Fuji Trip!

水豚先輩の週末旅日記

灯籠流しにいく。 2015&2014

2015-09-11 03:53:27 | とりっぷ!

 


「歳をとってきた」というと怒られるかもしれないが、ここ数年は季節ごとの行事や祭りにことのほか惹かれるものがある。
季節の移ろいに敏感になってきたのかもしれない。

とりわけ夏はお祭りや盆行事などイベントが多い。
小中学生の頃といえば、町内会の夏祭りで、食べ物も盆踊りも興味はなく、気になる異性の浴衣などを目当てに駆け回るごく普通の楽しみ方をしていたような気がする。
いざ、東京に出てみると、電車の中づり広告であったりとか、車窓であるとか、あるいは口コミなど祭行事のあることを知ったりもする。

聞いた情報、見た情報に誘われて、知らない場所に訪れる機会も増えた。
花火大会、盆行事、そして夏祭り。

以前から気になっていたねぶた祭りには一昨年と今年の2度見学に赴いた。
夏季の眠気を取り払う「ねむり流し」を起源とするねぶた祭りは、市中にねぶたと呼ばれる大燈籠が練り歩く。
闇夜に灯るねぶたがまた美しいのである。

昼間にスタンバイしているねぶたを見つけて、こんなにも違うものかと思うほど闇夜に映える。
秋田県の竿灯まつりにしかり、夏には明りのお祭りが多いのである。

そんな中、祭りではないものの、灯籠流しも明りにまつわる行事である。
この行事は盆に迎えた祖霊を、灯籠という船(形代)に乗せて送り出すもので、日本各地で行われていた。

仏教の盆と祖霊信仰が中心となって行われていた灯籠流しであるが、近年では意義が曖昧になりイベント化しているものも多い。
死者供養や鎮魂を目的とするものや、平和への祈りを込めたものもある。

さすが多様化の時代である。


私の住む地域にはたいした川もなく、新興住宅街なので灯籠流しの行事はない。
観客として傍から見学するだけにはなってしまうけれど、それでも灯籠の淡い光に誘われて、灯籠流しを見に行ったのであった。







東京下町の浅草では、8月15日に「浅草夜のまつり とうろう流し」が行われている。
どうやら、結構昔から行われていたようである。

浅草といえば、隅田川。
日の沈んだ宵の隅田川に人々が灯籠を流すのである。

宗教的な雰囲気は無く、浅草観光連盟に事前予約をすれば誰でも自分の灯篭を流すことができる。
友人の話によると、当日でも並べば灯籠を購入することができるそうだ。(無くなり次第終了)

灯籠が流されるのは水上バス発着所に程近い隅田公園だ。
18時半を過ぎて、あたりが暗くなってくる頃には、公園には灯籠流しの長い列ができている。

水上バス発着所のあたりから、東武鉄道の鉄橋の近くまで列をなしている。
老若男女、国籍を問わず、多くの人が並んでいる姿が見受けられる。

この灯籠は一基1500円で購入できるそうで、簡易組み立て式なので、紙面に願いを書き込むこともできる。
灯籠を購入した人は、そうめん流しのレーンのような場所で自分の灯篭を流して、川へと流れていくのを見守る。

私は灯籠は購入せずに、デッキで水面に移る淡い灯を見物しようと待っていた。










川と言えども、隅田川。
もう河口に近く、流れの少ない場所なので、吾妻橋付近(灯籠の流される場所より少し河口)で待っていたが、岸辺に滞留してしまった灯籠はなかなか流れてこない。

じっと待っていると、ゆっくり、ゆらりゆらりと時間をかけて灯籠が少しづつ流れてくる。
時間の流れがゆるやかで、都会の喧騒をしばし忘れてしまいそうである。

気付けば、自分のすぐ下を灯籠が通り過ぎてゆく。

遠景の東武線や近景の吾妻橋と相まって、非常に美しいのであるが、灯籠流し見物の屋形船がすべてをぶち壊してしまっているのが残念だ。
紙でつくられた、非常に繊細な灯籠が流れているというのに、近くを通るため、幾度も岸に追いやられ、仕舞には横転して無残な残骸が流れてくる。

