絶対王者、スノボのシェーンが敗れた。絶対と思われていた、スキーのジャンプで高梨沙羅選手は4位となった。かくして、絶対ということは、ないのである。深更に及ぶ中継でハラハラ、ドキドキしての日本選手への応援は一方で敗れゆく者の悲哀をも見せつける。
日本選手の最年少メダリストが15歳という年齢で誕生し、それに続く17歳の若者が3位メダルとなった。優勝を逃した絶対王者はその10歳上回る年齢でその地位を確保すべく王者と言われてきたのであるが、そのインタビューで、15歳の少年が現れたことに若さと可能性を称賛していた。
また女子選手の種目となり、初代女王の座を射止めることは確実と見られていたにもかかわらず、五輪の地に入って記者会見では鞄のなかにメダルを入れているようなものですねと言われたりしていたから、日本中の期待もいやがうえにも高まっていた。
この場にいる人に楽しんでもらえる最高のジャンプを見せたい、と言い続け、支えてくれた人に感謝の気持ちで精いっぱい跳びたい、と話し続けた、その思いは、その通りとなったのである。風がついていなかった、それはジャンパーにとって自然の脅威であるから、追い風のむずかしさを克服することはできるようなことではないことを証明した。
高梨4位、メダル逃す…ジャンプ初代女王ならず
> ソチ五輪は11日(日本時間12日未明)、新種目のスキージャンプ女子個人ノーマルヒルが行われ、高梨沙羅(クラレ)は4位で、メダルを逃した。
初代女王はカリナ・フォクト(ドイツ)。
高梨は飛躍1回目で100メートルを飛び、124・1点で3位につけたが、2回目は98メートル50にとどまり、合計は243・0点だった。
伊藤有希(土屋ホーム)は計241・8点で7位。山田優梨菜(長野・白馬高)は計115・7点で30位。
(2014年2月12日04時05分 読売新聞)
風に泣いた高梨沙羅、テレマークに課題も
船木和喜のジャンプ解説
(スポーツナビ)2014/2/12 12:00
>ソチ冬季五輪のノルディックスキー女子ジャンプのノーマルヒル決勝が現地時間11日に行われ、高梨沙羅(クラレ)は2本合計243.0点(1本目=100.0メートル/124.1点、2本目=98.5メートル/118.9点)で4位に終わり、メダルを逃した。
世界ランク1位、ワールドカップ最多勝記録保持者、金メダル最有力候補の“絶対女王”に何が起こったのか……。1998年長野五輪でジャンプ金メダルに輝いた船木和喜さんに聞いた。
金メダリストと同じ条件で飛んでいれば……
――高梨選手は4位という結果でした
高梨選手もチームも最善を尽くしたと思います。では、何が問題かというと、「風」ですね。高梨選手はウィンドファクター(風の条件でもらえる得点)で1本目が3.1点、2本目が1.9点で合わせて5.0点でした。これは不利な追い風だと加点、有利な向かい風だと減点されます。高梨選手は5.0点加点されており、出場30選手の中でも2番目に高い数字です。これはつまり、いかに悪い条件で飛んだかを意味します。金メダルのカリーナ・フォクト(ドイツ)は1本目が-2.2なので、向かい風で飛んでいます。もし高梨選手が同じ条件で飛んでいたら、フォクトの103メートルを上回る105メートル以上の記録が出たかもしれません。
ジャンプの内容は良かったです。むしろ、彼女が高い技術を持っているから、悪条件の中でも100メートル飛べたと言えます。ウィンドファクターが3.1点ということは約0.5メートルの追い風で飛んでいることになります。仮に風速ゼロ、ウィンドファクターの加点も減点もない状況であれば、確実にヒルサイズ(=106メートル)に届いていると思います。風はそれくらいの影響があるので、非常に悔しいですね。ただ、自然を相手にした競技ですから、彼女は風のせいにするようなことは言いません。あくまで自分が悪かったと考えていると思います。
――チームの判断はどう見ますか?
今回は風の向きが刻一刻と変わり、強弱もありました。ゲートを下げるかどうか、判断が難しい状況だったと思います。最終的には2本目で100メートルに行かなかったので、ゲートを下げなくて正解でした。ゲートを下げると加点されるんですが、その場合はヒルサイズの95%以上を飛ばないといけません。今回で言えば、約100メートルです。結果的には、あの条件で飛んで100メートルに届かなかったということは、ゲートを下げるとさらに飛距離が出ないので、加点されません。チームの判断は正しかったと思います。
――ソチに入ってから、納得のいくジャンプができていなかったようですが、その影響は?
