子どもの頃、祖母の家は農家で、働きに出ている母に代わって祖母と一緒に田んぼに連れられていった記憶がある。まだSLも走っていて、通るたびに凄い煙が湧き、逃げながら追いかけて遊んだ。お遍路さんも多くて、よく見かけたものだ。
夏も終わりになると、稲穂が実り収穫の季節がくる。もう少し記憶が鮮明ならその様子も浮かぶのだが、定かでない。4歳の頃にはしかにかかり、それからは毎朝お菓子を買ってもらって、病院に通った記憶しかない。
母に言わすと私は子どもの頃から一切、手がかからなかったそうだ。でも慎重でおとなしく、可愛げのない子どもだったようだ。
夏も終わりになると、稲穂が実り収穫の季節がくる。もう少し記憶が鮮明ならその様子も浮かぶのだが、定かでない。4歳の頃にはしかにかかり、それからは毎朝お菓子を買ってもらって、病院に通った記憶しかない。
母に言わすと私は子どもの頃から一切、手がかからなかったそうだ。でも慎重でおとなしく、可愛げのない子どもだったようだ。
「無くした後で、大事だったと気づく物ばかり」にならない様に…。
全部でなくても自然と一緒にいるのがいいですね。
ある意味で、もう一度授かった命かもしれません。
ある意味で村山聖の幼い頃と似た境遇なのに、驚いたことがあります。
これが縁なのでしょうね。