しかしこれが、盛り場の宿命というものであろう。
良くも悪くもここは浅草なのである。









ところ変わって、2014年の相模川 小倉橋灯ろう流しである。

相模原市緑区、圏央道相模原ICの付近にある小倉橋下河原で行われている。
開催されるのは毎年8月16日だ。

のどかな自然と、近代的な架橋の対比が美しい場所だ。
津久井湖と城山ダムも近いこの土地は、切り込んだ谷になっていているが交通の要所でもあり旧来は小倉の渡しがあった。。
その後、1938年には小倉橋が架けられたが、交通量の増加から休日を中心に渋滞が多発したため、2004年に片側2車線を有する新小倉橋がつくられた。

新小倉橋は相模原台地から突き出したように架けられているため、相当な高さがあり橋脚部には景色が眺められるスペースが設けられていたりもする。

さて、そんな交通の変化もあり相模原中心部からもずいぶんと訪れやすい土地になった小倉橋で行われる灯ろう流しは橋のライトアップと共に、明かりが美しいイベントだ。


新小倉橋まで自転車を走らせ、急斜面を下っていけば下河原だ。
土手には夜店が立って、会場には篠笛のBGMが流れている。
非常に混んでいるという様子でもなく、地元の人々が集っているような、そんな雰囲気である。
家族連れが多く、お盆の終わりに家族で灯籠を流しに来たのだろう。




場所柄もあり、暗いので灯籠の明りがいとおしい。
橋も会場もライトアップされているが、これがなかったら本当の闇夜になってしまうくらいに、自然が濃い。

石が転がる河原を進んでいくと、相模川が流れがあって、灯籠も思った以上の速さで流れていく。
灯籠のかたちもなんだかおしゃれ。






河原に座って、ぼんやりと流れていく灯籠を眺める。
人々のいる明るい場所から、暗い場所へと、ゆらゆら流れていく灯籠を見つめて、夏の終わりを感じてしまうのは私だけではないだろう。
流れていった灯籠はやがて見えなくなる。


祖霊を迎えた盆も終わり、祖霊は帰っていく。
それぞれが祈り、去っていく灯に虚無感のようなものを味わう。
これは非日常から日常への回帰でもある。

盆行事の延長として行われているからこそ、その寂しさがいっそう感じられたのであった。

川のほとりに一人の老人がいて、流れに乗ることができずに岸に戻って来てしまった灯籠を、木の枝で「トン」とつついていた。
私はその老人が、この世とあの世の中間にいる存在のように思えてならなかった。

 


Mr.Children Tour2015 未完 横浜レポ

2015-09-08 00:26:43 | 映像作品レビュー




 

『SENSE』、『SENSE in the field』、『POPSAURUS』、『(an imitation)blood orange』と続いて、実に2年半ぶりのMr.ChildrenのTOUR。
『REFLECTION』TOURに続いて、今回のツアータイトルは『未完』。未完は『REFRECTION』の中に収録されている曲のひとつだ。

『HOME』も『SENSE』もアルバムツアーをアリーナに続いてスタジアム公演も行っていたが、今回はアルバム名を冠するツアーではなく。曲名というところに惹かれた。
さてどんな内容なのだろうと期待を高まらせていた。

公演日は9月5日(土)、日産スタジアム。
今まで、どのツアーもよかったけれど、なんといっても4年前の同じ時季にどうにか当日引換券で参加することのできた『SENSE in the field』が忘れられない。
その公演も日産スタジアムであった。

4年ぶりの日産スタジアム。今回は東ゲートの1階席。
さすがに6万何千人も収容する会場ではステージが小さく見えるほどだ。
スタジアムは天井が開いているから、空が額の中の絵のように見えて好き。
この時期は大体天候が不安定であるから、心配していたが大丈夫そう。

