まるで落語のようにおもしろい「中国のうぬぼれ」。
中国政府「日本政府はメディアに教育と制限を」:tv-asahi 2018/08/31
これは説明しないとわからない方が多いでしょうか。
中国外務省が産経新聞の取材を認めなかったことに日本政府が抗議したのですが、これに対して中国外務省は
理不尽な抗議を我々は受け入れられない。日本政府は、日本メディアに対して教育と制限を行うべきだ
と笑うようなことを平気で言いました。
中国共産党の言う「理不尽」は、自分の意見に合致することが「理にかなう」ことなんでしょう。中国共産党だけに通用する「理不尽」を外国に対して強力に推進するなんて、あり得ないことですね。
また「中国で取材するなら客観的に」というのですが、この場合もまた「客観的」とは中国共産党の言い分を認めること、なんです。
ここで笑わねば、このあと笑うところがないのでご注意申し上げます(笑)。
しかし一体誰が中国共産党の言い分を認めるというのですかね。
問題はもう一つあり
韓国でもみられましたが、産経新聞が訴えられた時に日本の他のメディアが黙っていたことです。
ちょうどこれは、お賽銭と同じで、「自分だけにいいことがありますように」と神や仏を金で買収する行為でして、自分だけは中国や韓国の為政者に気に入られたいという姿勢が丸見えです。
日本国内の奇妙な競争意識がそのまま海外でも発揮されているのでしょうか。
中国共産党の「日本政府は、日本メディアに対して教育と制限を行うべきだ」
に至っては、何重にも渡る間違いが見られます。
- 日中は政治体制が異なる(日本は一党独裁ではない)
- 中国には言論の自由がなく、弾圧できるからこそ可能だった
- その上で中国共産党は「メディアに対して教育と制限をすべきだ」と言っています
これに私は、腹をかかえて笑ってしまいました。
中国人は、いつまでも「うぬぼれの極致」にいますね。誰のおかげでこんなに豊かになったのか、考えたことさえないようです。
これは、ちょうど人の人生にも例えられそうです。
人の一生には、どんなかたにも必ず、1~2度ほど「いい時」があるものです。
しかしほとんどの人はそこで
「自分にはもともと才能があったのだ」と慢心してしまい、「環境が後押ししてくれた」と事実を把握している人は極めて少ないため、やがて不幸に襲われてしまう
のでした。
中国人は、まだその段階にあるようで
中国の歴史は長いのですが小学生時代がいくら長かったとしてもうぬぼれの正当性の根拠にはなりません(笑)。
さてさて、皆様はどう思われますか。