初めての鯨占いだったのに天気はいまいちだった。
俺は久しぶりに会った妹と一緒に海へ出かけた。
鯨占い―――
鯨が塩を吹く時、サボテンを海へ投げ入れる。
そのサボテンが高く舞い上がり、海へまた落ちてくる。
どれくらいの高さまでサボテンが舞い上がるのか、あるいは飲み込まれて流されるのか。
それによって自分の機運を占う、そういう変な占いだ。
船で沖へ繰り出している時、
妹が話しかけてきた。
「ねぇお兄ちゃん、どうしてこんなに遠くまでわざわざ鯨占いなんてしに来たの?」
「なんとなくだよ。いいだろ別に。お前こそなんでノコノコついてきたんだよ。」
「私は、ね・・・ちょっと訳あって。」
意味ありげに目を反らした妹を見て、俺はそれ以上の追求はすまい、と思った。
俺がここに来たわけ―――当然”なんとなく”で来たわけじゃない。
それなりに理由があって決意を込めて来たつもりだ。
今までさんざん周りからは言いたい放題言われてきた。
だけど俺にだってプライドはある。
今まで何かをやり遂げた事なんか一度も無かったが、
かと言って諦められる夢ではなかった。
今日がもし駄目だったら・・・大人しく、実家へ帰ろう。
親父の家業を継いで、つつましく暮らしていこう。
それだって立派な親孝行だ。別に負け犬なんかじゃない・・・そう自分を言い聞かせてみる。
それでもやっぱり、思いは消せない。
何かに期待してしまう。何かに縋ってしまう。
何かが、きっと俺には何かがあるんじゃないかって、そう思ってしまう。
「ねぇお兄ちゃん、どうして鯨占いはサボテンで占うのか、知ってる?」
「え?そりゃぁ・・・昔誰か偉い人がサボテンで占ったのが始まりとか、なんかそんなんじゃないのか?」
そういや考えてなかった。どうしてサボテンなのか。
改めて言われてみるとじつに奇妙だ。サボテンなんてここいらには生えてないはずだ。
「あのね、サボテンには不思議な力があるの。」
「うん?」
妹はどうやら占いの由来を知っているようだ。
俺は黙って話の続きを聞くことにした。
「植物にはね、心があるの。サボテンは植物の中でも、特に優れた感受性を持っているの。
植物に綺麗な音楽をかけながら水をあげて、毎日『君は綺麗だ』『君は美しい』って褒めるようにするの。
そうするとね、本当に植物は綺麗な花を咲かせるの。これは有名な話よ。
お兄ちゃんも少しくらいは聞いたことあるでしょ?」
「ああ、なんか知ってるような知らないような・・・。」
妹は続ける
「それでね、昔サボテンは今よりも遙かに心が強くて、今よりももっと神聖で、
テレパシーで色んな生き物に語りかける事が出来たの。
それが人と鯨の心を結びつける橋渡しをしてくれるって、そう信じられてきたの。」
「へぇ~、そりゃ凄いな。でもそんなの迷信だろ?」
「迷信なんかじゃないよ。鯨の事はよくわかんないけど、植物には本当に心があるのよ!」
「お前それ、信じてんのか?」
「お兄ちゃんは信じてないの!?だったらなんで…」
ゴドーーーン!!
その時鈍い音とともに、急に船が大きく揺れた。
鯨が体当たりしてきたのだ。
「きゃぁー!」
妹がしがみついてきた。
「大丈夫だ。」
俺は冷静にそう言ったが、内心かなり動揺していた。
こんなに間近に迫ってくるなんて・・・動物って普通は人間の乗り物を怖がって近寄ってこないのかと思ってた。
しかし、そうも言ってられない。
「準備しなくちゃ。」
俺はそう言って持ってきた荷物の中から、サボテンを取り出した。
英語では「カクタス」、中国や台湾では「仙人掌」、日本では、「サボテン」
その中でも今回は「黄金花月」というのを用意した。
俺はサボテンを持って甲板に立ち、
巨大な鯨めがけて投げ入れた。
サボテンはバシャーン!と海へ投げ込まれたかと思うと、次の瞬間!
「バシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
と物凄い轟音が鳴り響き、あたりの張り詰めた空気はビリビリと泣き叫んだ。
何が起こったのかわけがわからなくて
僕はあっけに取られていた。
サボテンは天高く舞い上がり、遙か上空で見えなくなった。
「は・・・ははは・・・ははははは、ハハハハハハハ!」
「やった、やったぞ!やった!俺の勝ちだ!俺の勝ちだーーーーーーーーーーーー!!」
俺は海に向かって叫んだ。
迷いは無く、晴れ晴れとしたいい気分だった。
帰りの船の中で
妹は何か覚悟を決めたそぶりで俺に話しかけてきた。
「お兄ちゃん、これからどうするの?」
「俺は――絵を描くよ。」
「やっぱりね。」
「やっぱりって、お前何か知ってたのか?」
「ううん、なんとなくだけど、そうだろうと思ってた。」
「俺の絵、一度も売れたことなんか無いから、売れてる流行りのタッチの絵でも描こうか、
それともスッパリやめちまおうか、ってちょっと迷ってた。」
「お兄ちゃんの絵、なかなか味があっていいのにね。」
「あれ?お前、見たことあったっけ?」
「小さい頃に少しだけ、見たことあるよ。」
「そっか。だけど、やっぱ違うよな、そうじゃねぇよな。売るために描くわけじゃない、描きたいから描くんだ。
だから俺はこれからもずっと、売れない下手くそな絵を描き続けるよ。さっき鯨に怒られたしな。」
「あれ、怒られてたんだ(笑)」
「ああ、めちゃくちゃ怒られたぞ。天地が逆転するかと思ったくらいだ。
昔から怖いものは地震雷火事親父って言うけど、鯨も追加しないとな。」
「あは、そうだね。」
「それよりお前、何か俺に言いたいことがあったんじゃないのか?」
「うん・・・・・・・お兄ちゃん、あたしね、結婚するの。」
「へ?」
「ホントはちょっと迷ってたんだけど、さっき決めた。」
「さっき決めたって・・・もしかして、俺が実家に帰るかどうかで決めたのか?」
「うん、お兄ちゃんが実家を継ぐなら、あたしはまだもうちょっと独り身の自由を満喫しようかな・・・なんて、ズルイこと考えてた。」
「別に狡くねぇよ。それに、俺たちのどっちかが継がなくなって、まだ親父もおふくろもピンピンしてるだろ。」
「そうだけどね。」
「それより、お前そんな簡単に結婚決めちまって、良かったのか?」
「大丈夫だよ、別に嫌いな人と結婚するわけじゃないもの。」
「そ、そうだよな。そりゃ、さすがにそうだよな。相手の男、どんな奴なんだ?」
「んー、、。ちょっとお兄ちゃんに似てるかも。」
「えっ!?」
「冗談よ。何驚いた顔してるの?」
「は、はははは…そんなことないよ。あ、そうだ、結婚祝いに絵を一枚描いてやるよ」
「ありがと。」
そんなたわいもないやりとりをして
俺の人生において最初で最後のホエールウォッチングは幕を閉じた。
それから何年か経って、今ではなんとか食っていける程度には俺の絵は売れるようになった。
絵が売れるようになったのは、あのとき俺が必死で鯨の絵を描いたからだって今でもそう思っている。
俺が全ての思いを込めて一生懸命になって描いた鯨の絵は、今は妹の家に飾ってある。
今でもあの時の強さと輝きを閉じこめたままで。