Fuji Trip!

水豚先輩の週末旅日記

[(an imitation) blood orange]Tour さいたまレポ

2012-09-29 23:35:20 | 映像作品レビュー

12月28日(金)は『Mr.Children[(an imitation) blood orange]Tour』さいたまスーパーアリーナ公演初日。

初めてのファンクラブ当選で行ってきました。



※以下セットリスト※

 

過去と未来と交信する男
LOVEはじめました
Worlds end
End of the day
〈MC〉
靴ひも
マーマレードキッス
抱きしめたい
〈MC〉
Surrender
Pink~奇妙な夢
常套句
piece
CENTER OF UNIVERSE
fanfare
〈MC〉
イミテーションの木
かぞえうた
Happy Song
hypnosis
Tomorrow never knows
エソラ
Marshmallow days

〈encore〉

天頂バス
HERO
空風の帰り道




今までMr.ChildrenのTourは3度参加していましたが、さいたまスーパーアリーナでの参加は初めて。

会場に入って驚かされるのが、舞台。
SENSEのシアター、POPSAURUSの恐竜と来て、今回はいくつもの6角形のスクリーンで構成されています。

6角形の画面がどのように活用されるのか期待しつつオープニング。

緊張感のある映像が流れつつ、映し出されたのは一枚のトランプカード。

そして始まるのは『過去と未来と交信する男』。
アルバム内でも異彩を放つ私のお気に入りの曲。
怪しげな雰囲気の中、舞台に現れた3人の黒尽くめの怪しい男、今までにない斬新な仕掛けが待っています。

2曲目『LOVEはじめました』『Worlds end』と桜井さんの動き回る曲が続き、
『End of the day』では前回ツアーとも異なった、桜井さんのサビソロから入るいいアレンジ。

MCを挟み時代別の三曲のラブソング。
どちらもあまりツアーで歌われることの少ない曲。

『靴ひも』の愚直な歌詞が好き。

桜井さんのNEWギター(blood orangeギター)紹介MCを挟んで『Surrender』。
ミスチル随一の失恋鬱ソング!田原さんのコーラスにも注目です。
確かにブラッドオレンジのような渋さを持った曲。

続いて『Pink~奇妙な夢』。
シフクノオトTOURから演奏されていない曲でしたが、これがまたライブ映えする名曲。
背後の不気味な映像と相まって今ツアーで一番完成度高いかも。

次に雰囲気は一転し、アルバム曲『常套句』。
ベタな歌詞なんだけども何故か泣けてくるメロディー。
MVの映像も背後で流れていて、切なくなる。

続けて『piece』。
その延長線上のように、続けて 『CENTER OF UNIVERSE』に突入。

その勢いで『fanfare』。
『Surrender』からの流れは内面的な苦さや甘酸っぱさからの脱却のようなテーマ性を感じるものになっています。

ここでメンバー紹介。
非常に珍しく、田原さんが喋ります。

6角形の画面を利用した海や宇宙の映像、それから会場付近の映像も映し出され、次の曲『イミテーションの木』のテーマに繋がっていきます。

『イミテーションの木』は日常のちょっとしたもの、瞬間の喜びをテーマにしたアルバムの中でもお気に入りの曲。
画面全体が美しい黄緑色に染まっていく瞬間は今回のハイライトの一つ。

つづけて『かぞえうた』。
アルバム曲ですが震災後最初にできた曲で、これまでも何度か歌われていましたが、今回も歌いました。

そして『HappySong』。
ここまでの三曲は背景に震災や復興などへの想いが背景にあるような曲。

『hypnosis』、『Tomorrow never knows』が歌われ、
いよいよフィナーレは定番『エソラ』から『Marshmallow day』。

『エソラ』の前奏が流れ始めてから、『Marshmallow day』が終わるまで、会場はもう大盛り上がり。
カラフルでポップな映像も気分を盛り上がらせます。
本編はすっきりと終了。

 

アンコールはいきなりシフクノオトツアー以来歌われていないという『天頂バス』
力強い音と前向きな歌詞の熱き魂の曲です。

ここでもう一発くらい来るかと思いきや『HERO』へと一転。
無難にアンコールは終了。

 

最後の最後に花道で『空風の帰り道』が歌われます。

最新技術が盛り込まれた舞台での演奏の後は等身大のミスチルの演奏。

おもわずほっこりして幕を閉じました。



今回ツアーは例年に比べて曲数は少なめですが、

NEWアルバム[(an imitation) blood orange]のテーマやら世界観が強く意識されていているように感じます。

その他選曲された曲たちも、アルバム曲を引き立たせて世界を繋げているように思えました。


日常を生きることから生まれる喜びや苦悩、そしてそこから前に進んでいこうといく思いや力がこのアルバムでは奏でられているように思えます。
震災以降に初めて発売されたアルバムということもあるでしょう。

『Surrender』から『CENTER OF UNIVERSE』の壮大な流れからの-から+思考へと。
『hypnosis』から『Tomorrow never knows』の流れから、前へと明日へと。

しかしまだ「終点はない」と『天頂バス』で宣言しています。

SENSEのロックっぽい感じが好きでしたが、今回のアルバムでは歌詞に合った落ち着いたメロディーが心地よいです。
アルバム色が強いのでPOPSAURUSとは選曲は一転していますが、ツアーに参加すれば[(an imitation) blood orange]がもっと好きになるに違いありません。

盛り上がる曲揃いより、何か考えさせられる方が私は好きです。





それにしてもが良かったのは舞台。

SENSEの大画面にも驚かされましたが、6角形の画面をつなぎ合わせるという発想は・・・

時には映像を映し出し、時には海のように、木々のように果実のように光る。

実物がないと説明しづらいですが、非常に感動しました。

 

常に新しい発想が素敵です。


阿弥陀寺 御三階

2012-09-25 00:11:14 | 東北地方

 

 
七日町駅からすぐ、七日町通りに面した阿弥陀寺には少し変わった建築物が残っています。
その名も御三階。読みは「ごさんかい」のようです。または「おさんかい」とも。

江戸時代の建築として伝えられています。

 


 

もともとは鶴ヶ城の本丸に建っていたもので、明治三年にこの阿弥陀寺境内に移されたといいます。

鶴ヶ城は戊辰戦争後に解体されてしまったので現在に残る江戸時代の貴重な建物です。


阿弥陀寺に移されてからは長い間、本堂として使用されていました。


 

 



その名前の通りに木造三階、と思いきや内部は4層あるそう。

そんなことを言われると内部が気になります。

この大きさで4層とはずいぶん天井の低い部屋があるに違いない!
どうやら三階には引き上げ式の梯子が用意されており、鶴ヶ城にあった時は密会議に使用されていたとも言われています。

また最上階は物見や展望台の役割をしていました。

 


戸ノ口堰洞穴

2012-09-24 13:15:39 | 東北地方

 

 

戸ノ口堰洞穴は猪苗代湖から会津に水を引くために掘削された人口の洞窟です。

全長は150mにおよび、現在でも水は洞穴を勢いよく出て、水路へと流れていきます。

 

 

一見狭い洞穴ですが、戊辰戦争時に戸ノ口原の戦いで敗れた白虎隊は
この洞穴を抜けて飯盛山へとやってきたと伝えられています。

何も語らない暗い穴はどことなく不思議な雰囲気が醸し出されています。

 


飯盛山 宇賀神堂

2012-09-24 12:29:49 | 東北地方

 



飯盛山・さざえ堂の隣に建つ宇賀神堂。

宇賀神とは宇迦之御魂神ともいわれる謎の神で中世以降弁才天と融合し宇賀弁才天として祀られることもしばしば。

単体で祀られるときは人頭蛇身の奇妙な姿のものが多いのです。

この御堂は江戸時代に三代藩主の松平正容氏が弁才天と宇賀神を勧請したもので
現在は飯盛山で自刃した白虎隊十九士の像が安置されています。





堂内を覗くと、白虎隊一色で自刃の場面を描いた絵や、奇跡的に生き残った元白虎隊の飯沼貞吉氏の肖像が飾られています。


会津さざえ堂

2012-09-24 00:13:57 | 東北地方

 

噂には聞いていた通り、会津若松には世にも奇妙な建築物がありました。
場所は白虎隊で有名な飯盛山の中腹。
名を「会津さざえ堂」といい、独創的なその特徴から重要文化財にも指定されています。

