去る5月29日、退勤後に四条河原町へ行って色々と買物をした後、夕食をどこかで食べようと寺町新京極を歩いていたら、不意に後ろから肩を軽くたたかれて、「ホッさんかね?」と聞き覚えのある声がきた。振り向くと、サークル仲間の川本氏であった。同い年でサークルに昭和63年に共に入会した古い仲間の一人であるが、ここ二年ほどは会っていなかったので、「おお、川さんやないか・・」と握手して再会を喜び合った。
同じサークル仲間でも、滅多に会わない方は少なくない。大抵は所属する部会とその活動日が異なるからである。私は模型部会だが、川本氏は鉄道部会に属している。しかも部会代表を四回、計八年務めて現在は理事となっている。筋金入りの鉄道マニアで、基本的には乗り鉄であるが、鉄道模型のほうも大学時代から楽しんでいた経緯は、当時から私も見ていてよく知っている。
大学は別々だったが、同い年で、同じ奈良県出身で家も近所であった。昭和61年秋の吉野大峯奥駈道ウォークイベントでたまたま同じ班になって知り合い、それから二人で山登りやキャンプなどを楽しんでいた時期があった。川さん、ホッさん、と呼び合うのも、思えばそれ以来のことである。
そういえば、現在のサークルへも入会を試みたのは川本氏が先であった。「おい、面白そうなサークルが京都にあるんやけどな、ホッさんも参加せえへんか」と言われて簡単に同意したのが事の始まりであったのだが、あれから35年が過ぎたわけである。
「今何かの所用かね?プラモ店巡りか?」
「いや夕食をどこかでとろうと探してんや」
「そりゃええ、俺も同じやから一緒に食おうぜ」となって、川本氏がよく行っている、近くの洋食レストラン「満亭」へ入った。
このお店に入るのは初めてであったが、川本氏が賞賛するだけあって、料理は本格的で美味しかった。話題は自然と川本氏の趣味である鉄道関係の内容が中心になった。乗り鉄であるためか、各地の路線をどこからどこまで乗って、というような話が続いた。
それで、私もそれに合わせようと考えて、最近に大井川鐡道へ行った経緯を話した。すると相手は「それはええ」と食らいついてきて、さらに私が「そのあと天竜浜名湖鉄道にも乗ったんや」と続けると、「素晴らしい!それはナイスや。ええ趣味しとるやん、ホッさんもついに鉄に目覚めたんかな」と嬉しそうに手もみし、肩を揺すらせては、大井川鐡道と天竜浜名湖鉄道について何でもかんでも話したくてたまらない、という表情になった。
それで、牽制の意味で「言っとくが、鉄に目覚めたんとは違うで。大井川鐡道も、天竜浜名湖鉄道も、ゆるキャンの聖地巡礼で行ったんよ」と言っておいた。すると、「え、そうなんか」とややガッカリした顔つきになり、「ゆるキャンというと、いま人気のキャンプのアニメやな。よく知らんけど・・・」と声のトーンも次第に落ちてゆく川本氏であった。
それからは大井川鐡道と天竜浜名湖鉄道がゆるキャンの舞台になって、後者は既にアニメでも登場している旨を、川本氏に問われるままに説明した。聞いているうちに、だんだんと川本氏の表情が再び生き生きとしてきたのを見て、流石にこいつは生粋の鉄道マニアだなあ、と改めて感心した。
そして大井川鐡道のほうも、予定されているゆるキャンアニメ第3期に登場するだろう、と話すと「うん、それは絶対に間違いなく登場する。われらの大井川鐡道やからな」とキッパリ断言するのであった。その妙な確たる自信は鉄道マニア特有のものらしかった。見ていて笑いがこみ上げてくるのであった。
「そんで、天浜線のほうやけど、アニメに出た車輌は何かね?型式は?」
「こっちは鉄道には詳しくないから知らんのよ。色んなラッピング車輌が走ってるから、幾つか型式があるんやろうと思うけど・・・」
「そんなはずはねえ。天浜線にはもう数年も御無沙汰しとるが、情報はしっかり学んで上書きしとるんやからな。俺の情報が正しければ、天浜線の運行車輌はTH2000形の気動車だけの筈。これを14輌運用しとって、大半が地元の企業や何かのイベントのラッピングを施されている」
「うん、その通りや。あれ全部同じ形式やったのか、道理で似たような外見やなあとは思ったが・・」
「似たような、じゃねえ。14輌全部が同じ形式のTH2000形なんや」
「すると、ゆるキャン車輌もそうなのか」
「そう、ホッさんは何度か乗ってるんやろ、この前ブログでちらっと読んだけど・・・」
「うん、あの車輌が大好きなんでね、四回か五回ぐらいは乗ってるな。好き過ぎて模型も買ってんや」
「なに?模型・・・?」
「うん、模型」
「プラモか?」
