Wake Up !

一人のヒーラーさんとの出会いから、私の世界が変わっていきました。

生霊

2012-05-21 21:06:43 | 霊現象

今朝、外が騒がしいので出てみると、ツバメがみんな飛び立ちました。全部で5羽と思っていたら、順調に育っていたら、なんと6羽。6羽には巣は狭かったのだろう。

先日落っこちて死んでしまったツバメはたった1週間で飛び立てるはずだったのにかわいそうに運が無かったのだと思う。

それでも近くを飛び、すぐに巣に帰ってくる程度だ。また、2番子が出来るだろう。楽しみだ。

さて、タイトルの生霊、幸い私は経験した事がない。たぶん、嫉妬されるくらい私がうらやましく思われる事が無かったからだろう。

小学校6年の時、仲良くなったヨシコちゃんは中学校に入ってからクラスが一緒になることはなかったが、隣のクラスだったのでクラスメイトよりも仲良かった。

ユニークな人で夏休みの宿題の絵は手足に絵の具をつけ、手形足型を画用紙につけたが、わかりやすいので一旦水に浸けぼかし、その後、絵の具を吹きかけて仕上げたりしてマイペースの人だと思っていた。

でも、2学期になると学校に来なくなってしまった。

気になり、もう一人の友人と家を尋ねると、「登校時間になると頭が痛くなるだけど、お昼くらいになると楽になるのよ。」と言う、3人でおしゃべりをして「早く、学校に来てね。」と言って帰った。

しかし、彼女は一向に登校してこなかった。

そのうちに、お母さんが祈祷師の所に彼女を連れて行くと、「同級生のお母さんが彼女に憑いている。」と言われたと、名前は言わなかったがそう言った。

祈祷師の力も及ばず、全く登校して来なかったが、

「もう一度1年生からするので違う校区の学校に行くわ。」と、違う色の紺のネクタイを買っていた。

しかし、やはり行く事は無く、精神病院へ行ってしまった。

高校に上がるころ、「私は軽いから出してもらったわ。」と言って、連絡が来た。

でも、彼女は見た所普通でなぜ、病院に入らなければ為らないのか分からなかった。

そうする内に彼女はいなくなっしまった東京にいるお兄さんの所へ行ったと言うことだった。

しばらくしてお手紙が来たが、出さなくてはと思いつつ筆不精な私は出しそびれてしまった。未だにとても後悔しているが、30歳の頃お母さんにお尋ねすると、結婚されて子供さんもいるということだった。消息が分かればお会いしたい。

そしてこれは友人のムッチャンの会社の同僚の話しだが、同期入社の女性は大変気分が悪くて出社できず、数日間休んでいた。

病院で検査しても何処も悪くなく、彼女のお母さんが祈祷師の所へ連れて行くと、祈祷師は

「あんた邪魔なのよ。」と、べらべらとしゃべりだした。会社の女の子が憑いていたらしかった。

それでも彼女は半信半疑で、ずっと聞いていると、

「ああ~しんどい。○○くんに逢えなくて寂しい。」と最後の言った言葉を確認する為、会社にすると、その彼女は休んでいた。憑く方もエネルギーを相当使い疲れるそうで、社内恋愛していたので彼氏に逢えない事を寂しく思っていたことまで口走ったらしかった。

その後、憑いた方の事をムッチャンは「タタリ」と呼んだが、寿退社で辞め、憑かれたほうの彼女はまもなく退社したと聞いた。こんな不公平な事ってアリ?

たぶん、憑かれたほうの人に何らかのカルマがあるのだろうか?

そして母、高校生の頃、母は階段から落ちたと思ったら、翌日はダイニングの椅子の背もたれがはずれ転んでしまった。いづれも大して怪我はしなかったが、近くの拝みやのおばさんが顔が違うと言って気づき、祓ってもらった。その時に、「近くの人だよ」と言われた。

母は、装飾屋さんに頼み 階段には滑り止めを付け、ダイニングは茶の間になった。

その時は誰だか分からなかったが、後で誰か知った。

その人は、亡くなられてからも成仏できず、孫に憑いていた。数年前、孫に当たる女性に会うことがあったが、全く昔の面影は無く、おばあさんそっくりになり、妹と姉妹のように仲が良かったのが妹を避け、時折チラチラと上目遣いに様子を伺っていた。

