面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

テレビ番組

2009年01月01日 | ニュースから
「地上波民放」をトヨタが恫喝(ファクタ) - goo ニュース


以前トヨタの奥田相談役が、民放放送に対して恫喝したことに対して憤慨したが、改めて今回のニュースでは納得・同感。
ここ最近の、民放各社の“お手軽番組”は目を覆うばかりの惨憺たるありあさま。
この元旦もしかりで、見るもの・見たいものが皆目見当たらない。
これでは、スポンサーが降りるのも無理からぬところ。

聞けばここ最近の番組制作現場は、テレビ局スタッフが練りに練って考えに考え抜いて企画し、それを制作会社と共に番組へと組み立てていくというような、昔ながらの番組作りをやっていることなどほとんどないとか。
一から十まで番組制作会社に“丸投げ”し、出来上がってきたものをほぼノーチェックで電波に“垂れ流し”て一丁上がり♪という安易な姿勢が蔓延っている様子。
そしてそんなことを何年も続けてきた結果、各局の番組制作能力は低下し、コンテンツの確保に四苦八苦とかなんとか…

「あるある大辞典」のスキャンダル以降、さすがにそのテの下請け制作会社丸投げは減ったかと思っていたが、最近はただただお笑い芸人を並べ立てて一発芸を垂れ流し、面白くもなんともない芸を大爆笑ネタように見せて、視聴者に笑いを“押し付け”てくるような番組や、芸能人の「バカさ加減」をこれでもかと見せつけて、視聴者の日々の生活における不満に対する溜飲を下げさせようという安易な番組がはびこっている。
その結果、結局のところ各放送局における番組制作能力の向上は図られないまま、ついには自壊の道に踏み込んでしまったということか。

民放各社とも、自社内(自局内)の人材育成を怠ってきたツケが回ってきたということではないのだろうか。
特にコンテンツ制作における“お手盛り”を続けてきた証しかもしれない。
いよいよのっぴきならない状況にギョーカイが追い込まれてきたところに、この“ミゾユー”の不況が拍車をかけることになるのではないだろうか。


謹賀新年

2009年01月01日 | よもやま
明けました。

どんなに世の中がエライことになっていても、地球が太陽の周りを回る限り、年は必ず改まる。
ただただ「明けましておめでとう」とだけ言っていられない新年があろうとは、少し前には思いもよらなかったこと。
年が明けても、決してめでたい気分にはなく、ただ日の出を迎えただけという人々が、世界はともかく日本においてこれだけの人数にのぼることになろうとは…

しかしそれでも、誰の上にも日はまた昇り、明けない夜は来ない。
そのことだけは確かである世の中でありつづけますよう…