開演は17時。
いつものように少し遅れて、始まった。 


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Mr.Children Stadium Tour 2015 未完
2015.9.5(sat) 日産スタジアム


※以下当日セットリスト※

未完
擬態
二シエヒガシエ
光の射す方へ
(MC)
CHILDREN`S WORLD
(MC)
運命
FIGHT CLUB
斜陽
I can make it
(MC)
忘れ得ぬ人
(MC)
and I love you
タガタメ

蜘蛛の糸
REM
WALTZ
フェイク
ALIVE
進化論
終わりなき旅
幻聴
足音~Be strong

I wanna be there
ovetrue~蘇生
Tomorrow never knows
fantasy
innocent world

Starting Over



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今回の公演は会場で販売されているTシャツやタオルにも描かれている「鳥」や「羽」がキーワード。
導入部のアニメーション終わると、歓声の中Mr.Childrenが登場。
しばらくの間、サポートメンバーからは外れていたSunnyが『REFRECTION』TOURからキーボードに復帰している。
Sunnyさんといえば『シフクノオト』TOURの「掌」の掛け合いが印象的。キーボードを奏でながらコーラスも担当していのだ。

さて、歓声おさまらぬうちに「未完」。
1曲目から直球で来た。

桜井さんの声の調子はよさ気で、ホームランボールの放物線のようにこちらまで届いてくる。
今回のTOURのテーマである「未完」という曲は、「さぁ行こうか」から始まり、「胸の中の約束の場所へ」でしめる現時点から目的へ向けて書かれた曲である。

次に続くのは『SENSE』に収録されている「擬態」。
『SENSE』TOUR以降はライブ終盤を盛り上げる曲として演奏されていたが、今回は「未完」と連続するメッセージが伝わってくる。
ポップなメロディーとは裏腹に、世の中のものごとの捉え方を問う曲である。

「擬態」が終わると、アニメーション映像が流れ、桜井さんに導かれて手拍子で次の曲を待ちわびる。
打ち上げ花火と共に始まったのは『ニシエヒガシエ』。
イントロのないヴァージョンを聴くのは初めてであり、アレンジの加わった演奏は映像と共に印象的であった。

スクリーンが暗くなり、聴いたことのあるイントロのシャウトと共に、反射する三角形が映し出される。
「光の射す方へ」だ。
近年の『終末のコンフィデンスソング』と『POPSAURUS2012』のTOURでは演奏されていたが、私の参加した『POPSAURUS』東京ドーム公演では残念ながら演奏されなかったので、
生で聴くのは初めてである。どちらもDVDでは正三角形の映像が映し出されている。
「小学校時代に帰りた~い」という高音の伸びも絶好調。

「未完」を中心として、曲の世界観を広げる過去の名曲を連続して演奏。
まだ暗くならぬうちに、贅沢極まりないセットリストである。
しかしながら、会場とMr.Childrenとの距離がまだ少しあるようで、以前のような呼応した盛り上がりは感じられなかった。




ここでMC。
「20年ぶりにライブで演奏する曲」と解説し、演奏されたのは「CHILDREN`S WORLD」。
ファーストアルバム『EVRYTHING』の最後に収録されている曲だ。
長年のミスチルファンには感動ものである。
この曲が歌われるとは、きっと誰もが予想しなかっただろう。
私も『EVRYTHING』はあまり聴き馴れていないので、イントロでピンと来なかったのが残念だ。
でも過去の公演でここまで予想外なこともなかったからいい経験。

もう一度MCが入って、「運命」という単語が出たので間違いないと確信を得ながらも、『REFRECTION{Naked}』のみに収録された「運命」を演奏。
影絵のような可愛らしい映像と共に演奏される「運命」はカルピスのCM効果も相まってとっても夏らしい。
「ほころび」や「ひびき」を曲を彷彿とさせるポップなメロディーが好き。