その時、ノワタリさんがご一緒だったので心配はしなかったが、完全に彼女に憑依していた。あんなにも顔が変わるとは…

最後に叔母から聞いた話である。

もう叔母は70半ばの年であるが、洋裁を習いに上京した時、車椅子の女性と一緒になったそうである。

その女性の話で結婚を前提に交際していた男性の気が変わり、他の女性と結婚するようになったそうである。

その人は丑の刻参りをしたそうで、(その時刻、外を一人で歩く事だけでも怖い)だんだん男性は体が衰弱していき、家族か周りの人間が気づき、その女性は電車に飛び込んだが、一命は取り留めたものの、電車に引きずられ足がなくなったと言う事で、手に職を付ける為に来たと言われたそうである。

相手にかけた分、呪いは跳ね返ってくると言う。

どれもこれも、人間の想念ってすざましい。怖い事だ。

ねたみ、嫉み、恨みを持たず、あまり一つの事に固執しないことだと思う。

 

 


高島田の鬘

2012-05-20 22:19:18 | 霊現象

皮肉な事に私のような憑依体質の人とか、霊障に困っている人の参考に為ればと思い書いてきたがそんな話でない方が読んでいる人が多い。

先週3日間極端に睡眠時間が少なかった分、後半は爆睡であった。バカラックもグループサウズも聞かずに寝てしまった。ただ、このところまた、横になってからか体が揺れる。

県境の山の登山も、Sと私たちの都合が合わず、ユキちゃんと二人で行くようになった。26日ならばとSは言ったが、その日はチエさんの息子さんの結婚式であるので断った。

元々Sとは出発点も目的も若干違うので、私達は感覚で動いているのでそうなったのであろう。

結婚式といえば、最近気づいたのだが、ユキちゃんの結婚式の時、急に熱が出て頭痛と吐き気で弱っていた。おまけに披露宴でドライアイスでスモークをたき濡れた床を蛇の目傘をさしながら歩いていて、新郎が滑ってユキちゃんの着物のすそを後ろから踏んづけてしまい、そのせいでユキちゃんの鬘がずれた。

ずれたまま彼女はじっと我慢して座っていたが後で聞いたら、頭に2箇所こぶが出来たそうであった。

その間、私達の前に座っている新郎の友人たちは品良くおとなしかったが、横にいるKとチンネンは二人でわいわいと盛り上がり賑やかで、私達女の子は恥ずかしさで知らないフリして横を向いていた。

和装から、ドレスにお色直しをすると、大分気分も良くなったと言うことだったが、彼女は今までそれは結婚式の数日前にカットしたので鬘が合わなかったと思っていた。

しかし、高島田の鬘は人毛である。それも一人二人の髪の毛ではないだろう。

敏感な彼女はその残留想念若しくは、その主達のカルマもすべて受けていたであろうと思う。

それを指摘すると、「ああ、そうだったのね。とてもしんどかったのよぉ。洋装になってから大分楽になって、空港に行った時はなんとも無かったのよね。まだ、お色直しの回数を減して振袖とドレスにしたのが良かったのよね。使い古しの内掛けはいやだったから、下ろし立ての振袖だけにしたから…」

だったら、どう対処すればいいのだろう?

粗塩をとセイジの葉を鬘との間に置く。もう一つ鬘をセイジの葉でいぶす。後者は臭いが付くので美容師さんが許さないだろう。

でもどちらにしても面倒な事だ。

今だから分かる事でそんな事当時は全く思いもしなかった事だろう。その彼女もおばあちゃんである。


ピンクと謎の中国人

2012-05-19 17:07:15 | 日々のつぶやき

バラが咲き始めた。残念今年は薄いパープル色のバラを母の日に妹から送ってもらっていたのを去年の夏、枯らしてしまったので今年は見る事ができない。やはり鉢植えは難しい。

