公知発明・公然実施発明と新規性
1 新規性要件の趣旨
特許要件としての新規性要件の趣旨は、既存の技術と同一の発明に対しては、独占権を付与してインセンティブを与える意味がないことにある(中山「特許法」[第二版]120ページ)。すなわち、特許法は、技術思想という情報の自由利用の原則を前提としつつ、産業の発展という観点から、開示を促すだけの価値のある発明に限り独占権を付与しているものであり、新規性要件はこの特許法の基本構造を反映したものであるといえる。
2 秘密保持義務との関係
発明が他社に知られたとしても秘密保持義務が課されている場合には、新規性を喪失しないという裁判例が複数ある。
確かに、ある発明が少数の者に秘密保持義務の制約の下で開示されたとしても、公衆には知られていない以上、開示を促すだけの価値があるから、新規性を喪失しないと解することができよう。しかし、ある発明が特定多数の者に秘密保持義務の制約の下で開示された場合はどうか。この場合には、誰かが秘密保持義務に違反して当該発明が公衆に開示される可能性もあるし、特定多数の者に開示されていれば、もはや開示を促すだけの価値はないともいえる。従って、このような場合には、新規性が欠如するという解釈もあり得るように思える。なお、ある発明が特定多数の者に開示された場合には、黙示の秘密保持義務が認定されることは稀であろう。
3 同一性の判断における作用効果の考慮
本願発明又は本件発明と引用発明の発明課題が相違しても、構成が同一であれば新規性が否定されることになる。
それでは、作用効果が考慮されて同一性が否定される場合があるか。
この点について、「同一性の判断において作用効果が考慮されて同一性が否定される場合がありうる(注釈特許法254ページ)」とする見解がある。
確かに、特許請求の範囲において効果が記載されているような場合は(平成25年(ネ)第10012号判決はこのような事案と整理できなくもない)、対比すべき本願発明又は本件発明において効果が構成に取り込まれているのであるから、構造が同一であっても、結局、この見解は、「構成が同一であれば新規性が否定される」との一般論の枠内に収まるものである。
他方、裁判例の中には、作用効果上の相違を認定して、本願発明と引用例との同一性を否定したものがあるが(東京高裁昭和58年1月25日判決)、これは、構造上の相違により同一性を否定することができたものであるが、この結論をより説得的にするために、作用効果上の相違に言及したものと理解すべきであろう。すなわち、作用効果の相違から構成の相違を推認するというロジックに基づき、作用効果の相違を考慮して同一性が否定されることはありうるといえるが、これも、「構成が同一であれば新規性が否定される」との一般論の枠内に収まるものである。
以上
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