森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

池田市界隈 2008,6,27

2012-06-28 09:51:03 | 風景を歩く
 池田を散策する。この町は歴史があって街角の風景も古めかしさが残っている。私はすでに次の時代には縁遠くて価値観もついていけぞうにない気がする‥歴史の埋もれた町が好きである。
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嵐山に行く

2009-05-15 22:08:36 | 風景を歩く
今日は午後から京都のN先生宅にお邪魔した。それから久し振りに嵐山に行く。 何年振りだろうか・・嵐山界隈は奨励会の頃によく歩いた。たいてい観光客のいない秋から冬だったので、さみしい思い出がある。いつ将棋をやめるか・・これからどうするか・・そんな思いを抱えてだったので余計である。
 風景を美しく感じるのは、人生の重みを感じるときかもしれない。渡月橋あたりの嵐山は何度来てもいいものである。
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大浦天主堂 尖塔

2007-02-23 20:16:43 | 風景を歩く
 平成9年に長崎に行ったときに撮った、大浦天主堂の八角尖塔である。大浦天主堂は現存する日本最古の天主堂で、八角尖頭の先にある十字架は自由の象徴と言われる。内部にはステンドグラスがある。青空に吸い込まれゆくような荘厳な姿である。
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金比羅さん

2006-12-15 01:10:51 | 風景を歩く
 私が子どもの頃、正月の初詣と言えば香川県琴平の「金比羅」さんだった。満員の電車に乗って、兄と一緒によく行った。着いてからも人混みの中、千を越える石段を上るのだが、今なら無理だろうなあ。
 近くに弘法大師で有名な満濃池がある。
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赤穂にて

2006-11-16 22:57:06 | 風景を歩く
 播州赤穂に行ったときの写真で、子どもの頃に帰ったような風景だ。今の時代は明るく元気でなくてはいけない、暗くて地味なものいけない、負けてはいけない、落ちこぼれてはいけない、ああ、息苦しい。そんな完璧な人間がどこにいるのだろう。負けること、劣ること、暗い気持ちになること、そんな体験を積んでこそ、やさしさやたくましさが生まれるのにと思う。
 街角からこんな風景が消えてしまって、身奇麗で清潔な街になり、同時に人がどこかに消えてしまったような気もする。
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越中富山の薬売り

2006-11-10 21:37:55 | 風景を歩く
 能登に行ったとき、同宿だった越中富山の薬売りのおじさん。翌日、何故か付近の家を回るのに連れていってもらった。使った薬を丹念にチェックして、また補充して薬箱に戻すのだ。信頼関係があって成り立つ仕事である。もう歩いて行商している人はいないかもしれない。昔の武士のような端正な顔立ちのおじさんだった。
 風呂敷にくるんで、歩いて回る姿は凛々しかった。
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能登

2006-11-09 23:33:52 | 風景を歩く
 能登の夕暮れの浜辺、夕焼けが染まり、荒々しい波が砕け散る。能登には何度も旅をしたが、秋から冬にかけてだったので、旅する人はほとんどいない。以前にも書いたが、不審者か自殺志願者と間違われそうなときもある。宿の人と親しくなり疑いが晴れると、とっても親切で岬の灯台まで車で連れていってもらった。
 さみしきことは 美しきかな 能登の夕暮れはそんな心境になる風景だった。
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時代祭り

2006-10-26 22:07:09 | 風景を歩く
 十数年前の写真で、京都の「時代祭り」のワンシーンである。
”時代祭りは、毎年10月22日に開かれる平安神宮の祭で、平安神宮創建を記念して行われ、明治維新から平安の世までの華やかな時代風俗行列で、祇園祭り、葵祭りと並び、京都三大祭りの一つです。”
 和知のムツゴローさんのいる「和知ホーストレッキング」の馬も、時代祭りに貸していたそうである。馬は敏感で、後ろに立つと不安感から暴れだすことがある。
 この馬に(乗馬体験は二回だが)乗ってみたいなあと思った?

