負けない生き方②
🔹羽生、桜井さんは、どんな思いで今の道に進まれたのですか。
🔸桜井、僕が若い時は何の目標もなかったですね。
大学の仲間は皆どこかに就職しようとして一生懸命会社の面接を受けてたけど、
自分はどこにも行きたいとは思わなかったから、
面接は一切受けたことがないんです。
すでに麻雀代打ち稼業で稼いでいたから、お金には困ってなかったんですけどね。
ただ、そんじょそこらの人間にはなりたくねぇなっていう思いだけはありました。
そうして1年ぐらい経って外を歩いていたら、何か男の匂いのする人がいたわけ。
その人はたまたま貿易会社を経営されていたんだけど、
この人の傍(そば)にいてみたい、
この人の傍で男ってどういうものかを学びたいと瞬時に思った。
それで10年間、秘書のような形で無給で働かせてもらいながら、麻雀の代打ちを続けたんです。
🔹羽生、麻雀はどういうきっかけで始められたのですか。
🔸桜井、暇だったからですよ(笑)。
大学には入ったけど、卒論をやりたくなかったし、
大学で学んだものは全部捨てて生きてみようと思っていました。
だから暇で、仲間が出かけるのについていたら、そこがたまたま雀荘だったというだけでね。
ところが、人が打っているのを後ろで見ていたら、すぐにやり方がわかって、
なんだ、麻雀てやつには通り道があるじゃないか。
その通り道で勝負はもうある程度決まっているんだなっていうのが見えたわけですよ。
それから麻雀が面白いと思ったのは、将棋と違って最初に大きなハンデを負って始まる時があるんです。
4人で100メートルを走るとして、
1人が10メートルだけはすればおしまいという位置にいるのに、
僕は配牌が悪くて100メートル走らなきゃいけない時がある。
でも、そういう勝つのはちょっと不可能だろうというとこから、
打ち方次第で5分のところへ持っていけるんです。
気がついたら誰も後ろにいないとかね。
そこには運の要素がたくさん入っていて、
どんな下手な子でも優勝できるのが麻雀なんです。
🔹羽生、そういう様々な流れとか風向きを、感じ取れる人と取れない人がいると思うんですけど、
何が違うんでしょうか。
🔸桜井、普通は感じ取れないです。
というのは、麻雀をやる人のほとんどが損得っていう入り口から入ってくるからです。
もしかしたら得するかもしれないなって。
そうやって出ていく時には損して帰っていく。
結局、負けている人のほうが多いでしょう。
だけど、僕の場合は最初から麻雀の通り道というものが見えたから、
もうゲームでもギャンブルでもない。
得だけをするものなんですよ。
そうなると勝負どころで面白いのは、
やっぱり自分の都合が悪い時。
だからわざと運を落としたりするんです。
こういうふうに打ってると、次は悪いことが起こるぞとか、
それを繰り返しているとドツボにはまるぞとか、
そういうのをあえてやって、
そこからまたスタートする面白さがあるわけ。
そういう遊びの中での鍛錬は、若い頃にずいぶんしていましたよ。
🔸桜井、だから麻雀は、いい手が回ってきた時だけ頑張るんじゃなくて、
本当は悪い手の時にどう頑張るかが面白いところでね。
将棋でもそうじゃありませんか。
圧倒的に不利な状況から何とか突破口を見出して
勝負をひっくり返したという経験を、
羽生さんは何回もなさっているはずですよ。
🔹羽生、普通はそういう大変な状況にしたくはありませんけど、
でもそこから少しずつ地を這うように勝機を探っていく楽しさというのはありますね。
ですから、例えばスポーツなんかで
「競技を楽しんでやりたい」
って言われることがあるんじゃないですか。
それも大事なことだと思うんですけど、
桜井さんがおっしゃっている楽しいって、ただ楽しむのとは違いますよね。
めちゃめちゃ追い詰められた状況を楽しんでいく。
というところにすごく充実感のある、生きている時間なり終えられるんだなと言う事は私も思うんです。
🔸桜井、そうそう。
その楽しみってのは、楽しいことじゃないんだね。
この局面だったら皆まいっちゃうよなっていう時に、
どうにかしのぐっていうのが楽しいし、
やっぱり本当の強さだと思うんですよね。
🔹羽生、桜井さんは、代打ちで生きるか死ぬかの勝負をしてこられたわけですよね。
負ければ殺されるかもしれないというような、絶体絶命の危機に何度も遭ってこられたそうですね。
🔸桜井、そういう命懸けの勝負って、最高だよ。
僕のやってきた代打ちって裏の世界も絡んでいて、
負けたら何をされるか分からないような連中のところに連れて行かれて打っていたわけですからね。
🔹羽生、しかし、そういう世界でよくご自分を保ってこられましたね。
🔸桜井、愛嬌でもあったんですかね、
こいつ可愛いなっていうところが。
そのおかげで結構助けてもらったところはありますよね。
ただ、どんな修羅場に直面しても、
気持ちをすーっと立て直して勝負に臨んできました。
僕は何事も
「準備、実行、後始末」
が大事だっていつも言うんだけど、
準備ってのはもう前もってあるものだと僕は思っている。
そこで改めてするものじゃなくて、
自分の心構えの中にすでにあって、
いつでも出せるものなんです。
(つづく)
(「致知」10月号 桜井章一さん羽生善治さん対談より)
