へそ曲がりおじさんのひとり言

常識にとらわれるのが嫌い。
他人と同じ事が嫌い。
世の中、別な角度から見ると新しい物が見えるから。

タダほど高いものはない

2012年03月07日 18時43分55秒 | Weblog
実は今日、この言葉を象徴?するような出来事があった。

それは、お昼前玄関先で花の手入れをしていたところ、年に数回しか合わない人がやってきたのだ。
見るからにしょんぼりしていて、始めは誰だか気がつかなかったのだが、話を聞いて思い出した。
私と2つしか違わないのに、まるで10歳以上も違って見えたのである。
話の内容は、丹精こめて作っていたブルーベリーが「全て枯れそうだ」と言うのである。
彼は知り合いの農家から遊休農地を10年位前に借り、そこでかなりの量のブルーベリーを作っていて、去年などは「50キロ以上の収穫があった」と喜んでいた。
その農地は猪も出る地域にあり、私は「猪にやられたの?」と聞いたのだが、彼は違うと言うのである。
来るまで15分くらいのところにある農地で、ブルーベリーを始めに植えるときにアドバイスしていた事もあり、状況を見に言ってみた。
彼が言うには「今年の寒さでやられた」というのだが・・・・。
ところが、現場を見てビックリである。
ナント、十年前に私が「絶対やってはいけないよ」と言っていた肥料をやっていたのである。

絶対やってはいけない肥料。
それは「鶏糞」である。
10年前にくどいほど注意していたと言うのに・・・・。

しかし、これには伏線があることがわかった。

それは去年の春のことで、農地を貸してくれた農家の人から「鶏糞が余ったので使わないか?」と言われたのだそうである。
それも、知り合いの養鶏農家からタダ同然でもらったので「お金は要らない」とも言われたそうである。
さらには、知り合いの養鶏農家も紹介してもらい、その養鶏農家からも「欲しければ袋を持ってきた勝手に持って行行ってよいから」とまで言われたそうなのである。
はじめは野菜の肥料として使っていたのだそうだが、タダで手に入ることで私の忠告は頭の隅に追いやられてしまったのだろう。
夏の終わり頃、収穫の終わったブルーベリーに「お礼肥え」として与え、今年の2月には「寒肥」として与えたそうである。
秋になって葉の異常に気が付いたようなのだが「紅葉の一種」程度にしか考えていなかったそうで、最近になって異変に気がついたのだそうである。
かなり危険な状態で、直ぐに表面の土とともに鶏糞を取り除き、大量の水をかけるようにアドバイスをする。
そして、削り取った部分には「鹿沼土」を撒くこともアドバイスする。

しかし、「タダ」と言う言葉に惑わされる彼に責任があるのだが、その代償は計り知れないだろう。
誰でも「タダ」と言う言葉には弱いのだが、その陰に潜む危険性にも注意をする必要があるだろう。

彼は今71である。

もう一度やり直す気力が出ることを祈るばかりである。

私も気をつけないと・・・・。
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124の60

2012年03月07日 01時00分05秒 | Weblog
これは、今日PET検査を受けるために行った医療センターで測った血圧である。
血圧を測った看護師が「凄くいい値ですよ」と言ってくれたのだ。
上の124は普通の数値だが、下の60は男では珍しいそうである。
もっとも、入院中はもっと良い数値も出ている。
毎日2回血圧を測るのだが、朝計った血圧では「98の60」と言うことさえあり、そのときは「女子高生並だね!」と冷やかされたものである。。

ところで、今日PET検査を受けたのは、2週間前の血液検査で、一部の腫瘍マーカーの値が平均値を僅かだが上回っていて、念のため受けるように言われたのである。
PET検査と言ってもピンと来ない人が多いだろうから、ここで少し説明しておこう。
余り専門的な部分は省略するが、CTやMRIで調べるより正確に癌の所在がわかるらしい。
簡単に説明するなら、癌細胞は普通の細胞の数倍ものブドウ糖を消費するため、ブドウ糖によく似た物質「FDG」に目印となるものをくっつけ、それを血管から血液の中に入れてPETカメラで撮影するのである。
薬剤を注射したあと1時間ほど安静にし、癌細胞がFDGを吸収するのを待って撮影する。
撮影に要する時間は20分ほどで、CTやMRIと同じような感じである。
目印となる物質は放射性物質の一種で、その寿命は極めて短いらしく、撮影後は30分の安静で帰ることが出来るのだ。

それにしても、去年の9月以来どれだけの放射線を浴びたのだろう。
CT3回、MRI2回、PET2回に、胸部X線は5回か6回になる。 
これだけ放射線を受けるとかなりの線量になるだろうが、受けなければ別のマイナス面が大きくなり、「痛し痒し」と言ったところである。
どちらを選ぶかは個人の自由だが、私は主治医を信じる事にしている。
今のところ、これ以上の治療法も見つかっていないし・・・・。
これでダメならあきらめるしかないだろう。
余り長生きしたいとも思わないし、長生きを望むと「医療財政に過度の負担をかける」と言う事も考えなくてはいけないし・・・・。

癌は一度直っても再発の可能性が高く、この先どれだけ生きられるかは不明であるが、ナントも嫌な気分ではあるが・・・・。

ここで書き忘れていたことを書くことにしよう。

それは、私に対する「癌の告知」である。
今思い出しても不思議なのは、手術をする大学の教授が、初めての診察でこともなげに私が癌にかかっていることを話してくれたのである。
私もある程度覚悟は出来ていたので、癌である事を告知されてもほとんど動揺もなく、淡々と手術の予定日と手術の内容を説明してもらったのである。
後になってその話を33歳の主治医に話したのだが、「そう言えばおかしかったですよね」と言う答えがかえってきた。
普通は家族に話すことが多いのだが、あの時は何となくそうなったそうで、余りにも私が落ち着いていたため「この人なら話しても大丈夫だろう」と思ったのかもしれない。

ここで面白い?話も書いておこう。
面白い話といっては語弊があるのだが、癌の告知をどうするかが問題になっていた頃の話である。
それはあるお寺の住職の話である。
この住職は、診察をした医者に「私は修行を積んで悟りを開いているから、癌でも驚かないから本当の病名を教えてくれ」と医者に迫ったのだそうだ。
医者も「そこまで言うなら」と言って「実はあなたは癌です」と告げたのだそうである。
ところが・・・・、である。
おそらくその住職は「俺は癌ではない」と思い込んでいたのだろう、ナント、癌だと告知を受けた数日後に自殺をはかってしまったそうである。
一体どんな悟りを開いていたのだろう?。
「がんは不治の病」だと思われていた頃の話ではあるが・・・・。
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