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森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

37歳 村山聖

2006-06-15 19:31:55 | 将棋あれこれ
今日6月15日は、生きていれば村山聖の37歳の誕生日だ。ちょうど森内名人と谷川浩司九段の名人戦の最中で、第六局の一日目だった。
 亡くなった年のA級順位戦最終局の衛星中継で、たまたま東京の将棋会館にいた私は出演依頼を受け、感想を聞かれて「今期でA級の表から村山聖の名前が消えるのがさみしいです」と述べた。
 今日は雨が降り止まぬ一日だったが、少々涙雨だったかもしれない。
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奨励会時代の成績

2006-06-14 21:10:53 | 日々の写真
 写真は京都の映画館で、河原町から奥まったところにある。連日オールナイトで、昔の奨励会時代を思い出す。
 自分の略歴が必要になり、ネットで調べていると、奨励会時代の全成績表が出てきてびっくりした。
 昭和46年10月4級入会で、3級に昇級するのにほぼ一年かかっている。
 4級=35ー33 3級=7-3 2級=22-19 1級=35-30
 初段=17-15 二段=29-23 三段=23-26の成績だ。ほとんど五割の勝率しかない。負けだすと止まらなくて、但し連勝も多かったようだ。要領がいいのか、実力がないのか、半分奇跡に近い昇級の仕方だったなあと思う。昭和51年4月に四段昇。
 
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京都文化博物館

2006-06-14 00:10:24 | 日々の写真
 京都文化博物館の「印象派と西洋絵画の巨匠たち展」を観にいく。ミレー、モネ、ルノワール、ユトリロ、ピカソなどの絵画だ。暗く落とした照明のなかで、近づいたり遠ざかって観たりしながら鑑賞する。と言っても、私はさっさと歩くのでよくわかっていない。印象に残ったのはピカソの「白い鳩」の絵だった。
 ポスターはルノワール「赤い服の女」
 絵画は短時間でも、すごく疲れる。いっぱい観ようとあせるからだろうなあ。
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赤い花

2006-06-13 00:45:39 | 日々の写真
心が弱ったときは、赤い花がいい。これは百合かなあ?
 清荒神の参道に「赤パン」を売る屋台の店があって(パンでなくパンツだ)元気を授かる趣旨のことが書いてある。今はほとんど店が閉まっているみたいだが、以前はおじさんが黙々と売っていて、どんな人が買っていくのだろうなあと思っていた。
 赤に対するのは黒か、それとも青か?
 
 移ろいの かよわき心に 赤い花

 
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屋久島の猿

2006-06-11 19:26:40 | 旅の写真 国内篇
 屋久杉ランドといっても遊園地でなく、自然の中の公園だ。そこにバスで行く途中の道に猿が遊んでいた。屋久島の猿である。
 意地悪でもなく、人を警戒するでもなく、自然な感じだった。動物と人間は共存共栄の関係がいいなあと思う。人が中心なだけの世界は窮屈だ。
 この猿は親子かな?
 
 
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屋久島の子どもたち

2006-06-10 21:45:15 | 旅の写真 国内篇
 12年前、新婚旅行で屋久島に行ったときの写真で、屋久島の子どもたちである。子犬と遊んでいるところを整列してもらって撮った。
 素朴な表情で、かしこまって緊張している様子がうかがえる。昭和の子どもたちと言っても通りそうないい雰囲気を醸し出している。
 屋久島はけっこう寒かった印象だ。屋久杉ランドには雪が積もっていた。
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大徳寺 心眼

2006-06-09 22:21:21 | 風景を歩く
 この写真は思い出がある。「風景」に掲載されてから、写真家の西川先生が浮かぬ表情で「森さん、この写真だと人が座れないねえ。それから線がゆがんでいますよ」ハタと気が付いた。いかにも窮屈で、人が座っていると仮定したら不自然だ。
 人がいなくても、人がいることを思い巡らして撮らなければいけないのだ。
 心眼といういい言葉がある。恥ずかしい意味でも、忘れない一枚である。
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風景①京都 大徳寺 高桐院

