第1 はじめに
本稿は,以下の2つのケースを素材として,知的財産権訴訟の事前準備及び訴訟における留意点を簡潔に解説することを目的としている。従って,法律上の論点及び解釈については思い切って単純化している部分もあるので,適宜,末尾の参考文献を参照して頂きたい。なお,ケース1は平成2年11月28日東京地方裁判所判決(平成元年(ワ)第4033号:判例時報1395号P135,判例タイムズNO771P232,無体財産関係民事・行政裁判例集(以下「無体集」)22巻3号P761)を,ケース2は平成14年4月16日東京地方裁判所判決(平成12年(ワ)第15123号:最高裁ホームページ)を,それぞれ題材としている。
【ケース1】
いわゆる町の発明家であるAはブラシヘッド部が脱着可能なイオン歯ブラシに関する発明(以下「本件発明」)を行い,特許を出願したところ,めでたく特許(以下「本件特許」)を受けることができたので,B社を含むメーカに対し本件特許をライセンスする旨の手紙を本件特許の公報(以下「本件公報」)を添付して送ったが回答はなかった。
その後,Aが毎週欠かさず視ている時代劇を視ていたところ,B社が,ブラシヘッド部が脱着可能なイオン歯ブラシ(「サニーサイド」)を販売するとのCMが流れた。
仰天したAが友人のX弁護士に相談したところ,X弁護士の旧知のY弁護士に対応を相談することになった。
【ケース2】
Cはいわゆるカイロプラクティックを独自に改良し,あおぞら式カイロプラクティックなる整体術を考案し,あおぞら式カイロプラクティック学院を設立し,そのテクニックを教授するなどして,あおぞら式カイロプラクティックの普及に努めていた。
他方,Dはあおぞら式カイロプラクティック学院にて学んだ後,Cの一番弟子として同学院にて講義を行っていたが,あおぞら式カイロプラクティックに若干の改良を加え,あおぞら式整体術を考案したと称して,あおぞら式整体術学院を設立した。あおぞら式整体術学院の授業内容及びテキスト(以下「本件テキスト」)は,あおぞら式カイロプラクティック学院の授業内容及びテキスト(以下「対象テキスト」)に若干の改良を加えたにすぎないものであったにもかかわらず,あおぞら式整体術学院の授業料はあおぞら式カイロプラクティック学院の授業料よりも安かったため,あおぞら式カイロプラクティック学院の生徒が大量にあおぞら式整体術学院に流れてしまった。また,相当数の生徒があおぞら式整体術学院をあおぞら式カイロプラクティック学院の姉妹校であると誤解していた。
激怒したCが友人のX弁護士に相談したところ,X弁護士の旧知のY弁護士に対応を相談することになった。
第2 ケース1
1 Y弁護士との対話その1
A:「・・・ということなんです。B社は私の発明を盗んだのです。先生の力で何とかB社を懲らしめてやって下しい。」
Y弁護士:「お気持ちは良く分かりますが,「サニーサイド」の製造販売を止めさせることができるか否かは特許権侵害の成否にかかります。この判断に際しては,サニーサイドの構成が本件発明の技術的範囲に属するかが問題となります。この属否の判断は,特許の請求項(クレーム)とサニーサイドの構成を対比することにより行いますが,判断をし易くするために,特許の請求項をいくつかの構成要件に分説し,他方,サニーサイドの構成もいくつかの構成に分説した上で,両者の対比を行うのが一般的です。その前提として,本件発明の内容を理解する必要があります。Aさん,簡単にご説明頂けますか。」
Aさん:「はい。本件公報の記載に沿ってご説明します。まず,クレームを読みますと,・・・となっています(注:紙数の関係から技術内容の説明は省略する。各自,別紙1の公報をご参照頂きたい)。次に,「発明の詳細な説明」の欄を見ると,従来技術について・・・と記載されています。次に,従来技術の問題点を解決する手段として,クレームと同じ内容が記載されています。次に作用として・・・という内容が記載されています。以上が本件発明の技術内容です。」
Y弁護士:「実施例についてもクレームに即して図を参照しながらご説明願えますか。実施例は発明の内容の具体化ですので,これを検討すると,発明の内容が良く理解できるのです。」
A:「はい。実施例は,・・・」
Y弁護士:「また,Aさんが現在の特許権者であることを証明するために登録事項証明書が必要になりますので,私の方で取り寄せておきます。」
A:「お願いします。」
Y弁護士:「また,特許公報は特許登録時の明細書の内容が記載されているのですが,その後訂正はされていませんね。」
A「はい。しておりません。」
Y弁護士:「それではサニーサイドの構成について実施例と対比しながら説明して下さい。実物を持ってきて頂けましたか。お電話の際,申し上げましたように,対象製品の構成を明らかにするためには,実物を分析・検討することが必要です。実物を入手できない場合には,カタログなどの宣伝資料に基づいて対象製品の構成を明らかにせざるを得ませんが,宣伝資料の説明は多義的な用語を使用している場合がありますので,訴訟になった段階で対象製品の構成が想定と異なることが判明し,対処に困ることがあります。」
A:「はい。実物をお持ちしました。また,図解(注:別紙2を参照されたい。なお,図と説明は無体集22巻3号P787及び788から引用した)もしてみました。実施例と対比すると,・・・」
Y弁護士:「ありがとうございました。本件発明のクレームを構成要件に分説したものとサニーサイドの構成を分説したものの対比表を作ると,こんな図になりそうですね。」
【図略】
Y弁護士:「次に対比を行うのですが,その前提として,構成要件中の用語の意義を解釈する必要があります。」
