1 はじめに
筆者は、先般、「職務発明における相当対価」という論考(以下「論考」)の中で、発明の動機付けが金銭のみではないことを主張し、この点を踏まえた上で、旧法35条の解釈論を展開することの必要性を論じた(知財ぷりずむ2011年10月号)。
そして、先般、この主張を裏付ける研究に接したので、ここに紹介する(www.rieti.go.jp/jp/publications/pdp/10p013.pdf)。
それは、長岡教授の「日米のイノベーション過程」と題する研究(以下「本研究」)の「発明の動機付け」に関する部分である。なお、本研究は、日米の発明者に対するサーベイ(以下「本サーベイ」)に基づくものであり、サンプル数は、日本3658人、米国1919人である。
2 発明の動機付け
2-1 金銭的誘因の弊害
長岡教授は、まず、発明者に対して金銭的な報酬を与えることが発明の増進をもたらすとしても、それには3つの制約があることを指摘する。
①「各個人の発明が企業の収益など経済成果に与える影響は非常に多数の事前には不確実な要因に左右されるので金銭的な報酬効果を高めようとすると各発明者個人の負担するリスクが非常に大きくなる」こと。
②「経済成果にその努力が影響を与える個人は、発明者を含めて多数存在するが、特定の者への誘因を強めれば他の者への誘因を弱めることになる」こと。
③「研究開発には情報の共有が重要であるが、個別の誘因の強化は、情報共有を含めた助け合いを阻害する可能性がある」こと。
このうち、当職の問題意識からは、②と③とが重要である。つまり、仮に、金銭的誘因が個々の発明者の発明に対する動機付けとなるとしても、それには弊害が伴う点を認識した上で、法制度を設計し、解釈する必要がある。現在の旧法35条の解釈にはこの視点が欠落していると思う。
2-2 本サーベイの結果
次に、本サーベイの結果を紹介しよう。詳細は原典を参照されたいが、まず、注目すべきことは、「日米とも最も高い頻度で重要な動機となっているのは「チャレンジングな技術課題を解決すること自体への興味」であり、日米とも約 9割である」という事実である。これは、筆者が論考において、「多くの企業に属する研究者は、金銭のためではなく、「自然の原理を解き明かすという探求心」、あるいは、ニーズを満たす製品を作り出すという「社会に対する貢献意欲」が、動機付けの第一順位であると思う」と述べた点を(一部)裏付けている。
さらに、本サーベイによれば、2番目に重要なのは「所属組織のパフォーマンス向上」であり(米国で約 8割、日本で 6割)であり、3番目に重要なのは、「科学技術の進歩への貢献による満足」である(日米とほぼ約 6割)とのことである。
また、本研究によれば、「発明者の個人的な誘因、すなわち、個人の名声・評判、キャリア向上、金銭的報酬、及び研究予算の拡大など研究条件改善が発明への動機として重要だと指摘した発明者の割合は、日米とも少数派であった」とのことである。具体的には、金銭的報酬が動機となっているのは、日本24%、米国22%である。この結果を見る限り、金銭的誘因を中心として職務発明制度を設計し、解釈することが誤りであることは明白であろう。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます