醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1469号   白井一道

2020-07-21 12:51:51 | 随筆・小説



  
 新自由主義と資本主義の足搔き


 英国病の処方箋が新自由主義の経済政策だった

 1960年代以降のイギリスは他のヨーロッパ諸国から『ヨーロッパの病人(Sick man of Europe)』とも呼ばれていた。充実した社会保障制度や基幹産業の国有化などの政策が、社会保障費の負担を増加させ、国民の勤労意欲を低下させ、国民の既得権益が発生した結果、経済・社会的な問題が発生し、深刻な経済低迷を招いた。この事を『イギリス病』と言った。
イギリス労働党政権が行った「ゆりかごから墓場まで」をスローガンにした高度な社会福祉政策の実施がイギリス病を生んだという言説が流布している。
その社会福祉政策とは、「国民全員が無料で医療サービスを受けられる国民保健サービス」と「国民全員が加入する国民保険」に代表されるものである。さらに「産業の保護」政策である。
国民全員が無料で受けられる医療サービスを実施するためには多大な政府支出が必要となる。国民全員が加入する国民保険は国民から保険金を集めなければならないが、第二次世界大戦直後の国庫は火の車であり、国民も空爆などの被害によって多大な損失を被っていたので英国経済は厳しい状況にあった。
さらに国有化をはじめとする産業保護政策はイギリス資本による国内製造業への設備投資を減退させることとなり、各産業の技術開発に大幅な遅れをとる事態を招来した。国有企業は国に保護されているので経営改善努力をしなくなっていき、それに比例して製品の品質が劣化していった。この結果、イギリスは国際競争力を失い、輸出が減少、輸入が増加して、国際収支は悪化した。
トドメとばかりにオイルショックが到来。これによってイギリスは経済が停滞しているのに物価が上がり続けるという救いようがない事態にまで追い込まれ、財政赤字が増え、1976年にはとうとう財政破綻してしまった。
 この「イギリス病」の治療をしたのが鉄の女マーガレット・サッチャーである。保護することは成長を妨げる。この思想に基づいた「英国病」の治療が始まった。首相に就任した鉄の女マーガレット・サッチャーは国有企業の民営化、金融引き締めによるインフレの抑制、財政支出の削減、税制改革、規制緩和、労働組合の弱体化などの政策を推し進め、悪化する一方の経済に歯止めをかけることに成功した。この政策の結果、失業者数は増加し、財政支出も減らなかった。さらにサッチャーの反対派を排除する強硬な態度などから少ない数の反感を買い、英国病に歯止めをかけたが、毀誉褒貶が相半ばする存在になった。確かにライオンは「我が子を崖から谷底へ突き落とす」と言われている。谷底にはエサもなく生きる為に一生懸命になる。一度や二度うまく行かないからといって諦めてしまえばそこで死んでしまう。とにかく登らないことには生き延びる事は出来ない。成功とは失敗しないことではなく諦めないことと病弱な国民に対しても福祉は無駄金だと大幅に削減した。弱肉競争が社会を活性化するというのがサッチャーの政策であった。ここに新自由主義経済の本質がある。
 新自由主義経済政策は確かに資本主義経済を担う強い企業は息を吹き返したが国民生活は大きな打撃を受ける結果になった。
「英国病」の治療方法としての新自由主義経済政策は日本にも大きな影響を与えた。1980年代にはじまった臨調「行革」以来、社会保障費は眼の敵にされ、毎年削減の対象にされてきた。中でも医療費は常にその筆頭に上げられ、「医療費亡国論」のもと、さまざまなかたちで削減と圧縮を蒙ってきたことは周知のごとくである。「医療費亡国論」のターゲットにされるのは常に高齢者の医療費である。その中で高齢者の自己負担を正当化する論拠として「老人は若い人の5倍も医療費を使っている」という主張がある。医療利用者1人あたりの医療費に直してみると眼の敵にされる入院医療では逆に若い人より少ないくらいであるにもかかわらずにである。つまり「老人医療費5倍論」とは「老人は若い人の5倍病気をする=病人5倍論」であって、「年をとれば病気がちになる」という、至極常識的な事実をことさら捻じ曲げて表現した卑劣な詭弁に過ぎない。
その結果、医療費削減の結果、新型コロナウイルスが発症すると日本の医療制度の脆弱性が露わになった。いつ医療崩壊が起きてもおかしくない状況が生れてきている。
「英国病」とは、資本主義経済の足掻きなのだ。資本主義経済は衰退し、今のままでは資本主義経済は国民経済を支えることができないのだ。現在は資本主義崩壊の瀬戸際に来ているのだ。

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