X弁護士:「構成要件中の用語の意義の解釈はどのように行うのですか。」
Y弁護士:「用語の通常の意味,明細書中の「発明の詳細な説明」欄の記載及び図面並びに出願経過や技術常識などを参酌して解釈します。」
X弁護士:「契約書の文言解釈と相通じるものがありそうですね。また,対比の場面は,刑法の構成要件該当性の判断と似ていますね。」
Y弁護士:「ご指摘のとおりです。ただし,構成要件中の用語の解釈をする場合には,対象となる技術の理解が不可欠であるため,一般の契約書の文言解釈よりは困難であるといえます。本日Aさんからお話を伺った限りでは,例えば,構成要件Dイの「ブラシ毛」の解釈が問題になりそうです。」
A:「どういうことでしょうか。」
Y弁護士:「例えば,「ブラシ毛」について,本件公報の「発明の詳細な説明」の記載を見ると,「連通溝10に隣接する数ヶのブラシ毛」(本件公報3頁5欄34行ないし35行),「支軸2に隣接するブラシ毛7・・・7以外のブラシ毛9・・・9にも」(本件公報3頁6欄26行ないし27行)という記載があります。これらの記載に照らすと,「ブラシ毛」は,支軸を支軸挿入部に挿入した場合に,支軸と直接に連絡又は少なくとも隣接する構造のものに限定されると解釈する余地があります。」
A:「しかし,それは特定の実施例について具体的な構成を説明しただけであり,クレームを限定するものではありません。そのような解釈が成り立つとすれば,発明の技術的範囲は実施例に限定されることになってしまいます。」
Y弁護士:「Aさんのご指摘のとおりだと思います。しかし,解釈の材料は,明細書の「発明の詳細な説明」の記載及び図面だけではありません。裁判例では,出願経過における出願人の陳述が解釈の有力な材料とされたケースが多くあります。従って,至急出願経過の記録(包袋)を取り寄せて,「ブラシ毛」以外の用語を含め,B社からの反論の可能性について検討する必要があります。」
2 Y弁護士との対話その2
A:「クレームの限定解釈の他にB社の攻撃手段はないのですか。」
牧原:「はい。B社は本件特許に明白な無効理由があるという主張をしてくるでしょう。」
A:「ええ?私の特許は特許庁が有効と認めたものです。それを裁判所が無効にしてしまうのですか。」
Y弁護士:「いいえ。そうではありません。裁判所は,本件特許に無効理由が存在することが明白であると認定した場合には,特段の事情がない限り,本件特許に基づく特許権の行使は権利の濫用であり許されないと判断するのです。」
X弁護士:「無効理由としてはどのようなものがありますか。」
Y弁護士:「主張されることが多い無効理由としては,新規性及び進歩性の欠如及び明細書の記載不備があげられます。例えば,本件発明と同一の発明が本件特許の出願時に公知になっているとすれば,本件特許には新規性がないことになります。また,本件発明が,当業者であれば本件特許の出願時の公知資料から容易に推考できると認定されると進歩性がないことになります。さらに,本件公報の明細書の記載が不明確であり,当業者が本件発明を実施できないというような場合には,明細書に記載不備があることになります。
X弁護士:「「当業者」というのはどういう概念ですか。」
Y弁護士:「当業者」とは,当該発明の属する分野における通常の知識を有する者のことをいいます。現実にはそのような具体的な人が存在する訳ではなく,観念的な存在です。」
X弁護士:「そうすると,本件発明に近い内容の公知資料が多ければ多いほど,進歩性は否定されやすくなるのですか。」
Y弁護士:「そのとおりです。B社に警告書を送付したり又は訴訟を提起した場合には,B社は必死で公知資料を探すでしょう。時間が経過すればするほど,公知資料は発見される可能性は高まりますから,特許権者としては早期の決着を目指すべきです。また,B社が訴訟とは別に特許庁に対して無効審判を提起してくる可能性もあります。従って,これに対する対応も必要です。」
A:「なるほど。B社は私の発明を盗んだようなものですから,簡単に勝てるかと思っていましたが,なかなか大変なのですね。」
Y弁護士:「はい。特許訴訟は戦争と同じです。攻める側も守る側も全力を尽くす必要があります。特に近年は特許訴訟を含む知的財産権訴訟の迅速化が叫ばれており,そのために「遅出し禁止ルール」が徹底されています。正当な理由なく遅れて証拠を提出したような場合には時機に遅れた攻撃防御方法として却下されますし,仮に却下されないとしても,その証拠価値は低いとみられます。また,裁判官が心証を形成するスピードが格段に早くなっています。答弁書又は被告第1準備書面が提出された段階で心証を取ってしまう場合もあるようです。」
X弁護士:「それは驚きです。しかし,答弁書又は被告第1準備書面で詳細な反論ができないこともあるでしょう。」
Y弁護士:「もちろん,詳細な反論ができないことが合理的に説明できれば良いのです。事前交渉がなく突然訴えが提起されたなどの事情は裁判所も斟酌してくれます。」
X弁護士:「答弁書又は被告第1準備書面の段階で形成された心証が変更されることはありませんか。」。
Y弁護士:「理論的にはそうですが,一旦被告に不利な心証が形成された場合,その後の訴訟活動は事実上困難を来すでしょう。場合によっては,本来勝てるはずだったのに,不本意な和解をせざるを得ないこともあると思います。」
X弁護士:「そうすると,原告としては,事前交渉を行っておいて,いざ裁判を提起した場合に,被告が早期に詳細な反論をせざるを得ない状況を作っておくことも戦略として考えられますね。」
Y弁護士:「ご指摘のとおりです。本件でも,訴え提起の前に警告書を送付し,B社がどのような反論をするのか見極めるべきでしょう。反論の内容次第では,訴状に想定される被告の反論とそれに対する再反論を先回りで書いておくこともあり得ます。」