「いやプラモじゃなくて、鉄道模型のほうの小さいやつ・・・」
「それって、Nゲージのことか?」
「ああ、そんな感じのサイズやな。Nゲージかどうかは知らんけど」
「それは絶対にNゲージや。いや、間違いない。俺の記憶によればTH2000形の気動車は確かにトミックスから2種類が出ている。確かどっちもアニメのラッピングで、ひとつはエヴァンゲリオン、もうひとつはゆるキャン、やな」
「そうか、そのゆるキャンの方が僕の持ってる模型か」
「そういうことだ。しかしな、ここに問題が一つあるわけや」
「何?」
「天浜線のTH2000形のノーマルカラータイプがまだ全然発売されてないんやで。これはどう考えても、絶対におかしい。おかしい案件なのに、今だに、メーカーからは何の情報も無いときた。どうなってるんだ・・・」
怒りのあまり、テーブルの端をバンと叩いた川本氏であった。
当時のツィートはこちら。
かくして、私が手元に飾っている上図のゆるキャン車輌が、鉄道模型のNゲージの規格で作られた製品であることが判明したのであったが、川本氏は「飾ってるだけなんか・・・、なんと勿体無い、勿体無い使われ方してるやん・・・」と言うのであった。理由を訊ねると、「あれは動力入りやからな、走るんや。実物と同じようにライトも点いて、走れるんやで」と答えてきた。
そういえば説明書にもそんなような内容が書いてあったな、と思い出したが、もともとゆるキャンのアニメグッズの延長上にて捉えてコレクション品として購入したものであったから、飾るだけで満足していた私であった。
しかし、川本氏がその後も「勿体無い」を繰り返すので、気になってきてしまい、「走らせる事が出来るの?」と訊いてみた。すると相手は「出来る。レールとコントローラーがあればな。スターターセットとか、基本的なセットがあればどんな車輌でも走らせられるよ」と、顔を上げて応じてきた。
「レールは分かるが、コントローラーって何?・・・スターターセットというのは?」
「・・・・ホッさんは、鉄道模型は全然知らへんのか?」
「うん、模型店でそのコーナー見かけるけど、たまに眺めるとか、その程度。基礎知識すら無いよ」
「うーん、それでよくトミックスのゆるキャンTH2000形持ってるんやねえ・・・」
「あれは飾るために買ったんやからな」
「飾るだけでなく、走らせたらもっと楽しいぞ・・・」
「そうかなあ・・・」
「いや、別に強制はせえへんからええけどさ、ホッさんはスケールプラモがメインでガルパンの戦車もいっぱい作ってるんだし、それで忙しいのはよく知ってる。でも、鉄道模型も模型だから車輌のキットがあるし、自作でジオラマ作ったりするし、基本的にスケールプラモと変わらんよ、一度やってみ?」
川本氏がそう言ったのが、そのまま話しの締め括りのようになって、そのままお店を辞した。夜の河原町通りで握手してそれぞれの家路についたのであった。
帰宅して、風呂上り後のコーヒータイムにて、何となくゆるキャン車輌を上図のように取り出して眺めた。これが走るのか・・・、と天浜線の実物に乗った時の感動と楽しさを思い出した。
これが走ったら、実際に乗った時の感動や楽しさが、ミニサイズでまた味わえるのかなあ・・・、とぼんやりと思っていると、嫁さんが「そのゆるキャン列車、一度走らせてみるのもいいんじゃありません?」と話しかけてきた。川本氏が話したことと同じなので驚いて顔をあげると、「いえ、あの、私も鉄道とか知りませんけれど、それってNゲージの列車でしょ、Nゲージの線路とかあったら走らせられるのと違います?」と言ってきた。
「え、もしかして、鉄道模型とかNゲージとかにも詳しいの?」
「いいえ、全く知りませんよ。でも模型店とか行ったら大抵は鉄道模型のコーナーあるじゃないですか。以前に大阪のヨドバシの模型売場のコーナーで、そのゆるキャン車輌見たことあるんです。大きな街や駅のジオラマがあって、その中を色んな列車が走ってまして、見てるだけで楽しかったんですけど、そのゆるキャン車輌も走っていたんですよ。ライトも点いててね・・・」
「ライト光るのかこれ・・・」
「はい、光ってましたよ。後ろのテールライトというのでしたか、それも赤く光ってましたね」
それって、まるっきり実物の車輌と同じじゃないか・・・、と考えた。同時に、川本氏の「走るんや。実物と同じようにライトも点いて、走れるんやで」の言葉も鮮やかに思い出した。
そのとき、何かが脳裏の奥深いところで、ピカッと光り、サーッと何か拡がったような気がした。即座にデスクの携帯電話に手を伸ばし、川本氏の番号を打ったのであった。 (続く)