昨日、黄菖蒲の花が県内の公園で咲き始めたとのニュースがあった。朝晩寒くまだ、茶の間のこたつ敷きを片付けられないでいるので感覚がづれそう。

連休の間に、気になって消息を探していた友人に連絡が付いた。それまで何度かをしていた実家にたまたまお母さんが帰宅中で教えてもらった。

たぶん中四国かせいぜい関西だろうと思っていた友人は東京にいた。

以前勤めていた大手のスーパーをバブル期に辞めて現在の職場に移ったそうである。

坊ちゃん育ちでない彼は逞しく、中学校から親元を離れていたのでしっかり地に付いた?生き方をしてきたのだろうか。

「おい、ネコ、お前もAB型だったよなぁ~。少ないから高く売れるぞう。」と、売血した帰りにやって来て彼は私に言ったが、

「やだぁ~」と言いながら、さすがにその言葉は引いてしまった。ただでさえその頃貧血気味なのに売れるか!そんな事ができるなんて知らなかった。

ぼそぼそとしゃべっていたのがすっかり東京の人の言葉になっていた。

以前連絡があった時、女の子が2人いるといっていたので「お孫さんは?」と聞くと、「いや、まだ」となんかそっけく触れられたくなさそうな雰囲気だった。どうも電話を取り次いだ奥さんの声は若かったので、昔からか彼女が複数だったので一人では済まなかったのかも…と、思った。

8月であれば、集まりに参加できるとの返事だった。

世話をしてくれているパンダに連絡をと思いながら、まだである。

ノワタリさんがもう会う必要がないと言われた言葉が耳に残っている。3月、5月の連休までにはと言いながら連絡が来ないのはそういう事だろう。

3月にノワタリさん宅へ行った時、カメラに彼らの映像が残っていた。

お見せすると、「二人とも子供のまま大人になったみたいね。よく似てるわ。」と言われた。

「本当にいい人たちだったわ。」と言い、どちらが好きだったのと言う話になった。

「ピンクね。」と、ノワタリさんはピンクのセーターを着たパンダを指した。

「二人とも好きだったけど、横の謎の中国人。」と偶然その言葉が出てしまった。もともと香港スターのレオン.カーフェイに似ていたがますます、大陸の人っぽくなり人民服を着れば良く似合いそうな風貌ある。

しかし、あの時一瞬であるが後ろにいるはずの彼らがわからず壁際に二人の中年男性が立っていたが不思議な事に私はそれが全く別人に見え、キョロキョロとしていた私に「ここにいるよ。」と声をかけてきた。思い返しても、解せない。

妹は覗き込みながら、昔の顔をわずかに知っているので、「鼻は変わんないわねぇ。う~んヘアスタイルかな~、顔も広がったよね。」などと言っていた。

先月家へ来た時、20歳ころの写真と見比べ、これがこうなって、これもこうなってと使用前使用後の様な感じで言ってみんなで笑いながら、年月の隔たりを思った。

「ノワタリさん、あの地場の悪い下宿を出ていたら、うまくいってたかしら?」と、お尋ねしたら、

「いいえ、違うわ。あなたにはこの道の人よ。」と、言われた。

この道の人っていうがまだそういう人にお会いした事はない。

でも、私はお友達には恵まれていると思う。悪意を持って近づいてくる人に出会ったことはまだない。

学生時代親しくしていた女友達に「ネコちゃんは無意識に甘え上手ね。」と言われ、「えっ!そんな事ないよ。」とても心外であり驚いた。

しかし、彼女曰く「批判してるんじゃないのよ。無意識なのよ。故意じゃない。あなたの性質よ。」と言われた。「○○ちゃんが、あなたのまねをしてるけど、故意だから見え見えでいやらしいのよ。」と他の女の子の事を言った。

そう見えているのかと思うと自分では分からず、何とも言えなかったが、今思うのに私は好き嫌いがはっきりしていると思っていたが、本能的に嗅ぎわけ たぶんそれを許してくれる人達とか付き合わなかったのではと思う。

そういう事って許されるのかな~、もう還暦前のおばさんには許されないであろう。


真夜中は楽しい?