続いて「FIGHT CLUB」。
『REFRECTION』の中でも桜井さんが思い入れのある曲のようで、2014年のファンクラブツアーを編集した、映画『REFRECTION』でも印象的だった。
運命とは対照的な、ロックナンバーで、曲の疾走感の中で歌われる青年期の歌詞がいい。
『HOME』以降、日常という等身大の世界と希望を歌うことが多かったMr.Childrenが、若き日に苦悩し辿り着いた『DISCOVERY』や『Q』の時代に戻って来たような新鮮な曲だ。

その後も、「斜陽」「I can make it」と『REFRECTION』の4曲が続いた。
この2曲についてはつい3か月前まで行われていた『REFRECTION』TOURの内容をそっくり持ってきたようなもので、
会場には行けなかったものの、スカパーの放送を見た私的には物足りない感じ。




MCではメンバー紹介。
今回はJENがよく喋る。『Blood orange』TOURでは田原さんがマイクで話して大盛り上がりであったが、今回は中川さんも喋る。
昔のミスチルじゃこんなことなかっただろう。
けれど、会場も和んでメンバーの素顔に触れられる感じがよい。

そのさなか、花道の楽器のセットが行われており以降3曲は花道での演奏。
「忘れ得ぬ人」は『REFRECTION{Drip}』にも収録された曲。
「しるし」「365日」のように近年多かった女性受けしそうなバラード曲だ。
空もようやく暗くなって、少しだけ涼しい風に吹かれながら聞くバラードもいい。
少しだけ雨がぱらつく。

桜井さんの「愛」に関するMCを挟んでいるうちに雨は止んで、続いては「and I love you」。
はっきり言って、この『未完』TOURで歌われるとは思ってもいなかった。

「飛べるよ」という印象的なフレーズが会場内に響き渡る。
とてもキーが高い音なので、この曲が収録された『I♡U』TOURでもキーを下げて歌われていたのだが、今回は原曲のままで歌われた。
単純な歌詞だが、奥はとてつもなく深い曲である。
スクリーンに星空が映し出されて、桜井さんの歌い出しで「タガタメ」へと切り替わっていく。
この2曲は、いわば姉妹作品のようなもので、「タガタメ」のテーマを単純化したものが「and I love you」であった。

私も初めて「タガタメ」を聴いたときは衝撃を受けたものである。
社会を風刺的に、やや悲観的に捉えていた90年代のMr.Childrenがこの曲では社会問題について真っ向から考えている。
そして、その結果として「愛すこと以外にない」と半ば諦めを語っている。
この「タガタメ」は桜井さんの世界観や価値観の動きを感じる作品だ。

ゆるやかな曲調から徐々に感情的になるこの曲は、過去のDVDを見ても泣きそうになってしまう。
今回はスクリーンに大きく歌詞を載せ、世界の様々な人々や状況のスナップ写真をスライドする感じは少しだけあざとい。



「タガタメ」演奏後はバンドは舞台に戻り、「蜘蛛の糸」を演奏。

続いて「REM」「WALTZ」「フェイク」とダークな曲が続く。
しっとり系が続いて、座りながら聴き入っていた人々も総立ちになって「REM」を聴く。

映像と相まって凄みを感じたのは「WALTZ」。
ベルトコンベアで生産されていくスーツの男と、半透明のドレスの女とワルツをし始める桜井さん。
一夜限りの『wonderful world on the DEC 21』での「LOVEはじめました」と双璧を成すほどの狂いを感じる。
『blood orange』TOURの「Pink~奇妙な夢」のようにMr.ChildrenのTOURではこのようなダークな世界観がCDで聴くよりも染み込んでくる。

アレンジの加わったイントロから始まる「フェイク」もよかった。

お次は「ALIVE」。
桜井さんが「救い」であると言ったこの曲は、全体を通して重苦しい空気感に包まれており、最後には薄いぐらい雲の先に一筋の光がみえるような、そんな曲である。
答えは見つからなくとも、「夢」や「希望」がなくても、その先を見て進もうという意志が歌われている。
スクリーンでは桜井さんの影が、モノクロームの荒野や戦場を歩いている映像が流れ、大サビに向かって色が増え、人が増えていく構成になっていた。

