コロナ禍で露呈した日本の課題
デジタル化と高齢化を乗り切る大転換期
政策研究大学院大学 特別教授
元内閣府特命担当大臣(経済財政政策)
大田 弘子先生
今回は元・内閣府特命担当大臣であり、現在は政策研究大学院大学で特別教授を務める大田弘子先生をお招きして「日本経済のゆくえ」をテーマにご講演いただいた。
大田先生は大学を卒業後に経済研究に取り組み始め、政策研究大学院大学教授に就任、内閣府に出向して政策立案に携わります。
2006年には経済財政政策担当大臣に就任し、規制改革推進会議議長を務めるなど日本の改革に尽力されてきました。
大臣時代の国会演説
「もはや日本は“経済は一流”とは呼べない」
「世界に向けて挑戦していく気概を」は、
日本の未来に対する危機感を表したものとして反響を呼びました。
コロナ禍が明らかにした日本のデジタル化の後れを取り戻し、未曾有の超高齢化を乗り切って、活力ある日本経済をつくるためには何が求められるのでしょうか。
日本の未来を担う高校生に向けた問題提起となったオンライン講演とワークショップの様子をお伝えします。
世界経済の劇的な変化に
対応できなかった日本
平成の始まりには、世界経済を変える大きな出来事が重なりました。
1989年にベルリンの壁が崩壊して、アメリカとソ連の冷戦が終わります。
ドイツが統一されてソ連が崩壊したちょうどその頃、EUが誕生します。
同時期にアジアではインドと中国が新興国として存在感を増してきました。
90年代後半にはIT革命が本格化します。
これにより世界的なサプライチェーンが構築され、一気にグローバル化が進みました。
新興国から中国に部品を輸出し、中国で最終製品に仕上げて欧米で売る……。
この流れが新興国の生産能力を高めました。
世界的な生産能力の高まりを受け止めたのがアメリカでした。
90年代後半から住宅バブルが続き消費意欲も極めて旺盛、アメリカの消費が世界経済を支えていたのです。
そのアメリカで2008年に住宅バブルが崩壊し「リーマン危機」が起こります。
これをきっかけに世界的な金融危機が起こり、経済情勢は一変しました。
生産能力は過剰となり、格差が拡大し、先進国と新興国の対立も起こり始めます。
さて、大変化が起こった1990年代、日本はバブル崩壊後の後始末に追われて世界経済の劇的な変化に対応できず、これがその後の停滞につながります。
デジタル化が時代の変化を加速させる
その後、2010年頃からデジタル化の新たな波が起こり、第4次産業革命が始まります。
蒸気機関が起こした第1次、電力による第2次、コンピュータが起こした第3次に続く産業革命の原動力は、ビッグデータやAI、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)などで、従来のマーケットの基準を覆す破壊的技術が相次いで登場しています。
変化を象徴するのがスマホでしょう。
皆さんも持っている小さなデバイスの中に高性能コンピュータが入り、音楽を聞けてゲームを楽しめるうえに、決済までできてしまう。
世界がインターネットでつながる時代がきて、市場の構造や私たちの生活は大きく変わりました。
デジタル化がもたらす市場の変化には、次のような特長があります。
第一に、技術やビジネスモデルの転換スピードが速く、普及するスピードも速いこと。
日本で自動車が全世帯の8割に普及するまで30年かかったのに対して、スマホはわずか5年程で普及しました。
第二に、事業の担い手が拡大し、多様化していること。
例えば、フィンテックとよばれる金融業態にベンチャーが参入したり、メルカリやエアビーアンドビーなどデジタルプラットフォーマーとよばれる新業態が台頭したりしています。
第三に、世界中がインターネットでつながっていますから、たとえ小規模でも最初からグローバル展開する事業者が増えていることです。
こうした市場の変化を迅速に受け止めて、自ら変化を起こせるか。
変化に引きずられる側ではなく、変化をリードする側になれるかどうかが、日本企業の将来を大きく左右します。
ところが今回のコロナ禍が明らかにしたように、肝心のデジタル化が日本では遅れています。
もう一つ、日本に迫る大転換が超高齢化です。
65歳以上の高齢者の比率は28.7%ですが、注目すべきは、高齢者のなかで後期高齢者と呼ばれる75歳以上が過半数を占めるようになったことです。
75歳以上になると、医療や介護の費用は大きく増加します。
後期高齢層の比率は2060年には26%まで増える予想です。
そのとき、どうやって社会保障を維持するのか。
デジタル化と超高齢化、二つの大転換期を乗り切って、成長できる経済の姿をつくれるか、そして豊かな超高齢社会のモデルをつくれるのか。これが、日本経済が全力で挑戦すべきテーマです。
資料1
大量生産の時代は終焉
