犬を歌うには、枕詞が有用だが、猫はそうでもない気がしますね。それだけ美しいものをまとっているからでしょう。
ツイッターでよく詠われていた、「ぬばたまの猫」というのは、かのじょが昔考えていた童話のアイデアから発しています。
盲人の、見えない闇の世界に忍び込むことができる、不思議な黒猫のことです。目の見えない人は何も見えないが、その黒猫がその闇に忍び込むと、その不思議な黒猫の二つの金色の目だけは見ることができると言うのです。
おもしろいアイデアでしょう。かのじょがこれを考えていたのは、たしかまだ独身の頃でした。もう学校は卒業していて、実家で黒い猫を飼っていたのです。つややかな毛をしたかわいらしい猫でしたね。雄猫だったためか、すぐにいなくなってしまいましたが。あの頃はかのじょにとって一番どん底の時期でした。思い出したくないような出来事がたくさんあった。確かに、盲人が見る闇の中のようなところを生きていた。
迷いの風はいつも吹いていた。このまま自分をあきらめて落ちていけ、というささやきも聞こえた。だがかのじょは落ちなかった。自分をあきらめることなどできるはずがない。たとえどんなに苦しくとも、自分をきつく折らなければならないとしても、この本当の自分を立てていこう。
そんなことを考えるまでのまだ不確かな薄闇の心の中で、かのじょはこの「ぬばたま猫」を考えていたのです。
まったく、何もわからない暗闇の中に、忍び込んでくれる不思議な目のことを。いつでもおまえを見ていると、言ってくれているような、星のような目のことを。
何も見えない闇を見ているわたしを、誰かが見ている。その目に恥ずかしいことをするのは、つらい。
だからかのじょは立ち直ったのです。小さな猫の目ですら、人を立ち直らせることができる。あの美しい目の中には、確かにわたしを見ているものがいる。
それだけで人間は、助かることがある。