先日、私のところに一通のDMがきました
「今がチャンスです」という文句に興味を惹かれ、開けて中身を確認しました
そうしましたら、私が今仕事で使っている特殊な車があるのですが、
そういう車に、コロナ禍の今なら補助金が出る、という話でした
こういう話は確かにビジネスチャンスなのでしょうけれども、正直、疑問にも思いました
「これ、コロナ関係ないやん」
政府も、コロナ禍で経済が大変だということで、経済対策も兼ねているのでしょう
しかしですね。。。経済というのは、売上の見込みの立たないところに新たな投資などできないのですよ
経済が動かなくては、人の往来や移動がなくては、いくら投資しても意味がないのです
それに。。。昨今ではこういった調子で、あらゆるものに補助金、助成金がバンバン使われ始めています
一時的には悪いことばかりでもありませんが、それでも私はおかしいと思うのです
今、巷では、なんでもかんでも補助金、補助金。。。こればっかり耳にします
医療関係や介護関係にはコロナ対策品の補助もバンバン出ているそうです
正直、言わせてほしいのです
「そんなん、自分で買えや」ってもんですよ
「GOTOトラベル?旅行ぐらい自分のお金で行きなさいよ」
何でもかんでも国が金が出すのを当たり前だと思ってはいけないですよ
そんな金があるんなら、消費税や税金、社会保険、国民健康保険
これらを一律下げた方がよっぽど生産的です
今、日本は右を向いても左を向いても、お上に何とかしてもらうこばっかりをあてにしています
日本の保守と言われる方々も、「政府はもっとお金を出せ」。。。こればっかりです
MMTがあるから、お金もっと発行すればいい、ということですかね?
しかしね。。。MMTはある程度は許容されるとしても
MMTが許される前提条件というものがあるんじゃないですか?
それは、国民の精神性が高く、自助精神、勤勉の精神がしっかりしている、という前提です
安易なバラマキは、人々の精神を蝕み、腐らせていくということを考えないといけないんじゃないでしょうか?
三橋貴明さんの動画でこんなことを言われていましたよ
「税金の機能はインフレ調整機能だ」
確かにその側面があるのは認めますが、それでは社会主義の国と何も変わらないということが分からないんですかね?
要するに、インフレさえ起こさなければ、社会保障も教育も、すべて国がお金を発行して行えばいい
ということですかね?それとも、そんなことは言ってない?
でも、国民から納税の義務の意味を取り去ってしまえば、国民の責任感は現実、無くなってしまいますよ?
国民は、国から恩恵を受けていると思うからこそ、納税の義務を義務として受け入れています
これは人間の基本的な倫理としての「感謝と報恩」の行為ですよ
マルクスらの共産主義思想は、教育費用を国のお金でまかなうことを主張しています
しかし、それでは、親の責任感は無くなってしまいますね
社会保障を国の費用で賄うのであれば、育ててくれた親への恩返しは、国がすればいいわけです
しかしそれがまっとうな人間の生き方でしょうかね?
れいわ新選組の山本たろう氏は、公務員をたくさん雇って失業者を無くすと言ってますが
公務員をたくさん雇ったあと、給料はどうするつもりなんでしょうね?
民間の給料より収入が良くて待遇が良ければ、民間企業をワザとやめて失業者となって
公務員に転職する人が激増しませんか?
それとも、公務員の給料を最低賃金にするんでしょうかね?どうするんでしょうか?
公務員を一度雇えば、これは首にはできません。。。しかも待遇を良くすれば、民間企業の人材がたくさん流れてくる
民業を圧迫させてしまう可能性は頭にないのでしょうか?
クビにならない公務員をたくさん作るということは、生産性と労働意欲を下げることになる
この因果関係が分からないんでしょうかね?
こういうのをなんというかというと、「国が社会主義化する」というんですよ
国の政策で、一律に人を雇うなんて事をしちゃいけません
三橋さんはやたらニューディール政策を持ち上げますが、はっきり言って、ニューディール政策は失敗だったんです
私は早くケインズの亡霊から目を覚まして欲しい
MMTよりも大事なのは、安い税金と小さな政府で人々の勤労意欲を底上げすることです
政府の機能をスリム化し、できるだけ税金を下げて、民間の意欲を高める必要があります
国民の側には意識改革が必要です
政府になにかしてもらうことを期待するだけの国民ではダメだろうと、私は思います
いま政府に求めるべきは、国民への過剰な干渉をやめて、自由の領域を広げることです
今必要なのは国の援助じゃなくて、国民の自由ですよ
私はそう思います
それではまた、With Savior !!
