡単に信じてはならないことを昨年のKSM事件で学習している僕から不安の2文字が取り除かれることはなかった。
「少女さん今日はお休みです」
不安は的中した。7月4日、1ヶ月の試用期間満了を目前にして初めての欠勤。
「今日の昼に電話がかかってきたんだけど、様子がおかしいのよ。『具合が悪いから休みます』ってそれだけ。すみませんとかも無し。何より他の人の雑音が五月蝿かったのよ。学校に居たんじゃないかしら」
本当に体調不良なら自宅で安静にしているはず。まさかの仮病か。
ショックだった。どんなに仕事を覚えるのが遅くても、どんなに声が出ていなくても、欠勤だけはしない真面目な人だと思っていた。事実この1ヶ月弱はその通りだった。少しずつ、本当に少しずつではあるが、成長はしていた。どんなに硬い肉でも長い時間をかけて熟成させれば美味しくなる、そんな希望も抱いていた。
少女が次にシフトインするのは9日後の7月13日。果たして来てくれるのか。
「少女さんと連絡は取っていますか?」
7月12日。少女とLINEのアカウントを交換したという男子高校生スタッフに聞いてみた。
「最近はあまり取っていないですね。でも最後にLINEやった時は反省しているみたいなこと言っていましたし、やる気はあるんじゃないですか?」
「前回来なかったんですよ。明日もし連絡無しに来なければ(解雇は)ほぼ確定ですね」
「今日一応(明日シフトインの件)伝えておきますね」
これでシフトの勘違い等の可能性は消え、話は単純になった。翌日来れば本採用、来なければ解雇、ただそれだけである。そして少女が選んだのは――。
「少女さんまだ来ていませんよ」
7月13日、少女の答えは後者だった。初めての連絡を伴わない欠勤。
怒りを露にしてしまった僕の責任なのか。一年前の元祖無断欠勤少女やWに対する対応とは明らかに違う。初めて女子高生を客観的に見た結果である。
「あの……誠に申し上げにくいのですが、店長の判断により本採用にはなりませんでした」
7月15日。着替えを取りに来た少女に対して僕は残酷な言葉を投げるのだった。
「え? 土曜日(13日)出勤だったんですか? 知らなかったです」
なんと少女はシフトを勘違いしていた。男子高校生スタッフは結局LINEで伝えていなかったのか。
「本当にすみません。ちゃんとシフトを確認して来て毎回来てくれればこっちも助けてあげられたのですが……」
「分かりました。もういいです」
逆ギレ状態の少女はその言葉を最後に無言で店を去った。
「お疲れ様です」
「………」
無視である。何故僕が嫌われたみたいになっているのか。僕は店長に比べればまだ少女に希望を抱いていたほうだった。2回も休んだ少女が悪いではないか。
――ただの馬鹿な女子高生の話と言えばそれまでだ――
本当に、ただの馬鹿な女子高生の話だった。
(Fin.)