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捜探

2019-03-12 | 文法文章論

コラム中日春秋が、さがす について書いている。文章のテーマには、東日本大震災、「行方の分からなくなった人を捜し、失った人の面影を捜す。深い悲しみに耐えながら生きる糧を探す。」「捜」と「探」はあるのではないか、という。探す、捜す、この語であるが、ワード変換をしていたら、標準統合辞書に、解説がある。違いを記していたのは、捜す 見えなくなったもの 探す ほしいもの とある。捜索、探索、いずれにも該当する。ただ、探索の語には、ふかきを探り、隱れたるを索む、の例がある。


https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/gimon/158.html

『用字用語ハンドブック』に以下のような用例を付記してある社もあります。<「店で気に入った財布を探す」「紛失した財布を捜す」、求人は「人探し」、「行方不明者は「人捜し」となる。>


「探す」と「捜す」の違い | 日本語早わかり
https://nihon-go.jp › 紛らわしい語 › 「探す」と「捜す」の違い
2019/02/20 - 「探す」と「捜す」の意味の違い 【探す】欲しいものを追い求める 【捜す】見えなくなったものを調べる 「探す」と「捜す」は、どちらもサガスと読む異字同訓語です。 「探す」は、欲しいものを追い求めるときに...


「探す」と「捜す」 - 違いがわかる事典
https://chigai-allguide.com/探すと捜す/
探すは、「職を探す」「宝物を探す」「新居を探す」「人のあらを探す」など、欲しいもの、目にしたいものを見つけようとさがす場合に使う。 捜すは、「犯人を捜す」「行方不明者を捜す」「落し物を捜す」など、見えなくなったものを見つけ出そうとさがす場合に使う。 上記の ...


字源
会意形声。「手」+音符「罙」、「罙」は「穴」+「又・彐(=手)」+「火」の略体で穴に手を入れ火をさぐること。

字通

火燭を執る形。祭のとき火を執るものは氏族の長老たる人で、その人をいう。また暗中にものを探すときに火燭を執るので、捜索の意となる。

もと隠れたものを求める意であるから、さぐる、うかがう、たずねるの意となる。



乾燥した日が続く
2008年03月12日06:00

2日前の雨は春を呼んだ
どしゃっと降ってさっと止んだ
そして晴れて17℃の日が続く
明日までは晴れて、また雨が降るようだ

雨と晴れが交互にきて春の芽吹きがいよいよ盛んになる

絶対語感と聞かされて、どうすればそれがわかるようになるか
聞き返すと、文章の絶対語感だという、それで
検索して絶対音感が出てきた、そして外山さんの語感練習帳まで出版されていた
それが、もじりならわかりよいよ、と

絶対音感、これは音高感をとらえるもので、音高に対する記憶力である
相対音感は音程に対する記憶力ということ
その意味では絶対音感は能力としての優劣、強弱で評価される
この場合、西洋音楽でかつ十二平均律による音高ということが暗黙の前提となっている

絶対語感を身につけるのは簡単だよ、と答えて
それは言葉のリズムにあると言おうとして
音読すること、声を大きく出して読むこと
ただそれだけだよ、と言おうとして

なんだか難しげなとらえ方をしているのが
ブログなどの記事で出てきた、ふむふむ

http://hilltoply.blog.so-net.ne.jp/2006-02-20-1

さらに本の広告を見ると

>わが子を賢くしたいと思ったら、ことばの離乳は絶対に必要です

言葉の離乳期に始まる、何歳から何を読んであげればいいのか、ひと目でわかる、絶対語感習得カレンダーなるものまで付いているとか

目次を、その宣伝からみると、まず、お母さんのことばありき、ことばは、心を育てるおっぱい、大切なすり込み教育とあるのに、びっくり

赤ちゃんに話すお母さんことばの基本と続いていて
 トーンは高く
 ゆっくり
 抑揚をつけて
 くりかえす
むずかしいことは考えずに、とにかく話す、くりかえす、とあるのは、まあ、常識的で
 リズムのあることばで、絶対語感をつくる
と、あるようなので、まあ、そういうことだと

>離乳語の世界の扉を開く、昔話、母の心の奥底にある子守り唄

そして、ことばを聞かせて頭を良くする、となる
 こどもの想像力を広げる、川柳
 離乳語のテキストとしての、いろはがるた
など、など、頭を良くするというのは、こういうことだった

ちなみに、外山滋比古 、トヤマ シゲヒコさんのデータは
英文学者、評論家、文学博士
1923年愛知県生まれ、。東京文理科大学英文科卒業後、 
1951年、雑誌『英語青年』編集長に就任
1956年に東京教育大学助教授
1968年にお茶の水女子大学教授、この間、5年間お茶の水女子大学附属幼稚園長を兼ねる
現在は同大名誉教授。専門の英文学のほか、言語学、修辞学、さらには教育論など広範な評論活動を続ける一方、ことばによる幼児・こどもの情操教育・知育の大切さを長年説いてきた、全日本家庭教育研究会の総裁も務めた

むかし、この著者の本をよく読んだ
雑誌の編集者らしい慧眼に、その文章の快適な読み心地に
酔いしれたが、残像の話などを思いだす
しゃれて気が利いているたとえには、それが入試に良く使われていたのを、別の意味で勉強をした

その人が唱えるこの絶対語感は、やはり、わかったようでわからない
というところまで、いえるまでに探求はしていないので、不遜だが
むかし読んだ印象はそのままに、絶対語感が獲得能力なら、国語力は規範だらけになってしまう
つまり音階がひとつであるかのように

それはやはりそうではない、獲得されるのはまあいいとして、その前にすでに言語に対する形成能力が考えられてしかるべきだ
つまり自然に習得される言語駆使能力のことだ
わたしたちが外界に接していて耳にする言語音は練習をはるかに超える
絶対語感とは自分が駆使する言語のとらえ方にすぎない



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