さざえ堂とは江戸時代に流行した巡礼施設の一つで、三匝堂とも呼ばれます。

現存する建物は少ないですが、それらは共通して館内には仏像が安置され
同じところを通らずに一周できるという特徴を持っています。

館内を巡るだけで四国三十三ヵ所や三十三観音などの巡礼が簡単にできてしまうという構造になっています。

現存する数少ない例として群馬の曹源寺、茨城の長禅寺がありますが
こちらは外見は普通の四角形の御堂で、三層になった迷路のような内部を階段を駆使して巡る構造になっています。

それに比べ、会津のさざえ堂は六角形をしており、外見も不思議。

 





とにかく外観は名前のとおり、栄螺に似ています。
キノコにも似ているような。

高さは約16.5m。

旧正宗寺円通三匝堂としても呼ばれるように、本来はお寺の一部でしたが現在ではさざえ堂だけが残っています。

 

 



1796年に僧・郁堂が建立したと伝わっています。
木造六角三層で内部は二重螺旋構造をしています。

このような多角形のさざえ堂は他に青森・弘前市の蘭庭院のみが現存ということです。






二重螺旋構造とは日本ではとても珍しい構造で
旋回する2つの回廊があるために上りの通路と下りの通路が別々になっている。


ですから、入り口から螺旋状の回廊を進んでいくと
同じ道を通る事をせずに、再び入り口に戻ってくることができるのです。

 
実に不思議な構造。
外からでは螺旋状というのはわかるものの、全貌を見ることができません。


しかし木造の入り組んだ建築が何故かグッとくる!





拝観料400円を支払って入り口に立つ。
入り口付近には様々な額があり、栄螺堂の構造を説明したものや古写真などが飾ってあります。


御堂の中は土足OK。

 

 

びっしりと千社札の貼られた堂内に入るとそこは異空間。
緩やかにカーブを描いた回廊が未知の世界へと誘います。

厨子にはこのさざえ堂を建てた郁堂氏が祀られています。

 

 

ギシギシと床を軋ませながらスロープを上っていきます。
木造の建物と触れ合う機会がないのでこの音も新鮮。


途中にある厨子には観音様が安置されていましたが、神仏分離の際に撤去されてしまったという。

現在はその特異な建築だけが残ることとなってしまいましたが、
本来は三十三観音を祀る巡礼観音堂だったのです。

 

 





厨子を取り囲むように旋回する回廊。
何ヵ所か謎の通路があって反対側の回廊(下りの回廊)を見ることができます。

何の通路かわかりませんが、向こう側の通路を見るときに
二重螺旋の構造を改めて感じます。

天井のすぐ上でする足音は下っている人の足音なのです。



螺旋構造であるがゆえに先の見えない回廊が気分を引き立てます。

 

 






約2周すると、頂上に到着。
ここには太鼓橋があり、これを渡ることにより方向転換して下り回廊へと移ります。

一見しただけではどこだか分からない、不思議な場所です。


 





天井にはおびただしいほどの千社札が・・・・
この千社札から庶民の信仰を感じることができるような気がします。

 はたしてどうやって貼ったのか。








手すりにつかまりながら下りも2周すると地上へと帰ってきます。
下りのほうが転びそうで怖い。





最後の厨子には開祖の人が祀られています。

 

入り口とは裏側に出るので、そこから外側の廊下を歩けば入り口に到着。

巡礼も完了です。

 

さざえ堂や胎内巡りなどの巡礼施設は、現代の人が純粋に楽しめるくらいに
アトラクションの要素に高い・・・!

それはこの先、明治時代の博覧会などにも繋がっていく・・・

 

また、このような限られた空間の中で考え出されたさざえ堂は大発明です。
現代にも通じる土地の有効的な活用、そして二重螺旋という構造の導入。
感嘆するばかりです。

それ以前では国内で例を見ない構造、
海外の建築との関係も指摘されています。


さざえ堂はまだ謎の建築としての魅力も秘めているのです。
日本有数のミステリアスな建築物と言っても過言ではないかもしれない!  