「今がチャンスです」という文句に興味を惹かれ、開けて中身を確認しました
そうしましたら、私が今仕事で使っている特殊な車があるのですが、
そういう車に、コロナ禍の今なら補助金が出る、という話でした
こういう話は確かにビジネスチャンスなのでしょうけれども、正直、疑問にも思いました
「これ、コロナ関係ないやん」
政府も、コロナ禍で経済が大変だということで、経済対策も兼ねているのでしょう
しかしですね。。。経済というのは、売上の見込みの立たないところに新たな投資などできないのですよ
経済が動かなくては、人の往来や移動がなくては、いくら投資しても意味がないのです
それに。。。昨今ではこういった調子で、あらゆるものに補助金、助成金がバンバン使われ始めています
一時的には悪いことばかりでもありませんが、それでも私はおかしいと思うのです
今、巷では、なんでもかんでも補助金、補助金。。。こればっかり耳にします
医療関係や介護関係にはコロナ対策品の補助もバンバン出ているそうです
正直、言わせてほしいのです
「そんなん、自分で買えや」ってもんですよ
「GOTOトラベル?旅行ぐらい自分のお金で行きなさいよ」
何でもかんでも国が金が出すのを当たり前だと思ってはいけないですよ
そんな金があるんなら、消費税や税金、社会保険、国民健康保険
これらを一律下げた方がよっぽど生産的です
今、日本は右を向いても左を向いても、お上に何とかしてもらうこばっかりをあてにしています
日本の保守と言われる方々も、「政府はもっとお金を出せ」。。。こればっかりです
MMTがあるから、お金もっと発行すればいい、ということですかね?
しかしね。。。MMTはある程度は許容されるとしても
MMTが許される前提条件というものがあるんじゃないですか?
それは、国民の精神性が高く、自助精神、勤勉の精神がしっかりしている、という前提です
安易なバラマキは、人々の精神を蝕み、腐らせていくということを考えないといけないんじゃないでしょうか?
三橋貴明さんの動画でこんなことを言われていましたよ
「税金の機能はインフレ調整機能だ」
確かにその側面があるのは認めますが、それでは社会主義の国と何も変わらないということが分からないんですかね?
要するに、インフレさえ起こさなければ、社会保障も教育も、すべて国がお金を発行して行えばいい
ということですかね?それとも、そんなことは言ってない?
でも、国民から納税の義務の意味を取り去ってしまえば、国民の責任感は現実、無くなってしまいますよ?
国民は、国から恩恵を受けていると思うからこそ、納税の義務を義務として受け入れています
これは人間の基本的な倫理としての「感謝と報恩」の行為ですよ
マルクスらの共産主義思想は、教育費用を国のお金でまかなうことを主張しています
しかし、それでは、親の責任感は無くなってしまいますね
社会保障を国の費用で賄うのであれば、育ててくれた親への恩返しは、国がすればいいわけです
しかしそれがまっとうな人間の生き方でしょうかね?
れいわ新選組の山本たろう氏は、公務員をたくさん雇って失業者を無くすと言ってますが
公務員をたくさん雇ったあと、給料はどうするつもりなんでしょうね?
民間の給料より収入が良くて待遇が良ければ、民間企業をワザとやめて失業者となって
公務員に転職する人が激増しませんか?
それとも、公務員の給料を最低賃金にするんでしょうかね?どうするんでしょうか?
公務員を一度雇えば、これは首にはできません。。。しかも待遇を良くすれば、民間企業の人材がたくさん流れてくる
民業を圧迫させてしまう可能性は頭にないのでしょうか?
クビにならない公務員をたくさん作るということは、生産性と労働意欲を下げることになる
この因果関係が分からないんでしょうかね?
こういうのをなんというかというと、「国が社会主義化する」というんですよ
国の政策で、一律に人を雇うなんて事をしちゃいけません
三橋さんはやたらニューディール政策を持ち上げますが、はっきり言って、ニューディール政策は失敗だったんです
私は早くケインズの亡霊から目を覚まして欲しい
MMTよりも大事なのは、安い税金と小さな政府で人々の勤労意欲を底上げすることです
政府の機能をスリム化し、できるだけ税金を下げて、民間の意欲を高める必要があります
国民の側には意識改革が必要です
政府になにかしてもらうことを期待するだけの国民ではダメだろうと、私は思います
いま政府に求めるべきは、国民への過剰な干渉をやめて、自由の領域を広げることです
今必要なのは国の援助じゃなくて、国民の自由ですよ
私はそう思います
それではまた、With Savior !!