3 Y弁護士との対話その3
A:「仮に特許権侵害になるとして,どれくらいの損害賠償ができますか。私自身はイオン性歯ブラシを製造販売していないのですが。」
Y弁護士:「損害額の算定については,特許法に特則があります。特許法102条です。簡単にいうと,同条1項は,サニーサイドの譲渡数量にAさんがイオン性歯ブラシを販売したと想定する場合の利益率を乗じた金額を損害額と算定できるとしています。同条2項は,B社が得た利益をAさんの損害と推定しています。同条3項は,ロイヤリティ相当額をAさんの損害と擬制しています。現時点でAさんがイオン性歯ブラシを販売していないとすると,2項は適用されないと考えるのが一般的です。1項の適用は争いがありますが,肯定説に立ったとしても,裁判の口頭弁論終結時までには販売していないと,利益率の認定ができないので,結局適用はないことになります。」
X弁護士:「そうすると,3項によりロイヤリティ相当額を求めることになりそうですね。料率は業界相場になるのでしょうか。」
Y弁護士:「一概にいえることではありませんが,一般的には,業界相場よりも高い金額が認定される可能性が高いと思います。そもそも,平成10年改正前の特許法102条3項は,「特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」と規定していましたが,平成10年の改正で「通常」の文字が削除されました。その改正の趣旨は次のとおりです。すなわち,業界相場によって損害額を認定するとなると,侵害訴訟で敗訴した当事者の支払額が許諾を得たライセンシーの支払額と同一となります。ライセンスを受けても侵害訴訟で敗訴しても支払金額が同一となると,ライセンスを受けるインセンティブが削がれます。つまり,特許権侵害を抑止するためには,敗訴当事者の支払額を,許諾を得たライセンシーの支払額よりも高くする必要があるのです。この改正の趣旨を踏まえれば,特許権侵害に基づくロイヤリティ相当額の請求の場合には業界相場よりも若干高くなるべきです。なお,業界相場を立証する証拠としては,例えば,発明協会が出版している「実施料率」という本があります。」
X弁護士:「仮に,1項又は2項で請求する場合,立証手段はどう考えたら良いですか。」
Y弁護士:「1項で請求する場合,利益率は特許権者の利益率ですから,各種の会計書類により立証することになります。問題は譲渡数量ですが,可能な限り資料を集めて一応の推測で数値を算出する他ないでしょう。2項で請求する場合には,可能な限り資料を集めて一応の推測でB社の利益を算出します。いずれの場合も可能な限り資料を収集することが大切です。原告が可能な限り収集した証拠に基づいて数値を主張したならば,被告が資料を提出しない場合には,原告の主張する数値が認定されるでしょうから,結局,被告としても任意に資料を開示せざるを得なくなります。また,必要がある場合には,裁判所が積極的に被告に対し任意に開示を促すか又は文書提出命令を発令してくれることが期待できます。なお,資料から数値を推測する際には,会計専門家の協力を求めることもあり得ます。」。
4 Y弁護士との対話その4
X弁護士:「仮に差止請求に関して勝訴判決が確定したとして,B社が同一の構成のイオン性歯ブラシを「サニーサイド」以外の品名で販売したらどうなるのですか。」。
Y弁護士:「対象物件は「サニーサイド」という品名で特定されていますから,その勝訴判決の執行力は「サニーサイド」にしか及びません。従って,品名を変えられた場合には,別途,仮処分を申し立てることが必要です。この場合,直ちに仮処分決定がなされることになると思われます。」
第3 ケース2
1 Y弁護士との対話その1
C:「・・・・ということなんです。Dは全くひどい奴です。私があそこまで育ててやったのに。飼い犬に手をかまれるとはこのことです。何とか先生のお力でDが私の真似をするのを止めてください。」
Y弁護士:「お気持ちは良く分かります。法的に可能な手段を検討してみましょう。まず,対象テキストは本件テキストに若干の改良を加えたものですから,著作権侵害,具体的には複製権又は翻案権の侵害が問題となります。」
C:「その複製や翻案にあたるか否かはどのように判断するのですか。」
Y弁護士:「まずは,本件テキストの表現と対象テキストの表現とを対比して共通点と相違点を明確にすることが必要です。対比表を作成すると一覧性があるので便利です(注:対比表の例としては,本ケースの題材である平成14年4月16日東京地方裁判所判決(事件番号:平成12年(ワ)第15123号の判決文の別紙を参照されたい。)。次に共通点の表現が創作的な表現といえるか否かを検討します。ありふれた表現やその内容を表現するのに他の選択肢がない場合には,表現の創作性は否定されます。短文の場合には表現の創作性は否定される傾向にあります。そして,創作的な表現が一致していれば複製といえますし,多少の相違があったとしても実質的に同一であるといえればやはり複製といえます。また,創作的な表現が同一又は実質的に同一といえない場合であっても,その表現上の本質的な特徴を直接感得することができれば翻案といえます。」
C:「なるほど。しかし,複製か否かはまだしも,翻案か否かの判断は難しそうですね。」
Y弁護士:「そうですね。いずれにしても,我々ができることは,対比表を作成することと共通する部分(共通点)が創作的な表現であることを示すロジックを構築しまた証拠を集めることです。後者については結局その内容を表現するための他の選択肢があることを示すことになります。」
