和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

5番目のマキオ:3

2007-12-18 22:35:11 | 小説――「RUMOR」
委員長の号令により、スクエア、開始。
スタートはAの僕から。暗闇の中を黙々と歩き、Bの位置で小麦の肩を叩く。
小麦は何も言わず、そのままCへと歩いて行った。
ふむ。無駄口を叩かないのは合格だ。
この儀式には静寂が相応しいと思っているのは、僕だけではないらしい。
さて。
小麦のスタート地点であるBに、腰を下ろす。
そして、待つこと数十秒。
誰かが、体育館内を走る音が聞こえた。
来た。
そして、すぐにもうひとつの足音が加わる。
――間違いない。マキオが現れたのだ。
最初の足音がAの位置でマキオを見つけた委員長、そしてその足音を聞いて
走り出したのが小麦、ということで間違いないだろう。
僕は、すっと立ち上がり、すぐ傍の壁にある体育館の照明スイッチをONにした。
一瞬の間の後、闇は完全に振り払われる。
そう。
戦闘開始の気配を察したら、即座に照明を点ける。
今日の僕の最も重要な仕事が、コレだったのだ。
暗闇では、こちらは一方的に不利に違いないのだから――小麦を除いて。
僕の対角の位置には、先生が立ち尽くしている。
そして、僕と先生を結ぶ線の中心――体育館の中央には、小麦と委員長と

――僕がいた、、、、

これが、マキオか。
足音は2人分だった。きっと、コイツには足音がないのだろう。
スクエアが続いてしまう理由、それはマキオが誰かに化けていたからに他ならない。
今回の場合――誰もいないはずのAの位置に、僕の姿をしたマキオが待機しておく。
やってきた委員長に対しては、失敗だとか何とか言ってリトライを促す。
そのまま、AからB、即ち僕の位置までやってくる。
途中で、委員長か誰かに姿を変えて。
そうして、スクエアを継続させるつもりだったのだろう。
だが、委員長はそれをあっさりと、初回で見破ったというわけだ。
もしかしたら、僕の姿をしたマキオの言葉に全く耳を貸さなかったのかもしれない。
それはそれで、怖い話だと思う。もっと僕を信じろよ。僕じゃないけどさ。

「さぁ、正体を見せなさい」
凛とした声が、体育館に響いた。委員長だ。
僕の姿をしたロアは、ぐるりと周りを見回した。
そして、僕と目が合う。
にやり、と、僕の顔をしたロアが嗤った、気がした。
「なぁんだ、もうバレたのか」
実に残念そうに、マキオが呟く。
前回の切断魔ジャック・ザ・リッパーよりは、はるかに頭は良さそうだ。
「じゃあ、お望み通り、お披露目するよ」
言った途端、マキオの体が――闇になっていく。
まるで、黒煙に覆われるかのように。
じわじわと、体のパーツが曖昧になっていく。
黒い、塊になっていく。
そしてその塊は、徐々に縮んで。
闇が晴れて姿を現したのは、小学生程度の男の子だった。
「初めまして。僕が、マキオだよ。今度はお姉ちゃん達が遊んでくれるの?」
楽しげな声とは裏腹に、その顔には哀しい目をした仮面が張り付いている。
間違いなく――
「――ロアだね」
小麦が言った。
ああ、間違いなくロアだ。
「ねえ、何して遊ぶ?」
マキオを無視し、小麦は先手必勝とばかりに襲い掛かる――
その刹那。
「ごめんなさいね」
足払いが、小麦の体勢を崩した。
委員長だった。
不意に足を取られ躓く形になった小麦は、膝を付いて彼女を見上げる。
「なっ、何を・・・?」
「手を出さないで下さい」
「だって!約束が違――」
――乾いた、音。
小麦の言葉を止めるには、その平手で充分だった。
そして委員長は、傍目から分かるほどに、ぶるりと身を震わせた。
その両肩を抱きながら、震えるままの声で、唐突に叫び出す。