2012-05-17 04:10:37 | 日々のつぶやき

まず、最初に前回誤った事を書いてしまったので、訂正しておきます。

ご指摘を頂きました。1500万以上の収入の人の税額でなく控除額が245万しか認められないと言う事でした。ゴメンナサイ!245万の税金だったら、低すぎるよね。

以前にも書いたが、早く寝る日とそうでない日の時間の差が大きい。

翌日、早くから外出しなければならない時は別であるが、眠れずとも苦にはならず不快感はなく、反対にたっぷり時間があると思えば嬉しくなる。

姪が来た時、隣の部屋に寝ていて私の睡眠時間の短さに驚き、「いつ、寝るのだろう?」と妹に言ったと言う。彼女は人一倍寝ているからそう感じるのだろう。

眠れない夜は開き直って、音楽やラジオを聴きながら本を読んだり、体操をしたりする。

ノワタリさんも同じで私達は早い時刻で11時代、先日は1時まえから3時までおしゃべりをした。

お会いしている時よりも、よく話すのではなかろうかと思う。

「二人ともこんなに夜中に電話したり、自由に出来るのも一人暮らしだからだね~。」と言って互いに現在の境遇に喜んだ。

占い師のHが奈良の何処かのお寺さんのお不動さんの像が御開帳になったので行こうと誘ってきたという、でもこれって当てにしていいものやら。

ノワタリさんは以前 亡くなった山梨のおじいちゃんに「あんたも、平家だね。」と言われたので、その先祖が気になっていると言う。彼女なら、家系図を見て縁のある人物を見つけることが出来るかもしれない。そう言う事で、家系図を調べて送る事になった。

2,3年前羽曳野の奥に源氏の墓と菩提寺が在った事がとても以外に思ったが、元を正せば河内源氏だと言う。将門も茨城、重盛の奥方が以前母が行った奥日光の湯西川温泉に逃れたと聞いたので本来は坂東平氏で 源氏は東国、平氏は西国というイメージが強かったが、八幡太郎義家と鎌倉幕府でそう思い込んでいたのだろう。

その晩は一番鶏の鳴き声をまた聞きながら入浴し、掌が篤くなり、ビリビリしだした所で休んだ。

しかし、今夜は一度休んだものの、背中に寒気がしたと思ったら吐き気とおなかが張り12時半頃から2時近くまで苦しんだ。

就寝前から、喉がやけに渇き水を何度も飲んだが、今夜はお肉は餃子の一切れだけで後は野菜と豆腐料理である。

ただ、気になるのは部屋に帰ってから、いやしい事をしてしまい350mのビールとイカフライを食べたと時、その油が舌をさしたので1枚だけで止めた。

どうもそれしか思い当たらない。なんと敏感なお体!不純物は受け付けてくれないみたいだ。

喉の渇きは野菜ジュースを飲んで治まった。

いっそ、マクロビオテックをと以前も思いレシピ本を買い、高野豆腐のとんかつももどきや高野豆腐を粉末にして数種類の豆を入れてミートローフ風にしたが、不評であった。

家の年寄はお肉と魚が大好きである。私は食べずとも絶対に刺身がいるし、今年89歳の父は焼肉やステーキが好きである。

私一人玄米食にしていたら、「ご飯が余る。」と母に文句を言われやめてしまったが、今度は玄米を粉末にして粉食か、粥にしてと本を読んでいて思いついた。

まだ今夜はラジオは2時からは好きなジャズでソニークラークのクールストラッティンが流れてきた学生時代よく聞いて懐かしい。スリットのあるタイトスカートからハイヒールを履いた足が出ているジャケットレコードを思い出す。明日はまた、バートバカラックと懐かしのグループサウズだという起きて聞きたいな。

あらら今夜はもう4時である。何と言う生活!

 

 

 

 

 


ばかたれが!

2012-05-15 21:42:04 | 日々のつぶやき

昨日は、日曜の晩の祭壇をそのままにしていたので朝から体が重く二度寝をしてしまい、海へ流したのは10時を過ぎていた。

やはりこのような物は済んだらさっさと片付け白い袋に入れて密封して屋外に出すべきであった。

そのまま供えた物を楽しんで頂こうというのは余計な事だった。いくら故人が良い人であろうと圧らの世界の人であるので影響を受ける。おまけにツバメちゃんもダメであった。

何時もの所で短冊をお炊き上げして祭壇に供えたものはすべて海に流した。柔らかなカステラの中にカスタードクリームの入ったお饅頭は縁がぼそぼそになっていき、まるでかじったような形で海に漂っていた。その後、お清めの塩、御神酒、水を海に撒いて龍神様の御真言を唱えて終了。