2 Y弁護士との対話その2
Y弁護士:「次にDの経営している学校の名称が「あおぞら式整体術学院」である点を検討してみましょう。一定の要件が充足される場合,Dの行為は不正競争防止法2条1項1号に該当する可能性があります。その場合,CさんはDの行為の差止めを求めることができます。」
C:「一定の要件とは何ですか。」
Y弁護士:「要件は3つあります。第1は,Cさんが経営している「あおぞら式カイロプラクティック学院」がCさんの営業の表示として周知になっていることです。第2は,「あおぞらカイロプラクティック学院」と「あおぞら式整体術学院」とが営業表示として類似していることです。第3は,「あおぞらカイロプラクティック学院」と「あおぞら式整体術学院」との間で混同が生じるおそれがあることです。」
C:「先生,これはいけると思います。第1に,「あおぞら式カイロプラクティック」は私が考案した画期的なカイロプラクティックであって,「あおぞら式カイロプラクティック学院」の生徒数は累計で5000人を超えており,東京でカイロプラクティックを勉強しようとする人の間では知らない者はいないくらいです。第2に,カイロプラクティックは整体術の一種ですから,「あおぞらカイロプラクティック学院」と「あおぞら式整体術学院」とが営業表示として類似しているといえると思います。第3に,相当数の生徒があおぞら式整体術学院をあおぞら式カイロプラクティック学院の姉妹校であると誤解しているのですが,これは「混同」にあたるのでしょうか。」
Y弁護士:「「姉妹校である」と誤解することも「混同」にあたります。従って,「あおぞらカイロプラクティック学院」と「あおぞら式整体術学院」との間では現実に相当程度の混同が生じているといえますから,「混同のおそれ」も肯定されます。第2の要件である類似性に関しても,カイロプラクティックが整体術の一種であることに加え,識別力の強い「あおぞら」の部分が共通していますから,肯定できると思います。問題は第1の要件である周知性です。周知性とは,抽象的にいえば,「需要者の間に広く認識されていること」ですが,例えば売上高などの数値基準がある訳ではないので,具体的なケースにおいて「周知性」が肯定されるか否かの判断には困難が伴います。いずれにしても,周知性を主張するための証拠としては,売上高・販売量や宣伝費用などを示すデータ,宣伝資料,紹介記事・雑誌文献などがありますので,これらの資料を至急集めて下さい。アンケート調査も有力な証拠となりますが,適切な方法を工夫する必要があります。また,「あおぞら式カイロプラクティック学院」の使用開始時期も問題になりますので,宣伝資料等の発行日等をはっきりさせる必要があります。発行日が記載されていない場合には,印刷会社に対する発注書なども準備しておく必要があります。」
3 Y弁護士との対話その3
C:「仮にDの行為を止めさせることができるとして損害賠償の請求はできるのでしょうか。「あおぞら式整体術学院」に相当数の生徒が流れてしまったため,当学院はかなりの損害を被っています。」
Y弁護士:「著作権侵害または不正競争防止法違反が成立すれば,損害賠償の請求が可能です。損害額の算定については,著作権法にも不正競争防止法にも特則があります。まず,著作権法については,同法104条1項によりDの受けた利益がCさんの被った損害であると推定され,また,同条2項によりロイヤリティ相当額が損害であると擬制されます。次に,不正競争防止法についても,同法5条に同趣旨の規定があります。」
C:「しかし,Dの受けた利益は私には分かりません。ロイヤリティ相当額も不明です。」
Y弁護士:「Dの受けた利益については可能な限りの資料に基づいて一応の推測で数値を出すしかないでしょう。Dがその数値を争うのであれば,何らかの資料を出してくるはずです。場合によっては,文書提出命令を申し立てることも可能です。文書提出命令についても特則(著作権法114条の2及び不正競争防止法6条)があります。ロイヤリティ相当額についても業界相場などに基づいて一応の推測で数値を出すしかないでしょう。もっとも,不正競争防止法に基づくロイヤリティ相当額の請求の場合には業界相場とほぼ一致することが多いと思いますが,著作権侵害に基づくロイヤリティ相当額の請求の場合にも特許権に基づく損害賠償請求の場合と同様に業界相場よりも若干高くなると思います。もっとも,著作権侵害に基づくロイヤリティ相当額の請求の損害賠償請求の場合には,料率のベースはテキストの価格となります。また,104条1項に基づいて逸失利益を請求する場合も,その逸失利益はテキストの販売に伴う利益となります。得べかりし生徒の受講料から経費を引いた額を逸失利益と把握する場合には,本則どおり民法709条に基づき損害額を算定することになりますので,著作権侵害と「Dが受けた利益」との因果関係,つまり,対象テキストとが本件テキストの複製または翻案であることと「あおぞら式カイロプラクティック学院」から「あおぞら式整体術学院」に生徒が流れたこととの相当因果関係が問題となります。」
X弁護士:「なるほど。本件テキストの利益率は低いので,著作権侵害で請求する場合には,大きな賠償額は難しそうですね。では,不正競争防止法2条1項1号に基づく請求の場合はどうでしょう。」
Y弁護士:「その場合には,同法5条1項に基づき,Dの得た生徒の受講料等の売上から変動経費を引いた額がCさんの損害と推定されます。「あおぞら式整体術」が「あおぞら式カイロプラクティック」に若干の改良を加えていることや授業料が安いことは反証のファクタ-となります。従って,この点についての再反論も検討しておく必要があります。」
以上