 
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萩、うろこ雲

2006-10-21 22:03:14 | 風景を歩く
 見事なうろこ雲である。山口県萩市の吉田松陰神社だったと思う。歴史の英雄は虚像と偶像の面を差し引かねばならないが、松下村塾の中で、私は高杉晋作が大好きだった。この日本人離れした発想の持ち主が幕末にいたことは、その時代に大いに興味を抱かせる。いつの時代でも、その場に直面していたらなかなか先を見通す目は持てないものだ。歴史は勝者が作る要素が大きくて、結果論の集約でもあるが、人の生き様は何かを残して何かが伝わってくるものだと思う。
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萩城跡

2006-10-19 23:04:42 | 風景を歩く
 ”萩城は慶長9年(1604)に毛利輝元が指月山麓に築城し、別名指月城とも呼ばれ、山麓の平城と山頂の山城とを合わせた平山城。明治7年(1874)、天守閣、矢倉などの建物は全て解体された。”
 各地で解体された城跡が残っているが、萩はとくに石垣やお堀に当時の面影がそのまま残されている風景だ。吸い込まれるような青空が、時間を越えてロマンを掻き立てる。
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萩の猫

2006-10-16 23:16:35 | 風景を歩く
 将棋世界の「風景」の取材と将棋指導の訪問で、山口県萩市に行ったときに撮った白猫だ。1994年撮影。
 萩の城跡付近には猫が多かった。警戒心も薄いが、人への関心も無いような、のんびりとしているようでいて、考え事をしているような猫である。萩は何度も訪ねたことのある地で、歴史の荒波の中心にいた吉田松陰、高杉晋作所縁の松下村塾もある。心揺さぶられる風土だ。
 
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お茶席の猫

2006-10-15 21:04:48 | 風景を歩く
 これも鎌倉の写真で、お茶席の猫である。数人が飲んだ抹茶茶碗を横目にしながら、のんびりと日なたぼっこしている。
 最近、よくお茶をいただくようになったが、次第においしく感じるようになってきた。作法をわきまえないのは申し訳ないのだが、和風のしきたりはいいものだ。
 この猫もちっともわきまえていないが、このみっともない姿は私と似たようなものに見えてくる。冴えんぞ!
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鎌倉にて

2006-10-14 21:48:19 | 風景を歩く
 高校のときの古文の授業で、臨時に来た名物先生がいてその情感溢れる読み方に人気があった。その先生は常々「世の中の偉い人よりも、身近な親や近所の人を愛しなさい。そういう生き方がいいのですよ」と言われていた。私は古文は苦手だったが、朗読を聞きながらコックリコックリする時間が楽しみだった。体中から発散するエネルギーが凄いなあと思った。そのときは気づかなかったが、今だに朗読の声が頭の中の残像として浮かんでくるのだ。
 
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鎌倉 

2006-10-13 21:19:44 | 風景を歩く
 平成6年の将棋世界「風景」連載からの写真である。暗い部屋のなかに、悟りの境地を覗き込むような雰囲気がある。
 暗闇は人の不安を掻きたてるが、かすかな灯りでも目を見開いて見るようになる。いつも明るいところにいると、すべてが見えているつもりになってしまう。
 たまには自分を暗闇に追い込むことも必要だろう。でも私は臆病者だから、暗闇は苦手である。
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屋根付き橋

2006-08-10 23:03:11 | 風景を歩く
 愛媛県喜多郡河辺村の屋根付き橋で、帯江橋である。昭和27年私が生まれた年に出来た橋で、長さが16,5メートル幅2,6メートル、屋根は杉皮葺き。
2001年撮影。
 屋根付き橋は外国でもヨーロッパやアメリカ、カナダなどでも見られるが、国内ではこの河辺村あたりしかないそうだ。中国の少数民族を訪ねる旅のきっかけも、屋根付き橋を見たいのが理由だった。
 山間の雨の多いところで、自然が残されているのもいい。村の人達が、橋の下で雨宿りしながらよもやま話をする、そんな昔からの変わらぬ風景にロマンを感じるのだ。
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