韓国のキムらは、ラットを用いた実験で、神経原性炎症のスポット(neurogenic inflammatory spots)が、経穴のスポット(acupuncture points)と同様に働くという興味深い研究を昨年11月に発表しました[Kim et als.2017;建部・樋川 2018]。
つまり神経原性炎症のスポットは、経穴と同じ解剖学的位置にあり、また経穴と同じく高い電気伝導度(コンダクタンス)を呈し、経穴と同じく外からの刺激に対して過敏性(閾値の低下)を示し、経穴と同じく内臓との連結を示し、経穴と同じくそこを刺激すると鍼灸治療の効果も示すことを明らかにし、経穴の解剖学的・生理学的な特徴を解明する大きなヒントを投げかけたのです。
彼らは、(a)高血圧モデルのラット、(b)大腸炎モデルのラット、そして(c)健常なラットに、「エバンスブルー」という色素を静脈から注入し、10分ほどすると、神経原性の炎症が起きた部位では色素が皮膚に漏れ出て、直径数ミリの斑点(スポット)を生じることを確認しました。(a)では平均7ヵ所(ほとんどが前肢)、(b)では平均4カ所(後肢)、(c)ではほとんど見られませんでした。また(a)の手首付近をカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)で組織染色すると、強く染まりました。
しかもこれらのスポットは、(a)では67%が経穴と一致し、それは多い順に内関(心包経)、大陵(心包経)、神門(心経)で、そこに鍼通電を行なうと血圧上昇は抑えられました(しかし神経原性炎症スポットでない部位では、効果はありませんでした);(b)では75%が経穴と一致し、公孫(脾経)、内庭(胃経)、足通谷(膀胱経)などに多くみられ、第1中足骨の基底部付近の神経原性炎症スポットに鍼治療を行なうと、体重減少や下痢の症状の回復が認められ、また好中球浸潤(MPO活性)や炎症誘発性サイトカイン(TNF-α、IL-1)も抑制されました(しかし神経原性炎症スポットでない部位の刺激では、こうした反応は生じませんでした)。
こうして神経原性炎症スポットへの刺激は、通常の鍼灸治療と同様の効果を示すのです[Kim et als.2017;建部・樋川 2018]。しかもこの際、ナロキソン(オピオイド拮抗薬)で前処置をしておくと、どんな刺激を施しても効果を示さず、逆にモルヒネを投与すると効果を示すので、鍼灸治療と同じく神経原性炎症スポットへの刺激も、内因性オピオイドの関与が認められました。また神経原性炎症スポットは、電流を流すと、周りの皮膚よりも電気伝導度(コンダクタンス)が有意に高く、また刺激を与えると、それに対して反応する閾値の有意な低下も認められ、病的な状態下では感受性が上がっていることがわかりました。
さらに興味深いことには、(a)でも(b)でも、神経原性炎症スポットの数や分布に個体差があり、同じ疾患でも反応する部位は個体によって異なり、これは鍼灸治療で疾患が同じでも患者ごとに用いる経穴が異なる多様性を説明できるかもしれません。
また以上の動物実験では、神経原性炎症スポットでない部位の刺激では効果はなかったのですが、そしてこれと同じくニセの経穴の刺激でも効果が出ないことは動物実験で報告されていますが[Liu et als. 2013]、ヒトの場合はニセの経穴の刺激でも本来の経穴の刺激と同様の効果を引き出せるといった報告は多いのです[建部・樋川 2018]。これはどういうことでしょうか? ヒトでプラシーボ効果の働きが強まるからなのか? それともヒトでは経穴の有効範囲が大きくなるからなのか? ヒトにもラットと同じく、キムらの実験を行なえれば、たちどころにわかるのでしょうが、しかし倫理的な観点からハードルは高いです[同]。
<文 献>
Kim, D.H., Ryu, Y., Hahm, D.H., Sohn, B. Y., Shim, I., Kwon, O. S., Chang, S., Gwak, Y. S., Kim, M. S., Kim, H., Lee, B. H.., Jang, E. Y., Zhao, R., Chung, J. M., Yang, C. H. & Kim, H. Y.,
2017 Acupuncture points can be identified as cutaneous neurogenic inflammatory spots, in Scientific Reports, vol.7, article15214, pp.1-14.
Liu, H., Shen, X., Tang, H., Li, J., Xiang, T. & Yu, W., 2013 Using MicroPET Imaging in Quantitative Verification of the Acupuncture Effect in Ischemia Stroke Treatment, in
Scientific Reports, vol.3, article1070, pp.1-7.
建部陽嗣・樋川正仁、2018 「経穴の解明を試みた韓国の最新研究『神経性スポット』とは」『医道の日本』第77巻1号、pp.226-8。
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