地の果てのような倦怠感から意味や答えを出さずとも、進んでいこうとする力強さはCDで聴くよりも何倍も感じられる。
今回のTOURで聴いて、再発見した曲であると思う。
サビからのギターの音もいい。



スクリーンの映像は真っ白な世界へと人々が歩んでいく形で終わり、「進化論」へと続く。
この曲は「365日」と同じように冒頭に長いSEが入る。
しかし、「進化論」の演奏を聴くうえで決して無駄ではない映像だ。

「進化論」も歌詞重視の曲ではあるが、驚くほど歌詞の内容が沁みてくる。
映画『REFRECTION』のMCでも桜井さんがキリンの首はなぜ伸びたかの話をしていたのを覚えている。

今回はアニメーション映像も素敵で、泣けてくる。
会場で販売されていた「進化論」Tシャツが欲しくなってしまった。

「タガタメ」ともリンクする部分はあるが、この曲はタテの繋がり(家族)を歌ったものである。
自分の夢が叶わなくとも、その過程は次へと繋がっていくから決して無駄ではないと説いている。

「空を飛び 月を歩き それでも自然に脅かされる すべて受け入れて」ってところでなんだか泣きそうになる。



桜井さんが花道へと出てきた。
そしてギターを鳴らす。『HOME』や『POPSAURUS』TOURと同じ、弾き語りの「終りなき旅」だ。

「ALAVE」よりも半歩もしくは一歩踏み出した位置から歌ったこの曲には、過去を振り返らずにプラスの力に変えていこうとする意思表明がなされていると感じる。
その影響か、人々の心にも沁みこみやすい。

震災後に行われた『SENSE in the field』TOURでは最後の最後に「消えない希望と終わらない夢を込めて」歌っていたことを思い出す。
私も様々な面でこの曲に背中を押してもらった経験があって、思い入れの深い曲だ。

今回も1番は大合唱で、2番は桜井さんが歌う。
そして最後は、桜井さんが舞台に戻ってバンド4人が向き合って奏でる姿は非常に印象的であった。



ここに爽やかなイントロが流れて、「幻聴」が歌われる。
公演もいよいよ大詰め。いつの間にかMr.Childrenと観客の距離が近くなっていて、共鳴し合っている。
曲の最後に共に叫んで終了。

「聞こえてるぞ、みんなの足音―」
以前はMr.Children側から「聞いてほしい」と投げかけていた「足音」も今回は反対である。

「足音 Be strong」はアルバム『REFRECTION』の核でもあり、Mr.Childrenの新しい軌跡の始まりを告げる曲でもあった。
プロデューサーの小林武史から少し距離を置き、セルフプロデュースを行った曲でもあることから、演奏にも4人の意志が強く感じられる。
なんといっても序盤のギターがカッコよい。

私も初めてこの曲を聴いたとき、「終りなき旅」と似た印象を受けた。
しかし、「ALIVE」そして「終りなき旅」からさらに一歩を踏み出した歌であることは確かだ。

「ALIVE」で抱え込んでいた迷いや悩みと共に歩き、「終りなき旅」でプラスに変えようと扉を叩く。
その後、新たなステップを「足音」に仮託して歌っている。

歌詞にしても「終りなき旅」よりさらにプラス思考であり、目標へと近づいている。




演奏はこの「足音 Be strong」で終了。
近年では「エソラ」に代表される盛り上がり曲で占められるライブが多かったものの、今回はテーマ重視の引き締まったライブであった。
観客との音楽を通しての時間の共有を図った「エソラ」は近年多用されてきたが、ここでまた新たなMr.Childrenのライブを完成させたのだなと思った。


一歩先へ踏み出したMr.Childrenが奏でる、今伝えたいもの。
今回のTOURの特徴は「答えがない」ことである。ミスチルはこれまでも「Simple」や「優しい歌」、「HERO」などで答えを手にしてきた。
しかし今回の曲たちは例えば点Aから点Bへと向かう、移動中のMr.Childrenの曲を集めている。

「未完」で始まり、「足音 Be strong」で終わるこのツアーは「未完」TOURでもあり、ある意味「終わりなき旅」TOURでもあったと思う。
また、Mr.ChildrenのTOURの中でも最も定まった方向を向いた、ある意味で鋭利なものであった。

彼らの駆け抜けてきた軌跡とこれからの一歩、そして現代を突き進まなければならない人々へ向けた指南的なものでもある。



『blood orange』の時には予想もしなかった方向のCD、そしてTOURだったので今後のMr.Childrenにますます期待である!!









