職務発明には、事業化できるか否かが不確実というリスクが伴う。現状、このリスクは企業のみが負担しており、発明者従業員は負担していない(発明者は事業化に関与しないことがあるし、事業化に失敗しても受領済みの賃金を返上することもない)いる。しかるに、現行の裁判例と多くの職務発明規定を前提とする限り、事業化が成功した場合には、「相当の対価」として一定の特別のリターンが得られる。これはリスクとリターンの関係が歪んでいるといえよう。
これを是正するためには、従業員にもリスクを負担させるという方法もあるが、従業員はリスクを避ける方を選択することが通例であろうから、「相当の対価」の算定モデルとしては、事業化の成否に影響を受けないものが望ましい。
この点、柳川「職務発明」は、「開発成果の成功不成功であまり報酬が変動しないほうが企業にとっても開発者の側にとっても望ましい」(267頁)と述べており、賛成である。 なお、ここにいう「報酬」は、「他の給与体系と一体化して理解される広い意味での報酬」である。
また、「相当の対価」の算定モデルとしては、事業化の成否に影響を受けないものが望ましいことは、発明に対するインセンティブ(筆者は、発明に対する動機付けは金銭のみではないと理解しているが、この点は措く)からも説明可能である。
すなわち、企業の発明者従業員に対する金銭交付の原資には限りがある。従って、事業化に成功した場合の報酬を高めることは、事業化に失敗した場合の報酬を低めることを意味する。そして、多くの場合、職務発明は事業化に至らないし、事業化リスクを発明者従業員はコントロールできないのであるから、事業化に成功した場合の報酬を高めても、従業員発明者のインセンティブを高めることにはならない。むしろ、事業化に成功した場合の報酬を高めることは、事業化に失敗した場合の報酬を低めることを通じて、従業員発明者のインセンティブを下げることになる(若干論旨を異にするが、柳川「職務発明」276の記述に示唆を受けた)。
現行の裁判例と多くの職務発明規定は、事業化が成功した場合には、発明者従業員に対して「相当の対価」として一定の特別のリターンを付与するものであるが、これは、一部の「幸運な」従業員の利益にはなるが、それ以外の大多数の従業員の利益を害している。発明の事業化を促進するという観点からも改められるべき制度である。
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