2006-06-08 20:41:15 | 風景を歩く
 将棋世界で十年あまり連載した「風景」の中で、いちばん印象に残っているのがこの写真だった。京都、大徳寺の高桐院(こうとういん)は、奥まったところにひっそりとあり、院内は幽玄の中にも、女性的な清楚で凛とした雰囲気が漂ってくる。私のいちばんお気に入りのお寺である。 このときの柔らかくやさしい光は、今もまぶたに焼き付いている。別世界に引き込まれるようで、夢うつつだった。  
フォトアルバム 風景①「京都、大徳寺」
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猫のいる風景⑦

2006-06-07 22:35:09 | 日々の写真
 この写真は、確か大分県の高千穂に行ったときの猫だと思う。普通の住宅地を歩いているときにみつけたが、妙に野性味がある。多分、隠していた餌を確認していいる様子だった。目つきが鋭く、後で睨まれた記憶がある。
 猫が敵に襲い掛かるときは、まさしく小型の虎かジャガーのようだ。
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KIMONO2000円

2006-06-06 21:43:13 | 日々の写真
天保山の近くの店で売っていた着物。2000円、日本製、怪しいなどと言うなかれ。いろんな言葉で「KIMONO」と書かれて陳列してある。
 この天保山は、かって船員さんなどが上陸していた街だったはずだ。異国情緒豊かな、怪しげな雰囲気があった。
 昔、通るときはドキドキしていたものだ。今は海遊館やら娯楽施設が完備されて、修学旅行も来ている。エキゾチックな面影を残す店先。
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オレンジ色のバラ

2006-06-05 20:32:49 | 日々の写真
 今日は久し振りに朝のニュースを見た。イヤな事件ばかり起きていて、ただ唖然とするばかりである。それにしても、うまく説明できないが、事件の現実感が薄らいで、本質とかけ離れたワイドショー的な側面でしか見えなくなってくるようだ。
 あまりにもいろんな犯罪に慣れすぎて、怖さへの感性が薄らいでいくのが、末恐ろしい。マスコミはあってもジャーナリズムの存在が見えて来ない。
 オレンジ色のバラ。華麗なバラは絵空事の世界でしかないのだろうか。
 
 
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猫のいる風景⑥

2006-06-04 19:50:06 | 日々の写真
花村萬月さんの小説に「眠り猫」シリーズがあり、バイオレンス調なのできつい描写もあるが、私はファンだった。本は読み出すとクセになり、気に入った作家のは全部読みたくなるものだ。
 眠り猫のイメージは、普段はぼんやり呑気に眠ってばかりだが、ここというときは獅子奮迅の活躍をする。
 普段眠ってばかりいるが、ここぞというときにも眠ってやりすごす。私の場合はそうありたいなあ・・
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猫のいる風景⑤

2006-06-03 23:33:03 | 日々の写真
 この猫もどこで撮ったのか、定かでない。(紋次郎風の表現だ)
 猫には日なたが似合う。眠そうな表情で、けだるそうな仕草で、深刻にならない人生観が合っている。但し、身勝手さは差し置いてだが・・
 人間不信になった猫は、人の姿を敏感に嗅ぎ取り、防衛本能丸出しになる。猫はその時代の世相であり、その時代の人の鏡なのだろうか。
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天保山の思い出

2006-06-02 20:46:09 | 日々の写真
 大阪の天保山は、私が初めて大阪に(というより本州に)足を踏んだ地である。 中学卒業後、集団就職で大阪に出ていた兄に会いに、母と一緒にフェリーに乗って来たのだった。
 その当時は会いにいく目的すら知らなかったのだが、兄は当初から都会生活になじめず、結局心身がボロボロになって数年後に帰郷した。兄は心を病んだまま数年前にガンで亡くなったが、天保山に来た当時のことを思うと身につまされる。
 私がどんなことがあっても屈したくない気持ちでいるのは、せめて兄の分を背負って生きていきたい、そう思っている面もある。
 
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猫のいる風景④

2006-06-01 19:57:59 | 日々の写真
 この写真もどこだったか不明である。私は記録したりメモしたりするのが苦手の上に、記憶も曖昧なのでどうせ当てにならない。
 昔35歳のとき、てっきり36歳と思い込んでいて、翌年の誕生日に気が付いて得したような気分になったことがある。だから35歳の年が無くて、36歳が2回あるのだ。
 (妻もちょうど私と同じ年に、同じ間違いをしていたそうだ)
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