ハードよりソフトの時代
デジタル変革は、企業の収益構造を根底から覆しています。
かつての日本のように品質の良いものを大量生産することで収益を上げることは、もはや不可能、ソフトウェアモデルへの転換が必須です。
製造業でも、モノの性能以上にソフトウェアが収益のカギを握ります。
例えば、電気自動車のテスラの魅力は自動車としての性能ではなく、クルマに組み込まれたソフトウェアにあります。
ソフトが常にアップデートされ、新たな機能が拡充されていく。
だからユーザーは常に新車気分を楽しめる。
高い付加価値を生み出すのは研究開発やデザイン、マーケティング、アフターサービスなどであり、モノを売って終わりでは収益を上げられなくなりました。
つまり、デジタル化のなかで重要性を増しているのは、工場や機械などの「有形資産」ではなく、ソフトウェアやデータベースなどの「無形資産」なのです。
私たち消費者が欲しがるものも、モノよりもライブや旅行など形のない体験になってきました。
このように収益のカギを握るのが無形資産になったということは、ビジネスの大転換を意味します。
過去からの延長線上にない状況で重要なことは、新しい発想が生まれやすい社会にすること、つまりイノベーションを起こしやすい環境にすることです。
しかし、残念ながら日本はイノベーションを起こしやすい環境とはいえません。
イノベーションを阻害する要因は何でしょうか。
第一に、日本では、まずやってみて、だめなら後で修正しよう、という具合になりません。
市場を変える破壊的技術は、失敗して当たり前なのですが、日本では失敗したらどうするんだと否定から入る人や、できない理由を理路整然と述べる人が非常に多い。
第二に、終身雇用が主流だったために組織内が同質的で、多様な人材によってもたらされる新しい発想が生まれにくくなっています。
第三に、これは政策の問題ですが、規制などの制度が業種ごとの縦割り構造となっており、現在のデジタル化に極めて不適合です。
デジタル化によって事業の担い手が多様化し、業界の垣根を崩しながら新しいビジネスモデルを展開しているのに、業種ごとに縦割りの法律体系では現実に合わなくなってしまいます。
業種ごとの縦割りであるがゆえに、利用者のニーズが軽視される構造になっていることも大きな問題です。
コロナ禍で、オンライン診療やオンライン教育の遅れが顕在化しました。
社会全体でDX(デジタルトランスフォーメーション:デジタル化)を進めるには、徹底的に利用者の立場に立って制度を変えることが必要です。
失敗を恐れず人と比べず
豊かな想像力で新しいモデルをつくる
デジタル変革と並ぶ日本にとっての緊急課題が、超高齢社会の設計です。
特に社会保障制度をどうするかが重要課題です。
高齢化にかかわりが深い年金・医療・介護はいずれも保険制度で、若い頃から保険料を支払う代わりに、治療費の7割が医療保険でまかなわれ、老後には年金を受け取り、介護が必要になれば介護給付を受け取ります。
寿命が延びて、高齢化が進んだこと自体が問題なのではありません。
高齢化に合わせて社会保障制度を改革していければいいのですが、これが簡単ではありません。
日本の社会保障制度は高度経済成長期につくられました。
当時は人口構成も若かったのですが、その後、経済成長率は低下し、高齢化が進みました。
何人の現役で一人の高齢者を支えるかをみると、1965年には九人で一人だったのが、現在では二人で一人です。
しかし、こうした変化に対応して負担や給付を変えるという改革は、反対が強くてなかなかできませんでした。
その結果、社会保障にかかる費用は大きく膨らみ、税金でまかなう部分だけをみても、国の予算の3分の1を占めます。
さて、現役1.2人で一人の高齢者を支える時代になっても社会保障制度を維持するにはどうしたらいいでしょうか。
ぜひ、ご自分の問題として考えてみてください。
大転換期に求められるのは、失敗を「普通」のことと考えて、どんどん新しいことに挑戦する姿勢です。
何事もやってみなければわかりません。
新しいことを始めると、それまで知らなかった自分を発見します。
これはその場に身を置かない限り出会えなかった自分です。
新しいことには失敗がつきものですが、それでも始める前の自分とは違います。だから、ご自分をとことん信じて、思い切って新しい世界に飛び込んでください。
また、異質なものに出会ってこそ新しい発想が生まれますから、多様性が大事です。
人と違うことがスタート地点です。
そして、違う意見を持つ人、異なる国や異なる文化を理解するのに重要なのは「想像力」です。
想像力はすべての根幹だと思います。
モデルのない時代ですから、人と比べる必要はありません。想像力を豊かに持ち、自信を持って、これからの時代のモデルをつくってください。
資料2
資料3