何回か書きましたが…。
私が「死」を覚悟したのは3回。
1回目⇒白血病の疑い。
2回目⇒急性心不全。(その前に拡張心筋症の疑い。)
3回目⇒2tトラックに横からぶつけられ、軽自動車ごと引っくり返った事故。
3回目は、すぐに助けられたため、命に別状ないことがすぐに確定しました。
1回目は、結構「もうダメのかな。」と思いましたが…。倉敷中央病院で遺伝子検査を受け、白血球の異常性が否定されました。(検査結果が確定されるまでは、白血病の治療に専念するつもりでしたけど。)
2回目は別格というか…。
地下の心エコー室で「大人の方だから言いますけど、かなり悪いです。」と言われましたし…。
それでも、入院はないだろう…と思っていたら…。
看護師から「いつ心臓が止まってもおかしくないですよ。」と言われ…。
心底、恐怖感を感じたものでした。
それでもね…。死ぬことに関しては「仕方がないなあ…。」としか思わなかったんですよ。
一番に怖かったのが、残したことがあり過ぎたこと。
親より先に死ぬなんてことは、最大の親不孝でありましたし…。
仕事も残してしまうし…。(この段階でN先生に(無理矢理に近かったですが)仕事を依頼できていなかったら、もっと悩んだんでしょうね…。)
心残りを持って死ぬのは嫌だ…と思ったのであります。
2007年の入院前の投稿を見ると…。
かなりの無理をしていたことを思い出しますね。
それでも私は自分が死ぬことを考えていませんでした。
むしろ、駅前病院で医師や看護師に言われて、この病状が死病だと気付かされたのであります。
(以下、続く。)
私が「死」を覚悟したのは3回。
1回目⇒白血病の疑い。
2回目⇒急性心不全。(その前に拡張心筋症の疑い。)
3回目⇒2tトラックに横からぶつけられ、軽自動車ごと引っくり返った事故。
3回目は、すぐに助けられたため、命に別状ないことがすぐに確定しました。
1回目は、結構「もうダメのかな。」と思いましたが…。倉敷中央病院で遺伝子検査を受け、白血球の異常性が否定されました。(検査結果が確定されるまでは、白血病の治療に専念するつもりでしたけど。)
2回目は別格というか…。
地下の心エコー室で「大人の方だから言いますけど、かなり悪いです。」と言われましたし…。
それでも、入院はないだろう…と思っていたら…。
看護師から「いつ心臓が止まってもおかしくないですよ。」と言われ…。
心底、恐怖感を感じたものでした。
それでもね…。死ぬことに関しては「仕方がないなあ…。」としか思わなかったんですよ。
一番に怖かったのが、残したことがあり過ぎたこと。
親より先に死ぬなんてことは、最大の親不孝でありましたし…。
仕事も残してしまうし…。(この段階でN先生に(無理矢理に近かったですが)仕事を依頼できていなかったら、もっと悩んだんでしょうね…。)
心残りを持って死ぬのは嫌だ…と思ったのであります。
2007年の入院前の投稿を見ると…。
かなりの無理をしていたことを思い出しますね。
それでも私は自分が死ぬことを考えていませんでした。
むしろ、駅前病院で医師や看護師に言われて、この病状が死病だと気付かされたのであります。
(以下、続く。)