薊(那珂太郎)(全文)
朽ちた帆桁の肋骨の下で お前の時計は停まった
はらからよ 数瞬お前はひどく苦しんだ 無に至る
狭い咽喉から嚥下(えんか)されるために そのとき
お前の咽喉の奥が油の切れた滑車のようにかすかに
軋んだ
さしのべられた痩せた干魚のさきで 曇り硝子の
破られ目からわづかに覗いた青空のきれっぱし
お前の瞳はそれを映したか だがそれはもはやお前の
ものではなかった 光と影によじれた時間がちぎれた
テープのようにくづ折れ 瞬間果たれぬ蒼茫に呑まれた
出帆のあとのひとけない波止場
俺の心はふしぎな平衡(へいこう)を保ってしづかだ
お前の胃袋に溜まった思念の残り滓は 冷たくなった
形骸とともに焦げくさい煙のように立ち昇り はるかな
虹色の雲と化した生とは不治の疾患であったか 今こそ
お前はそれから癒されたいというか はらからよ
かつてその胎内から この世に産みおとされたお前は
すでに土塊と化した母の傍に 今一握の骨片となって
還る 梢を渡る無言の子守唄 露にきらめく骨壺に挿された
透明な薊の花
*「戦後詩によるメーソン殲滅作戦」