「平成ニッポン」の外国人受け入れ まさに、移民という言葉が当てはまる。移民政策 Immigration policy を指摘する人もいるが、日本政府は表明していないし、法整備があるわけではない。定住受け入れを、滞在資格にしている。実質に、 >アメリカの移民政策
1.1 オバマ政権
1.1.1 移民の子どもたちと国外追放
1.2 トランプ政権
2 ドイツの移民政策
3 スイスの移民政策
4 フランスの移民政策 と解説するものに比して、米国には移民制度改革によって1100万人の不法移民が米国の公民権を得ることになると言い、ドイツはトルコから単純労働者を受け入れている一方で、ルーマニア、ブルガリアそしてポーランドと移民が増える、2010年にメルケル首相は多文化共生は失敗であったと発言、米国の様子にも、ドイツの現実にも、困難は大きい。 . . . 本文を読む
日本語教育史 歴史研究 2013-10-02
日本語教育を実践することは教育にかかわって、空間の広がりを持つ日本語の研究、時間の展開に日本語の遷り変わりを知ることになる。
実践は学習と教育にあるので日本語習得に目的がある。
日本語享受者には言語を通した日本文化をも知ることになる。
日本語教育史を探求することは、日本語研究史、日本語史にも及ぶことになる。
さて、その歴史を知る . . . 本文を読む
日本語教育の歴史 2013-09-29
日本語研究史は1980年代以降に日本語教育とかかわりをもって展開した。日本語学と言う広まりである。現代に始まったことではない。日本語教育を歴史的に見ていくと、そこには日本語を学習するための日本語そのものについての分析が行われたり、日本語を記録しようとする研究があるのを知る。たとえば17世紀にポルトガル宣教師たちにより日葡辞書が編纂された。その . . . 本文を読む
日本語教育史、日本語教育の歴史を講じて、歴史を見る、歴史を知ることの根本を捉えようとする。いま2013年にブログに書き込んだ二つをここに挙げてみて、そのことを繰り返し思う。ブログには、歴史を知る、歴史を学ぶことの意義を唱えようとするが、結局は、歴史の視点、歴史立場に持つのはなにか、どういうことか、述べることになる。歴史教育はさまざまな日本の在り方を解釈することをもって記述の変貌してきたこともあったから、科目教育において歴史事件、人物、物事の出来と顛末を、年号とできごとの羅列において済ませてきたようなところがあるのは、試験合格のための練習にあったためである。いわく受験に有利なのは、日本史である、世界史である、近、現代史は扱わない、出題がないからなどの流れがっあったことを、同じく歴史を述べて、日本語教育史にはそれは繰り返せない。 . . . 本文を読む
日本語教育史観をもつ。歴史をどう見るか。歴史の立場である。国内、海外に日本語教育の実践をとらる。歴史を記述すると、その広がりは地域と国に歴史を有すると捉えることになる。日本語教育は外国人に対する日本語の教育である。外国語としての日本語の教育、第二言語教育としての日本語教育という言い方で言えば、現在の日本国内に第二言語教育としての日本語教育がある。日本語教育の歴史には、かつて国語教育を日本語教育にする時代があった。その歴史をどう評価するか。日本語教育史の記述にはその時期をめぐって立場が求められる。 . . . 本文を読む
8世紀、日本書紀、720年、続日本紀、797年に、中国、朝鮮からやってきた人が登場する。日本語で和歌を詠んだりしていた。
文献に現れる、来日外国人たちの地名は、隋、唐、新羅、百済、高麗、任那、耽羅、吐噶喇、舎衛、などがある。
新羅から、680年、習言者三人 ことならいひと 739年、新羅学語ら、760年、学語二人 が送られた記録がある。
761年には、美濃、武蔵の20人、未成年者に、新羅語を習わせた記録がある。 . . . 本文を読む
南方系の縄文人、北方系の弥生人が渡来したとされる日本列島に、言語では南方系のオーストロネシア語族の基層を考え、北方系のアルタイ諸語が流れ込んだ日本語の形成である。
古代中国、朝鮮の接触を通して漢字を取り入れ仮名文字表記を整えた日本語である。
日本語の最も古い記録は、魏志倭人伝、魏書の東夷伝に記述されていた。耶馬台、地名に、卑弥呼の人名がある。
記紀の記述では百済の王仁が漢字を伝えたと見える。
古事記、日本書紀、風土記、万葉集は漢字を用いて書かれている。
古今和歌集は仮名文字の主にした表記で書かれている。
源氏物語、枕草子などの文学作品は漢字と仮名で書かれている。
7世紀初めから9世紀末まで、遣隋使、遣唐使が派遣された。
留学僧は仏典を中国語で学んでいた。
10世紀に、延喜式で渤海、新羅の使節について記録があり、訳語として、通訳がいた。 . . . 本文を読む
日本語領域の拡大という図がある。領域はなわばりであるから、この用法は正しいかと、ふと思う。それを日本語領域の地理的拡大と、河路由佳氏は作成する。原図は、井上史雄「日本語の値段」によるという。それを見なくてはならないが、このタイトルにも不思議な印象を見ることになる。さて実際の図はどうなるか、その説明、日本語使用領域の変遷を、河路氏の記述で見る。日本と呼ばれる以前とはいつか、そこに、日本語の歴史があるとするのは、日本語と国家の結びつきで、それからはと捉えようとする。古墳時代から近代にかけて、実戦の年号は、1975年、明治初期である。大枠は1910年に、線を囲む。 . . . 本文を読む
日本語教育史のテキストが、2016年に新しく出された。河路由佳 著 日本語学習・教育の歴史 越境することばと人びと である。これまで、日本語教育史研究序説 という書名で、関正昭 著 スリーエーネットワーク 1997年発行 の専門書があったが、その1冊に付け加わった。歴史はその通史を扱おうとするもの、歴史の個別のテーマ研究を扱うものとがある。通史においては、この2冊のほかには、見るべきが少ない。いま、個別のテーマ研究史の論争としたものに、例えば、2002年の目本語教育学会で行われた春季大会シンポジウムがあり、日本語教育の歴史研究の困難さを浮き彫りにしている。なお、学会名称があり、それぞれHPを訪ねて、英文名称での区別を知ることになる。>日本語教育史研究会
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icon これまでの研究会, icon 研究会開催の お知らせ, icon 入会案内/会則. icon 研究会の歴史, icon 研究情報 文献情報, icon 役員・運営委員, icon リンク. book_cover now_on_sale. 『日本語教育史論考第二輯』. mail_icon. お問い合わせは ... . . . 本文を読む
日本語教育史、日本語の教育の歴史、日本語教育の歴史、この二つでは、だいぶ異なる。言語を見るか、教育を見るか、言語史と教育史と、その違いようである。実はここには、言語研究の歴史があって、日本語研究史となることがらがある。日本語教育の歴史を見ることは、もう一方で日本語研究の歴史とかかわるからである。そうすると日本語の歴史が記述されることとなり、教育の歴史に言語の歴史をどうかかわる、かかわらせるかが、日本教育史の見方になる。とらえどころのない話となるので、それでは教育の側面から見ていくと、これも広く議論をすれば、学習のこと、教師のこと、そして教材のことと、その視点があって、それぞれのところで教育史を知ることになる。ここに、日本語教育理論を考え合わせると、その理論があるわけではないので、日本語教授理論として、日本語教授論、日本語教授学、日本語教授法と、まずは、始めることになる。 . . . 本文を読む