🔹羽生、桜井さんは、どんな思いで今の道に進まれたのですか。
🔸桜井、僕が若い時は何の目標もなかったですね。
大学の仲間は皆どこかに就職しようとして一生懸命会社の面接を受けてたけど、
自分はどこにも行きたいとは思わなかったから、
面接は一切受けたことがないんです。
すでに麻雀代打ち稼業で稼いでいたから、お金には困ってなかったんですけどね。
ただ、そんじょそこらの人間にはなりたくねぇなっていう思いだけはありました。
そうして1年ぐらい経って外を歩いていたら、何か男の匂いのする人がいたわけ。
その人はたまたま貿易会社を経営されていたんだけど、
この人の傍(そば)にいてみたい、
この人の傍で男ってどういうものかを学びたいと瞬時に思った。
それで10年間、秘書のような形で無給で働かせてもらいながら、麻雀の代打ちを続けたんです。
🔹羽生、麻雀はどういうきっかけで始められたのですか。
🔸桜井、暇だったからですよ(笑)。
大学には入ったけど、卒論をやりたくなかったし、
大学で学んだものは全部捨てて生きてみようと思っていました。
だから暇で、仲間が出かけるのについていたら、そこがたまたま雀荘だったというだけでね。
ところが、人が打っているのを後ろで見ていたら、すぐにやり方がわかって、
なんだ、麻雀てやつには通り道があるじゃないか。
その通り道で勝負はもうある程度決まっているんだなっていうのが見えたわけですよ。
それから麻雀が面白いと思ったのは、将棋と違って最初に大きなハンデを負って始まる時があるんです。
4人で100メートルを走るとして、
1人が10メートルだけはすればおしまいという位置にいるのに、
僕は配牌が悪くて100メートル走らなきゃいけない時がある。
でも、そういう勝つのはちょっと不可能だろうというとこから、
打ち方次第で5分のところへ持っていけるんです。
気がついたら誰も後ろにいないとかね。
そこには運の要素がたくさん入っていて、
どんな下手な子でも優勝できるのが麻雀なんです。
🔹羽生、そういう様々な流れとか風向きを、感じ取れる人と取れない人がいると思うんですけど、
何が違うんでしょうか。
🔸桜井、普通は感じ取れないです。
というのは、麻雀をやる人のほとんどが損得っていう入り口から入ってくるからです。
もしかしたら得するかもしれないなって。
そうやって出ていく時には損して帰っていく。
結局、負けている人のほうが多いでしょう。
だけど、僕の場合は最初から麻雀の通り道というものが見えたから、
もうゲームでもギャンブルでもない。
得だけをするものなんですよ。
そうなると勝負どころで面白いのは、
やっぱり自分の都合が悪い時。
だからわざと運を落としたりするんです。
こういうふうに打ってると、次は悪いことが起こるぞとか、
それを繰り返しているとドツボにはまるぞとか、
そういうのをあえてやって、
そこからまたスタートする面白さがあるわけ。
そういう遊びの中での鍛錬は、若い頃にずいぶんしていましたよ。
🔸桜井、だから麻雀は、いい手が回ってきた時だけ頑張るんじゃなくて、
本当は悪い手の時にどう頑張るかが面白いところでね。
将棋でもそうじゃありませんか。
圧倒的に不利な状況から何とか突破口を見出して
勝負をひっくり返したという経験を、
羽生さんは何回もなさっているはずですよ。
🔹羽生、普通はそういう大変な状況にしたくはありませんけど、
でもそこから少しずつ地を這うように勝機を探っていく楽しさというのはありますね。
ですから、例えばスポーツなんかで
「競技を楽しんでやりたい」
って言われることがあるんじゃないですか。
それも大事なことだと思うんですけど、
桜井さんがおっしゃっている楽しいって、ただ楽しむのとは違いますよね。
めちゃめちゃ追い詰められた状況を楽しんでいく。
というところにすごく充実感のある、生きている時間なり終えられるんだなと言う事は私も思うんです。
🔸桜井、そうそう。
その楽しみってのは、楽しいことじゃないんだね。
この局面だったら皆まいっちゃうよなっていう時に、
どうにかしのぐっていうのが楽しいし、
やっぱり本当の強さだと思うんですよね。
🔹羽生、桜井さんは、代打ちで生きるか死ぬかの勝負をしてこられたわけですよね。
負ければ殺されるかもしれないというような、絶体絶命の危機に何度も遭ってこられたそうですね。
🔸桜井、そういう命懸けの勝負って、最高だよ。
僕のやってきた代打ちって裏の世界も絡んでいて、
負けたら何をされるか分からないような連中のところに連れて行かれて打っていたわけですからね。
🔹羽生、しかし、そういう世界でよくご自分を保ってこられましたね。
🔸桜井、愛嬌でもあったんですかね、
こいつ可愛いなっていうところが。
そのおかげで結構助けてもらったところはありますよね。
ただ、どんな修羅場に直面しても、
気持ちをすーっと立て直して勝負に臨んできました。
僕は何事も
「準備、実行、後始末」
が大事だっていつも言うんだけど、
準備ってのはもう前もってあるものだと僕は思っている。
そこで改めてするものじゃなくて、
自分の心構えの中にすでにあって、
いつでも出せるものなんです。
(つづく)
(「致知」10月号 桜井章一さん羽生善治さん対談より)