本稿は,以下の2つのケースを素材として,知的財産権訴訟の事前準備及び訴訟における留意点を簡潔に解説することを目的としている。従って,法律上の論点及び解釈については思い切って単純化している部分もあるので,適宜,末尾の参考文献を参照して頂きたい。なお,ケース1は平成2年11月28日東京地方裁判所判決(平成元年(ワ)第4033号:判例時報1395号P135,判例タイムズNO771P232,無体財産関係民事・行政裁判例集(以下「無体集」)22巻3号P761)を,ケース2は平成14年4月16日東京地方裁判所判決(平成12年(ワ)第15123号:最高裁ホームページ)を,それぞれ題材としている。
【ケース1】
いわゆる町の発明家であるAはブラシヘッド部が脱着可能なイオン歯ブラシに関する発明(以下「本件発明」)を行い,特許を出願したところ,めでたく特許(以下「本件特許」)を受けることができたので,B社を含むメーカに対し本件特許をライセンスする旨の手紙を本件特許の公報(以下「本件公報」)を添付して送ったが回答はなかった。
その後,Aが毎週欠かさず視ている時代劇を視ていたところ,B社が,ブラシヘッド部が脱着可能なイオン歯ブラシ(「サニーサイド」)を販売するとのCMが流れた。
仰天したAが友人のX弁護士に相談したところ,X弁護士の旧知のY弁護士に対応を相談することになった。
【ケース2】
Cはいわゆるカイロプラクティックを独自に改良し,あおぞら式カイロプラクティックなる整体術を考案し,あおぞら式カイロプラクティック学院を設立し,そのテクニックを教授するなどして,あおぞら式カイロプラクティックの普及に努めていた。
他方,Dはあおぞら式カイロプラクティック学院にて学んだ後,Cの一番弟子として同学院にて講義を行っていたが,あおぞら式カイロプラクティックに若干の改良を加え,あおぞら式整体術を考案したと称して,あおぞら式整体術学院を設立した。あおぞら式整体術学院の授業内容及びテキスト(以下「本件テキスト」)は,あおぞら式カイロプラクティック学院の授業内容及びテキスト(以下「対象テキスト」)に若干の改良を加えたにすぎないものであったにもかかわらず,あおぞら式整体術学院の授業料はあおぞら式カイロプラクティック学院の授業料よりも安かったため,あおぞら式カイロプラクティック学院の生徒が大量にあおぞら式整体術学院に流れてしまった。また,相当数の生徒があおぞら式整体術学院をあおぞら式カイロプラクティック学院の姉妹校であると誤解していた。
激怒したCが友人のX弁護士に相談したところ,X弁護士の旧知のY弁護士に対応を相談することになった。
第2 ケース1
1 Y弁護士との対話その1
A:「・・・ということなんです。B社は私の発明を盗んだのです。先生の力で何とかB社を懲らしめてやって下しい。」
Y弁護士:「お気持ちは良く分かりますが,「サニーサイド」の製造販売を止めさせることができるか否かは特許権侵害の成否にかかります。この判断に際しては,サニーサイドの構成が本件発明の技術的範囲に属するかが問題となります。この属否の判断は,特許の請求項(クレーム)とサニーサイドの構成を対比することにより行いますが,判断をし易くするために,特許の請求項をいくつかの構成要件に分説し,他方,サニーサイドの構成もいくつかの構成に分説した上で,両者の対比を行うのが一般的です。その前提として,本件発明の内容を理解する必要があります。Aさん,簡単にご説明頂けますか。」
Aさん:「はい。本件公報の記載に沿ってご説明します。まず,クレームを読みますと,・・・となっています(注:紙数の関係から技術内容の説明は省略する。各自,別紙1の公報をご参照頂きたい)。次に,「発明の詳細な説明」の欄を見ると,従来技術について・・・と記載されています。次に,従来技術の問題点を解決する手段として,クレームと同じ内容が記載されています。次に作用として・・・という内容が記載されています。以上が本件発明の技術内容です。」
Y弁護士:「実施例についてもクレームに即して図を参照しながらご説明願えますか。実施例は発明の内容の具体化ですので,これを検討すると,発明の内容が良く理解できるのです。」
A:「はい。実施例は,・・・」
Y弁護士:「また,Aさんが現在の特許権者であることを証明するために登録事項証明書が必要になりますので,私の方で取り寄せておきます。」
A:「お願いします。」
Y弁護士:「また,特許公報は特許登録時の明細書の内容が記載されているのですが,その後訂正はされていませんね。」
A「はい。しておりません。」
Y弁護士:「それではサニーサイドの構成について実施例と対比しながら説明して下さい。実物を持ってきて頂けましたか。お電話の際,申し上げましたように,対象製品の構成を明らかにするためには,実物を分析・検討することが必要です。実物を入手できない場合には,カタログなどの宣伝資料に基づいて対象製品の構成を明らかにせざるを得ませんが,宣伝資料の説明は多義的な用語を使用している場合がありますので,訴訟になった段階で対象製品の構成が想定と異なることが判明し,対処に困ることがあります。」
A:「はい。実物をお持ちしました。また,図解(注:別紙2を参照されたい。なお,図と説明は無体集22巻3号P787及び788から引用した)もしてみました。実施例と対比すると,・・・」
Y弁護士:「ありがとうございました。本件発明のクレームを構成要件に分説したものとサニーサイドの構成を分説したものの対比表を作ると,こんな図になりそうですね。」
【図略】
Y弁護士:「次に対比を行うのですが,その前提として,構成要件中の用語の意義を解釈する必要があります。」
X弁護士:「構成要件中の用語の意義の解釈はどのように行うのですか。」