彼女はワールドカップを転戦してきましたが、そこではずっとトップを走ってきて他の選手とは差がありました。その差が一気に縮められたんです。五輪に合わせた調整、仕上がりが順調にいったことによって、周囲のレベルが上がりました。高梨選手はずっと好調を維持していたので、その差が詰まったことにちょっと不安を覚えたのかもしれません。本人の技術的なことは変わってないんですけど、それが「調子が悪い」という発言になったんだと思います。そうした中、今回は対応力の高さで4位につけました。本当に調子が悪ければ、もっと低い順位になっていたと思います。
技術的な課題はテレマーク
――風以外に敗因を挙げるとすれば?
1つ挙げるとすれば、テレマーク(着地の姿勢)を入れられなかったことでしょうか。テレマークを入れれば1人の審判で1.5~2.0点が加点されます。5人の審判のうち3人が選ばれて最大で6.0点。これがジャンプ2本だと12.0点になります。もし加算されていればダントツの金メダルでした。
ただ、これは攻めた結果でもあるので、難しいところです。テレマークを度外視して攻めたから、悪条件の中でも100メートルを飛べました。もしテレマークを重視していたら100メートルに届かなかったでしょう。もちろん、本人は1メートルでも遠くへ飛びたいという攻めの姿勢があった上で、さらにテレマークを入れることも考えていたと思いますが。最終的にテレマークを入れられなかったことは、今後に向けての課題です。風の影響が多分にある中、あえて技術的なことを挙げるとすれば、その点ですね。
結果だけで言えば、メダルを取れなかったのは事実なので、大きな課題を残したということになります。でも、17歳という年齢、今後の伸びしろを考えると、課題がある方が将来は楽しみです。
――高梨選手に言葉をかけるとすれば、どんなことを?
大きな賭けをして攻めた結果なので、本人にとっては、満足した失敗、課題が見つかった失敗だと思います。中途半端に安全に飛んで結果が出なかったより、攻めた結果の失敗なんだから、何も気にせずにそれを課題として先に進めばいいんじゃない、と言いたいですね。金メダルは取れなかったですけど、彼女は世界ランク1位ですから。評価は変わりません。
<了>
船木和喜
1975年4月27日、北海道生まれ。98年長野五輪に出場し、個人ラージヒル、団体ラージヒルで2つの金メダル、個人ノーマルヒルで銀メダルを獲得した。世界選手権、スキーフライング世界選手権、スキージャンプ・ワールドカップなどでも数々のタイトルを獲得。低く鋭い踏み切りから繰り出されるジャンプフォームは「世界一美しい」と称された。現在も現役を続けながら、後進の指導にもあたっている。
日本選手の最年少メダリストが15歳という年齢で誕生し、それに続く17歳の若者が3位メダルとなった。優勝を逃した絶対王者はその10歳上回る年齢でその地位を確保すべく王者と言われてきたのであるが、そのインタビューで、15歳の少年が現れたことに若さと可能性を称賛していた。
また女子選手の種目となり、初代女王の座を射止めることは確実と見られていたにもかかわらず、五輪の地に入って記者会見では鞄のなかにメダルを入れているようなものですねと言われたりしていたから、日本中の期待もいやがうえにも高まっていた。
この場にいる人に楽しんでもらえる最高のジャンプを見せたい、と言い続け、支えてくれた人に感謝の気持ちで精いっぱい跳びたい、と話し続けた、その思いは、その通りとなったのである。風がついていなかった、それはジャンパーにとって自然の脅威であるから、追い風のむずかしさを克服することはできるようなことではないことを証明した。
高梨4位、メダル逃す…ジャンプ初代女王ならず
> ソチ五輪は11日(日本時間12日未明)、新種目のスキージャンプ女子個人ノーマルヒルが行われ、高梨沙羅(クラレ)は4位で、メダルを逃した。
初代女王はカリナ・フォクト(ドイツ)。
高梨は飛躍1回目で100メートルを飛び、124・1点で3位につけたが、2回目は98メートル50にとどまり、合計は243・0点だった。
伊藤有希(土屋ホーム)は計241・8点で7位。山田優梨菜(長野・白馬高)は計115・7点で30位。
(2014年2月12日04時05分 読売新聞)
風に泣いた高梨沙羅、テレマークに課題も
船木和喜のジャンプ解説
(スポーツナビ)2014/2/12 12:00
>ソチ冬季五輪のノルディックスキー女子ジャンプのノーマルヒル決勝が現地時間11日に行われ、高梨沙羅(クラレ)は2本合計243.0点(1本目=100.0メートル/124.1点、2本目=98.5メートル/118.9点)で4位に終わり、メダルを逃した。
世界ランク1位、ワールドカップ最多勝記録保持者、金メダル最有力候補の“絶対女王”に何が起こったのか……。1998年長野五輪でジャンプ金メダルに輝いた船木和喜さんに聞いた。