さてさて、おまけにアンコールもレポ。
友人とはアンコールで「fantasy」と「Starting Over」は演奏されるだろうと話していたが予想は当たっていた。

しかし、イントロからどーんという感じではなく、いつの間にか花道上の小ステージに現れたメンバーが、間接照明だけで「I wanna be there」を演奏。
この曲は、『REFRECTION{Naked}』のみに収録された曲。
そもそもNakedに収録された曲はスタジアムやドームで演奏するよりかはライブハウスが良く似合う曲が多いような気がする。
そのため、今回もNakedのみの収録曲はあまり歌われないであろうと思っていたが、なるほど花道で歌うと非常に映える。

演奏中は観客がスマホのライトを点灯させてペンライトのように振って、参加していたのだがいつの間にかこんな伝統ができたのであろう。
それにしても6万人のスマホライトは夜空の星よりも多く見え、非常に美しかった。

次は「fantasy」かな?と思っていると、なんと流れてきたのは「overture」。
これには予想外だったので大興奮。高まる鼓動と共に音楽が「蘇生」へとシフトしていく。
蘇生は「何度でも」のところで合唱できるし、ライブ向きの曲だ。

「もうちょっとだけ付き合ってくれ!」という桜井さんの声。
蘇生のあとのテンションで「fantasy」へと入る。
『REFRECTIO』TOURでは一番最初に歌われた曲で、


「今のMr.Childrenをこの曲に込めて」と言って、最後に歌われたのは「innocent world」。
アンコールは後夜祭のようにテンション高めな曲の連発である。
花火や紙吹雪などの演出もあって、会場の雰囲気は最高潮を向かえる。
会場の歌声や歓声に同化して、大声で歌っている自分がいる。
桜井さんも非常に楽しそうだ。

最後の最後、お待ちかねの「Starting Over」が歌われた。
「innocent world」を歌う前にこれが最後と言っていたから、諦めていた人もいただろうが、本当に最後のお楽しみにとって置いてあったのだ。
NHKの「Songs」でも大々的に特集されて、映画「バケモノの子」のテーマソングにもなっていたから聴きたい人は多かったと思う。
しかも、アニメーション映像は前回のTOURのものとリンクしており愛着が湧く。
自分の中の怪物との戦い。これは『未完』TOURのもうひとつの側面であろう。

『未完』TOURは自分との内なる戦い、そして「何かが終わるとき何かが始まる」というメッセージを残して終了した。


薩埵峠を行く その2

2015-09-01 19:48:34 | とりっぷ!



由比駅前に出ると、目の前の道が旧東海道。
鉄道と道路、ふたつの東海道が美しくジョイントしている。
さっそく、街道を伝って薩埵峠へと向かおう。

由比駅と言っても由比宿の本陣は駅舎よりも蒲原寄りにあるために今回は割愛する。
由比の宿場跡には、由比本陣や東海道広重美術館などの観光施設があるようなだが、それはまた別の機会に。

それにしても、山と海に挟まれた細長い土地に、旧街道と国道それから高速道路と鉄道がみっしりと肩寄せ合うように並んで走っている。
この由比界隈は京都の大山崎を彷彿とさせるような、交通の要所なのであろう。

旧街道に架かるアーケードには巨大な桜エビが二匹。
桜エビを漁業対象としているのは、駿河湾だけなのだとか。
相模湾などにも生息は確認されているようだが、認められているのはこの駿河湾だけという。
ということは、国産の桜エビはすべて静岡産ということになる。