「黙ってろよ!コイツは私のモノだ!お前はそこでただ見てれば良いんだよ!」

誰だ。
目の前の、この女は誰だ。
「うふ。うふふ、あははははははははは!」
女は哄笑する。前髪は垂れ、右目を隠していた。
「やっと、やっと会えたね・・・」
そして、両肩の震えを抑えながら、マキオを見やる。
「い・・・委員長。まさか――知り合い、なのか?」
「知り合い?そんなわけないじゃないこんな子知らない」
「じゃあ、何故?何故委員長は――マキオに拘る?」
「あぁウルサイお前ももう黙れよ私は今――
 嬉しくて愉しくて昂奮して死にそうなんだ邪魔するんじゃない」
震える細い声は、間違いなく委員長のそれだった。
だけど。
僕の背筋には、冷たい汗が大量に流れている。
こいつは、一体、誰だ。
「お姉ちゃん、大丈夫?そんなフラフラな状態で、僕と遊べるの?」
それまで静観していたマキオが、そんな言葉を発する。
皮肉った様子はない。あくまでも無垢な子供の口調だ。
多分、マキオの方の動機は、言葉の通りなのだろう。
だけど、委員長側の動機は――同じ言葉ではあるものの、きっと意味が異なる。
「あはぁ――ごめんなさいね、マキオ君。お姉ちゃんなら大丈夫よ?」
――瞬間、委員長の姿が消えた。
「ほら」
その瞬き程の間に、委員長はロアの背後を取っていた。
「マキオ君、捕まえたぁ・・・うふふふ」
背後から、自らの胸の高さもないマキオの両肩に、手を乗せる。
「さぁ、お姉ちゃんと、遊びましょう?」
肩から首へ、するすると白い手が移動していく。
本能的に異常を察したのだろう。慌ててマキオはその手を振り払った。
「さ――触るなっ!」
そのままの流れで、翻りつつ肘を委員長の腹へと打ち込む。
あの体勢からの肘打ちは、最短距離の攻撃だ。何気に、エグいガキである。
――が、その位置には既に委員長はいなかった。
最速の攻撃に対し、半身躱して即座に体を入れ替えている。
はっきり言って、有り得ない。
これじゃあ、まるで小麦みたいじゃないか。
否、もしかしたら、小麦よりも――。
その時。
マキオの首筋から、鮮血が吹き出した。
「え――?」
理解できない。
それは、僕だけではなく、マキオ本人も同様らしかった。
「うふ、うふふ。綺麗・・・」
その様に、うっとりと見蕩れる委員長。
自らの肩を抱く右手には――いつの間にか、剃刀が握られていた。
「そんな、バカな――」
僕と同じく立ち尽くしていた伊崎先生が、そこでようやく口を開く。
「あんな剃刀ひとつで、ロアにダメージを与えられるはずがねェ」
そう――あんな脆弱な刃で傷つくほど、ロアは弱くない。
しかも、あの出血。
ロアに血があるだなんて、見たことも聞いたこともない。
理屈の範囲外の化け物――僕は、単にそう捕らえていた。
だから、血なんかないんだと思っていた。
実際、いくら小麦が殴ろうが、蹴ろうが、出血したロアは皆無だ。
もう、何が何だか分からない。
いつも、ロアとの戦闘前にはある程度のことを覚悟してくるというのに。
マキオは、慌てて距離を取り首筋を押さえる。出血はそれで止まった。
しかし、委員長はその隙を逃さない。
開いた間合いを一瞬で詰め、剃刀を振るう。
一振りするたびに、マキオの首から、腕から、太腿から、鮮血が溢れ出た。
「ああ、素敵!素敵よマキオ君!うふふふふふふふふ」
絶え間ない連撃に、血みどろになっていくマキオ。
委員長は再び、有り得ない動きでその背後に回る。
そして、身動きできないよう、きつくきつく抱きしめて。
「あはぁ――もう、我慢できないわ」
マキオの首筋に唇を寄せ――その血を、啜り始めた。
「あ・・・あ・・・あぁ・・・」
振り解こうとするマキオの腕の力が、抜けていくのが見て取れる。
羽交い絞めにされたまま、ついにマキオは、抵抗を止めた。
へたり込むようにして、その場に膝から崩れ落ちる。
「はぁ・・・美味しい。でもね、マキオ君――」
歪んだ口元を赤く染め。
その女は、蕩ける瞳で、呟いた。

「お姉ちゃん、もっと、もっと、マキオ君とシたい、な」

言いながら、その手をマキオの仮面にかける。
「あ――や、やめ――――!」
そこで再び、マキオが抵抗を始める。
仮面にかかった右手に爪を食い込ませ、必死に解こうとする。
委員長の手の甲にはうっすらと血が滲むが――止まらない。
「あん、だめよ、じっとしてて?お姉ちゃんが、優しくシてあげるから」
・・・お前、それ完全に痴女じゃないか。
マキオの仮面は、めり、めり、と音を立てて。
じわり、じわりと浮き上がる。
「うふふ。ほら、少しずつ仮面が剥がれていくよ?顔、見えちゃうよ?
 ねえ、気持ち良い?ねえ!?」
「い、痛い!痛いよ!」
「あら?痛いの?もう、しょうがない子。男の子でしょう?」
「うあ、や、やめて。お姉ちゃん、僕何か悪いことした?もうやめてよぉ!」
「くふ、くふふふふ・・・だぁめ。まだよ・・・」
マキオの悲鳴と裏腹に、一層、仮面にかける手に力がこもる。
そしてゆっくりと、仮面が、剥がれていく。
「あぁ、もう少し、もう少しだからねマキオ君・・・っ!」
「痛い、やめて、もう嫌だよ!ごめんなさい。僕が悪いなら謝るから。
 ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「我慢しなさい?もう少しなの。お姉ちゃんもね、もう少しで――」
はぁ、はぁ、と息を吐く。
それは決して、疲れているからだけではない。
目を見れば分かる。声を聞けば分かる。
「ああ、最高!血がぬるぬるなの。血の臭いがするの。血の味がするの。
 血が、血が、血がっ!男の子の温かい血で、もぉ全身血まみれなのぉ!
 キモチイイ・・・あはぁ、はぁっ、も、もうっ、頭トんじゃうっ!」
「ああああ!もうダメ、死んじゃう、死んじゃうよお姉ちゃん――」
「あぁ、痛いの?苦しいの?辛いの?
 ――でも、こんなキモチイイコト、絶対にやめてあげない、、、、、、、、、、
最後の一息。
ぐん、と右手が加速する。
仮面は、一気に剥がれ落ちた。
そして床に落下したはずのそれは、音も立てずに消えてなくなった。
仮面の下には、見たこともない、普通の男の子の顔があった。
「――はぁっ、はぁっ、はぁ、ふふ、くふふふふぅ・・・」
やがて、息を荒げる委員長の腕の中から、ロアの少年も消えていく。
「うふふ、うふ、絶・・・頂ぉ・・・」
最後の感触を確かめるようにマキオの顔を撫でながら、委員長は漏らすように言う。
恍惚の笑みを浮かべたその口からは、血と唾液が混ざった液体が滴っていた。

そこにいるのは、間違いなく委員長だけど。
僕ら3人は、誰ひとりとして、その女のことを知らなかった。
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