ねよりもけにくゆりいてたるほいな
きわざなり。またかうせちのをりは
おほかたのなりをしつめてのとかに
ものゝ心をもきゝわくへきことなれは
はかりなききぬのをとない人のけは
ひしめりてなむよからんなとれいの
ものふからぬわか人とものよういをしへ
たまふ。宮は人けにをされ給ていと
ちヰさくおかしけにてひれふし給へ
り。わか君らうかしからむいたきかくし
たてまつれなとのたまひ/\。きたの
御さうしもとりはなちてみすかけた
り。そなたに人々はいれ給。しつめて宮
もゝの心しり給へきしたかたをきこゑ
しるき給。いとあはれにみゆ。おましをゆつり
たまへるほとけの御しつらひみやり
給もさま/\にかゝるかたの御いとなみ
をもゝろともにいそかんものとはおも○
よらざりしことなり。よしのちのよに
たにかのはなのなかのやとりへたて
なくとおゝほせとてう○なかたま○ぬ
はちすはをおなしうてなとちきり
おきて露のわかるゝけふそかなしき
と御すゝりにさしぬらしてかうそめ
なる御あふきにかき給へり。宮
へたてなくはちすのやとをちき○て
もきみか心やすましとすらむ。とかき
たまひれはいふかひなくもおほした
くかなとうちわらひなからなをあはれ
とものをおしたる御けしき也。れいの
(峰)よりも、けにくゆり出でたる本意なき業なり。又講説(かうせち)
の折りは、大方の鳴りを静めて、長閑に物の心をも聞き分くべき事なれ
ば、はかり無き衣の音ない、人のけはひしめりてなむよからん」など、
例の物ふからぬ若人(わかひと)共の用意教へ給ふ。宮は、人気に圧さ
れ給ひて、いと小さくおかしげにて、ひれ臥し給へり。「若君、らうが
しからむ。抱き隠し奉れ」など宣ひ/\。北の御障子も取り放ちて、御
簾掛けたり。そなたに人々は入れ給ふ。静めて、宮も物の心知り給ふべ
きしたかたを聞こゑ知るき給ふ。いと哀れに見ゆ。御座(おまし)を譲
り給へる仏の御設ひ見やり給ふも、樣々さに、「かかる方の御営みをも、
諸共に急がんものとは思ひ寄らざりし事なり。よし、後の世にだに、彼
の華の中の宿り隔て無く」と仰せとてうちなか給ひぬ。
蜂巣葉を同じ台と契り置きて露の分かるる今日ぞ悲しき
と御硯に差し濡らして、香染なる御扇に書き給へり。宮、
隔て無く蜂巣の宿を契りても君が心やすまじとすらむ
と書き給ひれは、「言ふ甲斐無くも、思したくかな」と打ち笑ひながら、
猶哀れと物をおしたる御気色也。
例の
中山輔親氏蔵本源氏物語 鈴蟲
