這出よかひやが下のひきの聲 芭蕉 元禄二年
句郎 「這出よかひやが下のひきの聲」、『おくのほそ道』に載せてある句を鑑賞したい。
華女 この句を読んだ時、どうしたわけか分からないけれど、中村草田男の句「蟾蜍(ひきがえる)長子家去る由もなし」を思いだしたのよ。
句郎 「蟾蜍」を詠んでいるところが俳諧だと思ったからなのかな。
華女 あまり見たくない生き物よね。そのような生き物を詠む。ここに社会の底辺に生きる人間の優しさのようなものを感じるのよね。
句郎 この句について蓑笠庵梨一の『おくのほそ道』注釈書『奥細道菅菰抄』によると万葉集の歌を継承していると注釈している。
華女 万葉の時代に蟾蜍を詠んだ歌があるの?
句郎 「鹿火屋(かいや)が下の」という言葉を芭蕉は継承しているということのようだ。
華女 どんな歌なのかしら。
句郎 『奥細道菅菰抄』に紹介されている万葉歌は「あさがすみかひやが下になく蛙(かわず)忍びつつありとつげんとも哉」だ。この歌をネットで検
索しても出てこない。探し当てた歌は「朝霞(あさがすみ)鹿火屋(かいや)が下の鳴くかはづ偲ひつつありと告げむ子もがも」(巻16/3818)。もう一つの歌が「朝霞鹿火屋(かいや)が下に鳴くかはづ声だに聞かば我れ恋ひめやも」だった。「鹿火屋(かいや)が下に鳴くかはづ」という言葉が歌詞に当時なっていたということなのかな。「朝霞」は「鹿火屋」の枕言葉だった。
華女 芭蕉は万葉集の言葉に俳諧の言葉を発見したということなのかしらね。
句郎 芭蕉は「鹿火屋(かいや)」を蚕を飼う「飼屋(かいや)」に、「かはづ」を「蟇(ひき)」にして詠んだ。
華女 万葉集にある「鹿火屋(かいや)」とは、何なの。
句郎 「鹿火屋(かひや)」とは田畑を鹿や猪などから守るために火をたく番小屋。また一説に、蚊やり火をたく小屋ともいわれているようだ。
華女 芭蕉は万葉の歌を換骨奪胎して新しい俳諧の句を詠んだということね。
句郎 そうだよね。万葉の歌は恋の歌のようだから。「朝霞(あさがすみ)鹿火屋(かいや)が下の鳴くかはづ偲ひつつありと告げむ子もがも」の歌意は、鹿火屋の陰で鳴く蛙の声のように (あなたを)ずっとお慕い続けておりますのよと言ってくれる娘がいたらいいのになぁ」というような意味らしい。またもう一つの歌が詠っていることは、鹿火屋の下で鳴くかはづの声を聞くとあなたへの思いがつのりますと、言うようなことだからな。
華女 恋を詠った歌から江戸庶民の人情を詠った句に芭蕉はしたのね。
句郎 そう。「かはづ」は蛙でも、芭蕉は蟇蛙に呼び掛けている。飼屋の下から這い出てきてくれよと、ね。蟇蛙(ひきがえる)の鳴き声に芭蕉は心を動かされている。
華女 芭蕉は心優しい人だったのね。蟇蛙はガマガエルよね。私は見たいとは思わないわ。体中が疣(いぼ)でおおわれているじゃない。気持ち悪い生き物よね。
句郎 そう。でもどっしりした存在感がある。だから草田男は詠んだ。「蟾蜍長子家去る由もなし」と
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