白虎隊十九士の墓

2012-09-22 22:23:48 | 東北地方

 

 会津若松の飯盛山は白虎隊最期の地として知られています。


白虎隊は戊辰戦争時に新政府軍と戦った会津の少年たちです。


白虎とは中国の方角を司る四神(玄武・青龍・朱雀・白虎)のひとつで年齢別に分けられた隊の名に用いられたそうです。
白虎隊の構成員は若く、年齢は16、17歳だったといいます。


会津に迫りくる新政府軍と戦い、敗退し飯盛山に落ち延びた一部の隊員たちは
そこから会津の街を見下ろし戦火に包まれる城を見て自刃を決意。

飯盛山の中腹にてその短い生涯を閉じます。








木々の繁る飯盛山。
参道のような長い石段を登りつめると、広々とした敷地に出ます。
向かって左手にあるのが白虎隊十九士の墓です。

若き士たちの墓石が整然と並び、線香の煙が絶えません。


白虎隊が自刃した場所はここより右手に進んだところにあります。

 

 




結局、会津藩は敗退したために隊員たちがこの地に埋葬されたのは数年後のことです。

このような白虎隊の話が現代に語り継がれているのも、
この地で自刃したうちの1人、飯沼貞吉氏が奇跡的にも蘇生したからに他なりません。




現在に至るまでに白虎隊の話は多少美化されたところも多いようですが
維新の混乱期に若い命が散ったことは目の前の事実なのです。





白虎隊の詳しい話や資料は
付近にある「白虎隊資料館」や「白虎隊伝承史学館」に展示されています。

 

 

 

 


飯盛山スロープコンベア

2012-09-13 23:47:47 | 東北地方

 

 日本という国は国土の大半を山地が占めるために、坂道大国でもありトンネル大国でもあります。
観光地へ行くのだって、とりわけ寺社旧跡には坂道は必須です。

会津の飯盛山といえば白虎隊の墓に栄螺堂などの名所が集う場所。
しかし名前からお分かりいただけるように山なのです。

そこで造られたのが飯盛山スロープコンベア。日本語で言えば「動く坂道」。

看板に描かれているのは、苦しそうに階段を登る紳士淑女を横目に爽快に駆け上がる家族連れ。

社寺の参道階段が長くつらい時には、階段が「動いたらな」と思ったことがある方も多いのでは。
ここでは、汗もかかずに悠々と白虎隊を偲ぶことができるのです。

しかし上りのみで「250円はちょっとなあ」、とケチなこと思って階段を登る人が多いようです。 
私だってそうです。

 


 スロープコンベア宣伝看板

 


会津 街中風景

2012-09-13 23:22:37 | 東北地方

 

歴史的建造物の多く残る会津若松にはセピア色がよく似合う!
ということでアートフィルターで撮った会津の風景集です。



 

鶴ヶ城





會津酒蔵歴史館およびハイカラさん

 





福西本店

 





栄螺堂

 





七日町レンガ通り

 




七日町駅



会津の旅 5 帰路

2012-09-12 00:17:11 | とらべる!

 

前回



飯盛山下から、あかべえのバスに乗って最後に七日町駅前で降りる。


目の前の道路を少し歩くと小さなお寺の境内にちょっと変わった建物が見えた。

これこそ「御三階」だ。

江戸時代後期の建築物で、鶴ヶ城本丸にあったというものを
明治に入りこの地、阿弥陀寺に移築したという。


御三階という名とは裏腹に内部は四層だという!


こういう閣のような不思議な建築大好き(*^^*)


内部には入れないので、御三階をじっくり見つめた後には
小さな七日町駅から会津鉄道に乗って、ひと駅で会津若松駅に到着。


ついに小さく一周してきた。

日もだいぶ傾いてきて、別れの時間を告げている。

会津よさらば!

 






駅前の赤べこに最後の別れを告げてホームに入ると
会津ライナーが待っていた。

シートにもたれてウトウトしているといつの間にか列車は出発して
西日が車内に差し込む。


列車は蛇行しながら東へ進んでいく。
オレンジ色の光とともに会津が遠くなってゆく事に切なさを感じながら終点・郡山に着いた頃には
空はだいぶ薄暗くなっていた。

 





普通列車での帰路が続く。
黒磯までは座れずに車窓を眺め、黒磯からは持参した本を読む。

宇都宮に到着したのは20時頃。

私の中では宇都宮には親しみがあるので
ここまで来ると少し安心する。

宇都宮に来て餃子を食べずにはいられない!

