あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
Medscape(http://www.medscape.com/criticalcare)などの医療情報提供源では、年末恒例の年間最も読まれたCME(continuing medical educaiton: 生涯教育)記事トップ10などが報告されています。その8位にランクされたFluid Balance and Acute Kidney Injuryという記事があります。
http://www.medscape.org/viewarticle/715130?src=top10
登録していない方は簡単な登録が必要なのが少し手間ですが、時間のある方はどうぞ。Austin Health, Melbourne, AustraliaのJohn R. Prowleという方がBellomo、Roncoなどのこの世界の有名人と一緒に書いていらっしゃいます。よくまとまっています。
そのアブストラクトの中でProwle先生は、
ショックの蘇生においては心拍出量を回復するために輸液蘇生が必要であるが、組織浮腫を助長し臓器障害に貢献する可能性がある。血行動態がひとたび安定したら、体液バランスをゼロに持っていきさらにネガティブバランスに持っていくドライサイドの管理が必要である。そのため、急性腎傷害の患者では、RRTがより早期に必要になるかもしれない。一方、利尿薬とRRTによる除水により、血管内低容量と腎低灌流が起こりうる。体液の状態の正確な評価とそれにもとづいた注意深いバランス管理がアウトカムを改善する。
乱暴に言えば、輸液はかならずしも善ではない、悪になりうる
と述べておられます。
コメント1:
おっしゃる通りですが、
体液の分布の正確な評価が難しい
血管内容量の評価が難しい
血管内容量の低下が体外に失われて起こるか体内で分布が変わっておこるかその割合を正確に決める評価が難しい
入れた輸液が血管内にとどまらない
組織浮腫がどれほど悪影響があるか評価が難しい
どの組織にも均一に浮腫は起こるのか知らない
などの多くの問題から、この手の話は、同じ主張(たとえば「血管内容量が不足しており容量負荷が必要だ」)をしているのに実際はやっていることが大きく違うことが起こります。ほとんどの患者は「血行動態が安定する体液バランス」に幅があり[1]、軽症の患者ほどその幅が広いので、我々の多少のへまや、この「やっていることの違い」を患者が吸収してくれ、みんなますます自分の主張は正しく、やっていることも正しいと信じてしまい、「やっていることの違い」はそのままになります。
私が経験した米国の麻酔科系、外科系医師の大量輸液の仕方に、日本人で勝負できる医師はいないでしょう(あ、1人いました。昔、とある麻酔科の先生が胃切除で出血がほとんどなくても、硬膜外+全麻で10,000mlプラスにする大量輸液の報告を学会発表されていました。決してエフェドリンやネオシネは使わない)。かれらの血管収縮薬嫌いは第2次世界大戦以来筋金入りで、多発外傷後の若い男性のICU1週間ぐらい、PEEP18cmH2O、FiO2100%、その時点で当然のごとく+10kg以上オーバーのARDS患者が血圧低下、乏尿になったときの、若い外傷外科+集中治療アテンディングと私(フェロー)の会話(FACTT [2]が発表される前です)。
Attending「Isolyte(日本でいうヴィーンF)を1リットル(500ccのバッグを院内で見つけることは困難)ボーラスしろ」
Fellow「輸液をしたらガスが悪くなりませんか?」
A「PEEPを上げればいい」
F「血圧が下がるんじゃない、さらに尿も出なくなるんじゃ?」
A「さらにIsolyteを1リットルボーラスしろ」
F「輸液をしたらガスが悪くなる」
A「PEEPに限界はない」
実話です(一本入れてだめなら、とりあえずガンツをいれろといつも叫ぶアテンディングもいました)。というようにこの若いアテンディングなりの容量の評価と、水=善、血管収縮薬=組織低灌流を起こす=悪、組織浮腫は悪でない、という思想があるわけです。
というわけで余談ですが、日本のどんな先生が「ヴォリュームはもう十分だと思います」なんて(いかにも私は輸液にリベラルな人ですというようなしたり顔で)言っているのを聞き、「いったいいくら輸液したの」と聞き直すと「生食500ml / 2時間です」と返答されることを経験する度に、同じ主張をしているのに実際はやっていることが大きく違うなあ、と思うわけです。
コメント2:Prowle先生にも引用されている有名なFACTTですが[2]、これにしたってARDS患者に対するドライサイド管理が死亡率を改善したわけではありません。人工呼吸時間とICU滞在を短くしただけです。水を絞るとガスがよくなるという我々の臨床的感覚にあっているからこの研究がこれだけ受け入れられた、つまり、水引いても死亡率があがらずに早く抜管できるならそうしましょう、ということが確かめられて安心したから受け入れられているだけではないですか。
コメント3:ARDSに対してはこのように調べられ、ある意味みんなの腑に落ちる「落ちついたら水を絞ろう」という努力目標ができたわけです。しかし、AKIに関してはまだ観察研究しかありません。いくら調整を行ったとしても、「それで、本当のところは? 重症だから体液バランスがポジティブになるだけじゃないんじゃないですか、結果を見ているだけでは? 血管収縮薬だって悪とする観察研究はいっぱいありますよ[3]」と反論されてしまいます。どちらかと言うと腎臓のためにはウェットがよいと教え込まれてきた世界のドクター、上記のような組織浮腫は気にしない米国の外傷外科医を説得するための根拠が示せるか見物です(ちなみにJSEPTIC-CTGはそのような研究も計画中)。
輸液の議論は尽きません。
昨年はみなさまにとってどんな年でしたでしょうか。そして本年はどんな年にしたいと思われますか。
[1] Jammer I. Does central venous oxygen saturation-directed fluid therapy affect postoperative morbidity after colorectal surgery? A randomized assessor-blinded controlled trial. Anesthesiology. 2010 Nov;113(5):1072-80. PMID: 20885291
[2] Wiedemann HP. Comparison of two fluid-management strategies in acute lung injury. N Engl J Med. 2006;354:2564-75. PMID: 16714767.
[3] Dünser MP. Association of arterial blood pressure and vasopressor load with septic shock mortality: a post hoc analysis of a multicenter trial. Critical Care 2009, 13:R181. PMID: 19917106
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