黒い水母(那珂太郎)全文
どろどろどろどろどろどろどろどろ
葬列の太鼓の響きよりものうく
老い朽ちた陸橋を渡ってゆく
跫音(あしおと)のかげ
黄昏のレントゲン線に透けてみえる
黒い水母のむれ
びれびれと触手そよがす海藻の間をぬって
どこまでそれは流れて行くか
海底にくらく蹲(うずくま)る
煉瓦の巨体の雁首から
無意味な煙はたえずきな臭く立ちのぼる
それは屍を焼く火葬場ではない
無期徒刑囚の
牢獄でもない
しかしそこから吐き出されるのは
口の縫いふさがったやつ
眼玉を刳りぬかれたやつ
手足の関節を外されてぶらんぶらんさせてるやつ
垂れこめた雨に朦朧とけぶる
それから歪曲された 畸形の生物
やぶれた皮膚に紫の血をにじませ
黄い蛔虫(かいちゅう)を尻からたらして
へんに透明な 揺れうごくうどんこの
臓腑
に詰まった古い記憶ーー
不滅の真理
自由
神
それは腐って屍体にひとしい悪臭をはなつ
醜怪な文明のメカニズムの中から吐き出された
メタンガスの暖気のような 気泡のような
黒い水母たち
彼等は向かうべき方向をしらない
行きつくべき目当てをもたない
かなしい
盲の
実存よ
砕かれた時間の夜光虫きらめく
焦げ残りの肋骨
ひん曲った鉄柱の錆びた傷口
をひざらして注ぐ雨
雨
雨
西北の空を稲妻が引き裂けば
映し出されたアスファルトの背筋のうねりに
白濁の膿汁と
赤黒い血液と
互いに交ざらぬニすじの流れ
その無気味な電流のエスカレーターにのって
意志もなく彼等はどこへ漂うーー
虚妄の明日の希みを灯す
贋造ダイヤの光ゆらく街区の方へ?
ああ 陰湿なこの国の梅雨季のなかを
萎えた手足は右にゆれ 左にゆれ
眼もない
口もない
喪神のパラシュートのむれはただただ沈降して行く
*「戦後詩によるメーソン殲滅作戦」