家に着いた頃には体の重さと倦怠感は消えた。

ノワタリさんも同じようにお家で同時に供養していただいたが、こちらは朝早く川に処分されていた。

今日、導かれるように海辺の漁協横に車を停めると、その前にその集落の戦死された方々のお墓が並んでいた。

そのおばさんの息子さんのお墓があり、昭和17年に軍曹で24歳で亡くなられていた。手を合わせ拝んで帰ったが、父に伝えると頭を鉄砲の弾が貫通して亡くなられたという事だった。

近いうちに父を其処へ連れて行こうと思う。夏休みは1ヶ月も其処に行ってよく面倒を見ていただいたという。

しかし、眼科も歯医者もこの2ヶ月行く事が出来なかったので、夕方眼科へ行こうとしたら、突然母が気分が悪いから夕飯を作るようにと言う。

それまで茶の間でお隣のおばさんとおしゃべりしていたのに…

昨日のその時間を逃すとちょっと予定が立たないので断った。「私は自分の分は自分でするからいいわ。」と言うと、「お父さんの分は?」と言う。

そんなもの作れないなら し出しでもとればよいのに、私に作らせようと食い下がる。

お昼に今晩の買い物を母がしていたのを知っているので、今度は荒い口調で断ると、「キツイ口調だ。」とイヤミを言う。

そんな事があったが眼科へ行くと、医者は「あの薬、付け心地いかがでしたか?」と眼圧をあげる目薬のことを聞いてきた。

「あの~、本当に緑内障なんですか?」と、切り返すと、一瞬医者は凍りつき「その気があるんですが」との返事、結局その薬とドライアイの目薬をもらって帰った。

また、帰ると母がねちねちと小言を言う。

もう~うんざり、妹にすると、出てきたのは能天気な姪の声、妹は夕飯を作っていた。

姪に愚痴を言うと、ぬかに釘でなんとも間が抜ける相槌。「あんなだったら、10人養子が来てもみんな帰るわ!」と、姪に言う。

その後妹と話すと、私はクソババアと連呼したらしく、姪は「ネコちゃん、口が悪いわね。」と言ったらしい。

「あんたんちに1週間でも預けるわ。」と言うと、「いらん、主人と毎日喧嘩になるわ。」

ああされた、こうされたと妹は思い出し、「あの人は根っからのイヤミよ。私の20代返して!」と、今度は妹が昔を思い出して怒りだした。

母は私達を支配しようとして、私たちの気持ちや意見は無視していた。そのくせ、みんなで外出するはずがいざ出ようとすると、気分が悪くなったの一言で、ドタキャンになり自分だけ行かないのであればよいのにみんなを巻き込んだ。

そんなこんなでとても怒りが鎮まらず、雨の中を傘もささず濡れながら本屋へ走った。そこで中丸薫さんの本を買い求め、夢中で読んでいる内に治まった。

口の悪さと言えば、3月までNHKで放送されたカーネーションの主人公役の尾野真知子さんの台詞も切れがよく好きであったが、悪かった。

「岸和田弁って悪いわね。」と、見ながら母に言うと、「あんたも負けんよ。」と言われた。

一瞬考えたが、今の民主党の幹部連中がニュースに出るたび、野次を飛ばしていた事を思い出した。特に総理のノダは生理的に受け付けないし、大嫌い。ヒキガエルを連想する。

「馬鹿たれ!後ろから蹴り入れるぞう!」などと、よく言っていた。しかし、実際に人に対して言った事は一度もないが、言うよりも早く行動を起こしていた事はあるか…

チエさんと、カチンと来た場合、そんな言葉をぼやくが、彼女は「にやすぞ!」と言う。

先日も「ネコちゃん、おかしいよね。1500万以上の収入の人は1億あろうが10億あろうが245万しか税金が掛からないなんてね。10万の人の2万は大きいよね。」と源泉徴収を見ながら言った。

金持ちの優遇しすぎだ、税金を投入した大手銀行にしても結構なお給料を取っているのに法人税は払っていない。昔のように贅沢品に税金を掛けるほうが良いと思う。

実労した者よりも投機で稼いで市場を混乱させている人の方が収入が多いって???

大店法の改正、小泉政権以降田舎は壊滅している。自治労バックにした今の政権は公務員改革も出来ない。解散があっても小選挙区では出てくる人間は同じで選択の余地はない。

「ノダ~ァ、バカたれ!消費税に命を掛けず、この矛盾をどうにかしろ!後ろから蹴り入れるぞ!」