2023年10月10日T叔母の葬儀で急遽、帰省する。母の兄弟姉妹は7人いたが、高松のK叔母だけになってしまった…T叔母は勝ち気で元気の塊みたいな人だった。農家だったのでできた野菜やお米を母の家に持ってきてくれていた。
私が高校生の頃に赤星山に登ったが、帰りの電車賃がないのに気付いてT叔母の家まで行って借りた記憶がある。母と一緒でカラオケが大好きで、また身内の冠婚葬祭のときはお坊さんと一緒に声を出してお題目を唱えていた。厳しい人だったが私には優しく接してくれた。
親戚が集まるのはこういう時しかないが、40年振りに合う従妹もいて、感慨深いものがある。従妹たちが小さい頃は私がお年玉を渡していたが、姉妹が多くてにぎやかだった祖母の家を思い出すとさみしい…過ぎてみれば、これほど歳月の短さを感じることはない…自分の人生はいったい何だったのか、歳月の中でどういう生き方をしてきたのか、柄にもなく諸行無常と言う言葉が浮かぶ…
写真家のN先生に「あなたは無常と言う言葉を感じられる人です」と言われたことがある。ゆえに欲得で生きるのでなくて、生きる上で何か大切なものを感じながら生きていけるはず、そういう励ましだったのだと思っている。今も抱えているものは多いが、一つ一つ力まないで向き合っていく作業が日々の日課だと思っている。
悲しいかな、人間同士では心の通じないことも多いが、せめて自分からは真摯に悔いなく向き合っていこうと考えている。
岡山から瀬戸大橋を渡り四国に入ると、50年間、何度も何度も見た車窓からの風景が心にしみる。
私の場合は感傷的になるよりも、やはり無常感がわいてしまうので、現実的になりきることを考えて気持ちをこなしてきた気がする。世俗を離れないで普通に生きることがいいのだと噛みしめて思う。
駅まで姉たちに送ってもらっていると、後から合流した大阪の従兄と一緒の電車で帰ることになった。いろんな意味で貴重な一日だった。