「私ね、浮気をしているのよ」
唐突に、彼女はそんなことを言った。
恋人である僕を目の前にして、そんな罪深いことを。
浮気をしているのよ。
僕にとってそれは、死刑宣告のような。
どうしようもない、絶望だった。
気がつけば手が動いていた。
最初は頬への平手打ちだった。
「・・・ごめんなさい」
暴力に怯むでも、非難するでもなく。
彼女は僕に謝罪した。
それがいけなかった。
「僕はこんなに、君のことを愛しているのに」
再度平手打ち。
そして左手で軽く首を締め、右手で腹を殴った。
ごふ、という空気音が彼女の口から漏れる。
まだ足りないと思った。
思い切って腹に膝蹴りを入れる。
これで、彼女は立っていられなくなった。
しゃがみ込むその顔に、拳を叩き込む。
だが、これはよくない。
自分の拳を痛めてしまいそうだ。
拳で狙うのは柔らかい腹部だけにしておく。
ここから、暴力は単調な作業になった。
彼女が腹を抱え込めば顔面を、顔を覆えば腹を蹴った。
その度に、悲鳴とも喘ぎ声ともつかない音が漏れた。
這いつくばる彼女に、次々と暴力を浴びせる。
こんなに愛しているのに。
こんなに思っているのに。
どうしてそんな、裏切るような真似を。
もう彼女は、呼吸をするだけがやっとの獣。
口からは涎を、鼻からは血を流し。
瞳からは――苦痛ではない涙が流れた。
そう、それは決して苦痛なんてものではなく。
もっと、下等な、卑しい涙。
まるで全てを悦んでいるような。
まるで全てが計画通りかのような。
全身を襲う激痛にまみれながら、彼女は興奮していた。
身を捩らせ、快感に溺れていた。
「何で――そんなカオができるの?」
僕は君を殴っているのに。
力にものを言わせて服従させているのに。
今まで見たこともない、嬉しそうなカオをして。
「そういう貴方も――微笑っているじゃない」
呼吸の合間にそう言われ、はっとする。
僕は――この暴力を、無慈悲な制裁を、愉しんでいる?
そんなバカな、と頭を振るが、どうしても心の奥が疼いてしまう。
僕も、彼女同様、卑しい獣。
汚れた彼女に、正義の名のもと裁きを下す。
こんなに気持ちのいいことがあるだろうか。
目の前にはよがり狂う彼女。
そして僕は、更に狂っている。
感じたことのない愉悦に浸り、もう一度彼女を蹴る。
踏み潰す。
まるで強姦するかのように。
僕らは二人、どこまでも狂っていける。
そんな絆を感じた。
愛している。
彼女が呟く。
愛している。
だけど僕は、それを口にすることはなく。
僕らはこれでいい、と強く思った。