駿河湾を目の前にした、由比の名産として桜エビは古くから知られていたらしい。







さて
街道は一旦、県道396号と交差するので、歩道橋でオーバーパスをする。
旧街道や薩埵峠を歩く人にとって重要な歩道橋。
階段には無造作に靴下が1足落ちていた。

渡り終えたら、いよいよ峠までは一本道。
案内板には3kmと表記されているものの、上り坂の3kmはあまく見ない方がよさそうだ。








峠で富士山を眺めるという目的以外にも、この由比から薩埵峠間は町並みも楽しめることで知られているようだ。
ハイキングをしてきたのであろう人たちと時々すれ違ったりもする。

電柱や電線はあるけれども、家々はどことなく古風で、往時の面影が感じられる道である。
この区間は宿場ではないものの、間宿といって宿場の間に設けられた休憩所のような役割を担っていて、お茶屋などもあった。
幕府非公認ではあったものの、江戸時代も後期になると旅行者が増加し、それなりに間宿が発展していったという。

現在でも脇本陣の小池邸など、風格のある建築も残っている。
ここでは峠越えの前後にひと休みすることができたため、旅人にとっては最適だったであろう。







しばらく道なりに歩いていくと、右手の傾斜に何やら神社を発見。
入口には八坂神社と書いてある。

社殿は少し高台に建っているようで、街道からは石段が伸びているのだが、非常に傾斜がきつい。






傾斜というよりは、崖と言った方が近いような場所に、無理やり造ってしまったかのような階段。
一段のタテの長さがヨコの長さより圧倒的に勝っているから、足を滑らせたらそのまま落ちていきそう。

あとから取って付けたような手すりがなかったら、登る気にはなれないほどの急坂なのだが、写真ではどうにも傾斜加減が伝えられなくて残念。

おぼつかない足取りで階段を登りきると、何処にでもあるような社殿があって、背後を見ると、少しだけ海が見えた。


ウォーミングアップはこれくらいにして、峠を目指そう。


薩埵峠を行く その1

2015-09-01 01:00:11 | とりっぷ!




新年早々に富士山を見るなんていいなぁ。
と思い至って、手帳に18きっぷを偲ばせて東海道線の旅。
目指すは幾度も雑誌や書籍で見たことのある薩埵峠。
今も昔も東海道のハイライトとなる絶景が待っていることであろう。



沼津駅から静岡行きの電車に乗ると、車内はガラガラ。
しばらく揺られていると、進行方向右手に早くも富士山の姿が見え隠れする。

近すぎる故に富士山を眺めることのできない相模原市民にとっては、ちらりとでも富士山が見えると興奮してしまう。
東海道新幹線は高いところを走っているから、三島駅を出発してから長らく富士山を眺めていることができるのだが、東海道線は住宅や木々に邪魔をされながらちらちらとしか顔を出さない。
しかしこのチラリズムがかえって興奮させるものがっていい。
「あ、見えた!」と思うとすぐに隠れてしまって、なかなか出てこない。

「よし、車窓の富士山をカメラに収めてやろう」
と意気込んでカメラを取り出したのはいいが、電源が入らない。
どうやらバッテリーを充電機に差し込んだまま忘れてしまったらしい。

正月ボケが続いているようで、なんとも情けない。
これから富士山を眺めに行くというのに、使えるのはスマホのカメラだけになってしまった。

車内では音が鳴ってしまうので、撮影は諦めて、大人しく揺られていよう。
富士駅を過ぎて、富士川を鉄橋で渡ると、山肌が迫って来て海岸沿いを走っていく。
東海道の宿場も蒲原宿から先、由比宿、興津宿、江尻宿の4ヶ所は海岸近くに立地している。








列車も蒲原宿のある蒲原駅を過ぎて、由比駅で下車。
ホームに降り立つと、山々の間から富士山が顔を出している。

富士山を覆い隠してしまいそうな雲はひとつもなく、富士見日和。
改札を出て、東海道を歩きはじめよう。