前回は五合目まで登ったことを書いたので、その後の事でも。
視界の全くきかない樹海の中を延々と歩き、ようやく五合目にたどり着くと、突然視界が開けてビックリしたことを覚えている。
正面はるか彼方に頂上も見えた。
が・・・・。
天気が良かったのはここまでで、その後はガス(雲)が少しずつ濃くなり、七号目あたりからは雨も降りだした。
宿泊予定地は八合目の山小屋。
辺りは暗く雨も降っている。
なので、半べそをか気ながら歩いたことも覚えている。
そして・・・・。
それに更なる追い討ちが。
高山病である。
そう、山小屋に着く前から頭が痛くなっているのです。
山小屋で引率の教師に言っても、頭痛薬をくれただけ。
そのまま山小屋で一晩を過ごしたが、朝になっても頭痛は消えない。
が、前日とは打って変わった上天気である。
山小屋から外に出て上を見ると・・・・。
頂上は手を伸ばせば届きそうなほど近くに見える。
なので「何とかなるだろう」と思い登り始めたが・・・・。
歩けど歩けど一向に頂上は近寄ってこない。
手を伸ばせば届きそうなところにあるのに・・・・。
それでも何とか頂上にたどり着く。
が・・・・。
正確に言うと、そこは頂上ではないのです。
頂上は「剣が峰」にあり、そこからまだしばらく登らないといけない。
が・・・・。
頭痛がひどくてそれ以上登るのは無理。
なので、目の前にあったベンチに倒れ込み、しばらくは寝ていたようで、それ以上のことは全く記憶にない。
下山の時間になり、友達に起こされた。
が・・・・。
登りは苦手でひどい目にあったが、下りは最も得意とするところ。
今は通行禁止になっているらしいが、八合目あたりからだったと思うが「砂走り」と言うところを走り下りる。
火山砂で出来た急な斜面で、今思うと、よくぞこんなところを下りのコースに選んだものである。
崩れやすい火山砂の急斜面。
私はそこを一気に走り下りた。
別に競争をしていたわけではないが、もちろん、私が1番である。
が・・・・。
その後の事はほとんど記憶にない。
ただひたすら下るだけだったので、記憶に残るようなこともなかったのかも。
今から60年以上も昔の、遠い思いでです。
今では太平洋の海岸近くから富士山に登る人などいないだろう。
次は49歳の時に登った話しでも。
つづく。
視界の全くきかない樹海の中を延々と歩き、ようやく五合目にたどり着くと、突然視界が開けてビックリしたことを覚えている。
正面はるか彼方に頂上も見えた。
が・・・・。
天気が良かったのはここまでで、その後はガス(雲)が少しずつ濃くなり、七号目あたりからは雨も降りだした。
宿泊予定地は八合目の山小屋。
辺りは暗く雨も降っている。
なので、半べそをか気ながら歩いたことも覚えている。
そして・・・・。
それに更なる追い討ちが。
高山病である。
そう、山小屋に着く前から頭が痛くなっているのです。
山小屋で引率の教師に言っても、頭痛薬をくれただけ。
そのまま山小屋で一晩を過ごしたが、朝になっても頭痛は消えない。
が、前日とは打って変わった上天気である。
山小屋から外に出て上を見ると・・・・。
頂上は手を伸ばせば届きそうなほど近くに見える。
なので「何とかなるだろう」と思い登り始めたが・・・・。
歩けど歩けど一向に頂上は近寄ってこない。
手を伸ばせば届きそうなところにあるのに・・・・。
それでも何とか頂上にたどり着く。
が・・・・。
正確に言うと、そこは頂上ではないのです。
頂上は「剣が峰」にあり、そこからまだしばらく登らないといけない。
が・・・・。
頭痛がひどくてそれ以上登るのは無理。
なので、目の前にあったベンチに倒れ込み、しばらくは寝ていたようで、それ以上のことは全く記憶にない。
下山の時間になり、友達に起こされた。
が・・・・。
登りは苦手でひどい目にあったが、下りは最も得意とするところ。
今は通行禁止になっているらしいが、八合目あたりからだったと思うが「砂走り」と言うところを走り下りる。
火山砂で出来た急な斜面で、今思うと、よくぞこんなところを下りのコースに選んだものである。
崩れやすい火山砂の急斜面。
私はそこを一気に走り下りた。
別に競争をしていたわけではないが、もちろん、私が1番である。
が・・・・。
その後の事はほとんど記憶にない。
ただひたすら下るだけだったので、記憶に残るようなこともなかったのかも。
今から60年以上も昔の、遠い思いでです。
今では太平洋の海岸近くから富士山に登る人などいないだろう。
次は49歳の時に登った話しでも。
つづく。