金メダリストと同じ条件で飛んでいれば……
――高梨選手は4位という結果でした
高梨選手もチームも最善を尽くしたと思います。では、何が問題かというと、「風」ですね。高梨選手はウィンドファクター(風の条件でもらえる得点)で1本目が3.1点、2本目が1.9点で合わせて5.0点でした。これは不利な追い風だと加点、有利な向かい風だと減点されます。高梨選手は5.0点加点されており、出場30選手の中でも2番目に高い数字です。これはつまり、いかに悪い条件で飛んだかを意味します。金メダルのカリーナ・フォクト(ドイツ)は1本目が-2.2なので、向かい風で飛んでいます。もし高梨選手が同じ条件で飛んでいたら、フォクトの103メートルを上回る105メートル以上の記録が出たかもしれません。
ジャンプの内容は良かったです。むしろ、彼女が高い技術を持っているから、悪条件の中でも100メートル飛べたと言えます。ウィンドファクターが3.1点ということは約0.5メートルの追い風で飛んでいることになります。仮に風速ゼロ、ウィンドファクターの加点も減点もない状況であれば、確実にヒルサイズ(=106メートル)に届いていると思います。風はそれくらいの影響があるので、非常に悔しいですね。ただ、自然を相手にした競技ですから、彼女は風のせいにするようなことは言いません。あくまで自分が悪かったと考えていると思います。
――チームの判断はどう見ますか?
今回は風の向きが刻一刻と変わり、強弱もありました。ゲートを下げるかどうか、判断が難しい状況だったと思います。最終的には2本目で100メートルに行かなかったので、ゲートを下げなくて正解でした。ゲートを下げると加点されるんですが、その場合はヒルサイズの95%以上を飛ばないといけません。今回で言えば、約100メートルです。結果的には、あの条件で飛んで100メートルに届かなかったということは、ゲートを下げるとさらに飛距離が出ないので、加点されません。チームの判断は正しかったと思います。
――ソチに入ってから、納得のいくジャンプができていなかったようですが、その影響は?
彼女はワールドカップを転戦してきましたが、そこではずっとトップを走ってきて他の選手とは差がありました。その差が一気に縮められたんです。五輪に合わせた調整、仕上がりが順調にいったことによって、周囲のレベルが上がりました。高梨選手はずっと好調を維持していたので、その差が詰まったことにちょっと不安を覚えたのかもしれません。本人の技術的なことは変わってないんですけど、それが「調子が悪い」という発言になったんだと思います。そうした中、今回は対応力の高さで4位につけました。本当に調子が悪ければ、もっと低い順位になっていたと思います。
技術的な課題はテレマーク
――風以外に敗因を挙げるとすれば?
1つ挙げるとすれば、テレマーク(着地の姿勢)を入れられなかったことでしょうか。テレマークを入れれば1人の審判で1.5~2.0点が加点されます。5人の審判のうち3人が選ばれて最大で6.0点。これがジャンプ2本だと12.0点になります。もし加算されていればダントツの金メダルでした。
ただ、これは攻めた結果でもあるので、難しいところです。テレマークを度外視して攻めたから、悪条件の中でも100メートルを飛べました。もしテレマークを重視していたら100メートルに届かなかったでしょう。もちろん、本人は1メートルでも遠くへ飛びたいという攻めの姿勢があった上で、さらにテレマークを入れることも考えていたと思いますが。最終的にテレマークを入れられなかったことは、今後に向けての課題です。風の影響が多分にある中、あえて技術的なことを挙げるとすれば、その点ですね。
結果だけで言えば、メダルを取れなかったのは事実なので、大きな課題を残したということになります。でも、17歳という年齢、今後の伸びしろを考えると、課題がある方が将来は楽しみです。
――高梨選手に言葉をかけるとすれば、どんなことを?
大きな賭けをして攻めた結果なので、本人にとっては、満足した失敗、課題が見つかった失敗だと思います。中途半端に安全に飛んで結果が出なかったより、攻めた結果の失敗なんだから、何も気にせずにそれを課題として先に進めばいいんじゃない、と言いたいですね。金メダルは取れなかったですけど、彼女は世界ランク1位ですから。評価は変わりません。
<了>
船木和喜
1975年4月27日、北海道生まれ。98年長野五輪に出場し、個人ラージヒル、団体ラージヒルで2つの金メダル、個人ノーマルヒルで銀メダルを獲得した。世界選手権、スキーフライング世界選手権、スキージャンプ・ワールドカップなどでも数々のタイトルを獲得。低く鋭い踏み切りから繰り出されるジャンプフォームは「世界一美しい」と称された。現在も現役を続けながら、後進の指導にもあたっている。