(マスクの子ら)
辻邦生『時刻(トキ)のなかの肖像』の中の「季節の中に生きること」から。
「1980年にパリ大学で日本文化論をフランス人学生に講義したとき、改めて年中行事を一つ一つ月を追って説明したが、その優雅な生活の色どりに学生たち以上に、私自身が心を打たれた。新年の若水汲み、お雑煮から始まって、節分、鄙祭、端午の節句、七夕、お月見、そして大晦日の年越そばに到るまで、私たちの祖先は真に生きることを深く楽しむことを知っていた。それは西洋では味わうことのできない生の至福の数々なのだ。歳時記に現れた俳句の季語は世界文学の中でも大きな財産といえるものだ」。
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< 子どもらを詠んだ7句 >
〇 子どもらのマスクの柄も春らしく (熊谷市/間中昭さん)
去年の春と違って、親にも心に落ち着きがあります。
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〇 幼な児もみな正座して雛の客 (常総市/渡辺守さん)
どこかのお家の雛壇の前。幼な児までもきちんと正座して、可愛いですね。
調べました。五節句とは、正月7日が「七草の節句」。3月3日は「桃の節句(雛祭)」。5月5日は「菖蒲の節句(端午の節句)」。7月7日は「笹の節句(七夕)」。9月9日は「菊の節句(重陽の節句)」です。
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〇 お母さん受験するのは僕ですよ (栃木県/あらゐひとしさん)
春は受験のシーズン。中学の受験でしょうか?? まだ人生の重大事とは思っていない男の子と、一生懸命のお母さんの組合せが可笑しい。 少し余裕をもって見ているのは、お爺ちゃんの作??
(信貴山/朝護孫子寺)
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〇 ふはふはと嬰の欠伸や風薫る (神奈川県/中村昌男さん)
「風薫る」は夏の季語。新緑いっぱいののどかな季節感が「ふはふはと」というh音の表現になって、赤ちゃんの欠伸が可愛い。
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〇 けんけんの丸や三角蝉しぐれ ( 神奈川県/新井たか志さん )
矢島渚男先生の評) 「地面に〇や△を描いて、そこを片足や両足で踏んで跳ぶ遊び。これも幼い日の回想作だろうか」。
遠い昔に誰かに聞いた話です。
ある夏のこと。樹々に囲まれた小さな広場で、すっかり日焼けした子どもたちが今日も元気に遊び惚けていました。あたりは蝉しぐれがうるさいほどです。
そこへひょっこりと見知らぬ小柄な少年が現れました。他の少年たちよりももっと日焼けしていて真っ黒焦げです。「遊ぼ」。「いいよ。入って」。子どもたちは、空が夕焼けに染まるまで、夢中になって遊びました。
翌朝、いつものように子どもたちが三々五々広場に集まってくると、昨日の小柄な少年はもう待っていました。「遊ぼ」「一緒に遊ぼ」。
その日も、また次の日も、そしてその次の日も、真っ黒に日焼けした子どもたちは、日が傾くまで夢中になって遊びました。
1週間もした頃のある朝、その少年は姿を現しませんでした。「あの子、どうしたの??」「誰か知っている??」。その少年のことを知っている子は誰もいませんでした。
その翌日も、少年は来ませんでした。でも、子どもたちは1日元気に遊びました。
小さな広場を囲む樹々の一本の木の下の地面に、命を終えた蝉の亡骸が落ちていました、とさ。
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〇 はじめての柘榴とわが子にらめっこ ( 和歌山市/早川均 )
矢島渚男先生の評) 「ザクロの実は大人でも見ていて飽きない。いろんな形に割れてくると、さらに情趣がある。名句もたくさんあるが、この『にらみっこ』だって面白い。自然観察者の卵かな」。
わが家のご近所の庭にザクロの木があります。塀の上に高くのぞいて、緑の葉をつけます。秋になると、拳ほどの橙色と茶色のまじった実がなり、熟して裂けると淡紅色も現れて、あたりの緑に映えてやさしいパステル画のような色合いになります。わが家のザクロではありませんが、そのやわらかい色彩感を毎年愛でています。
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〇 鉄棒にマフラーを掛け砂遊び ( 宇都宮市/津布久勇 )
鉄棒の下の砂場で、子どもたちが砂で家や人形を作って遊んでいます。「けんけん」もそうですが、今はこんな素朴な遊びをする子たちはあまり見かけなくなりました。昭和の風景です。
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<この国のかたち1首>
〇 米艦と少し間をおく自衛艦横須賀軍港重き静もり ( 横須賀市/木村将さん )
小池光先生の評) 「結句がいい。日米の軍艦がひっそりと停泊している。一切の動きがないが、どこかしら息詰まるようである。米艦と自衛艦の少しの間も、状況を反映して味わい深い」。
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<風物4句>
〇 片足を武蔵の国に雲の峰 ( 越谷市/小林ゆきおさん )
宇多喜代子先生の評)「スケールが大きい。両足で踏ん張っている雲が見える」。
「雲の峰」は積乱雲のことで、夏の季語です。
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〇 風鈴や感動はわたしが決める ( 八戸市/夏野あゆねさん )
(龍田大社/風鈴祭)
正木ゆう子先生の評)「何に感動するかは私が自分で決める、という意味だろうが、俳句ではここまで省略が可能。強い内容の割に拍子抜けた季語がかえって良い味を出している」。
正木先生の評の最後の一文で納得しました。さすが正木先生です。
句の作者は若い女性でしようか?? カッコいいですね。
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〇 海の風山の風くる茅の輪かな (神戸市/吉野勝子さん)
季語は「茅の輪(チノワ)」で晩夏。陰暦の6月の晦日(ミソカ)の頃は、体力も衰え、疫病も流行しやすく、災厄が多い時期。そこで、神社の鳥居などの結界内に設えられた茅の輪をくぐり、心身を浄め、災厄を祓い、無病息災を祈願します。
昼は風の中に潮の香を感じ、夕方になると山の風を感じる。明るく心地よい神社なのでしょう。
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〇 先のこと案山子寝かせて考える ( 小諸市/下遠野よし子さん )
「案山子」は実りの秋の季語。
「先のこと」とは何でしょう?? 採り入れを終え、案山子を片付けようとして、ふと考えます。あと何年、田んぼを作れるだろう……とか??
「案山子寝かせて」に、田舎の景色や生活が現れています。
(黒田官兵衛の案山子)
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皆さん、今年もありがとうございました。
お元気で良い年をお迎えください。ではまた、来年も。。
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