Y弁護士:「用語の通常の意味,明細書中の「発明の詳細な説明」欄の記載及び図面並びに出願経過や技術常識などを参酌して解釈します。」
X弁護士:「契約書の文言解釈と相通じるものがありそうですね。また,対比の場面は,刑法の構成要件該当性の判断と似ていますね。」
Y弁護士:「ご指摘のとおりです。ただし,構成要件中の用語の解釈をする場合には,対象となる技術の理解が不可欠であるため,一般の契約書の文言解釈よりは困難であるといえます。本日Aさんからお話を伺った限りでは,例えば,構成要件Dイの「ブラシ毛」の解釈が問題になりそうです。」
A:「どういうことでしょうか。」
Y弁護士:「例えば,「ブラシ毛」について,本件公報の「発明の詳細な説明」の記載を見ると,「連通溝10に隣接する数ヶのブラシ毛」(本件公報3頁5欄34行ないし35行),「支軸2に隣接するブラシ毛7・・・7以外のブラシ毛9・・・9にも」(本件公報3頁6欄26行ないし27行)という記載があります。これらの記載に照らすと,「ブラシ毛」は,支軸を支軸挿入部に挿入した場合に,支軸と直接に連絡又は少なくとも隣接する構造のものに限定されると解釈する余地があります。」
A:「しかし,それは特定の実施例について具体的な構成を説明しただけであり,クレームを限定するものではありません。そのような解釈が成り立つとすれば,発明の技術的範囲は実施例に限定されることになってしまいます。」
Y弁護士:「Aさんのご指摘のとおりだと思います。しかし,解釈の材料は,明細書の「発明の詳細な説明」の記載及び図面だけではありません。裁判例では,出願経過における出願人の陳述が解釈の有力な材料とされたケースが多くあります。従って,至急出願経過の記録(包袋)を取り寄せて,「ブラシ毛」以外の用語を含め,B社からの反論の可能性について検討する必要があります。」
2 Y弁護士との対話その2
A:「クレームの限定解釈の他にB社の攻撃手段はないのですか。」
牧原:「はい。B社は本件特許に明白な無効理由があるという主張をしてくるでしょう。」
A:「ええ?私の特許は特許庁が有効と認めたものです。それを裁判所が無効にしてしまうのですか。」
Y弁護士:「いいえ。そうではありません。裁判所は,本件特許に無効理由が存在することが明白であると認定した場合には,特段の事情がない限り,本件特許に基づく特許権の行使は権利の濫用であり許されないと判断するのです。」
X弁護士:「無効理由としてはどのようなものがありますか。」
Y弁護士:「主張されることが多い無効理由としては,新規性及び進歩性の欠如及び明細書の記載不備があげられます。例えば,本件発明と同一の発明が本件特許の出願時に公知になっているとすれば,本件特許には新規性がないことになります。また,本件発明が,当業者であれば本件特許の出願時の公知資料から容易に推考できると認定されると進歩性がないことになります。さらに,本件公報の明細書の記載が不明確であり,当業者が本件発明を実施できないというような場合には,明細書に記載不備があることになります。
X弁護士:「「当業者」というのはどういう概念ですか。」
Y弁護士:「当業者」とは,当該発明の属する分野における通常の知識を有する者のことをいいます。現実にはそのような具体的な人が存在する訳ではなく,観念的な存在です。」
X弁護士:「そうすると,本件発明に近い内容の公知資料が多ければ多いほど,進歩性は否定されやすくなるのですか。」
Y弁護士:「そのとおりです。B社に警告書を送付したり又は訴訟を提起した場合には,B社は必死で公知資料を探すでしょう。時間が経過すればするほど,公知資料は発見される可能性は高まりますから,特許権者としては早期の決着を目指すべきです。また,B社が訴訟とは別に特許庁に対して無効審判を提起してくる可能性もあります。従って,これに対する対応も必要です。」
A:「なるほど。B社は私の発明を盗んだようなものですから,簡単に勝てるかと思っていましたが,なかなか大変なのですね。」
Y弁護士:「はい。特許訴訟は戦争と同じです。攻める側も守る側も全力を尽くす必要があります。特に近年は特許訴訟を含む知的財産権訴訟の迅速化が叫ばれており,そのために「遅出し禁止ルール」が徹底されています。正当な理由なく遅れて証拠を提出したような場合には時機に遅れた攻撃防御方法として却下されますし,仮に却下されないとしても,その証拠価値は低いとみられます。また,裁判官が心証を形成するスピードが格段に早くなっています。答弁書又は被告第1準備書面が提出された段階で心証を取ってしまう場合もあるようです。」
X弁護士:「それは驚きです。しかし,答弁書又は被告第1準備書面で詳細な反論ができないこともあるでしょう。」
Y弁護士:「もちろん,詳細な反論ができないことが合理的に説明できれば良いのです。事前交渉がなく突然訴えが提起されたなどの事情は裁判所も斟酌してくれます。」
X弁護士:「答弁書又は被告第1準備書面の段階で形成された心証が変更されることはありませんか。」。
Y弁護士:「理論的にはそうですが,一旦被告に不利な心証が形成された場合,その後の訴訟活動は事実上困難を来すでしょう。場合によっては,本来勝てるはずだったのに,不本意な和解をせざるを得ないこともあると思います。」
X弁護士:「そうすると,原告としては,事前交渉を行っておいて,いざ裁判を提起した場合に,被告が早期に詳細な反論をせざるを得ない状況を作っておくことも戦略として考えられますね。」
Y弁護士:「ご指摘のとおりです。本件でも,訴え提起の前に警告書を送付し,B社がどのような反論をするのか見極めるべきでしょう。反論の内容次第では,訴状に想定される被告の反論とそれに対する再反論を先回りで書いておくこともあり得ます。」
