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議論文

2018-12-05 | 木瓜日記

論文を議論の文、議論文だと言い、その議論が何かをまた言う。いわば平易に口論する言葉を、研究、学問の領域で書紀された文章で論じ合うことになる。議論をすることを自らがとらえて、その論を立てるのに思索、思考があって、解決すべきテーマに、議論の方法がすなわちそのまま調査、実験の記述になる。論法には証拠、証明が求められるので、それを自らの探究で説得性ある資料をもって表していく。議論であるので、ときには自らのテーマと競い合う議論があると、そこには論を引用することでその明徴を確かにすることが必要である。議論文は、たとえて、その土俵にある。




さからうことなきを宗とせよ 
2007年12月07日02:50 

和を語ったのは血族のいさかいを戒めたものだろうと思う
その句に続く、さかう、つまり、さからうとはなにがなににか
和を以って、それが一番よいとするのは、血族のあらそいであったのか
王の跡目のことになる

和の精神とよく言われてそれが聖徳太子の教えであることを承知しながら太子信仰に阻まれる形で正しく理解されない
宗教的な色合いとは別にまた歴史書における偽書説とは埒外において考えて
そこにあるのは明らかに17条憲法の精神であったはずだからそこに立ち戻ってじっくりと和の思想を見なければならない
家族国家の形態で豪族が寄り合いを始めて統一を目指す中での骨肉の争いは和を説き諍いをするなと呼びかける


それは次々の条に現れる

一に曰く、和をもって貴しとし、忤(さから)うことなきを宗とせよ。
人みな党(たむら)あり。また達(さと)れる 者少なし。ここをもって、あるいは君父にしたが順(したが)わず。また隣里に違う。然(しか)れども、上和らぎ 下睦びて、事を、論(あげつら)うに諧(かな)うときは、事理おのずから通ず。何事か成らざらん。


ーにいう。和を大切にし、いさかいをせぬようにせよ。人はそれぞれ仲間があるが、全くよく悟ったものは少ない。それ故君主や父にしたがわず、また隣人と仲違いしたりする。けれども上下の者が睦まじく論じ合えば、おのずから道理が通じ合い、どんなことでも成就するだろう。



二に曰く、篤く三宝を敬え。三宝とは、仏と法と僧なり。
すなわち四生の終帰(よりどころ)、万国の極宗(おおむね)なり。いずれの世、いずれの人か、この法を貴ばざらん。人、はなはだ悪しきもの少なし。よく教うるをもて従う。そ三宝に帰(よ)りまつらずば、何をもってか枉(まが)れるを直(ただ)す。



二にいう、篤く三宝を敬うように。三宝とは仏・法・僧である。仏教はあらゆる生きものの最後の拠り所。すべての国の究極のよりどころである。いずれの世、いずれの人でもこの法をあがめないであろうか。人ははなはだしく悪いものは少ない。よくおしえれば必ず従わせられる。三宝によらなかったら何によってよこしまな心をただそうか



三に曰く、詔(みことのり)を承りては必ず謹め。君をば天とす。臣をば地とす。天は覆い、地は載す。四時(しいじ)に順(したが)い行いて、万気通うことを得(う)。地、天を覆わんとするときは、壊(やぶ)るることを致さん。ここをもって、君言(のたま)うときは臣承る。上(かみ)行うときは下(しも)靡(なび)く。ゆえに詔を承りては必ず謹め。謹まずば、おのずから敗れん。



四に曰く、群卿百寮(ぐんけいひゃくりょう)、礼をもって本(もと)とせよ。それ民を治むる本は、かならず礼にあり。上、礼なきときは、下、斉(ととのお)らず。下、礼なきときは、かならず罪あり。ここをもって、群臣礼あるときは、位次(いじ)乱れず。百姓礼あるときは、国家おのずから治まる。



五に曰く、あじわい餐食(むさぼり)を絶ち、たからのほしみを棄てて、明らかに訴訟(うったえ)を弁(さだ)めよ。それ百姓の訟(うったえ)は、一日に千事あり。いちにちすらなお爾(しか)るを、いわんや歳を累(かさ)ねてをや。このごろ訟を治むる者、利を得るを常とし、賄(まいない)を見てはことわりもうすを聴く。すなわち財のあるものの訟は、石をもって水に投ぐるがごとし。貧しき者の訟は、水をもって石に投ぐるに似たり。ここをもって、貧しき民は所由(せんすべ)を知らず。臣道またここにかく。