安心したせいかお腹が減ったので乗り換え時間を使って駅ナカの餃子屋で夜ご飯にしようかと思ったらすでに閉まっていた。
悔しいので餃子像の前を通り駅前の宇都宮餃子館で夜ごはん。

ガッツリ食べたら予定の列車に間にあわなかった。


それでも夜の宇都宮線は空いていて
ボックスシートに一人で座りながら真っ黒な利根川を眺めたりしながら
都心部まで連れて行かれるのを待った。

何も考えないでゆったりと列車に揺られるのが好き^^


大宮で乗り換えて新宿で最後の乗り換え。

遠くまで行って帰ってくると新宿駅の人混みが怖くなる。
もう嫌。

と思っていたら小田急線の運転が不安定・・・・

 

 

 どうやら遅延しているらしく、いつもより混雑した車内でゆられて日付を越える手前で相模大野に到着。

なんとか会津若松へ日帰りで旅する事ができたのでした。

体は疲れたけれども凝縮された1日を過ごせたような気がする。

これこそが旅だ。

そんなこと思った。

 

 

 


会津の旅 4 飯盛山

2012-09-07 23:20:12 | とらべる!

 

前回



飯盛山に向かうバスが来るまで時間があったので鶴ヶ城から
野口英世青春通りまで街中散歩。

酒屋の酒造や商店など昔ながらの木造建築が点在しており情緒がある。

歴史的建造物をじっくり見て回るだけでも日が暮れてしまいそうだ。

野口英世青春通りとはその名の通り、氏が青春時代を過ごした地であり
「野口英世青春館」や「野口英世青春広場」がある。

青春広場は小さな公園となっており、奥には巨大な銅像が。


なんだかんだでバスが来たので飛び乗る。
今度は内回りの「ハイカラさん」なのでレトロなバスだ。


 

バスで涼んで「飯盛山下」で下車。

名所旧跡集う飯盛山だが、なんと坂がある。
そして隣には動く歩道(有料)が・・・・!

江ノ島エスカーを彷彿とさせる。


階段が大好きなので暑い中階段を登る。
日はだいぶ西に傾いていて私の影を伸ばす。

 






やっとのことで階段を登り終えると、広々とした空間が広がっている。
傍らには白虎隊十九士の墓がある。

駅前に像があったように会津は言わずと知れた白虎隊の物語の舞台だ。

飯盛山はその白虎隊の最期の地でもある。

隊員たちの墓石が整然と並ぶ。

線香の香り漂う森の中で若くして散っていった少年たちを偲ぶ。

この無言の空間の雰囲気と登頂の疲労とで
すっかり物憂げとなってしまい白虎隊自刃の地に行き忘れてしまった。



白虎隊の墓から戻るようにして下ったところにはお待ちかねの栄螺堂がある。

 






切り立った崖を背景にぐんぐんのびるキノコのように建っている木造建築こそ栄螺堂だ。
見た瞬間に鳥肌が立ってしまった。



図録の中でしか見たことのなかったものが今目の前に現れた。
その外観までもが栄螺のような形・・・・!

この建築物、正式には「会津さざえ堂」という。


栄螺堂は日本建築史上例の少ない珍建築物で、
会津の栄螺堂は最も美しいと思われる。


六角形の外観も印象的だが、特筆すべきは内部である。
内部は木造二重螺旋構造をしている。

つまりは巡礼の装置として一度通った道を戻らずに一周できるのだ。








内部へ入るとスロープ状になっており
グルグルと旋回し、
上りが2周、てっぺんにある太鼓橋を渡って方向転換。
下りが2周ある。


本来は巡礼堂としての建築だったため、
内側には昔、仏像が安置されていたという。



壁に貼られた千社札がいい雰囲気。
木造特有の踏みしめる度にうなる床もいい!

最後は入り口の裏側に出る。
外側の廊下を半周して戻ってくれば小さな旅も終わり。

こんなものをつくろうと思ったのがすごい。
もうお腹いっぱい。