3 Y弁護士との対話その3
A:「仮に特許権侵害になるとして,どれくらいの損害賠償ができますか。私自身はイオン性歯ブラシを製造販売していないのですが。」
Y弁護士:「損害額の算定については,特許法に特則があります。特許法102条です。簡単にいうと,同条1項は,サニーサイドの譲渡数量にAさんがイオン性歯ブラシを販売したと想定する場合の利益率を乗じた金額を損害額と算定できるとしています。同条2項は,B社が得た利益をAさんの損害と推定しています。同条3項は,ロイヤリティ相当額をAさんの損害と擬制しています。現時点でAさんがイオン性歯ブラシを販売していないとすると,2項は適用されないと考えるのが一般的です。1項の適用は争いがありますが,肯定説に立ったとしても,裁判の口頭弁論終結時までには販売していないと,利益率の認定ができないので,結局適用はないことになります。」
X弁護士:「そうすると,3項によりロイヤリティ相当額を求めることになりそうですね。料率は業界相場になるのでしょうか。」
Y弁護士:「一概にいえることではありませんが,一般的には,業界相場よりも高い金額が認定される可能性が高いと思います。そもそも,平成10年改正前の特許法102条3項は,「特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」と規定していましたが,平成10年の改正で「通常」の文字が削除されました。その改正の趣旨は次のとおりです。すなわち,業界相場によって損害額を認定するとなると,侵害訴訟で敗訴した当事者の支払額が許諾を得たライセンシーの支払額と同一となります。ライセンスを受けても侵害訴訟で敗訴しても支払金額が同一となると,ライセンスを受けるインセンティブが削がれます。つまり,特許権侵害を抑止するためには,敗訴当事者の支払額を,許諾を得たライセンシーの支払額よりも高くする必要があるのです。この改正の趣旨を踏まえれば,特許権侵害に基づくロイヤリティ相当額の請求の場合には業界相場よりも若干高くなるべきです。なお,業界相場を立証する証拠としては,例えば,発明協会が出版している「実施料率」という本があります。」
X弁護士:「仮に,1項又は2項で請求する場合,立証手段はどう考えたら良いですか。」
Y弁護士:「1項で請求する場合,利益率は特許権者の利益率ですから,各種の会計書類により立証することになります。問題は譲渡数量ですが,可能な限り資料を集めて一応の推測で数値を算出する他ないでしょう。2項で請求する場合には,可能な限り資料を集めて一応の推測でB社の利益を算出します。いずれの場合も可能な限り資料を収集することが大切です。原告が可能な限り収集した証拠に基づいて数値を主張したならば,被告が資料を提出しない場合には,原告の主張する数値が認定されるでしょうから,結局,被告としても任意に資料を開示せざるを得なくなります。また,必要がある場合には,裁判所が積極的に被告に対し任意に開示を促すか又は文書提出命令を発令してくれることが期待できます。なお,資料から数値を推測する際には,会計専門家の協力を求めることもあり得ます。」。
4 Y弁護士との対話その4
X弁護士:「仮に差止請求に関して勝訴判決が確定したとして,B社が同一の構成のイオン性歯ブラシを「サニーサイド」以外の品名で販売したらどうなるのですか。」。
Y弁護士:「対象物件は「サニーサイド」という品名で特定されていますから,その勝訴判決の執行力は「サニーサイド」にしか及びません。従って,品名を変えられた場合には,別途,仮処分を申し立てることが必要です。この場合,直ちに仮処分決定がなされることになると思われます。」
第3 ケース2
1 Y弁護士との対話その1
C:「・・・・ということなんです。Dは全くひどい奴です。私があそこまで育ててやったのに。飼い犬に手をかまれるとはこのことです。何とか先生のお力でDが私の真似をするのを止めてください。」
Y弁護士:「お気持ちは良く分かります。法的に可能な手段を検討してみましょう。まず,対象テキストは本件テキストに若干の改良を加えたものですから,著作権侵害,具体的には複製権又は翻案権の侵害が問題となります。」
C:「その複製や翻案にあたるか否かはどのように判断するのですか。」
Y弁護士:「まずは,本件テキストの表現と対象テキストの表現とを対比して共通点と相違点を明確にすることが必要です。対比表を作成すると一覧性があるので便利です(注:対比表の例としては,本ケースの題材である平成14年4月16日東京地方裁判所判決(事件番号:平成12年(ワ)第15123号の判決文の別紙を参照されたい。)。次に共通点の表現が創作的な表現といえるか否かを検討します。ありふれた表現やその内容を表現するのに他の選択肢がない場合には,表現の創作性は否定されます。短文の場合には表現の創作性は否定される傾向にあります。そして,創作的な表現が一致していれば複製といえますし,多少の相違があったとしても実質的に同一であるといえればやはり複製といえます。また,創作的な表現が同一又は実質的に同一といえない場合であっても,その表現上の本質的な特徴を直接感得することができれば翻案といえます。」
C:「なるほど。しかし,複製か否かはまだしも,翻案か否かの判断は難しそうですね。」
Y弁護士:「そうですね。いずれにしても,我々ができることは,対比表を作成することと共通する部分(共通点)が創作的な表現であることを示すロジックを構築しまた証拠を集めることです。後者については結局その内容を表現するための他の選択肢があることを示すことになります。」
2 Y弁護士との対話その2