六に曰く、悪を懲(こ)らし善を勧むる者は、古(いにしえ)の良き典なり。ここをもって、人の善を匿(かく)すことなく、悪を見てはかならず匤(ただ)せ。それ諂(へつら)い許(あざむく)者は、国家を覆(くつがえ)す利器なり。人民を絶つ鋒剣(ほうけん)なり。また佞(かだ)み媚(こ)ぶるものは、上に対しては好みて下の過(あやまち)と説き、下に逢いては上の失(あやまち)を誹謗(そし)る。それ、これらの人は、みな君に忠なく、民に仁なし。これ大乱の本なり。



七に曰く、人おのおの任あり。掌(つかさど)ること、濫(みだ)れざるべし。それ賢哲、官に任ずるときは、頌(ほ)むる音(こえ)すなわち起こり、奸者(かんじゃ)、官を有(たも)つときは、禍乱すなわち繁(しげ)し。世に、生まれながら知るひと少なし。よく念(おも)いて聖となる。事、大少となく、人を得て必ず治まる。時、急緩となく、賢に遇(あ)いておのずから寛(ゆたか)なり。これによりて、国家永久にして、社稷(しゃしょく)危うからず、故に、古の聖王、官のために人を求む。人のために官を求めず。



八に曰く、群卿百寮(ぐんけいひゃくりょう)、早く朝(まい)りて晏(おそ)く退(まか)でよ。公事いとまなし。終日(ひねもす)にも尽くしがたし。ここをもって、遅く朝るときは急なることに逮(およ)ばず。早く退るときはかならず事尽くさず。



九に曰く、信はこれ義の本なり。事ごとに信あるべし。それ善悪成敗はかならず信にあり。群臣とも信あるときは、何事かならざらん。群臣信なきときは、万事ことごとく敗れん



十に曰く、心のいかり(忿)を絶ち、おもてのいかり(瞋)を捨てて、人の違うことを怒らざれ。人みな心あり。心おのおの執るところあり。かれ是とすれば、われ非とす。われかならずしも聖にあらず。かれかならずしも愚にあらず。ともにこれ凡夫のみ。是非の理、たれかよく定むべけんや。あいともに賢遇なること、鐶(みみがね)の端(はし)なきごとし。ここをもって、かの人は瞋(いか)るといえども、かえってわが失(あやまち)を恐れよ。われひとり得たりといえども、衆に従いて同じく挙(おこな)え。


十一に曰く、功過を明らかに察(み)て、賞罰かならず当てよ。このごろ賞は功においてせず、事を執る群卿、賞罰を明らかにすべし。


十二に曰く、国司・国造、百姓に斂(おさ)めとることなかれ。国に二君なし。民に両主なし。率徒の兆民は王をもって主となす。所任の官司はみなこれ王臣なり。何ぞあえて公と、百姓に賦斂(おさめと)らん。


十三に曰く、もろもろの官に任ぜる者、同じく職掌を知れ。あるいは病し、あるいは使して、事を闕(おこた)ることあらん。しかれども知ることを得る日には、和(あまな)うことむかしより<曽>識(し)かれるがごとくせよ。それを与(あずか)り聞かずということをもって、公務をな妨げそ。


十四に曰く、群臣百寮(ぐんしんひゃくりょう)、嫉妬あることなかれ。われすでに人を嫉(うらや)むときは、人またわれを嫉む。嫉妬の患(うれ)え、その極(きわまり)を知らず。このゆえに、智おのれに勝るときは悦ばず。才おのれに優るときは嫉妬(ねた)む。ここをもって五百歳にしていまし今賢に遇(あ)うとも、千載にしてひとりの聖を持つことに難(かた)し。それ賢聖を得ずば、何をもってか国を治めん。


十五に曰く、私を背きて公に向(ゆ)くは、これ臣の道なり。およそ人、私あるときはかならず恨みあり。憾(うら)みあるときはかならず同(ととのお)らず。同らざるときは私をもって公を防ぐ。憾みおこるときは制に違い、法を害(やぶ)る。ゆえに初めの章に云う。上下和諧せよ、と。それまたこの情(こころ)か。


十六に曰く、民を使うに時をもってするは、古の良き典なり。ゆえに、冬の月に間あらば、もって民を使うべし。春より秋に至るまでは、農桑(のうそう)の節なり。民を使うべからず。それ農(なりわい)でずば、何をか食らわん。桑(くわと)らずば何をか着ん。


十七に曰く、それ事はひとり断(さだ)むべからず。かならず衆とともに論(あげつら)うべし。少事はこれを軽し。かならずしも衆とすべからず。ただ大事を論うに逮(およ)びては、もし失(あやまち)あらんことを疑う。ゆえに衆と相弁(あいわきま)うるときは、辞(こと)すなわち理を得ん。



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