Y弁護士:「次にDの経営している学校の名称が「あおぞら式整体術学院」である点を検討してみましょう。一定の要件が充足される場合,Dの行為は不正競争防止法2条1項1号に該当する可能性があります。その場合,CさんはDの行為の差止めを求めることができます。」
C:「一定の要件とは何ですか。」
Y弁護士:「要件は3つあります。第1は,Cさんが経営している「あおぞら式カイロプラクティック学院」がCさんの営業の表示として周知になっていることです。第2は,「あおぞらカイロプラクティック学院」と「あおぞら式整体術学院」とが営業表示として類似していることです。第3は,「あおぞらカイロプラクティック学院」と「あおぞら式整体術学院」との間で混同が生じるおそれがあることです。」
C:「先生,これはいけると思います。第1に,「あおぞら式カイロプラクティック」は私が考案した画期的なカイロプラクティックであって,「あおぞら式カイロプラクティック学院」の生徒数は累計で5000人を超えており,東京でカイロプラクティックを勉強しようとする人の間では知らない者はいないくらいです。第2に,カイロプラクティックは整体術の一種ですから,「あおぞらカイロプラクティック学院」と「あおぞら式整体術学院」とが営業表示として類似しているといえると思います。第3に,相当数の生徒があおぞら式整体術学院をあおぞら式カイロプラクティック学院の姉妹校であると誤解しているのですが,これは「混同」にあたるのでしょうか。」
Y弁護士:「「姉妹校である」と誤解することも「混同」にあたります。従って,「あおぞらカイロプラクティック学院」と「あおぞら式整体術学院」との間では現実に相当程度の混同が生じているといえますから,「混同のおそれ」も肯定されます。第2の要件である類似性に関しても,カイロプラクティックが整体術の一種であることに加え,識別力の強い「あおぞら」の部分が共通していますから,肯定できると思います。問題は第1の要件である周知性です。周知性とは,抽象的にいえば,「需要者の間に広く認識されていること」ですが,例えば売上高などの数値基準がある訳ではないので,具体的なケースにおいて「周知性」が肯定されるか否かの判断には困難が伴います。いずれにしても,周知性を主張するための証拠としては,売上高・販売量や宣伝費用などを示すデータ,宣伝資料,紹介記事・雑誌文献などがありますので,これらの資料を至急集めて下さい。アンケート調査も有力な証拠となりますが,適切な方法を工夫する必要があります。また,「あおぞら式カイロプラクティック学院」の使用開始時期も問題になりますので,宣伝資料等の発行日等をはっきりさせる必要があります。発行日が記載されていない場合には,印刷会社に対する発注書なども準備しておく必要があります。」
3 Y弁護士との対話その3
C:「仮にDの行為を止めさせることができるとして損害賠償の請求はできるのでしょうか。「あおぞら式整体術学院」に相当数の生徒が流れてしまったため,当学院はかなりの損害を被っています。」
Y弁護士:「著作権侵害または不正競争防止法違反が成立すれば,損害賠償の請求が可能です。損害額の算定については,著作権法にも不正競争防止法にも特則があります。まず,著作権法については,同法104条1項によりDの受けた利益がCさんの被った損害であると推定され,また,同条2項によりロイヤリティ相当額が損害であると擬制されます。次に,不正競争防止法についても,同法5条に同趣旨の規定があります。」
C:「しかし,Dの受けた利益は私には分かりません。ロイヤリティ相当額も不明です。」
Y弁護士:「Dの受けた利益については可能な限りの資料に基づいて一応の推測で数値を出すしかないでしょう。Dがその数値を争うのであれば,何らかの資料を出してくるはずです。場合によっては,文書提出命令を申し立てることも可能です。文書提出命令についても特則(著作権法114条の2及び不正競争防止法6条)があります。ロイヤリティ相当額についても業界相場などに基づいて一応の推測で数値を出すしかないでしょう。もっとも,不正競争防止法に基づくロイヤリティ相当額の請求の場合には業界相場とほぼ一致することが多いと思いますが,著作権侵害に基づくロイヤリティ相当額の請求の場合にも特許権に基づく損害賠償請求の場合と同様に業界相場よりも若干高くなると思います。もっとも,著作権侵害に基づくロイヤリティ相当額の請求の損害賠償請求の場合には,料率のベースはテキストの価格となります。また,104条1項に基づいて逸失利益を請求する場合も,その逸失利益はテキストの販売に伴う利益となります。得べかりし生徒の受講料から経費を引いた額を逸失利益と把握する場合には,本則どおり民法709条に基づき損害額を算定することになりますので,著作権侵害と「Dが受けた利益」との因果関係,つまり,対象テキストとが本件テキストの複製または翻案であることと「あおぞら式カイロプラクティック学院」から「あおぞら式整体術学院」に生徒が流れたこととの相当因果関係が問題となります。」
X弁護士:「なるほど。本件テキストの利益率は低いので,著作権侵害で請求する場合には,大きな賠償額は難しそうですね。では,不正競争防止法2条1項1号に基づく請求の場合はどうでしょう。」
Y弁護士:「その場合には,同法5条1項に基づき,Dの得た生徒の受講料等の売上から変動経費を引いた額がCさんの損害と推定されます。「あおぞら式整体術」が「あおぞら式カイロプラクティック」に若干の改良を加えていることや授業料が安いことは反証のファクタ-となります。従って,この点についての再反論も検討しておく必要があります。」
以上
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